63.雑貨コーナー
翌朝、ロキは真っ先に家具をインベントリに詰め込んでから小屋を移動させていた
小屋の中には、私が元の世界のカフェで使っていた6人掛けのテーブルセットが2つ、少し間をあけて並べられている
壁際には奥行きのある棚が2つと、オリゴンの言っていた3段のラックが置かれた
「これは?」
カウンターテーブルを見て首を傾げていると、その上に魔道コンロが置かれた
「水道は外にあるけど湯煎するならこれも必要だろ」
当然のように言うロキに流石だと感心してしまう
「これが俺たちの作業場?すごいや」
ブラシュが小屋の中を見て目を輝かせている
今までは自分の部屋のテーブルで作業してたことを考えればとうぜんかな?
「椅子は邪魔になりそうなら壁際に並べときゃいい。休憩くらいには使えるだろ」
「部屋に置いてる道具も持ってきていい?」
「勿論」
「やりぃ!取って来る」
そう言うなりブラシュは屋敷の方に走って行った
「宿で文句言われながら作業してたことを考えたら夢のようだな」
「ふふ…その分一杯作ってもらわないとね」
「ああ、任せろ」
「そんな安請け合いしたら後で後悔するんじゃないか?こいつの非常識っぷりは知ってるだろ?」
「ちょっとロキ?」
「はは…違いない。でも不思議なもんでそれが楽しみで仕方ない」
「それには同意する」
肯定する2人にため息しか出ない
ちょっとくらい否定してくれてもいいと思うんだけど、なぜかこういう時に私の味方になってくれる人はいない
少しすると両手に色々抱えたブラシュが戻ってきた
昨日渡した道具類や材料もしっかり持ってきたようだ
自分の材料を3段ラックに一番下にしまうと、私が渡した材料を真ん中にしまっていた
「親父は上の方がいいんだろ?」
「良く分かってるじゃないか」
満足げに頷くオリゴンにブラシュは呆れたように笑う
「材料は2人で一緒にとかじゃないのね?」
「そうだよ。道具は高いから一緒に使うけど材料は分けてる。その方が取り分の計算も楽だからね」
自分が売りたいものをそれぞれ作るのだという
「その言い方だと畑も分けてんのか?」
「当然だよ。苗だって自分が取ってきた分を使うんだから」
随分徹底していたようだ
「こいつが成人した時にけじめとしてそうしたんだ。俺も親父からそう育てられたし、それで良かったと思ってるからな」
「これから道具を買うときは半分ずつ出し合うんだって。その分をちゃんと貯めとけって言われてる」
「なるほど。それはちゃんと貯めないとな。売上を貰うならそれに伴う対価も払う必要がある」
「…そういうことだったんだ…」
不服そうにしていたブラシュが初めて納得したかのように頷いた
気付くことさえできればちゃんと理解のできる聡い子なのだ
こうして少しずつ色んなことを学んでいくのだろう
「業者さん来たよ」
コルザが呼びに来てくれたのはそんな時だった
「ありがとうコルザ。じゃぁみんなで行きましょう」
オリゴンとブラシュも一旦小屋の事は後にして一緒にカフェの方に向かう
「カフェの外に作るのか?」
「ええ。混んでる時の暇つぶしにもなると思って」
入り口の横に奥行きは浅く横長で作る予定だと伝える
ただ待ってるだけだと苦痛だからね
「すみませんお待たせして」
業者の男性に頭を下げると大丈夫だと笑顔で返された
その手元には既に色々書き込まれた大きな紙がある
「みんなもう伝えてるのね?」
「まだまだあるがな」
ジョンが得意げに言う
「今のうちにしっかり伝えておかなきゃね。彼らは薬師で、薬草や薬を置く予定なの」
「なるほど。本当に色んなものが並ぶことになるんですねぇ」
感心しながら彼は言う
ブラシュは身振り手振りで籠の大きさを説明しながら、どんな風に並べたいのかを説明していく
それに続いてオリゴンも乾燥させた薬草の並べ方を相談する
1時間ほどかけて皆が要望を伝えると彼はそれを図に落とし込んでいった
その際にもそれぞれに確認しながらメモを書き入れていく
形になっていく図を思わず見入ってしまうのは私だけではなかったようで、皆が自分からは口を挟まずにじっと形になっていく図を見ていた
「こんな感じでしょうか」
彼がそう言った途端ちょっとした歓声が上がったのは仕方がないことだと思う
それくらい素敵な図だったのだ
「皆これでいい?」
尋ねるとただ首を縦に振る
「だそうです」
「承知しました。ではこれを持ち帰りすぐに取り掛かります。お店が終わるころに魔術師が外壁を作りに来ますので」
「魔術師とは贅沢だな?」
「カモミ様が改装するなら手伝ってこいと。元の業者には話を通して相応の代金をお支払いすることでご納得いただきました」
彼の言葉に絶句する
シャドウが報告したのだろうけどまさかの人物が関わっていたらしい
相応の代金というのが少し気になるけど、カモミが言い出したことなら元の業者に損は出ていないだろうと、それ以上考えるのを諦めた
「…こりゃ今日中に出来上がるパターンだな」
ロキが諦めたように言う
「ありがたいことではあるけどね」
「ご納得いただけたようで何よりです。では、私は一旦失礼しますね」
彼はにっこり微笑んでから帰って行った
「カモミ様って?」
ウーが興味津々という感じで尋ねて来る
「カモミは…ロキのおばあ様よ」
「…それって…」
ジョンは分かったものの口に出来ない
「前皇后さまね」
代わりに言うと皆が固まった
「気にしたら負けのような気がするのは私だけかしら?」
カメリアがボソっと呟くように言った
「…俺もそう思う」
「そうだな」
「オリビエとロキの側にいる以上、仕方ないと諦めるしかなさそうだ」
皆から口々に零される言葉にロキと顔を見合わせる
そこまで酷いだろうか?
「ま、その辺はもう諦めてくれ。今さら生まれを変えることは出来ないからな」
ロキが苦笑しながら言うと皆も諦めたように笑った
「すごーい」
「かっこいー」
夕方魔術師が建物の外側を作り出すのを見て子供たちが感嘆の声を上げた
「あの巨大な山がすぐにぶち抜かれるわけだ…」
目の前で見る機会に恵まれなかった面々は驚きと感心で呆けている
そんな皆を横目に棚などがどんどん取り付けられていく
「別の場所で作って運び込むんだね」
「運ぶ手段さえありゃ何とでもなるからな」
そう言っている間にもどんどん設置されていくのだから壮観だ
30分もしない内に全ての作業が完了してしまった
「これで完成ですね。漏れなどがないかのご確認を」
そう言われて皆が自分の希望した部分を確認していく
「ただの台じゃないんだね」
ブラシュが棚の下の扉を開けて驚いている
「基本的に在庫を格納できるよう考慮させていただきました」
言葉通りあらゆるデッドスペースが格納庫になっていた
「こちらの魔石に記録された方の魔力を流していただければ…」
説明しながら彼が魔力を流すと透明な板のようなものが出現した
「結界の応用か?」
「おっしゃる通りです。閉店時はこれで問題ないかと」
そう言いながら再び魔力を流すと板は無くなった
「すごいよ!叩いてもびくともしなかった」
「ふふ…叫んでるのは分かったけど声も聞こえなかったわよ」
「本当?」
初めて見るものに子供たちは大はしゃぎだ
「登録する際はこの魔力キーを差し込んで追加、削除も同様に操作できます」
操作盤にはそれぞれのボタンがあった
「ボタンを押してから魔力を流せばいいのね?」
「左様です」
その答えを聞いて試しに登録してみると無事操作することが出来た
とりあえずカフェにいる私とロキ、店に立っていることの多いカメリアを登録しておき、あとは商品が増えてきたときに考えることになった
翌日、朝早くから商品を並べ始め、開店する頃にはお客さんも興味深げに手に取ったりしていた
「オリビエあれは…」
スイーツを置きに来たアカシアが真っ先に尋ねて来る
「あれね、色々売ってみようと思って」
「私も買っていいの?」
「え?そりゃぁもちろん…何かめぼしいものがあった?」
「あったなんてものじゃないわよ?切り傷や火傷用の軟膏!とても手が出せない代物だったのに…」
そう言えば売値を聞いてなかったなと今さらながら思う
でもこの反応からすれば誰でも手が出せる価格帯にしたのだろう
容器がさほど大きくないし値も下げやすいはずだから
「しかも詰め直しは割引って最高!」
その言葉に思わずロキと顔を見合わせた
容器の節約とリピートによる囲い込みかしら?
オリゴンとブラシュは色々と策を練っていたようだ
アカシアはスイーツのセットが終わるなり雑貨コーナーに飛び込んでいった
「色々考えてるみたいだな」
「だね。ウーの花は絶対売れるだろうし…」
迷宮産だけに色が豊富だ
普通の花屋では手に入らない分少し高めに設定すると言っていた
それでも需要は高いと思う
「野菜連動でサイドメニュー出すのも有かもな」
「そうだね。美味しかったらついつい買っちゃうし」
「まぁ何より、目の前で自分の商品手に取ってもらえるのは強いな。ダイレクトに要望が聞ける」
お客さんの何気ない一言には大きなヒントがいっぱいある
それはこれからのやりがいにもつながる事だろう
「かゆみ止めと消臭剤完成した時が楽しみだよね~」
「…」
軟膏だけであのはしゃぎようだったのだからそれ以上になることは確実だ
ランチを食べに来た騎士や主婦が軟膏に興味を示したのを見れば、口コミで広まるのも早いかもしれない
「みんな本当に働き者だよね」
「…俺以外はな」
「あはは」
バツが悪そうに言うロキに笑ってしまう
「ロキはそのままで十分働いてくれてるよ」
「?」
「主に頭脳と心で、ね」
そう言いながらロキに口づける
照れくさそうな顔にまた笑ってしまった