6.旅立ち
「よークロキュス。聞いたぞ。ソル エ ユニークを見つけたって?」
「ああ」
騎士団の詰所の前まで行くと騎士の格好をした男が声をかけてきた
「で、こちらさんは?」
「俺のソル エ ユニークだ。今日の召喚の儀で巻き込まれた被害者でもある」
「…まじか」
騎士はどうとらえればいいのか分からない反応を見せている
「お前のソル エ ユニークが長年見つからなかった理由が分かったのはともかく…マジで召喚したのか?てかできたのか?」
「王太子希望の歌姫が召喚された」
「歌姫ねぇ…どうせなら聖女様にして欲しかったな。この王都の周りの瘴気の状況を知らないわけじゃないだろうに…」
ごもっともな意見だ
どこの世界に個人的な理由で10年以上の歳月をかけて召還を行うものがいるというのか
「その意見には同意。ましてあんな女が来るとは嘆かわしいとしか言いようがない」
「あんな女性?」
「召喚されて1時間もしない内に王太子の寵愛を受けたようだ。それにもかかわらず彼女に同行しようとする俺を引き留めようとした」
「…」
その言葉に騎士は唖然とする
「…参ったな。俺もここで勤めるの、本気で嫌になってきた」
「騎士団なら辞めるのは簡単だろう?」
「まぁな。王族との契約じゃなくただの書面による雇用契約だからな。でも王宮の騎士を辞めた人間を好んで雇う物好きはいないからな」
騎士はため息交じりに言う
「冒険者は…あぁ、王都には無かったな」
「そういうことだ。それも王族のせいだけどな」
「冒険者はいるのよね?」
さっきの話ではそう言ってたはずだとロキに尋ねてみる
「制度はある。でも王都にだけ無いんだよ。王族が騎士団を優遇するために」
「え…」
「王都の騎士団は権力のある家の次男以降が多く在籍してるからな。そいつらに実績を残させるためには冒険者は邪魔だという判断だ」
「そんな理由?」
少なくとも元の世界では騎士団と冒険者では活動する領域が違った
だから片方がいないから実績を独占できるなんてことは無かった
この世界ではその辺りから違うらしい
「まぁ、たまに息抜きしに来るといい。最悪王都を出て冒険者でもすりゃいいだろ」
「そうだな。その時にはたっぷり愚痴を聞いてもらおう。馬車の準備は済んでるが…」
「馬にしてくれ」
「分かった。送迎用に用意した馬車とお前の馬はフジェに置いてくるよう王に言われてるんだ。馬で行くなら馬車は後日届けるよ」
騎士様はそう言いながら側にいた部下らしき騎士に指示を出している
「それは助かる」
「助かるも何もお前の馬を乗りこなせるのはお前だけだからな。俺はかろうじて乗せてもらえるだけだ」
2人のやり取りはその後もしばらく続いていた
「オリビエ、今後も顔を合わせるだろうから紹介しとく」
「はい」
「騎士団長のダビア・ヴェロニク。俺の幼馴染で気のいい男だ」
「まぁ…どおりで親しげだと…。オリビエ・グラヨールです。イモーテル…歌姫と幼馴染です。お二人のように仲がいいとは言えませんが」
「そうでしたか。では歌姫の対応に困った際にはご助力願いたい」
「それくらいなら喜んで」
私はその”困った”ときが決して遠くない未来に訪れるだろうと思った
でも予想を斜め上にそれた事態になるなんてこの時は誰も思いもしなかった
「団長、馬の用意が出来ました」
「ああ、ごくろうさん」
ダビアはそう言って手綱を受け取った
「お前ともしばしの別れだな。元気でやれよ」
馬の首筋をなでながら言う
「暗くなる前に着きたいからもう行くよ」
「ああ」
ロキは言いながら私を抱き上げ馬の背に横向きにのせると自分も飛び乗った
鐙を使わずに飛び乗るとは驚くほどの身体能力だ
私は馬上からダビアに会釈するものの座り方がとてもじゃないが落ち着かない
ロキと密着した体勢に心臓の動きが早くなる
しかも片方の腕は私の体を支えているようだ
「疲れたらもたれかかればいい」
その言葉に頷くのが精一杯だった
どちらかと言えばもう一頭用意して欲しい
流石にそんなわがままは言えなかったけど…
「…ロキ」
しばらく続いた緊張感を紛らわすために話をすることにした
「どうした?」
「私が今から行く場所はどんなところ?」
まだ辺境と言う事しか聞いていなかったからとても気になる
「国境付近に位置する辺境のフジェという町だ。険しい山の麓にあるが気候は穏やかだな」
「治安は?」
「…人が入らない山には魔物が住み着く。そういう意味ではいいとは言えないかもしれないが…」
ロキは言葉を濁らせる
異世界から来た人間をそんな場所に連れていくとなればそれも仕方ない
でも私は魔物程度でしり込みするタイプじゃないのよね
「ふふ…大丈夫。私にも一応自衛手段はあるから」
「?」
「私向こうの世界ではカフェを経営してたの。でも、それまでは冒険者として活動もしてたから」
「どれくらい戦える?」
「ん~こっちの魔物がどれくらいの強さか分からないから何とも言えないけど…向こうでは一応高ランク冒険者と言われるレベルではあったかな」
「…広間でステータスをオープンしなかったのはそれが理由か?」
まさかそこに話が行くとは思わずドキッとした
「…それもなくはないかな。どっちにしても歌姫がない時点で用無しだろうとは思ったし、状況が分からない場所で手の内を全て明かすのは怖いから」
「なるほどな。これは楽しいことになりそうだ」
「どうして?」
「この国は王族が絶対の地位にいる。つまり王族に逆らったりあだなしたりすることはまずありえない」
「…言ってないだけで謀ったわけじゃないんだけど?」
「言わないという選択肢自体が普通は無いってことだ」
「あぁ、なるほど」
思わず頷いた
「多分、王に面と向かってものを言えるのは俺とお前くらいだろうな」
「ロキも?」
「俺は騎士団にいた時に王の命を救った。それ以来王が下手に出るようになった」
「褒美がどうのって言うのはひょっとして?」
「ああ。その時のものだ」
あっさり頷かれた
「家の称号を売ったおかげで金はある。地位に興味はないしあてがわれた女には触れる気にもならない。王が提示した金と女には一切魅力を感じなかったから保留にしてた」
「なるほどね…家の称号って?」
「王都に本家を構えるのに必要なもの。ランクによって定数が決まっててゴールドが4で100億シア、シルバーが10で30億シア、ブロンズが30で10億シア。それぞれの金額で王家に登録することが出来る。新たに称号を得たい場合は既に称号を持ってる家に譲ってもらうしかない」※1シア=1円
「…それって譲ってもらえるものなの?」
あえてその金額で登録した人たちが果たして手放すものだろうか?
「家を継ぐ者がいなくて隠居したいとか、支払う金を維持できないとか…理由はまちまちだけどそれなりに入れ替わってはいる」
「ロキが売ったのはどういう理由だったの?」
「うちは代々ゴールドを継いできたけど、5年前に両親が死んで血縁が俺だけになったんだ。俺自身は王宮に住んでるし、称号にも興味はないから屋敷の維持費が無駄と思っただけだ。基本的に登録と同額程度の金が毎年必要になるから」
1億シアを毎年払う…確かに無駄かな?
「シルバーの10家に話を持ち掛けてオークションの最終価格が1兆シア。一生遊んで暮らせる額だから金の心配はいらないぞ」
「…そういう問題じゃないと思うんだけど」
「そうか?」
「そうだよ。だって私がロキにお金出してもらう理由がないもの」
「理由ねぇ…」
ロキは何かを考えているようだ
「余ってる金を生活費に回すだけのことで理由なんて必要ないと思うけど…じゃぁ代わりに飯作ってくれ」
「ご飯?」
「料理はしたことがない」
「なるほど…じゃぁ家の中の事は全部引き受ける。それで手を打つわ」
「家の中の事?」
「そうだよ。掃除とか?」
そう言うとロキは黙ってしまった
何か変なこと言ったかな?
「ロキ?」
「いや、お前の言い方だと一緒に住むように聞こえるんだが?」
「そのつもりだけど…ちがった?」
「流石にそこまで図々しくないぞ?俺は町で宿を取るつもりだ」
「そんなのお金の無駄遣いだよ。別荘の権利書確認したけどかなり広そうだし…」
「お前な…襲われるとか思わないのかよ?」
「ロキに?」
「ああ」
「ロキは絶対無理矢理襲ったりしないよ」
「何で言い切れる?」
「だって、ロキにとって私はソル エ ユニークなんでしょ?」
大切なものといったロキが私をあえて傷つけることはない
それは何故か確信が持てた
「…お前には負けた」
「じゃぁ一緒に住んでくれるのね?」
「ああ。正直その方が守りやすいしな」
ため息交じりに吐き出される言葉に笑ってしまう
「まぁ気が変わったらいつでも言え。宿に移るのは簡単だからな」
「わかった。そうさせてもらうね」
そんな日は来ないだろうけど、ロキはそう言った方が気が楽になるだろうと思いそう告げた