59.大賑わい
翌日、店の開店準備をしていると中年の夫婦が訪ねてきた
「すみませんまだ開店前なんです」
「あ、いえ…」
「?」
何か言いづらそうに2人は顔を見合わせた
「どうかなさいました?」
「あ、あの…これを頂いたので」
夫人がチラシと手紙を取り出した
「あぁ、騎士さんのご家族ですか?」
「はい」
私が心当たりがあるのを見てホッとした顔をする
「ホーズの父親でベランド、こっちは妻のメリルです。マロニエが声をかけてくれたとかで…」
「でもこの町に私達の知り合いがいるわけじゃないからどうしたものかと…そう思ってたら門でこれを渡されたの」
「そうでしたか。どうぞお入りになってください」
私は2人を中に促した
「到着は今朝ですか?」
「ああ。さっき家に案内してもらったんだ。驚くほど立派な家でホーズと3人で暮らすだけなのに申し訳ないくらいで」
「そうなんですね?でも息子さんもそのうち結婚されるでしょうしね?」
「だといいんですけど…」
メリルが苦笑する
そういう相手がまだいないのか、両親に伝えてないだけなのか?
「朝食はもうお済みですか?」
「いや。まだなんだ。どこで何を買えばいいかもよく分からなくてな」
「そうでしたか。でしたら試食、お手伝いいただけません?」
「試食?」
「これ、今日から出そうと思ってるものなんですけどまだ誰にも食べてもらってないんですよ」
そう言いながら長い、少し硬めのパンを使ったサンドイッチをテーブルに置いた
「まぁなんておいしそうな…」
「こんなすごいものを試食だとは…」
「是非率直なご意見を頂ければ…本当なら初対面の方にお願いするようなことじゃないんですけど」
そう言うと2人は笑ってくれた
「そう言うことなら遠慮なくいただこうか」
「そうですね」
2人が食べてくれそうだったのでコーヒーを2つ用意する
「こりゃ美味いな。パンが普通のより少し硬い気がするがそれがまた…」
「本当に。柔らかいパンもいいけどこれは癖になりそう。初めて食べたけどとても美味しいわ」
「本当ですか?良かった」
「こんなのがここで食べれるということかな?」
「そうですね。それはレジの前のサイドメニューになります。タグの色で値段が変わる商品ですね」
「メニューというわけではないのね?」
「基本的にメニューはなしで行こうかと」
「メニューがない?」
「ええ。私の気まぐれのせいなんでしょうけど…メニューに載せるといつも同じものを作らなきゃならないでしょう?でもメニューがなければ手に入った食材やその日の気分で自由に作れるから」
「何と…」
ベランドが驚いて呆然としていた
「メインのランチはあの通り3種類から選んでもらってますけど、スイーツとサイドメニュー、ドリンクは好きなのを選べるしテイクアウトも出来ます。もちろん希望のものをまた食べたいとなれば数日猶予を頂ければご用意しますよ」
「とても面白いシステムね。来るのが楽しくなりそうだわ」
メリルがそう言った時店のドアが開いた
「オリビエ、お客さん到着したよ。騎士さんの家族だって」
そう言いながら入ってきたのはコルザとロベリだ
「あら、丁度いいタイミングかもしれないわねお店にお通ししてくれる?」
「分かった」
「あ、あとみんなも呼んでね」
「はーい」
2人は答えて走って行った
「ほかの騎士さんのご家族も丁度来られたみたいです」
「それはいい。新参者同士親交を深めたいものだ」
「本当ですねぇ」
2人はそう言って微笑み合っている
とても穏やかな空気を醸し出していた
少しすると中年の夫婦と女の子がコルザと一緒に入ってきた
「この人たちだよ」
「すみません、お言葉に甘えて来てしまいました」
「歓迎しますよ。ちょうど別の騎士さんのご両親もおられるのでどうぞご一緒に」
「まぁそうなんですか?」
夫人が店内をのぞき込む
「セルトの母でリアナと申します。こちらは主人のエイブ、この子は孫のラピスです」
「ホーズの父親でベランド、こっちは妻のメリルです。今朝到着して俺らもどうしていいかわからず取り敢えずここに来させた貰ったところなんだ」
ベランドはそう言って苦笑する
「申し遅れました、私はここの店主のオリビエです。エイブたちは朝食は済まされました?」
「実はまだなんだ」
「お腹すいたー」
エイブの言葉にラピスが訴える
「じゃぁ3人も試食していただけます?」
「試食?」
「このサンドイッチだ。美味いぞ」
ベランドが自分の食べかけのサンドイッチを見せると…
「私欲しい!」
「あらうれしい。その代わり食べたら感想を聞かせてくれるかしら?」
「いいよ!」
ラピスは大きく頷いた
「コルザ、ジュース入れてあげてくれる?」
「うん。僕も飲んでいい?」
「勿論よ」
応えるとコルザは奥に用意しに行った
サンドイッチとコーヒーを用意しているとみんなが続々と集まってきた
「みんな呼んできたよー」
「ありがとうロベリ」
お礼を言うと嬉しそうに頷いた
「騎士の家族が到着したって?」
そう言ったのはダビアだった
「ええ。ホーズとセルトのご家族みたいよ」
「あとはハンスの家族だけか。あ、俺はダビア、元騎士団長だ」
「おお、あんたがそうか?セルトからよく聞いてたんだ6つも下のくせにやたらと強いってな」
「確かに強さだけは1級品ですよね。声を掛けさせたもらったマロニエです」
マロニエはそう言って頭を下げる
「大まかな状況は聞いたわ。息子に声をかけていただいて本当に感謝しています」
「パパ喜んでたよ?」
ラピスも言う
その後しばらく自己紹介で盛り上がっていた
「さぁ召し上がれ」
サンドイッチをテーブルに置くとラピスは真っ先に手を伸ばす
「みんなも試食してみてね。今日から出す予定なの」
皆には小さめに切ったものを用意して回してもらう
「変わったパン?」
「そう。ちょっと固めね」
「でも美味しい!これなら野菜いっぱい食べれるよ」
ラピスはリアナに向かってそう言った
「ホントねぇ。今度試してみましょうか」
「あぁ、そういやセルトの嫁さんは病気でなくなってたんだっけ?確か嫁さん自身が孤児だったって…」
「ええ。5年前に。それ以来この子は引きこもってしまって中々友達も出来なくて…」
「ラピスは何歳なの?」
「7歳」
「僕と一緒だ」
コルザが嬉しそうに声を上げた
「食べ終わったら一緒に遊ぶ?」
ロベリがラピスに尋ねた
「…いいの?」
「もちろん。皆で遊んだほうが楽しいよ?」
「うん!」
ラピスが嬉しそうに頷いた
「良かったわねコルザ。同じ年のお友達は初めてでしょう?」
「うん!」
年の近いお友達は何人かいても同じ年というのは何か特別なものがあるようだ
「食い終わったら住民登録して必要なものを揃えないとならない。どこかお勧めの店があれば教えてもらえるだろうか?」
「必要なものは先にギルドで見てから揃えたほうがいいわね。」
「?」
「今、不用品をみんなが持ち寄ってるのよ。そこにある物で欲しいものは自由に持って行っていいことになってるから」
「それはまた…」
「ちょうど騎士が大量に移ってきたからな。買うにしても店の品ぞろえもそこまで無くてな。それで誰かが言いだしたんだ。家に眠ってる使えるものを持ち寄ろうって」
「中々いいアイデアだな?」
「だろう?毎日物が入れ替わってるから見てるだけでも楽しめるぞ」
「俺も見に行くかなー」
オリゴンがボソッと言う
「じゃぁついでに案内役努めて来りゃいい。台車があるから使ってくれ」
「それは助かる」
「ありがたい」
「ラピスはどうする?一緒に行く?」
「ん…ここにいてもいい?」
「勿論構わないわよ」
「それは迷惑じゃないのか?」
「大丈夫ですよ。引っ越し作業大変だけど子供は退屈でしょうし…」
「夕方俺が送っていきますよ」
マロニエが言う
「それは流石に…」
「丁度町に行くんでついでですよ」
「あら、デートかしら?」
「当たり」
カメリアの突っ込みにも動揺しないマロニエに何かつまらないと思っていると、横でロキが呆れたように笑っていた
もちろん気づかないふりをした
「ねぇオリビエ」
「?」
「このパン、生クリームとフルーツ挟んでもおいしそうなんだけど」
カメリアがボソっと呟いた
「…確かに。せっかくだしカメリアが作ってみない?」
「えー?」
「ローズたちと同じように売り上げの一部はカメリアの取り分にして置いてみるのはどう?」
提案してみると黙り込んでしまった
「ローズたちの契約は店の取り分は3割なの。カメリアの場合はここの機材や食材を使うとしてもう少し店の取り分が大きくなるけど」
「…私の取り分は2割で充分よ」
「それは少なすぎでしょ」
「ううん。教えてもらってる分本当ならお金払わなきゃならないもの」
「ん~じゃぁ3割で。これ以上は負けないわ」
本当はもっと渡したいけれどカメリアの頑固さも知っているだけにその辺りが限界だろう
「…わかったわ。じゃぁそれでお願い」
「決まりね。タグはカメリアが決めてくれていいから。スナックでも軽食でもOKよ」
わずかな金額とは言えカメリアが自らの意思で稼いだお金を手にいれるならそれに越したことはない
カメリアには報酬を上げるよりこっちの方がいいのかもしれない
ロキを見ると優しい眼差しが返ってきた
多分私の気持ちに気付いてくれているのだろうと思うと嬉しくなってくる
「遊んできてもいい?」
「ああ、いいぞ。マロニエ頼むな」
「了解」
コルザとロベリ、リラとラピスを連れてマロニエが出て行った
「俺らも行こうか」
「そうね。オリビエ本当にありがとう。ラピスをお願いね」
リアナが言う
「ええ。安心して片付けに専念してください」
「助かるよ」
「またいつでも来てくださいね」
「ああ、今度はちゃんと客として寄せてもらうよ」
エイブが豪快に笑いながら言った
「私達も同じ年代だからこうしてお話しできて良かったわ」
「本当よね。知らない土地でどうしようかと思ったけどちょっと安心したわ」
メリルとリアナはすっかり仲良くなったようで途中かなり盛り上がっていた
「1回みんな招待してバーベキューでもすればいんじゃねぇの?」
「クロキュスお前いいこと言うなぁ。騎士達がついたらそれも有だな。チビ達も喜ぶだろ」
ナハマは昨日初めてバーベキューを体験して気に入ったらしい
「なら庭を改造するかな」
「ジョンの腕の見せ所ね。楽しみにしてるわ」
「あぁ。任せろ」
「じゃぁ俺は案内がてら行ってくる。ブラシュはどうする?」
「俺は畑見てるよ」
「わかった。じゃぁ行こうか」
オリゴンの言葉に4人が台車と共に町に向かって行った
私達もそれぞれの仕事に戻ることにしたもののその日の夕方最後の1家族が到着したようだ
「お姉ちゃんがオリビエ?」
小さな女の子が店に入ってくるなりそう尋ねてきた
ロキも何事かと顔を上げた
「そうだけど…あなたは?」
目線に近くなるようしゃがんで尋ねるとチラシと手紙を見せてきた
「あら、ハンスの妹さんかしら?」
「うん!あたり」
少女はそう言ってにっこり笑う
少しすると夫婦ともう少し小さな少女が入ってきた
「ルチア、一人で行っちゃダメでしょう?」
「ちゃんとオリビエ見つけたもん」
ルチアと呼ばれた少女は頬を膨らましてそう言った
「ふふ…いらっしゃいませ。ハンスのご家族ですよね?」
「ああ。手紙とチラシを貰って縋る気持ちで来させてもらった。父親のミュゲだ」
「母のラミアです。この子たちはルチアとミーア、6歳と4歳なんです」
「オリビエです。彼はクロキュス。私の主人です」
「どうも。オリビエ、俺はあいつら呼んでくるよ」
「うん。お願い。皆さんは…少しの間外のテラスでもよろしいですか?店内はもうすぐ空くと思うんですけど」
「ああ、問題ない。突然押しかけた者に気を使わんでくれ」
「お外気持ちいーよ?」
「そうねミーア」
ラミアは微笑んでそう言った
「あ、先に食べたいもの選んでください。他のご家族にも初回はサービスで食べてもらってるので遠慮なくどうぞ」
「とてもおいしそうだわ…」
「ルチアこのピンクのゼリーがいい」
「ミーアはね、イチゴがのった白いケーキ」
「俺はこの青の32番を」
「じゃぁ私は緑の13番ね」
「分かりました。お飲み物はコーヒーと…ルチアとミーアはオレンジジュースでいいかしら?」
「「うん」」
「用意して外にお持ちしますね」
私はスイーツをショーケースから取り出しドリンクを準備する
店内のお客様はもう商品の提供は終わっているので問題はないだろう
「お待たせしました」
それぞれの前に置いていくと子供たちが目を輝かせている
「ママ、食べてもいい?」
「ええ、いいわよ」
許可が出るなりほおばっている
2人がものすごい勢いで平らげていると子供たちがやってきた
「4人に新しいお友達よ。6歳のルチアと4歳のミーア。仲良くしてあげてね?」
「うん。僕はコルザ、7歳だよ」
「ロベリ、5歳、妹のリラは3歳」
「私はラピス。コルザと同じ7歳よ」
4人もそれぞれ自己紹介をする
ちょうどカメリアとナハマ、ジョン達もやってきたので同様に自己紹介が進んだ
「オリビエ僕も食べたい」
「そうね。おやつの時間も忘れて遊んでいたものね」
笑いながら言うと4人は顔を見合わせて笑っていた
「さぁ、4人ともいらっしゃい」
カメリアが誘導して4人を連れていく
「俺ももらう」
マロニエが後を追う
ジョン達は3時過ぎに食べていたので問題ないのだろう
「それにしても子供たちの年が近くて良かったわよね」
「本当に。この子たちにお友達が出来るか心配だったけど…」
既に一緒にスイーツを食べながら騒いでいるのを見て苦笑する
「うちの子たちも友達が増えて喜んでます。これからよろしくお願いしますね」
「こちらこそお願いね。この町の方と来たその日にお近づきになれるなんて思ってもみなかったからとても嬉しいわ」
ラミアの顔には安堵の色が浮かんでいる
「後は仕事が決まればいいんだけどな」
「これまでは何を?」
「俺は陶芸職人なんだ。こういう器を作ってた」
何と…
「確か窯が必要なのよね?」
「ああ。だから流石に厳しいと思ってな」
ミュゲは何とも言えない顔をする
流石に窯を持ってる知り合いは見つけてないわ~と思っていると…