54.歌姫の行方と王宮(side:王宮)
王宮を飛び出して半月、イモーテルはすでに馬車を5回乗り換えていた
3人目の商人から、”イモーテルのような女性にとってパラダイスのような町がある”という情報を得ると、イモーテルの目的地は当然のようにそこに定まった
目指す町は早くても2か月はかかる
その間何度馬車を乗り換えることになるかはわからないが、イモーテルにとってそれは大した問題ではない
「それにしてもあの町に自ら行くとはね」
「どうしてよ?そんなにおかしい?」
呆れ半分、驚き半分の商人にイモーテルは首を傾げる
「まぁ自ら行くのは聞かないな。逆に何人か逃げてきた女性を保護したことはあるが」
「保護?どうしてよ?」
商人の言葉に信じられないという表情を見せた
イモーテルにとってはパラダイスのような町である
そこから逃げ出す気が知れないと言ったところだろうか
「あの町は圧倒的に女が少ないんだ。10人に1人もいないかもしれないな。だからこそ例外として一妻多夫が認められたらしい」
「逆ハーレムが認められてるなんて素敵じゃない」
「いや、そのせいで大勢の夫を娶るのが義務にもなるんだぞ?確か最低でも3人と言っていたかな。一人を愛したい女にとっては地獄でしかないってことだな」
「夫を3人確実に持てるなんて最高なのに。あ、ねぇ、仮に3人に満たなかったらどうなるの?」
「聞いた話だと成人してから5年経っても夫が3人未満だと、町の独身で最年長の男との結婚が決まるらしい。それを断ることは出来ないとか」
といっても常に上からあてがわれるからそれほど年配の人は残っていないと商人はつづけた
ただ成人年齢を考えれば親よりも年上の男になる可能性は高い、とも
「他には?」
「他には…あぁ、成人して10年経って子女の子を3人以上産んでない場合に、同じように独身で最年長の男との婚姻が追加されるとか?子供を増やすためにやむなく決まったらしいけど」
「最年長ってことはあぶれた人ってことよね?」
「まぁ、そうなるだろうな」
「せっかく色んな男と楽しめるのにあぶれた男となんて勘弁して欲しいわ。それならとっとと好みの男を捕まえればいいのに」
イモーテルは心底理解できないという顔をする
「あんたのこの体なら大勢が求めるだろうよ。俺もお零れにあずかれてラッキーだ。今夜は望み通り宿を取ってやったんだから朝まで付き合ってもらうぞ」
この商人はこの町で捕まえた6人目の商人だ
明日の朝出発すると言うので、宿を取ってくれれば好きなだけサービスすると交渉を持ちかけた
商人の間で流れる噂を聞いていた商人は嬉々として同意したのだ
「望むところよ」
久々のベッドにご満悦のイモーテルは挑戦的な笑みを浮かべる
商人を相手にすることはイモーテルにとってメリットしかなかった
身体を差し出すだけで移動手段が手にはいるだけでなく、性欲を満足させてもらえるし、欲張りさえしなければ服も手に入る
これまで1人1着購入してもらうことに成功していたため、既に手元には5着の服がある
2人目が気前のいい男だったおかげでバッグや靴、装飾品なども手に入れた
偶然ではあったが、イモーテルの目指す先は3国会議で決まった山間部の町である
レンヌはすでに受け入れ要請を出しているので、イモーテルが突然現れても問題はないだろう
どこまでもご都合主義でありながら、それなりに自分の満足のいく形で荒波を泳いでいくイモーテルだった
***一方ソンシティヴュの王宮では…***
「歌姫はまだ見つからないのか!?」
オナグルが日に何度も騎士団に怒鳴り込んできていた
それもイモーテルが逃亡してから毎日のことである
「申し訳ありません!手は尽くしていますが未だ…」
「王都を出たわけではあるまいな?」
「検問で歌姫を通した記録はございません」
騎士はそう言うがイモーテルが王都を出てからもうすぐ2週間だ
そのことにまだ誰も気付いていない
「ならばなぜ見つからない?お前たちは本当に捜索をしているのか?そもそもお前たちは4人もここで何をしている?」
「ですからいつも申し上げている通り非常時の対応があります。そのためにもここを空にすることは出来ないんです」
オナグルから繰り返されるこの質問に騎士たちもうんざりしてきていた
最初こそ相手が王族だからと、いら立ちを隠して丁寧に説明していた
それも5日目で無駄だと悟ったのだ
説明したところでこの男は理解しない
怒鳴りに来るたびに同じ質問を繰り返すせいで、まともな対応をする意味さえ見いだせなかった
騎士達はいっそのこと首にして欲しいと思い始め、その時からオナグルを見下した物言いを敢えてするようになった
その想いとは裏腹に、未だに首にはされていないのだが…
「…とにかく一刻も早く保護しろ!いいな!」
最後はそう言い捨てて去っていく
分が悪いと思っているのか返事を聞く気すらない
その姿が完全に王宮内に消えたのを見てその場にいた騎士が大きく息を吐いた
「怒鳴りに来る暇があったら内政に力を入れろってんだ」
「全くだ。ここに怒鳴りに来る時間でどれだけの書類が捌けるか考えろってんだ」「勇者や聖女ならともかく歌姫なんぞ召喚しやがって…しかもその歌姫の為にどれだけの人員を割いてると思ってるんだ?」
「だいたい歌姫が逃げ出すこと自体おかしいだろう?契約のせいもあるけど丁重に扱ってたんじゃなかったのか?」
「どう考えても王族に問題があるとしか言えないだろうが…」
この場にいる4人の騎士は魔物と戦う最前線に立つ役割を担っているため皆同じ気持ちだった
瘴気が濃くなってきていることは明らかだ
このまま濃度を増せば過去の惨事が再び訪れることも明らかだった
瘴気の濃度が増せば魔物が増える
しかもその濃度の濃さは魔物の強さに比例する
その魔物が町を襲い、襲われた町を立て直すのに膨大な時間を要する
それゆえに騎士達は勿論、世界は瘴気を払う聖女の召喚を一番に望んでいた
聖女が無理でも魔物を倒せる勇者をと切望するのは自然な流れでもあった
瘴気を纏った魔物を倒せばその身は瘴気ごと消滅するからだ
4国はそれぞれに瘴気を纏った魔物の討伐を定期的に行い瘴気の濃度が一定以上にならないようにしているが、最近はそれが追い付かなくなっている
それもあってソンシティヴュが召喚の儀の準備を進めていたのだ
召喚の儀には膨大な魔力が必要で、その準備に時間がかかるため4国の持ち回りで行うことが決まっている
今回はたまたまソンシティヴュの番だったところ、オナグルが愚行を働いたおかげで騎士達への負担は計り知れないのが現状だ
どれだけ歌姫を乞うていたとしても、オナグルは次代の王になる事を望み、そのためにも聖女か勇者の召喚は当然のことだと考えているはずだった
惨事が訪れればそれが叶わない可能性が大きくなる
それなのに、まさか土壇場でオナグルが本当に歌姫をと望むなど、ナルシスさえ思ってもいなかったのだ
騎士達の中では既に、未来に対して一種の絶望が浮かんでいた
何とも言えない空気を打ち消すかのように一人が口を開いた
「…実はマロニエから手紙が来たんだ」
「マロニエから?」
それは少し前まで共に前線で戦っていた騎士の名前だった
「ああ。ダビア元団長と共にフジェにいるらしい」
「フジェって数日前にカクテュスの領になった町じゃないのか?」
「そうなるように誘導したのがクロキュスさんらしい」
「クロキュスさんまでフジェにいるのか?」
「…だとしたらこの国に未来はないんじゃ…」
この場にいるものはクロキュスとダビアの事をよく知っている
国のかじ取りに多大な影響力を持っていたクロキュス
守りに対し絶対的な力と判断力を持っていたダビア
その2人がフジェにいて、そのフジェを他国の領とした
「そこで俺らにフジェに来ないかと」
手紙をもらったという騎士が言った途端みんな顔を見合わせる
「フジェは直近まで同じ国だったし、家族も暮らしやすいだろうからどうかと言ってくれてる。ソンシティヴュの王族に反感を持つ特攻は受け入れる。ただしソンシティヴュが敵国になるということを理解した上で決めてくれと。俺は行くことにした。嫁にも話したが同意してくれた。嫁の実家も俺の実家も一緒に移ることになるだろう」
「実家まで受け入れてくれるのか?」
「ソンシティヴュを除く3か国で協議されたと書かれている。3か国はこの国を見限り職人たちの引き抜きを始めているらしい。町にも噂を流し移住を希望する者は称号持ち以外は受け入れると」
「仕事はどうなる?」
「俺達にはフジェを守る騎士として動いてほしいと。検問がフジェに移るためにカクテュスの騎士や魔術師団が多くフジェに入るが文化が違う。その架け橋として動くなら歓迎すると」
彼はそう言ってマロニエからの手紙を順に読むようにと渡した
3人はそれぞれ読み終えると思案する
「家族との話し合いも必要だろうから今ここで決断をとは言わない。でも俺としては4人そろって辞表を置いて出国できればいいと思っている」
「何か策でもあるのか?」
「家族たちは先に向かわせる。とりあえず今なら王都を出ることが出来れば問題はないはずだ。旅行とでも言ってみんなで出ればいい」
「荷物はどうする?」
「明日出来る限りのものを換金する。最低限のものだけを馬車に積んで必要なものは向こうで揃えるつもりだ。しばらくは不自由するかもしれないが皆納得してくれた」
「なるほどな。なら俺もその予定で話を切り出してみよう」
「あとは俺達だが…」
「俺達が王都を出るのは簡単だ。5日後が丁度魔物の間引きの日だからな」
「そうか。騎士団は辞表さえ書けばその場で退団が可能」
「そういうことだ。出発前に引き出しに辞表を入れていく。しばらく魔物を狩ったのちに誰かに引き出しを見ろと告げて離脱すればいい」
「馬車で2日、俺らが馬で早駆けすれば半日かからない。家族が王都を出る際の行先は念のため近隣の町にしておいた方がいいだろうな。そこからはとくに行先を詳しく聞かれることもないし、温泉地や知人の家に行くとでも言えば納得するだろう」
4人は簡単に示し合わせる
翌日には他の3人も家族と共にフジェに移ると決断を下した
マロニエにその旨を知らせる鷹を飛ばし、準備ができた者の家族から王都を離れていった
***町中では…***
「聞いたか?角の武器屋がブロンシュに行くってよ」
「あぁ、防具屋はマアグリだったか?一体どうなってるんだ?」
「親戚に聞いたがこの国が危ないから亡命する者は3国が受け入れてくれるって噂が流れてるらしい」
「そうなのか?確かに歌姫の歌も聞けなくなってもう2週間だ。本当に体調を崩してるだけなのか?」
少しずつ他国に行く職人達と共に尾ひれや背びれの付いた噂が飛び交っていた