52.召喚の不思議
賑やかな晩餐が終わると迷宮に入る前にいたメンバーだけが応接室に移動した
「まず最初に伝えておきたいことがあるんだ」
切り出したのはロキだった
「ここにいる皆はシャドウを使ってオリビエを調べたはずだ。でも俺と出会う前の事は何もつかめなかったと思う」
沈黙が広がった
それは肯定を意味しているのだろう
まぁ、どんなに優れた人材でも別の世界の情報までは流石に引き出せないわよね
「オリビエは歌姫が召喚されたときに巻き込まれた被害者だ」
「な…」
「ではあの噂は…」
ざわつく中で一番険しい顔をしたのはモーヴだった
「モーヴ?」
「ちょっと思うところがあっただけだ。気にせず続けてくれ」
少し様子がおかしいものの続けろというならいいのだろう
「そもそも王であるナルシスが召喚しようとしていたのは勇者か聖女だった。でも最後に発動させたオナグルが歌姫を召喚した。そのことで騎士団の中には王族に反発する者もかなりいる」
「その騎士が分かるのであれば家族ごと引き込むのも有かもしれないな」
「その辺りはお任せします。必要なら騎士のリストは用意できますよ」
ロキの言葉に頷きだけが返ってくる
「オナグルは歌姫ではなかったオリビエには見向きもせず、召喚された歌姫はオリビエの幼馴染であるものの敵意しか持っていなかった」
「敵意…」
「ああ。だからナルシスはオリビエをどうするか悩んだ。その際、オリビエが自ら提案を持ちかけた」
「それはどのような提案だったのだ?」
「この世界で3か月ほど生活できるだけの準備と、この世界や国の事が書かれた本。それに対して王は個人的に持っていたフジェの別荘を譲り1年分の生活費、6冊の本を渡した」
「たったそれだけ?」
カモミの言葉には怒りがこもっている
「召喚した者に対して王族としてできうる限りの礼儀を尽くす。それがこの世界の4国で話し合って決めたこと。ナルシスはそれに反したということか」
「おかげで俺はソル エ ユニークであるオリビエを手に入れました。ただ、その取り決めからすれば歌姫の扱いも問題がありますね」
「何?」
モーヴの目が吊り上がる
「オナグルは歌姫に3つの契約を行っています。寵愛の契約、宣言の契約、そして血の契約…その上で離宮に閉じ込めていた。少し前に脱走したようですが」
「契約の上に監禁ということか?」
「血の契約だなんておぞましい…」
「それらの契約をしていたのに脱走?そんなことがありえるのか?」
反射的に色んな声が上がる
それを聞きながら私はソンシティヴュが異常なだけだったのだと安堵していた
「それがこれからオリビエの話すこととも関連しますが…おそらく召喚された者の特別な事情があるのではないかと」
ロキはそう言いながら私の方を見た
私は頷いてから姿勢を正した
「皆様に私のステータスを開示させていただきます」
私は何の操作もしていないオリジナルのステータスを閲覧権限を解除して開示した
「な…こんな数値は有り得ない…」
「90オーバーなんてあり得ないだろぅ…」
やっぱりこうなるわよね
「私は元の世界で高ランク冒険者でした。この世界と測定される項目や算出方法は異なります。でも共通する点があるものに関しては+50の補正がついたのだと認識しています」
「召喚された者のスキルは最高値である50となる。それを踏まえればその考え方が妥当か…」
ジャスマンが呟くように言う
「でもそれなら全て100になるのではないの?」
「+50はあくまで召喚者の補正値、それを引いた分は換算されたのではないかと。元の世界の最大値は60。すべてのスキルや数値は50オーバーしていました。その数値に83%をかけて端数5単位で切り捨てると妥当な数字になるんです」
「その辺りの確かなことは分からんが今の説明で納得がいった。しかしわからない点がある。ギルドに登録されるデータはなぜAランクとなった?」
シャドウはギルドの登録データも閲覧できるらしい
そう言えば迷宮に潜る前にも私のランクを口にしてた気がするわね
ま、別にいいけど
「これも召喚の影響だと思いますが…」
私は目の前でステータスの数値を書き換えていく
「なんと…!」
「これらの数値は表面上だけではなく、実力自体もその数値まで補正することが可能なんです。勿論表面上だけにすることも出来ますけど」
「変に墓穴を掘らないように実力も数値通りに抑えてたってわけだ。俺も聞いてびっくりした」
ロキの苦笑交じりの言葉に緊迫した場が少し和んだ
「このステータスを見ても解決しない疑問がある」
ヴォルビリスが言う
やはり気になるのはその点らしい
「迷宮の2階、ですね」
「ああ。魔力を封じられて武器もなく、レベル50を超える魔物を100匹以上体術で倒すなどありえない。たとえこのステータスをもってしてもだ」
ヴォルビリスの言葉は最もだと皆が私の方を見た
「私は元の世界で出会った冒険者に教わった技が使えます」
「その技とは?ステータスに反映しない技のようだが…」
「体の中を流れる魔力とは別のマナと呼ばれる気を、描いた魔法陣にのせて使う技です。こちらでは一般的でないようですが元の世界のステータスにはマナ操作と表示されています」
「マナ…何かの文献で見たことがあるな」
「そうなのですか?」
「ああ。拘束して魔法も封じたのに取り逃がしたものがマナという気を使っていたと」
その知られ方はあまりうれしくない気もするけど…
「なるほど。それでも30分で出るのは可能か?1階の迷路はそう簡単に…」
「ですよね。それも召喚による影響だと思うんですけど…元々持ってたスキルが進化したというか…」
「進化?」
ロキから発せられた言葉にそう言えばこのことは伝え忘れていたと思い出す
「鑑定の説明が辞書並みに詳細表示されるようになった上に、空間認識まで入ったみたいで…ステータス同様見たい範囲の3Dマップが表示されます」
「…」
黙り込んだ皆を見て、それに自分の任意のメモが残せることはとりあえず置いておくことにした
「それで確認したら2階に繋がる階段が入口の真横にあったので壁を壊したってだけで…」
「そんな簡単に壊れる壁じゃないはずよ?まして属性に土が無いなら余計に」
くいついたのはカミルだ
「魔力を込めた水球に風を纏わせて放ったら簡単に壊れましたよ?」
「ちょっとまて、お前の魔法は火と風と闇、水球って何だよ?」
「そっか、それも言ってなかったっけ?」
伝えるべきことが多くてロキにも伝え忘れていたらしい
他にも伝え忘れてることが出て来そうでちょっと不安になった
「えっと…元の世界でも生活魔法の火や水・風、光というか灯り?の微力な魔法はかなりの人が使えたの。それを使って食器を洗ったり、洗濯したり、濡れたものを乾かしたりしてたんだけど…」
「それはこっちでも半分以上のものが使える。しかしあくまで生活の補助でしかないのでは?」
「確かに元の世界では私もそうでした」
「元の世界では…ってことはまさか…?」
ロキが驚きと呆れをないまぜにしたような目を向けて来る
「うん。その生活魔法が魔力調整できるようになったみたい」
私はそう言いながら手のひらの上に水球を出し少しずつ魔力を込めていく
「こんな感じでもっと魔力込めた状態で風魔法を纏わせれば…あれ?」
呆然とする面々に首を傾げる
「オリビエ、魔法の多重発動は普通出来ないから」
「え?元の世界じゃ結構やってたんだけど…風魔法に火を纏わせれば大抵の魔物は倒せたし…」
「少なくともこの目で見たことは無いな」
「魔術師団の者も研究してる者はおるようだが成功したという話は聞いたことが無い」
これも世界の差というものなのかな?
魔法とひとくくりに考えて当然のように同じものだと思ってたけど、それ自体が間違いなのかもしれない
魔法そのものの発動の仕方が一緒なのかどうかも疑問に思えて来る
同じだったら多重発動が出来ないなんてことはないはずだもの
魔物の強さや得られる経験値は元の世界とさほど変わらない
そう考えると元の世界は随分レベルが上げやすかったのかもしれない
逆にこっちでSランクになっているこの人たちが元の世界に行けばどうなるのか…
そんなことを考えてしまう自分に呆れてしまった
「…とにかくあなたが規格外の力と可能性を持っているのも、それが召喚されたためだろうこともわかったわ。オリビエ、あなたを歓迎します」
「カモミ…」
「クロキュスをお願いね。今度あなたのカフェにお邪魔させてもらうわね」
「ええ。お待ちしています」
おだやかな笑顔を見せてくれたカモミに私まで嬉しくなった
「今後国境がフジェの町になる関係で検問の場所も移る。騎士や魔術師団も同時にフジェの町に移ることになるだろう。道の整備が済めばこことの行き来も楽になるはずだ」
「できれば町の警備にあたる騎士団にはソンシティヴュのことが分かる者も配置したい」
「なるほど。そこにソンシティヴュの王に反発を持つ騎士をということですね?」
アネモンの言葉にロキが続けた
「話が早くて助かる。フジェの町なら家族も身構えずに済むだろうしな」
「フジェからこっちに嫁いできた者も多い。こっちの町でも生国の事を知る騎士がいれば安心できる者も多いだろう」
「では引き受ける人数に制限はないと?」
「そうだな。ただ、混乱を巻き起こす元凶となった称号持ちは不要だ。都合が悪くなったからと鞍替えするような奴に民を任せることは出来ないからな」
「…まぁそれは妥当な判断ですね」
その言葉は何かを考えながら吐き出された
「尤も、お前の推薦する者なら別だがな」
モーヴが続けた言葉にロキは明らかに安堵の表情を浮かべた
きっとロキの交友関係を知った上での言葉だろう
そこまで考えてくれるのかと感心してしまう
「お前のことだ。明日にはフジェの町に戻るのだろうが…時々ここにも顔を出してくれ」
「ああ。王族が集まるときくらいは時々来るよ。月1は流石に勘弁して欲しいけどな」
「みんなにもそう伝えておこう」
「オリビエ」
「はい?」
「オリビエが巻き込まれた件をナルシスは隠した。歌姫に対する血の契約や離宮への監禁、脱走したことの隠蔽に関しても他の2国と協議する必要が出てきた」
「…」
「オリビエをその場に連れていくことも、オリビエの存在を広く知らせることも無いように力は尽くすが、必ずと約束することは出来ない」
モーヴの言葉に俯く私の肩をロキが抱き寄せる
「だが、オリビエ自身の望みが今の生活を守ることであれば、それを叶えるよう動くのもこの世界の王族の務めだ」
「…私はロキと今の生活を、このまま続けていきたいです」
「わかった。協議の中でオリビエの協力が必要になるかもしれない。それ以外にも召喚者についての情報を整理する必要がありそうだ。その時はシャドウに伝えてもらう。出来る限りでいいから協力を頼めるか?」
「もちろんです。それが自分の為になるならなおさら」
そう返すとモーヴは満足げに頷いた
「あ…この世界で女性の婚前行為に寛大な場所か一妻多夫の場所は有りますか?」
「あるにはあるがなぜだ?」
「イモーテル…歌姫は元の世界で多数の男性と関係を持っているんです。それに彼女にとって注目されるのが何よりも重要で、一人で満足できるタイプでは…」
「なるほど。それなら元々そういう町にいたほうが、歌姫にとっても周りにとってもいいということか。そういうことなら協議の時にもそう進言しておこう」
「ありがとうございます」
私はモーヴに対し頭を下げた
大まかな話はそこで済ませ、今後の動きも示し合わせが済むと解散となった
私たちは翌日、シュロお勧めの武器店で武器を調達してからフジェの町へ帰った