5.契約
「そろそろ行くか。ここにいても仕方ないしな」
「そうだね」
ロキに促され今までいた広間らしい部屋を後にした
騎士団の待つ場所に向かっていると背後から足跡が近づいてくる
「待ちなさいオリビエ!」
その声に嫌な予感しかしない
「さっきの歌姫だな。今さら何の用だ?」
ロキはそう言いながら立ち止まる
「ろくな用じゃないと思うけど…」
正直このまま無視して立ち去りたいと思いながらも、結局そうできずに立ち止まる
イモーテルの後ろからはオナグルとその側近達も走ってくる
「やっと追いついたわ…」
イモーテルは荒れた息を何とか整えようとしていた
「許さないわよ」
「許さないって…何のこと?」
イモーテルに許可を取る様な事は一切なかったはずだけどと首を傾げる
「その人連れていくなんて許さないわよ」
イモーテルはロキを指さして言う
ここにきてイモーテルお得意の自己中が発揮されたらしい
そもそもイモーテルにロキの行動に対して口を挟む権利などないだろうに…
「歌姫、一体どうしたというのだ?俺がいるのに他の男は関係ないだろう?」
オナグルがため息交じりにいう
「それはそうなんだけど…でも!オリビエなんかにそんなイケメンがついていくなんてありえない」
「イケメン…」
思わずつぶやきながらロキを見る
確かに整った顔立ちかもしれない
「あの場で一番のイケメンがその人だったの!だから絶対許さない!」
判断基準がひどすぎる
「オリビエなんか一人で困ればいいのよ。だからあなたはここに残ってよ。ね?」
イモーテルはロキの腕をつかもうとした
「失礼だが…」
ロキは迫ってくるイモーテルを躱し距離をとった
「え…?何で…?オリビエなんかより私の方がいい女でしょう?なのに何で…」
ロキが私を守る様に前に立つ
「私がオリビエ様と同行することは王の許可をいただいております。王太子の望まれたお客人の望みとはいえ承服いたしかねます」
「承服?何よそれ…どういう意味?」
そういえばイモーテルの知識は低かった
みんながポカンとしている以上フォローすべきかしら?と思っていると…
「私がお守りするのはオリビエ様ただお一人だと申し上げております。歌姫の側にいる理由もございません」
「は?」
これまでここまでキッパリ拒絶されたイモーテルを見るのは初めてだった
しかも引き合いが私となればイモーテルの苛立ちはかなりのものだろう
「歌姫には王太子がおられます。召喚されてまださほど時間はたっておりませんが…既に王太子の寵愛をその手になさっているとお見受けします」
その言葉に驚いてイモーテルを見るとその胸元や首筋にいくつかの赤い鬱血痕があった
服も少々乱れているようだ
まさかこの短い間に既に営みを行ったと?
それ以上考えるのが少し恐ろしくなった私は思わず顔を背けていた
「それが何?私は歌姫なの。沢山の殿方の寵愛を受けても構わないじゃない」
それは男を侍らせるということだろうか…?
イモーテルのおバカ発言に流石にため息が出る
「一つだけ教えて差し上げましょう」
「何…かしら?」
「この国では王族の寵愛は絶対です。王族の寵愛を受けた者はその者以外の異性からのいかなる干渉も許されません」
「は…?」
イモーテルがポカンとする
「そういうことだ。たとえ側近や護衛と言えど警護以上の干渉は許されない。歌姫は俺だけのものということだ。歌姫に手を出した男は一族含めて奴隷落ちとなる。対象の者には額に入れ墨が現れるから逃れることも叶わない」
オナグルが満足げにそう続けた
「何…それ…ちょっと待ってよ!私は歌姫なのよ?前の世界でもみんな私に夢中だったのよ?それをオナグル一人で満足しろということ?」
「言葉にはお気を付けください。歌姫自身が他を望む発言は王族への冒涜となりますゆえ」
「どういう意味?ちょっとオリビエ、わかるように説明してよ」
イモーテルが私の方を見てそう言った
「…あなたはそこの王太子オナグルだけを愛しなさいってこと。それ以外の男に目を向けたり関わろうとするのは勿論、オナグルを尊重しない言葉は全て悪口と受け取られるみたいね」
「ありえない…」
イモーテルは不快を隠そうともしない
「気になったんだけど…この子がそれをしたらどうなるの?」
「万が一そのようなことをなされば一切の自由は無くなるものと…」
「というと?」
「すべては王族の意のままではありますが、過去には奴隷落ちをはじめ牢や娼館、鉱山の男たちの元に送られた者、死を迎えるまで王族の部屋で飼われた者など様々でございます」
側近は表情も変えずに淡々と告げた
「ねぇ、何なのよ?」
相変わらず理解力が追い付かないらしい
「イモーテルがオナグルを尊重しなければ奴隷落ちかそれに近い扱いをされるってこと。それがイヤならオナグルだけを愛し続けるしかなさそうね」
イモーテルから『ガーン…』という吹き出しが見えた気がした
「そこまでかみ砕かなければ理解できないのですか?」
側近が少しためらいながら訪ねてくる
「ステータス、確認なさったでしょう?知性5がこの世界で何歳くらいかを考えていただければよろしいのでは?」
「なるほど…」
頷きながらも戸惑いまでは隠せていない
せいぜいこれから頑張ってかみ砕いて話をして欲しいものだ
「馬鹿にしないでよ。それよりオナグルだけを愛し続けるって何よ?歌姫は大勢を愛する存在でしょう?」
幼い頃から女神様気取りのイモーテルらしい言葉だ
大勢を愛し、その愛は全て倍以上となって自分に返ってくると信じて疑わない
私がイモーテルのその考えをただすのは10歳になる前に諦めたけど、それを理解させることが出来る人がこの側近の中にいるのかしら?
ぱっと見たところ呆れている人ばかりのようだけど…
そんな中イモーテルのその言葉に真っ向から反対したのはオナグルだった
「大勢を愛す必要などないぞ。歌姫は俺だけの歌姫だ。先ほどその契約もしたじゃないか。それを自ら破る様な真似はしないよな?破ればそなたの精神は崩壊され操り人形と化すのだからな」
「契約?いつ?」
イモーテルは首を傾げる
「俺の腕の中で愛らしく鳴いてた時だよ」
「は…?」
「俺の側にいると、俺だけを見ると、この愛らしい口で誓っただろう?」
オナグルはそう言いながらイモーテルの唇に触れる
「確かに言ったけどあれは…ほら、あーいうことしてる時は流れで誰でも言うじゃない?」
いや、言わないから
というかそもそもそう言えない相手とそういう関係は持たないから
私は心の中で突っ込んでいた
「今さら何と言おうと取り消しはきかない。クロキュスも言った通り俺に抱かれた時点で王族に忠誠を誓うという契約が自動的になされている。そして歌姫が誓いを口にした時点で俺との契約が成立しているからな。もし破れば死と等しい結果が待っている」
オナグルは嬉しそうにそう言いながらイモーテルを抱き寄せた
「私が呼び寄せた歌姫だ。他の誰にも渡しはしない」
「イヤよ。私は…」
「出来るだけ早くお披露目をしよう。そのためのドレスや宝石も準備しなければならないな」
「ドレス…宝石?」
遮って発せられた言葉にイモーテルの顔つきが変わる
彼女はそういったものに目がないのだ
きっと先ほどまでの会話は掻き消えてしまった事だろう
「オナグル様、我々は失礼させていただきます」
もうこの茶番に付き合う必要はないと判断したのかロキが言う
「ああ」
私たちなどどうでもいいというように、オナグルはドレスや宝石という言葉に吸い寄せられたイモーテルを促し王宮の方に戻っていく
「すごい女だな…」
ロキの言葉に苦笑しか出てこない
「お前はよくあれに冷静に対応できるな?」
「まぁ…20年の付き合いだしね」
「幼馴染と言っていたか…」
「そう。親同士が仲が良くてどちらかと言えば腐れ縁?昔から一方的に敵意を持たれて迷惑してる」
「比べるまでもないだろうに」
「?」
「沢山の男からの寵愛と言えば聞こえはいいが、言い方を変えればただの淫乱だろ?あの短時間で股を開いたってことは、元の世界でも体を武器にしてたってことだろうしな」
ド直球な言い方をするとある意味清々しい
「これからはそうはいかないだろうし、あの調子なら簡単に契約を反故にするだろうな」
「あの王太子ならどんな罰を?」
「そうだな…歌姫への執着は異常なものだからな…良くて軟禁、悪くすりゃ拘束して監禁か…魔術による洗脳もありえるか。どう転んでも手放すことはないだろうな」
「…召喚するくらいだもんね」
それはただならぬ想いなのだろう
何があっても向けられたくはない思いだけど…
イモーテルは死ぬまでオナグルの側にいるのだろうと、この時誰もがそう思っていた