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49.試練の迷宮

「暗いわね」

扉が閉じたとたん暗闇が広がったため生活魔法のライトを使う

生活魔法は元の世界でも当たり前にあったもの

でもこちらに来てから色々試したところ、魔力量を調整することで様々なことが出来ると気づいたときには驚いた

私の魔力属性は火と風と闇、でも生活魔法の魔力を上げれば水と光も使えるということだ

ただ、生活魔法の水を単体で攻撃に使うのは難しい

手元に大きな強い魔力の籠った水球が作れたところでどうしようもないもの

肉体強化してそれを投げたところで強い敵にはかすりもしないだろうしね

迷宮内を確認するために多めの魔力を流すと一気に明るくなった

うん。本当に便利


「まるで巨大迷路ね」

あまり広い空間ではないものの所々に罠や魔物と言った妨害が用意されているのが分かる


「この壁壊せばこのフロア完了だけどいいのかしら?」

空間認識で頭の中に描かれたマップを見れば、本来ならかなりの距離を辿らされる迷路にもかかわらず、次のフロアへの階段は今居る場所の真横にあるという驚く結果になっていた

これを人間が作っていたならとてつもなく根性が曲がっていると言いたい

真横の出口に行くまでに一体どれだけ回り道をさせて、どれだけの魔物を倒させるというのか…

それが全て見えるだけにいたたまれない


「多分、土からできた壁よね?」

少し壁から離れると魔力をかなり高めた生活魔法の水球に風を纏わせる

それを一気に放つととてつもない轟音が響いた

「あれ?意外と脆かった?」

見晴らしの良くなったその光景は、壁の残骸と共に魔物の遺体などが落ちているものの20mほど先まで続いていた


「ま、いっか。とりあえず次」

階段を上りフロアに踏み入れた途端違和感を覚える

「魔力が封じられた?」

試してみても生活魔法の水さえ出ない


「ちょっとまずいかしら…」

だだっ広い空間には少なく見積もっても100匹を越える魔物

魔力を封じられたと言うことは、インベントリにしまっている剣を取り出すことも出来ない


こんな状況に陥るなんて想定したことも無かっただけに身に着けている武器もない

どうすべきかと考えている間にも、襲い掛かって来る魔物を蹴ったり殴ったりで何とか倒していくもキリがない

しかもそれぞれの魔物のレベルは50以上だ

こっちは魔力を封じられているのに魔物は平気で魔力を操ってくるのだからたまらない


「それでなくても普段は魔法が主体なのに…!」

半分自棄になりながら体術で応戦する

せめて武器があればもう少し楽なのに…

そう思ってもどうすることも出来ないのだ

魔法主体の私にとって、なれない体術は容赦なく疲労を蓄積していく

ポーションを使いたくてもそれすらインベントリの中なのだから笑えない

かわしながらも受けるダメージは明らかに大きくなっていた


「ぐっ…!」

避けた先に飛び込んできたのは大きく鋭い爪を持つ手

気付いても避け切るまではできなかった


「内臓…やられたかな…」

手で押さえても止まる気配のない出血に流石にリタイアすべきかと考える

こみあげてきたものを吐き出すと、どす黒い色をしていた



「これ以上はまずいかな…」

漠然とそう思った

でもリタイアするという選択肢を選ぶことができなかった


きっと私が踏破することを誰よりも強く望んでいるのはロキではなくカモミだ

会いたいと願った孫に怒りを向けられながらも彼女が願ったのはその孫の幸せだ

ロキとのわだかまりを解くには私がクリアする以外に方法が無いように思えた


『補正解除』

今できる最善の策

ギルドに登録する時にかけたステータスの補正を解除した

こんなことなら最初から解除しとけばよかったわ…


魔力が封じられていても、封じていた元の筋力に底上げすれば出血は多少落ち付くはず

屁理屈のようだけど前に聞いたことがあるし、目の前で見せられたこともある

正確なメカニズムは知らないけど望んだとおり出血は治まった

少しふらつくものの痛みも多少マシな気がする

でも部屋の隅に見える階段までたどり着ければなんとかなるのは分かっても、簡単に進ませてはくれそうにない

こうしている間にも魔物は当然のように襲ってくるのだから…


「あれは使えるのかな?」

ふと頭をよぎったのは魔法陣

魔力とは違い体内を巡るマナという力を使う技

スキルとして認識されてないし、普段使うことがないから自分でも忘れかけていたわ


ものは試しと襲い掛かってくる魔物を倒しながら頭の中で陣を描く

意識が分散されたことで食らう攻撃も増えるけど構ってはいられない


描いたのは竜巻

そして力を籠める

轟音と魔物の悲鳴が響く

次の瞬間すべての魔物が吹き飛んでいた


「何か簡単すぎる…っていわゆる補正のせいか…普段は全く役に立たないけど今回だけは助かったかも」

魔法陣を描く間に魔法なら何発発動できることか…

ゆえに普段はお蔵入りの力でしかない


まぁ、とりあえず敵は一掃出来たからいいんだけどね

でもその為に支払った対価は大きい

何かの稽古のように順番に向かって来てくれるわけじゃない

魔物は隙あらばと襲ってくるのだから当然だけど…


とりあえず迷宮内で安全な場所でもある階段に移動し応急処置をしていく

「ちょっと血を流しすぎたかも…」

解放されたインベントリから取り出したポーションで傷は塞いだものの、既に流れた血が戻ってくるわけではない

目の前が少しかすんで見える

流れた血の大半は腹部を抉られたときのもので、マナに気付く前にやられたものだ


「こういう時回復魔法とかあったらよかったんだけど…」

聖女と呼ばれるスキルを持つものや光属性の魔法を持つ者が得る癒しの力

話を聞く度憧れたのはきっと私だけじゃない

召喚された時もひょっとしてと期待をしたものの、補正値がついただけで覇王と同種の統率以外に新しい力は追加されなかったと知りがっかりした


生活魔法の光も進化したとはいえ、灯りとしての役目しか果たしてはくれなかったものね

転生者や転移者の補正は行った先の世界によって違うらしい

ミルトゥに来た人は必ず世界言語と順応力、精神異常耐性がMAX値でついていた

特殊な世界故の配慮だろうと冒険者仲間と話していたのを思い出す


「あと1フロア、ロキも心配してるだろうし、とっととクリアして見せましょう」

意を決して立ち上がる

そして見えてきたフロアにいたのは…


「ここにきてまさかのヒドラ…」

9つの顔が私を捉えていた

自分の顔が引きつるのが分かった


「知略に力に魔力…なるほどね…」

鑑定で得た情報で納得する


この世界のヒドラは元の世界とは違うらしい

元の世界では頭は5つ、それぞれ火、水、風、土、雷の属性を持っていた


でも目の前のヒドラの頭は9つ

4つは魔力が無効

5つは物理が無効

魔力だけでも力業だけでも倒すことは出来ない

そして首を落としてからの再生までの時間はわずか30秒

倒すためには成人男性の体の5倍ほどある全ての首を、他が再生する前に落とす必要があるのだ

いかにして戦うか、そこに知略が必要となるということなのだろう


「これ、鑑定なかったら永遠に終わらないんじゃない?」

再生することは気づけてもその時間までは分からない


本当に意地の悪い迷宮だわ…

それになによりドロップの出ない迷宮があるなんてね

前の階層で100匹以上倒して何もなし

好き好んで潜りたい迷宮ではないわね

こんなことを考える当たり私もちょっと壊れかけてるのかしら?

でも仕方ないと思うのよ

ある意味自分の中の概念を覆されてるんだから…


「でも…なめて貰っちゃ困る」

私はインベントリから9つのショートソードを取り出した

インベントリの中には、元の世界で鍛冶の見習いしてる友人達からもらったショートソードやロングソードが100本近く入ってる

売り物にならないしこれ以上再利用できない物を、近くにあった迷宮の飛び道具の物理攻撃でしか倒せない魔物用にもらったものだ

あの魔物、上空高くを飛んでる上に武器が必ず貫通して天井に刺さるから回収できないのよね

ストックしてでも倒したかったのは、その魔物からしか手に入らないスパイスがあったから

まさかこんなところで使うことになるとは思わなかったけど…

そのショートソードを風魔法で浮かせると火と風の魔力を纏わせる


「様子見なんてぬるい事言ってられないよね…」

魔力はまだ残っている

でも血が不足しているだけに長期戦はまずい

あらゆる可能性を考えてできる限りの準備を整える

マナはどこまで効くかわからないだけに保険でしかないけどね

そして準備が完了して初めてフロアに足を踏み入れた


瞬時にこちらに向かってくるヒドラの目に向かってショートソードが飛んでいく

触れた瞬間火魔法が発動し風魔法が付近を覆いつくす

魔法が効く頭にはそれで問題ないはず

そして物理しか効かない頭は目に気を取られているところで首を落としていく


「くっ…!」

3つ目の頭に切りかかった瞬間残っていた頭からの攻撃をもろに食らい地面にたたきつけられた

しかも攻撃を食らったのはさっきポーションでふさいだばかりの場所

息が詰まりそうな衝撃と血の気の引く感覚に、とてつもない恐怖に包まれる

せり上がり吐き出されたものは血以外の何物でもなかった


その瞬間ロキの心配そうな顔が浮かぶ

「負けられない」

念のために取っていた保険、準備していた魔法陣からのカマイタチにダメもとで火魔法を乗せて発動した

これでだめならリタイアしかないのかな

でも…


縦横無尽に動く刃が残っていた物理の頭だけでなく、目からの攻撃で弱っていた頭を含めてヒドラの体中を刻んでいた

マナは魔法攻撃の扱いではないらしい

こっちの方が効果あるとか…

想定外の現実に脱力した


次の瞬間大きな魔力に包まれるのが分かった



***

少し時間が戻ってロキたちは…


「…どういうつもりだ?」

ロキは戻ってきたカモミに詰め寄る


「…クロキュス、お前がシティスの息子だということが知れ渡っているんだよ」

「なに?」

「だからここに連れ戻そうとしていたのよ。お前が選んだオリビエの存在が知れ渡るのも時間の問題だろうから」

カモミは淡々と告げる


「わかるかクロキュス、シャドウがどれだけ守ろうとしても本人に危機感と覚悟がなければ守れない。それに…狙われるのは決まって弱いものからだ」

その言葉にロキはこぶしを握り締めた


「今いる成人した王族は皆、迷宮をクリアしたかSランクの者だけ。でも…あの子はAランクなのでしょう?」

それが何を意味するかは分かるわよねとヴィオレットは言葉を濁す

「無理だと判断した時はリタイアするよう指輪を持たせたわ。それにあの迷宮は得られる経験値が2倍になる」

「俺たちはそれを利用して力をつけることもあるんだ」

それが気休めでしかないとわかりながらも皆言葉をかけ続ける


もうこの世を去ってしまった末の妹の愛息子

これまで会いたいと願いながらようやく会えたものの時期が悪かった

それでもこの方法が愛息子の愛する妻を守る一番の方法だと、自らを言い聞かせているようにも感じる


カクテュスは一見平和だが王族に近い家柄の者の中には反乱分子が存在する

彼らにとっては継承権を放棄しようと国を捨てようと関係ない

王族の血を引く者とその家族は全て敵とみなされるのだ

戦闘にも魔導士団としても活躍する国だからこそどのような攻撃をされるのかわからない

少しでも生存率を上げるには強くなり上手く立ち回るほかないのである

永遠とも思える苦しい時間をロキはただ耐えていた


「!」

突然、大きな魔力の動きを感じた瞬間オリビエがそこに立っていた


「オリビエ!」

少しふらついたオリビエをロキは抱き上げる


「まさかもう終わったの?」

「ありえないだろ。30分しか経ってない」

「でもここに戻されるのはクリアした時だけだろ?!」

皆が口々に言う


「大丈夫かオリビエ…」

ロキは酷い傷口に最上級のポーションをかけていく


「大丈夫。ちょっと油断した時に内臓やられて血が足りないだけ」

オリビエは苦笑しながら言った


「油断って…」

「うん。まさか魔法が封じられるフロアがあるとは思ってなくて、武器を出してなかったから…焦った」

「…まさかあのフロアを武器なしで?100匹以上の魔物がいたはず…」

入ったことがある者は背筋が寒くなるのを感じた


「オリビエあなた武器なしでどうやって…」

「…それも含めてロキに説明したくて…皆さんにも一緒に聞いてもらいたいんですけど、少し休んでからでも…?」

今は流石にこれ以上話せないと力なく笑うオリビエに皆が頷いていた


「え、えぇ、そうね。医師に増血剤を用意させて」

控えた者に指示を出す

「あなたたちの部屋に案内させるわ。夕食は19時からの予定だけど無理なら部屋に運ばせるわ」

「ああ」

オリビエはロキに抱き上げられたまま部屋に連れていかれた


***

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