閑話7.王の威厳
ソンシティヴュの王宮に突如男が現れた
「誰だ!?」
警備にあたっていた騎士がその人物に向かって剣を向ける
でも向けられたその人物は全く微動だにしない
ただ剣を向けて来る騎士を真っすぐ見返していた
「っ…」
騎士はこの相手には敵わないと理解した
でもここで剣を引くわけにはいかない
「多少は見所がある様だ」
「な…」
予想もしなかった言葉に気がそれたその時だった
「さがれ!その方は隣国の王だ」
「!」
焦りと共にかけられた言葉に騎士は即座に剣をしまう
他国の王族に剣を向けた事実に震えあがる
それに気づきながらも一瞥しただけで放置した
「今抱えている案件とそれに関する事案が貴国との間で滞っていてな。急ぎ確認したいことがある」
「承知しました。こちらへ」
偶然にも通りかかったのはナルシスの側近の一人だった
先ほどの騎士にナルシスを呼ぶよう伝えると応接室に案内した
「お待たせして申し訳ない。して…?」
「最近領主の変わったフジェの件だ」
「はて」
「ほう…とぼけるか?」
「とぼけるなど…我が国の町が何か失礼でも致したか?」
ナルシスは心当たりはないとばかりに尋ね返す
「失礼なのはあの町ではなくこの国だ」
ニヤリと笑いながら書類の束を出す
「貴殿の依頼で我が国が支払った災害時の復興資金を前領主が横領していた証拠だ。そしてこっちはその不当に搾取された資金の返還要請。もっともこちらは何度送っても、そなたの愚息がたわごとを申すなと送り返してきたがな」
「まさかそんな…」
「ちなみにこれがその愚息からの書面だ」
さらにテーブルに叩きつけられた10枚ほどの紙の束を見てナルシスは黙り込む
書面には確かにオナグルの字で『たわごとを申すな』が書かれていたからだ
たわごとだと送り返していたこと自体にも驚いたが、それ以上に王族としての書面に、その体裁を無視して言葉にされた通りの言葉のみが記されていることに驚愕した
「領主の交代は王命だ。交代した理由を知らぬはずもあるまい?現に今の領主は判明した全てを謝罪し、王命を記した書類と共に我が国に挨拶を送ってきた」
そう言いながら目の前に出されたのは自らの魔力によるサインを施した書面だった
ナルシスは自分が返答を誤ったことに気付くも今さら取り消せるものではなかった
「確かこの国では先日、王族を謀った罪で正妃の一族が処刑されたところだったか。わが国でも同じ対処をすべきか?」
「それは…ど、どうか命だけは…」
ひれ伏すナルシスに王の威厳はない
民の為にあるべき王が自らの命乞いなどありえないことだった
「2つ選択肢を用意してやる」
「それはどのような?」
「1つは即刻資金を返還すること。勿論慰謝料も上乗せさせてもらう。もう1つはフジェの町を我が国の領土とすること」
「フジェを奪うと?」
「言葉を間違えるな。あの町はここ数年我が国の支援で保っているのだぞ?」
「!」
「領地の視察も行われず災害時の支援も行われない、すでに忘れさられた地と呼ばれている領土だ」
「しかしあそこは…」
「くっくっ…そなたの愛した歌姫の亡骸がある地であったか」
「!!」
ナルシスの顔が引きつり青ざめる
「それにもかかわらず放置できたそなたの考え方は理解できぬな」
いちいちもっともな言葉がナルシスの胸に突き刺さっていく
「選択肢は2つ。どちらをとる?」
「…」
「言っておくがどちらも選べぬと申すなら他の2国にこの国が礼儀を知らぬ国と知れ渡るまで。さらには我が国の民は黙っていないであろうな?」
「それは…我が国へ攻め入ると…?」
そんなことになればソンシティヴュが崩壊する未来しか見えなかった
「さぁ。我の知るところではない。何分気性の荒いものが多い故、王の言葉ごとき簡単に無視して後から責任を取ろうとするものも少なくないからな」
「貴国は魔道力も戦力もずば抜けている…そんな国に攻め込まれれば我が国は…」
カクテュスの民は4国の中でけた違いの強さを誇る
それは魔道力と戦力が高いだけではなく、戦闘狂という国民性ならではの好戦的な性格のせいもあるのだ
さらに曲がったことを嫌う性質も持っている
今突き付けられた事実が明るみに出ればどうなるかは火を見るより明らかだった
遠い昔ソンシティヴュは魔道力も戦力もなかった当時の第2皇子が、自らの理想を形にしたいと王に懇願し、カクテュスから独立する形で出来た国である
その際他の皇子が反対し、戦乱になった
その場所こそフジェの町付近だったのだ
第2皇子の立てこもったフジェの町をカクテュスから隔離するために魔術師は地形を変えた
フジェを囲う不自然な切り立った山はそのなれの果てである
権力だけを頼りに成りあがった第2皇子は王となると同時に王族至上主義を掲げた
それまで自分を虐げ、蔑んで来た者を従わせるための体制を整えたのだ
称号はその主軸となる制度だった
当時は今ほど裕福ではなかったため称号を得ればそれだけで手元の資産は微々たるものになる
称号は権力を持ちたい者の資金を奪うための策でもあったのだ
もっとも時代と共にその当初の姿とはかけ離れたものになっていたが…
そんな自国の歴史をナルシスは何故か思い出していた
いつからか称号は王のあずかり知らぬ場所で売買されるようになっていた
その結果がゴールドから謀られるという事態を作り出したのだとナルシスは思っていた
実際はただ王族が間抜けだっただけなのだが…
「だからこそ選択肢を用意してやったではないか。1つは当然の権利を主張したもの、1つは今の状況からの妥協案、他の2国も充分理解してくれるものだと思うが?」
「…フジェを差し上げます」
「差し上げる?」
王は眉間にしわを寄せる
「あ、いや!フジェを…どうか…だから…」
ガタガタと震えるナルシスに王としての器があるのかどうか…
「…まぁよい。今この時よりフジェは我が国の領土。王族であろうと勝手な立ち入りは認めぬ。もっとも忘れ去られた地に赴くとは思えんがな」
あざ笑うように言われナルシスはただひれ伏すのみ
それでもこの最悪の事態からようやく解放されることへの安堵の方が強かった
「ときに王よ」
区切られた言葉にナルシスは顔をあげた
「歌姫はいかがした?召喚して半年近く毎朝聞こえていた歌が聞けなくなったらしいが?」
ひゅっ…と息を飲む音が聞こえた
「う、歌姫は体調を崩しております故…」
「左様であったか…1日でも早く体調が戻られるよう祈らせてもらおう。異世界より強制的に召喚されたある意味被害者でもあるのだからな。同じ世界の者として何か出来ることがあれば力になろう」
「あ…ありがたきお言葉…」
ナルシスは冷や汗を流す
血の契約を行った上離宮に隔離したことは勿論、それがイヤで逃げ出したなどと知られては大変なことになる
「そういえば…歌姫の召喚の際もう一人召喚されたという噂を聞いたが真相は?」
「そ、そのようなこと…あるはずがないではありませんか…ただの噂で…」
震えの増したナルシスを見下ろす
「…そうだな。仮にそのようなことがあれば、この世界を分かつ国である他の3国に報告があるはず。ただでさえそなたの愚息による数々の愚行で憤りが高まっている中、そのような大事なことを報告しないという策はとらんか…ならばもう用はない。今後フジェは我が国の領土だということを忘れるな」
王はそう言ってその場から姿を消した
「まずい…彼女の存在を伏せたのはただの被害者だからだ…しかも彼女はフジェに…まさか…?」
王の想像が全くの見当違いではないと知るのはまだ先のことになる