44.逃走(side:イモーテル)
私は離宮を飛び出してすぐ、どうすればこの王宮の広大な敷地を抜けられるのか頭を巡らせた
その時、洗濯したメイド服が干されているのを見つけた
「ラッキー」
これなら王宮内をうろついても怪しまれることは無い
ためらいもなくメイド服を盗みその場で着替えると、いつもおろしたままで目立つだろう長い髪をまとめてしまう
シニョンなら王宮内のメイドも良くしてるから丁度いいわね
あとは建物の中にあった靴を拝借して、何食わぬ顔で、王宮内を『歌姫』を探すふりをしながら走っていた
「本当、楽なものね」
『歌姫』を探す騎士団は、いつもの白いシンプルなドレスの長い髪を靡かせた女性を探し続けているため、メイド服を着た私とすれ違っても気付く者はいなかった
沢山いるメイドの顔を全て覚えるなんて無理だろうとは思ったけど、メイド服を着ただけでここまで誤魔化せるのは嬉しい誤算だわ
「そこのメイド、どこに行く?」
王宮の門を出ようとした時見張りの騎士に呼び止められた
まさかばれた?
一瞬ドキッとしたけど周りにメイドの姿がないわけではないのを見て胸を撫でおろす
「歌姫様を探すよう指示されています」
「何だ、メイドにまで指示が出たか…何かあればすぐ連絡しろ!」
「はい」
何とか誤魔化せたとホッとするのを隠し必死で探すふりをしながら外に出る
人気のない場所までくると、裏道を選びながら洗濯物が干されている家を物色する
「これでいいわ。王宮を出たらメイド服の方が目立つもの」
さっと着替えられそうなワンピースを見つけ、慣れた手つきで奪う
物陰でワンピースに着替えるとそのまま町に紛れ込んだ
泥棒と言われようとかまわない
悪いのは勝手にこの世界に呼んで閉じ込めた王族だものね
途中、庭先に干してあった帽子をくすねれば髪も簡単に隠すことが出来た
私は元の世界で変装などお手の物だった
衣装で着飾ることも変装することも日常の一部でしかなかった
「特徴しか知らない相手から姿をくらますくらいラクショーね」
顔が知られていれば目元でほぼ見破られてしまう
でも幸か不幸か私の顔をちゃんと見たことがあるのは限られた人間だけだった
不要になったメイド服は捨てたら足がついてしまう
今は簡易のバッグとして持ち歩いている
異世界の文化を紹介するイベントで風呂敷というものの使い方を教わったのをアレンジしたのだ
「こんなところで役に立つとはね」
イベントの時は怠くて仕方なかったのにと、一人ほくそ笑みながら歩く
「それにしてもあの男…王太子だって言うから期待したのに…なんてことはないただの早漏じゃない。ちょっとは役に立つと思ったのに契約なんて勝手にして腹が立つ」
最近の記憶はしっかり残っているのだ
だからこそ余計に苛立っていた
それでもすれ違う男の体をなめるように見ながら物色するのは忘れない
「でもこの辺りではやめた方がいいか」
ここで男とやってる最中に見つかったら最悪だしね
行先などどうでもいいと考えた私は、適当に会話を盗みききしていた
そして商人らしき男の荷馬車に乗り込むと荷物の中にもぐりこんだ
「荷物の中身まで調べられたりしないわよね?」
ドキドキしながら検問を通過するのを待った
かすかに聞こえてくる会話が途切れ馬車が走り出すとホッとした
「そういえばオリビエはどうしたのかな?あのイケメンと一緒だから死んではいないだろうけど…」
あれからもう半年以上が経ってしまったらしい
でも自分の中の明確な記憶は召喚されてからの10日程と、この1か月ほどのものだけでその前の数か月は朧げにしかない
あとの時間をどう過ごしていたのか殆ど覚えていないのだ
「この1か月みたいな状態が続いてたんだろうけど…」
オナグルを盲目的に信頼する自分と怒り狂う自分
真逆の気持ちを自覚して気持ち悪くて仕方がなかった
オナグルは私が満足してなくても自分が満足すれば終わりで私は常に欲求不満だったのだ
「オリビエを頼るのは癪だし、頼るとしてもどこにいるかもわからないしね。とにかくここじゃないどこかに行ければいいか」
呟きながら外の様子を伺う
揺れる馬車の荷台は安い作りなのも手伝って居心地が悪い
かといって目的地もなく自分の足で動くなど論外だ
その時ふと、この世界のどこかにオリビエがいるんだと思った
「不思議ね。あんなに煩わしい相手だったのにそのことが嬉しいなんて」
幼い頃は仲良かったはずなのだ
でもいつからか張り合うようになった
尤もそれが私だけだったから余計にムキになったんだけど
元の世界の事を思い返していると馬車が止まった
「休憩?」
そう思いながら荷物の隙間から這い出て馬車を降りた
「な…なんだあんた?」
男は突然私が降りてきたことにこれでもかというほど驚いている
30代半ばくらいのがっしりした体を持つ男
それがこの荷馬車を選んだ理由でもある
私は一瞬微笑んで見せると再び荷台に乗りこんだ
「おい何なんだあんた…!」
男が私を降ろそうと後を追って荷台に乗り込んで来ると有無を言わさず押し倒す
「…は?」
男に馬乗りになると纏っていたワンピースを脱ぎ捨て男のトラウザーズをくつろげる
「何やって…」
男が自分の身に起きたことを認識できた時には、彼の分身が私の口の中に欲を吐き出していた
「次はあなたが楽しませてくれるんでしょう?」
妖艶に見える笑みを向けると再び起き上がった男の分身を自らの中加えこむ
そうなってしまえば私の思い通りの展開になる
オナグルにはない雄々しさ
オナグルが与えてくれなかった快感に私も夢中になっていた
理性の切れた男は私の体を貪り何度も私の中で果てた
「…あんたの望みは何なんだ…」
落ち着いた後で男は尋ねた
「そうね…ここから一番近くの町まで連れて行って。代金は休憩の度に体で払うって言うのでどうかしら?」
男にとって悪い話ではないはず
「ここから一番近くの町は俺の目的地でもあるから構わないが…1週間はかかるぞ?」
その体を抱けるなら俺にとっては都合がいいがと男は言う
「今みたいに満足させてくれるんでしょう?」
「…いいだろう。その代わり今からこれを身に着けてくれ」
荷台の荷物の中から布の少ない服を取り出した
「これは?」
「踊り子の衣装だ。それならすれ違う者にも怪しまれないし、移動中でもあんたを抱ける」
男はそう言ってニヤリと笑う
「俺が抱きたい時に抱かせてもらう。それがイヤならこの話は無しだ」
「…まぁいいわ。ただし、町に着いたら服を買ってもらうわよ?」
「ああさっき着てたみたいな庶民のワンピース1着だけなら買ってやる」
流石は商人である
安請け合いはしないようだ
それでも私にとっても損はないんだけどね
男の言うようにすれ違う馬車には時々踊り子が乗っていた
彼女たちの中には移動中も男の分身を自らの体に咥え込んだままの者もいた
「踊り子ってそういう仕事なの?」
「…仕事は踊ることだ。でもその場を自分で得るのは難しい。だから商人に気に入ってもらおうとする」
「商人に気に入ってもらえたら仕事がもらえるの?」
「そうだな。俺もだが一部の商人には贔屓にしてる称号持ちもいくらかいる。気に入った踊り子なら話題の一つとして話すこともあるな」
男は少し考えながら言う
「なるほどね。だから気に入ってもらうためにこうやって奉仕するってこと?」
私は男のトラウザーズをくつろげると男に向かい合う様にまたがった
「最初からそうだったが随分積極的だな?」
「この半年ぐらいずっと体が満足してなかったの。今はまだ全然足りない」
「そりゃ大変だな」
男は苦笑しながら私にされるがままになっていた
「すごい…馬車の振動でクセになりそう…」
石で凸凹な道は勝手に体を揺らす
そして男も慣れているのだろう、大きくはねた瞬間を見逃すことはない
いつ誰に見られるかもわからない道中という状況に、私はこれまでにない興奮を感じていた
「まって…私もう…」
「俺は絶倫だからと嫁さんに逃げられた。娼館も出禁になった店が多くてな」
今日はここで野営すると馬車を留め、火を起こすなりテントに引きずり込まれた
数時間続けられた行為に疲れ果てて言う私に返ってきたのは驚くような言葉だった
男はそう言いながら私を抱き続ける
それでも自分の体が喜んでいるのが分かった
「俺の抱きたいときに抱けるのは本当にありがたい。このままずっと抱いてたいくらいだしな」
その言葉通りかなりの時間を男とつながったまま過ごす
気付いたらオナグルのせいで蓄積された不満がどこかに消え去っていた
「残念だがここまでだな」
王宮から出て丁度1週間、町に到着しワンピースを買ってくれた直後男は言った
「私も楽しかったわ。色々情報も貰えたし」
「ならよかった。俺は荷物を降ろしたらまたすぐに王都に向けて出発だ。この先もいい旅ができる事を祈ってるよ」
男はそう言って去って行った
ある人から逃げていると零した時に、ならマアグリに向かうといいとすすめられたのだ
マアグリはこの世界に4つある国の1つでソンシティヴュと隣り合った国でもあるという
もう一つ隣り合った国があると聞いたけど名前は忘れた
マアグリはソンシティヴュで身寄りのなくなった若者が住みやすい国だと有名らしい
私はマアグリに向かうため、その道中にある街を目指す商人も含めて男を物色した
そして明日の朝発つ男を捕まえ今日の宿も手に入れた
元の世界同様、男を渡り歩いていけそうだ
意外と暮らしやすい世界なのかもしれないと思った