43.契約の効力(side:王宮)
正妃の教育に関して一向に良い話は出ない
それどころか悪い報告ばかりが届く
その内容は全て学園からの報告が虚偽だったと裏付けるには充分すぎるものだった
それを理由にオナグルは婚姻してから半年近く、執務が終わってから23時半までを離宮で過ごしていた
「オナグル」
イモーテルはいつものようにオナグルに抱き付いて迎える
「ねぇオナグル」
「何だ?」
「私、町に行ってみたいの」
突然言い出した言葉にオナグルはイモーテルを見る
信じられない言葉を聞いたと驚きながらも何とか平静を装った
「いきなりどうしたというのだ?」
「もうこんな場所に閉じ込められるのはまっぴら」
「…は?」
血の契約をしてからイモーテルがこんなことを言い出したのは初めてだ
むしろこんな言葉を言うこと自体があり得ない
過去に契約が破られた事例さえ聞いたことが無い
「大体何でこの私が別の女と結婚した男の娼婦みたいな真似しなきゃなんないのよ?違うわね…娼婦なら見返りがもらえるだけマシかしら」
「歌姫…?」
オナグルは意味が分からないという顔をする
「私は『歌姫』なんて名前じゃないわ。『イモーテル』って名前があるの。歌を歌って沢山の人の視線を集める快感が大好きなの!それに色んな男から愛されるのもね」
「何を…」
寵愛による契約、と誓いによる契約、そして血の契約
歌姫には3重の契約があり、破れば死に至るものもあるはずだった
オナグルに反論し、敵意を向け、オナグル以外の男を求めた
その時点でかなりの契約違反がある
それ以前に血の契約で逆らわないはずのイモーテルが逆らっているのだから理解できないのも当然である
「契約があったはずだ…なぜ…」
「契約?あぁ…ここ数か月、頭にもやがかかってたみたいな気がするのよね。あれ、契約のせいなの?自分の意志と言葉がちぐはぐで気持ち悪かったのよ…でもここ数日はスッキリしてるわ」
一体どういうことなのかと思考を巡らせる
通常なら絶対のはずの契約の効力が無くなっている
その原因は召喚された者だからとしか言えないことに愕然とする
「とにかくあなたじゃ満足できないのよ!自分だけ満足してさっさと出て行くような男はごめんなの!」
イモーテルは自分を捕まえようとするオナグルを突き飛ばしエントランスに向かう
退出許可のある者しか出ることは叶わないはず
そう思っていてもオナグルは追いかけずにいられなかった
契約が無効になった今魔道具の効力もどうなるかわからない
「待て歌姫!」
「命令しないで。勝手に召還してこんなところに閉じ込めて…一体何なのよ!?馬鹿にしないで!」
伸びてきた手を叩き落とし、扉に手をかける
扉は普通に開いてしまった
それこそ何の抵抗もなくそれが当たり前の状態であるかのように…
そしてイモーテルは離宮から飛び出していった
「歌姫がいなくなった!すぐに騎士団を捜索に向かわせろ!歌姫に傷をつけることは絶対に許さん!」
「承知しました」
控えていたオナグルの側近の一人がすぐに走り去っていった
少しすると王宮内が騒がしくなった
「随分騒がしいが何かあったのか?」
オナグルは離宮から戻るなりナルシスに呼び留められた
「…歌姫が逃亡しました」
「何!?契約はどうなっている?いや、それ以前に、血の契約があるのにどういうことだ?」
普段オナグルの前で取り乱す姿などめったに見せないナルシスにしては珍しい狼狽え様だった
「俺にもわかりません。でも契約は全て効力を失っているようです」
「契約の効力が消滅したというのか?そんなこと過去に聞いたことが無いが…」
「召喚した者だからとしか考えられません…」
オナグルの焦りと落ち込み方は酷かった
望み続けようやく手に入れた歌姫だっただけに余計だろう
「歌姫に行く先の当てなどないだろう?」
「そのはずです、召喚に巻き込まれた女性の居場所は知るはずがありませんし…」
「知っていたとしても行く手立てはないだろう。とりあえず今は騎士団の捜索結果を待つしかないというわけだな」
「…」
「まぁそのうち見つかるだろうが…王宮内はメイドたちにも探させよう」
王はそう言いながら側近を見ると、ひとりが頷き走り去った
「ところでオナグル、正妃はどうなっておる?」
ここで悩んだところで仕方ないからかナルシスは話を変えた
「まだ1つの合格もないというのが現状。学園の紹介状も成績も全て偽装されたものということは疑いようもないでしょう」
オナグルはキッパリ言い切った
「手の施しようのないほどの出来の悪さです」
「契約で定めた期限は半年、潮時だな。子もおらず王族を謀ったことが判明した以上予定は変更する」
「変更とは?」
「ソラセナとの婚姻を無効にし、オーティ家は一族全て公開処刑とする」
「処刑、ですか?」
流石に重すぎではとオナグルはその目で問うていた
「王宮の用意した教師を貶めようとしたこともだが…婚姻すれば好きなだけ金が使えると言われていたらしい」
「は?」
その言葉にはオナグルも呆気に取られていた
「国の金を自分の自由に使えると父親に言われたらしいからな。好き勝手にモノを買っていた事実もある」
「横領…それがゴールドの当主の言葉であるなら反逆と取られてもおかしくはないと言うことですか」
「そういうことだ。王族至上主義であるこの国で称号持ちが舐めた動きをしてくれたもんだ」
ナルシスは心底腹立たしいと言葉を吐き捨てる
それ故の一族全ての公開処刑は他の称号持ちへの見せしめの意味もあるのだろう
「3か月後にお前は新たな正妃を据えろ」
「その候補は決まっているのでしょうか?」
「数人上がっている。間違っても歌姫を等と考えるなよ?純潔で無き者との婚姻など、王族ではいかなる事情があっても認められんからな」
王はそう言って立ち去った
その背中を見ながらオナグルは歯を食いしばる
王族としてこれまで様々なことを我慢してきた
その結果が今である
本来であれば歌姫を正妃に据えたかったのだ
でも召喚したあの日、部屋に移動した瞬間、自ら服を乱し股を開いて歌姫は言った
『元の世界の殿方と、この世界の殿方ではどちらが素晴らしいのかしら?あなたはこれまでのお相手よりも私を楽しませてくれる?』
不特定多数を匂わす言葉に正妃にすることは叶わないと悟った
だからこそ代わりにこの手の中に囲うと決めたのだ
王族のみが使える寵愛による契約、抱いてしまえばそれを知る他の男が歌姫を抱くことはない
そして宣言による契約と血の契約、何としても歌姫を手放すことなど考えられないのだ
乗せられたふりをして早急に歌姫を抱き、その中で宣言を引き出した
「単純な女だけに簡単だったが…効力が切れる等考えもしないだろうが…!」
その言葉は誰の耳にも届きはしなかった
歌姫の体は淫らで男の目を惹き付ける
騎士団が見つけて連れ帰ってもどうやって囲えばいいのかが分からない
魔法も契約も聞かない
もし牢に閉じ込めたとしても騎士団を懐柔されれば終わる
あの離宮でさえ飛び出した歌姫を閉じ込める場所も浮かばない
「どうすれば…俺の歌姫…」
何度も繰り返し呟くオナグルを、すれ違う者たちが心配そうに眺めていた