37.領主交代
その日は朝から町がざわついていた、らしい
私達がその情報を知ったのはカフェを開けてからだったけれど…
「…え?」
マーシェリーの言葉に私もロキも動きが止まる
ロキがこうなるのは中々レアかもしれない
「だから、領主交代ですって。朝から町は大変だったのよ?」
「そうそう。今までの領主が横領してたとかなんとか…朝っぱらから王都の騎士団が来て大騒ぎよ?今までの領主を捕まえていったと思ったら新しい領主が就任ですって」
マーシェリーと共に来ていたエメルが続ける
私は驚きのあまりロキを見た
返ってきたのは含みのある笑みだった
きっとロキが何か手を回したのだろう
ひょっとしたら数日前の殺気も絡んでいるのかもしれない
でなければこんなに急に捨て置けと言った領主交代が行われるはずがないのだから
「ねぇ、次の領主さんはどんな人なの?」
「オリビエも知ってる人よ」
「私が?」
私が知ってる人なんてそれこそ限られてると思うんだけど…
「ええ。何かとみんなの世話を焼いてたタマリよ」
マーシェリーの言葉に一人の顔が浮かんだ
この町に来てすぐのころからやたらと世話を焼いてくれた男だ
家族そろってこの町が大好きらしいことは感じていた
困っている人がいたらほっておけないお人好しな面があると思えば、冒険者にも面と向かって注意する度胸も持っていた
「確かに領主にはいいかも」
「でしょう?」
「私もこの町に来てすぐの頃にタマリにはかなりお世話になったもの」
「みんなそう言うわよね。私はずっとこの町にいるから特別どうってことは無いけど」
「そうね。でも2年前のスタンピードの一番の功労者はタマリだったわ」
マーシェリーの言葉にエメルは思い出すように言う
「そうね。王都からの応援が来なくて真っ先に立ち上がったのはタマリだったもの」
「立ち上がった?」
「ええ。もちろん私達には戦う力なんて無いから身を守る手段の方ね」
「頑張ったわよねあの時。女子供も一緒になって穴ほって」
「穴?」
「魔物が来ても戦えないから隠れる場所?っていうのかしら。あの時の穴は今もちゃんと残してあるし、あれから少しずつ整えて今後の避難場所にしようって今でも動いてるみたいだし」
防空壕的なものだろうか?それが町のいろんな場所にあるという
下手に戦うより賢いかもしれない
今は男手が中心になって動いているらしい
「でも沢山の人がケガして死人も出たんでしょう?」
「当時の領主のせいよ」
「領主のせい…?」
「タマリが守りに徹しようとするのを臆病者と蔑んで、自ら魔物に向かって行く先頭に立ったのよ。領主が言えば男手は逆らえないでしょ」
エメルの声には怒りがこもっていた
「あの時領主がくだらないこと言わなければ、うちの旦那は今でも歩くことが出来たのに…」
「エメルのご主人、スタンピードの時に右足を持って行かれてしまったのよ。Bランクの冒険者だったのに」
マーシェリーがそう説明してくれた
「当の領主が死んだのは自業自得だけど、あいつのせいで被害を被った家族は沢山いるのよ」
「そうね。王都からは新しい領主が送られてきただけで復興支援は無かったし、やってきた領主は復興のためだと税金を上げた。私たちはどうすることも出来なかったのよ」
スタンピードでカメリアの旦那さんはじめ沢山の男手が亡くなった
その後も暮らしを立て直す中での増税で、衰弱して亡くなった人もたくさんいたという
「この町で若い冒険者が多いのは…」
「それ以外に生きる道が無かったからよ。弱い魔物でもその日の食料くらいにはなるから」
「そういえば弱い魔物、特にレッドシープの倒し方を教えて回ったのもタマリだったわよね」
「ええ。決してそれ以外の強い魔物には手を出すなってことも添えてね。強い魔物は本来の冒険者に任せて自分たちは生活の事だけ考えろって」
「賢い考え方だな」
ロキが言うとマーシェリーとエメルもロキを見た
「レッドシープは肉も取れるが、皮も魔石も売ることが出来る。しかもこの町付近でしか生息しないから弱いわりに高値が付くんだよ」
「レッドシープってウーくらいの子供でも倒せるわよね?」
「ああ。タマリはそのことを知ってたんだろう」
「そうだったのね…」
そんな事情は知らなかったわと2人は顔を見合わせる
思ってた以上に頭の切れる男だったようだ
「タマリが領主になったことに反対する人はいなかったわ」
「これまでの事を考えれば当然の事よね」
2人はそう言いながら強く頷いた
「ねぇ、せっかくダビアとマロニエがいるんだし…子供たちに指導してあげたら喜ぶんじゃないかな?」
「指導って…戦い方のか?」
「そう。私のいたところでは結構人気あったのよ。高ランク冒険者や騎士が子供たちに指導するイベントみたいなのがね」
「親から苦情は出ないのか?」
「子どもってなんにでも興味を持つでしょう?だから下手に何も知らないまま魔物に向かって行くより安心できるって言って、反対どころか定期的に教室開いてくれって要望もあったみたいよ」
様々な世界の冒険者がいる場所だった
興味を持つなという方が難しかっただけに自然な流れだったのだろう
その流れで子供騎士団が出来たときには流石に驚いたけど
「戦い方もだけど、罠の作り方なんかも人気あったかな。母親に人気があったのは魔物の解体だったけど」
「「解体!」」
マーシェリーとエメルが同時に叫ぶ
「ど…うしたの2人とも?」
「解体の仕方教えれたりする?」
「そりゃぁ…大半の騎士や冒険者は教えれるんじゃない?」
この世界がどうかが分からないだけにロキを見る
「出来るだろうな。皮なんかは解体の仕方一つで売値が変わる。インベントリやマジックバックを持ってる奴ならともかく、それがない奴は自分で解体して必要な部分だけを持ち帰る」
「なるほど」
だとすれば解体のスキルは自分の収入を左右するというわけか
「ダビア達にお願いしたら引き受けてくれると思う?」
「まぁ…大丈夫だと思うけど?」
一体誰に教えるのだろうか?
「みんな試行錯誤しながら解体してるの。だから誰かに教えてもらえるならみんな喜ぶわ」
「あぁ、タマリは元々そういう専門じゃないから知る由もないってことか?」
「そうなのよ」
マーシェリーが頷いた
「ダビアならあんたらから頼めば二つ返事で引き受けると思うぞ」
「ダビアなら?」
「あいつ重度の女好きだ」
そう言えばそうだった
「女の頼み事は見返りがなくても大抵引き受ける。倒し方から解体の仕方まで1日講習頼めば行けるだろ」
「なるほど。元々騎士団長だし教えるのも慣れてる?」
「そう言うことだ。教えながら自分の食い扶持も稼ぐだろうから報酬の問題もないだろうしな」
ロキの言葉に2人は顔を見合わせた
おそらく数日中にダビアに依頼が行くだろう