35.出汁
ロキは子供たちについていてくれるというので、私はカメリアと2人でキッチンに向かった
暫くすると、依頼から戻ってきたダビアとマロニエに子供達を任せてロキがキッチンにやってきた
「これ今日の戦利品だと」
そう言いながらテーブルに置かれたのは牛の肉だ
解体されて木の葉に包まれているということは迷宮のドロップだろう
「じゃあステーキでもする?これだけあれば十分足りるだろうし」
「いんじゃねぇの?」
「ステーキのタレに荒節を使おうかしら」
「お、それは楽しみだ」
ずっと気になっていたのだろう
ロキはかなり興味深げに乗ってきた
「リラの迷子の話をしたら驚いてた。やっぱり付き添ってた方がよかったかって」
「今日断わったのは私だからそんな風に言われたら申し訳ないわ。それにリラが自分から行ったみたいだし」
カメリアはそう言いながら苦笑する
「今度からは2人がいなくてもナハマが付き添ってくれそうだけどね」
「確かに。子ども達はナハマにも懐いてるしナハマがいいならそれもいいかも」
「絶対行くなあのおっさん」
「ロキ、言い方!」
そう突っ込みながらも確かにナハマなら喜んで一緒に行きそうだと思った
「ねぇ、荒節ってナハマが作ってる飼料よね?」
「あれをさらに加工したものを使うんだけどね」
私は不思議そうに尋ねるカメリアに取り出した荒節を渡した
「石みたい…」
「これはこうして使うのよ」
カメリアから返してもらうと削り器で鰹節にして見せる
「すごい薄い…」
「それにいい香りだな?」
「でしょう?このままでも食べれるんだけど…私としては出汁にしたいのよねー」
そう言いながら鍋に湯を沸かす
沸騰したら削った鰹節を一掴み放り込んで2分程放置した
「あとはこの布を使って…」
ざるに布を重ねてこしていく
「すごく優しい香りね?」
「でしょう?私はこのお出汁の香りと味が好きなのよね。最初に取ったのが1番だし、これはこのままスープに使うんだけど、このだしがらを使って2番だしを作るの」
「2番だし?」
「そう。さすがにこのまま捨てるとか勿体なすぎでしょう?」
「それは確かに…」
カメリアは頷く
「水とだしがらを入れて火にかけて…沸騰したら、火を弱めて4~5分煮てから火を止めるの。香りが弱くなってるから鰹節を少し足して少し置いたらまたざるに布を重ねて濾していく」
実際にやりながら説明すると2人ともまじまじと見つめていた
「この2番だしを使ってステーキの醤油ダレを作ろうかな」
「そのだしがら?はゴミか?」
「まさか。猫のご飯にもできるし、ちょっと手を加えれば、ご飯にかけるふりかけやお酒のアテとしても使えるわ。今日はナハマに使い方を知ってもらう意味で色々作るつもりよ」
どんなものになるか分かれば作りがいも変わってくるだろう
それを見越しての今日のメニューにしてみたのだ
肉と付け合わせはカメリアにお願いして私はスープとタレ、ふりかけや甘辛くにつめたものを作っていく
「カメリア、ロキも味を確認してみて」
小皿にそれぞれ少しずつよそってテーブルに並べると我先にと2人とも口に運んだ
2人の反応を少しドキドキしながら見守っていると…
「まぁ…」
「これは美味いな」
「このふりかけ子供たちが喜びそう」
「この甘辛さは酒のアテによさそうだな」
なかなか感触の良い言葉が飛び出してきたのにホッとする
「どう?これは知ってもらえば売れると思わない?」
「絶対売れるわ。これを飼料にするなんてもったいない!」
カメリアが言い切った
普段から料理するカメリアがここまで言うなら期待も出来そうだ
「お前がナハマを雇ってまで抱え込もうとした理由がようやく理解できた」
「でしょう?ちなみに売る時はこの鰹節の状態でしか売らないわよ」
「え?どうして?」
「削り器を用意するのが大変だって言うのと…」
「この状態なら真似ることは難しそうだな」
ロキが納得したように続けた
「その通り。流石ロキ。私はこの生産を独占したいんだよね」
「そっか…確かにそうね。それに飼料として出回ってるから、そっちを知らない方が抵抗もないかも」
「それもあるわね。まぁ最初の内はナハマがどれだけ量産できるかわからないから、鰹節のまま使えるものをカフェで出して売ろうと思ってるんだけどね」
「鰹節のまま?」
「そう。たとえばこのお豆腐に…」
冷ややっこを用意して鰹節と小口切りにしたネギを乗せる
「これであとはいつものように醤油をかけて食べるの」
「これならだれでもマネできるわね?」
「でしょう?こういうので鰹節を広めてからふりかけ、最後にだしって感じかな?」
「流石オリビエね」
「ふふ…ありがとう」
「迷宮の顆粒だしでも充分だと思ってたけど…これを知ったらもう駄目ね」
「顆粒だしも補助では十分使えるんだけどね。だしの旨味は断然こっち」
カメリアと2人ではしゃいでしまった
「迷宮品は普通の奴は入手できないからな。何にしても美味いものが食えるなら俺は充分だ」
ロキはそう言いながら立ち上がった
「どうかした?」
「帰ってきた」
そう答えた直後エントランスが騒がしくなった
流石というかなんというかって感じだわ
「おかえりー」
気づいたのは私達だけじゃなかったようで子供達もダビア達と一緒に飛び出してきていた
「ナハマはどこの部屋にするの?」
「左の階段上がって正面の部屋だ。お前らも手伝え」
ジョンが言う
「「はーい」」
「リラは?」
「リラはナハマを案内してやれ」
「分かった!」
役割を与えられて喜ぶリラは本当にかわいい
「リラ、ゆっくりでいいからね」
「うん!こっちだよー」
リラに誘導されて皆で手分けして荷物を運ぶ
ただ、最後に残っていた分はロキがインベントリに入れていた
「本当にこんなにいい部屋を使わせてもらっていいのか?」
「残念ながらこれ以下の部屋がないな」
ロキがそう言いながら荷物を取り出すとナハマは固まった
「そりゃ驚くわな。ロキもオリビエもスキル持ちだ。ダビアとマロニエはマジックバッグだったか?」
「ああ。俺らにインベントリのスキルは無いからな」
「できるものなら欲しいスキルだけど」
2人は迷宮に行く度にそう言っている
その気持ちは何となくわかるけどね
「まぁ片付けはおいおいすればいいだろう。オリビエ俺は腹が減った」
「僕も」
「だよね。もう準備出来てるから食べましょう」
そう答えると子供たちは我先にと降りていく
私達も後を追う様に降りて賑やかな食事が始まった
「あの飼料にしかならんものからこんなものがなぁ…」
ナハマは順に口に運びながら驚いた顔を崩さない
「こりゃ作り甲斐がありそうだ」
「じゃあ改めて、これからよろしくね」
「それはこっちのセリフだ。ただ先祖から引き継いだだけの仕事を初めて誇りに思った。お前さんの望み通りの荒節を作って見せる。だからお前さんは…」
ナハマは私の目を見て続けた
「お前さんは俺に…この荒節の可能性を見せてくれ」
飼料としても廃れる一方だった荒節を作り続けてきたナハマ
この先の生活を考えれば不安しかなかっただろう
「あなた一人じゃ生産が追い付かないってくらい有名にして見せるわ」
それは、だしが一般に浸透した未来なら充分に可能
商店街で出汁の香りが漂ってくるなんて素敵な未来を私自身が期待してるのだから
そんな私たちを屋敷の皆が見守ってくれていた
「ナハマ僕もお手伝いする!」
「ハオのご飯自分で作りたい」
コルザとロベルがナハマにねだる様に言う
「ハオってあの猫の名前?」
「「「うん!」」」
どうやら3人で決めたらしい
ハオは元々ナハマの荒節を気に入っていただけにそれをご飯にするならと、コルザとロベリは手伝いを買って出たようだ
「手伝いって言ってもなぁ…これまでと違ってオリビエの元での仕事になるなら…」
「構わないわよ。ジョンやウーの植え付けなんかも手伝ってるしね」
「「うん!」
「まぁ…雇い主のオリビエがいいなら構わんよ」
「「やったぁ」」
2人は顔を見合わせ喜びあっていた
手伝いとは言え、色んな仕事を体験できるなら2人にとって悪いことじゃない
そこから自分に向いてること、好きなことを見つけていけばいいのだから
「そうなると問題は…」
「問題?」
「うん。削り器がこれしかないからね」
インベントリから取り出した削り器は元の世界から持ってきたモノになる
「前に道具屋に行った時には見かけなかったのよね」
「あぁ、なら作ってもらえばいいだろ」
ジョンが言う
「作ってもらえるの?」
「材料さえありゃ現物見せたら作ってもらえると思うぞ。それにはその辺にある材料しか使ってないだろ?」
「まぁそうね」
削るための刃、それ以外は木だ
「じゃぁナハマ、明日にでもこれ道具屋さんにお願いしてもらえる?ナハマの分と予備を1つ。あと…子供サイズで2つね。費用は勿論こっちで持つから」
「あぁわかった」
ナハマは削り器をまじまじと見ていた
「この刃の角度を変えれるのは?」
「厚みを変えるためね。厚みで風味が変わるのよ。実際に試したら分かるわよ」
残っている荒節も渡すと色んな厚みで削り始めた
それを皆が手に取り口に運ぶ
「一番薄いのと厚いのを比べたらわかりやすいよ」
首を傾げる子供たちにそう言うと言葉通りに口に運んだ
「全然違う!」
「すごい!同じものなのに…」
「おいしー」
うん。リラは食べるのを純粋に楽しんでるだけね
可愛いからいいけど
「こいつは本当に奥が深いな」
「でしょう?」
「…オリビエがこういう顔して失敗したことって無いんだよなぁ」
ダビアが苦笑しながら言った
「確かに。これは本当に期待できそうだ」
「よかったね。ナハマ」
ジョンとウーの言葉にナハマは大きく頷いていた
この日から1週間ほど皆に試食してもらいながら、ナハマの技術を安定させてからカフェで出すことにした
それを境にカフェに鰹節だけを買いに来るお客さんができるなど、この時は思いもしなかった