32.迷子
3度目の定休日、ロキと私は相変わらず屋敷でのんびりしていた
「午後はどうするんだ?」
午前中いっぱい庭を散策し、花や野菜の育ち具合を確かめて、今はちょうど昼食を取っているところだ
「そうだねぇ…」
これと言って予定が無かったため考え込んでしまう
「まぁ別に無理に予定を作る必要もないけどな。することなきゃ本でも読むし」
「確かに。あ、インベントリの整理でもしようかなぁ」
「は?」
全てモニターのような状態で確認できるのに整理が必要なのかと言いたげな反応だ
「ほら、元の世界の物とかもかなり入ってるからねぇ…」
「あぁ…」
何が言いたいのか理解したようだ
元の世界の物の中にはどう頑張ってもこの世界で使えないものも多々含まれている
私は通常なら家に置いておくようなものまで、とりあえずインベントリに入れる癖があったせいで、かなりのものが格納されているのだ
どこかのタイミングで一度整理しようと思っていたので丁度いいかもしれない
「ちなみにこんなのもたくさん入ってるよ」
そう言いながらテーブルにお酒を2本並べた
「お」
ロキは食べる手を止めてお酒を手に取った
「そういうのも含めて整理しようと思って」
「なるほど。それはいい考えだな」
「げーんーきーんー」
「何とでも」
からかうように言ったところ、しれっとした顔で返された
まぁいいんだけどね
食事を済ませた後私たちは、普段使っていない応接室にいた
インベントリに入っているものを順に出して並べていくことにしたのよね
そのためにはそれなりに広い空間が必要だったりする
「…何でそんなもんまで入ってんだよ?」
ロキが呆れたように言ったのは屋台タイプのテント付き木製ワゴンを取り出した時だった
「これ?…はカフェで店を構える前に移動販売してた時のやつ」
「そうじゃなくて何でまだ持ってんだよ?」
「これすごく気に入って買ったやつなんだよね。一目ぼれって感じ?」
「…」
「だから使わなくなっても捨てられなくて」
これに限らず気に入ったものは中々捨てられない
二度と使うことは無いだろうとわかっていても手元に置いておきたくなるダメなタイプなのだ
普通なら置き場がなくて捨てるのかもしれないけど、インベントリのおかげで持ったままでいられるんだよね
「お洒落な感じでいいでしょう?」
「…まぁ確かに、そういうデザインはこっちで見たことは無いな」
ロキは呆れたようにそう言った
「ほら、そんな顔しないでよ。ここにこうして並べたら見ごたえあると思うのよね」
私はワゴンの台に元の世界のお酒と珍味をディスプレイするように並べてみた
「あ、これもあるよ」
さらに大量の缶詰も隅の方に並べる
これだけでも当分生活できそうな量になったのを眺めながらロキは遠い目をした
「あれ?」
「…お前が普通じゃないんだってことを改めて認識した」
「え…」
そんなことは無いと思うんだけど…
「えっと、じゃぁロキはお酒も珍味もいらない?」
「んなわけないだろ?お前が普通じゃないお陰で色々楽しめるってことを喜んでる」
「もぅ…」
こじつけのような言葉に苦笑する
じゃれ合う様に話しているところに、泣き声が響いたのはそんな時だった
「オリビエ…ロギぃ…!」
ただ事ではないコルザの声に玄関に向かう
「コルザ?何かあった?」
「オリ…うぁぁ…!」
コルザは姿をみるなり飛びついてきた
「落ち着いてコルザ。何があったか教えて?」
「…ひっ…リラ…っ……が、迷子……」
しゃくり上げながらも何とか告げられる言葉を何とか聞き取るとロキと顔を見合わせる
「今日は商店街に行ってたのよね?」
「ん」
「カメリアとロベリは一緒にいるのね?」
しがみ付いたままコルザは頷いた
「じゃぁ探しに行くぞ」
ロキはコルザを抱き上げた
「しっかり捕まってろ」
そう言って走り出したロキを追いかけ私も走り出す
ロキはコルザを抱き上げているとは思えないほど身軽に動く
おかげで商店街までさほど時間はかからなかった
「コルザ」
「う…?」
「高い所からの方がよく見えるはずだ。リラを見つけたらすぐに言え」
「わか…っ…た」
まだ泣きながら、それでも必死で言葉を返す
ロキが右サイド、私が左サイドを重点的に探しながら商店街を歩く
「オリビエじゃない、そんなに慌ててどうかしたの?」
突然かけられた声に振りむくとカフェの常連さんがいた
「マーシェリー?」
「そんなに驚いた顔をしなくても…」
マーシェリーは苦笑する
「だってあなたが商店街にいるなんて…」
「ふふ…今日はカフェが休みだからよ。それより一体どうしたの?」
「あ、実はリラが迷子になったみたいで」
「リラ…あぁ、一番小さな女の子?」
「ええ」
「その子なら少し前にそっちの路地に入って行ったわよ?」
マーシェリーは少し先の路地を指さして言う
「本当?」
「ええ。あ、でも確か…年配の男性と一緒だったかしら」
年配の男性?まさか誘拐?
でもマーシェリーの様子からはそんな物騒な感じは見受けられない
「ありがとうマーシェリー、次カフェに来た時におまけするわ!」
「あら。楽しみにしてるわね」
嬉しそうに笑いながら頷くマーシェリーと別れて、教えてもらった路地を進む
「コルザ、この路地には普段入るのか?」
「入…らな…ぃ」
その答えにロキと顔を見合わせる
悪いことが起こっていなければいいんだけど…
そう思った時聞きなれた笑い声が聞こえてきた
「リラ!」
コルザの反応の方が早かった
「そうね。リラの声だわ」
「怖い目に合ってるとかではなさそうだな」
そのことにホッとしつつ声のする方に向かう
路地を進んで開けた場所に探していたリラの姿があった
「リラ!」
「にーちゃ」
リラがコルザの声にこちらを振り向いた
「よか…た」
ロキにおろしてもらったコルザはリラを抱きしめる
「にーちゃ?」
「おや、まさかリラは黙って出てきてたのか?」
困惑したように尋ねて来たのは側にいた40代くらいの男性だった