31.ナルシスの意思
いつものように朝食を済ませてカフェの準備までの束の間、ロキと共にコーヒーを飲みながらまったり過ごしていた
そこにパタパタと子供の足音が近づいてくる
「ロキに手紙だよ」
そう言いながら飛び込んできたのはロベリだ
「サンキュ」
差し出された手紙を受け取ったロキはロベリの頭をなでる
カメリアとジョン以外から褒められる機会がほとんどなかったと聞いてから、私もロキも自然と子供達を褒めたり甘やかしたりする時は頭をなでるようになっていた
てれくさそうに、でも嬉しそうに撫でられるのを堪能したロベリは、満足するとまた走って外に飛び出して行った
「側近からだな」
封筒に記された差出人を見ながらロキは言う
「側近って王の?」
「ああ。何かあれば知らせてくれるように頼んである」
頷きながら手紙を取り出し読み始めた
そのロキの顔が少しずつ険しくなっていく
「ロキ?」
少し心配になって声をかけると、ロキは大きなため息とともに言った
「…領主交代の要請は却下されたらしい」
「え?」
吐き出されたロキの言葉に私は驚くしかなかった
領主が明らかに横領してきただろうこと、災害時などの領主の対応のせいで隣国に迷惑をかけていること、それも含めて様々なことを伝えているとロキから聞いていたからだ
その上でのナルシスの判断が今の領主で続行ということらしい
横領してる者をそのまま?
どう考えてもあり得ない判断だった
「俺がいるならフジェノ町の事は捨て置けと言ったらしい。ナルシスに報告する前に、オナグルから2回却下されていることも伝えたらしいけどな」
「ひどい…」
国民を何だと思っているのだろうか
「元々、この国は王族至上主義だ。予想はしてたけどな」
ロキはそう言って手紙を見せてくれる
そこには側近がナルシスとしたやり取りが事細かに書かれていた
「25万シアの報酬が10万と7万って…」
「2人分足してもナルシスが提示した1人分にも満たないな」
「カメリアは今の領主になってからって言ってたけど、ジョンは前の領主の頃からだよね」
「ああ。前に詳しく聞いたら3年前に嫁さんなくして困ってたタイミングで、前任の庭師が体調壊したとかで雇ってもらえたらしい」
「確か…道具や苗を報酬の中から出すように言われたのは今の領主になってからなんだよね?」
「そう言ってたな。金額は多分前の領主の頃からだろう。代替わりして良くなるどころか悪くなったってことだ」
この別荘に来たばかりの頃ジョンがそんな話をしていたのを思い出す
「もし領主を交代させるとなれば、その横領に関してここを建ててからの10年気付かなかったことを認めることになる。ナルシスとしてはそれが許せないんだろう」
そう言うロキの目は見たこともないほど鋭かった
どこか憎しみの籠ったその目から視線を外せない自分がいて、気づいたら質問していた
「…ロキってナルシスを憎んでたりする?」
「な…?」
驚いた顔をするロキにそれが当りなのだと理解する
「何となく…ご家族の死の話を聞いてからそんな感じがしてたんだけどね」
「…」
「ごめん。簡単に踏み込めるようなことじゃないと思うから無理に聞く気はないの」
「悪い…」
ロキはバツが悪そうに視線を外す
「いいの。国が絡んでれば簡単に話せないことも分かってるから。でも…いつか話せるようになったら、みんなにもその苦しみを分けて欲しいとは思う」
助け合ってる仲間だ
一人で抱え込んで苦しみ続けるなんてことだけはして欲しくなかった
「…ああ」
ホッとしたように頷くロキにそれ以上の言葉はいらないだろう
全てを暴くのが私の望みというわけでもないのだから
だとすればこの話はここでおしまいでいい
「調べてみたらこの町の平均収入は15万シアくらいだったの」
明らかに話を逸らすとロキの強張った顔が緩んだ
「でもジョンのような職人の相場はもう少し高かったわ」
「ウーを見ながらってので足元を見られたせいだろう。カメリアにしても同じか」
「最低の領主だわ。これは早い所いろんな理由をこじつけて2人の報酬を上げないと…」
「…まぁそれはおいおいだな。2人ともここに住んでることと、食事付きってことでその分を報酬換算して計算してるからな」
「家賃と食費ってこと?」
「カメリア自身そう言ってただろ?長屋ですら4万シアだ。普通の部屋借りたら6万シアは軽くいく上に光熱費もかかることを考えれば10万シア相当だ」
「…」
まぁ確かにそうなんだけど
「ジョンにしたら同じ10万でも倍の価値があるってことだ。お前の気持ちもわかるけど、相場に合わせるためにって急いで上げるのは逆に2人の負担になるんじゃないか?」
「確かに…」
「お前の気持ちが収まらないならその分、迷宮で種やら調味料取ってくりゃいいだろ。2人にとったら報酬よりそっちの方が価値がありそうだ」
「そっか。確かにそれは有かも」
少しこころが軽くなる
2人の報酬の事はこれからゆっくり相談しながら考えていこうと改めて決めて、話を元に戻すことにした
「そういえば忘れられた町って言ってたっけ」
「…あぁ」
お駄賃替わりの練習帳を買った日に聞いた話を思い出す
スタンピードの際にも何の援助も復興支援も無かったと言っていた
「これで手加減する必要はなくなったな」
「え?」
「こっちの話。領主の事は何とかする。そのための伝手と手段はあるからな」
「…そう」
頷くもののどこか不穏な何かを感じた
いつものロキとは違うどす黒い何か…
でもなぜか、そのことに触れてはいけないような気がした