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29.フジェノ町の報告書(side:王宮)

ナルシスはいつものように執務室で書類を処理していた

オナグルが歌姫を召喚してからというもの、これまでになかったトラブルが増え、その机にはかなりの書類が積まれていた

「これもか…」

さっと目を通すなり大きなため息とともに漏れたのはそんな言葉だった

「どうかなさいましたか?」

側近がすかさず尋ねる


「歌姫は落ち着いた。だが正妃が酷すぎるな」

「…」

その言葉に肯定も否定もせず黙り込む側近

対象が王族という立場だけに肯定も出来ず、否定も出来ないのだ

でもその黙秘が全てを物語っているのだが…


「どうしたものか…経歴を詐称し王家を謀ったのは明白。かといって歌姫の状況を知った正妃を城から出すのも危険…か」

歌姫は離宮に監禁しているも同然の扱いだ

一部の人間しか知らないとはいえ、3つの契約で縛ってもいる

もしこれが称号持ちの者たちに知れ渡れば大騒動になるだろう


それ以上に恐ろしいのは他国に知れることだ

召喚した者に対する取り決めでは、丁重にもてなすことを最重要事項としている

もし歌姫の事を、さらにはオリビエのことが知れればこの国は終わるだろう


「クロキュス…?」

ナルシスが手にした書類の件名には“フジェ”の文字と“クロキュス”の名前があった


「これは…?」

書類に目を通すと、どうやらフジェの町の領主が不正を行っているということらしい


「過去に3度届いております。オナグル様が対応不要として返却されたと」

「ほう…それで直接こっちに送ってきたということか?」

「そのようです。王の所有されていた別荘を管理する者への待遇が酷すぎたようです」

「そんなはずはないだろう。たしか庭師と掃除婦それぞれに月25万シア出すよう書面にしている」

「実際には庭師に10万シア、掃除婦には7万シアしか支払われておらず、経費で賄うはずのものも報酬から支払うよう指示されていたようです」

側近の言葉にナルシスは息を飲む

自分の別荘を任せた領主がまさかそんなことをしていたというのか?という言葉はかろうじて飲み込んだ


「維持費や経費も含めて月に70万シアを渡していたはずだ」

「であれば…そのうちの50万シア以上を、その領主がくすねていたということになりますね。立派な横領です」

「そんなはず…」

横領を認めれば自分が馬鹿にされたということを受け入れなければならない

少なくとも今の領主になって2年、下手すると過去の領主から10年という長い期間続いていた可能性もある

とても認められるものではなかった


「クロキュス様は、他の管理地で同様のことが起こっていれば大変なことになるからと、報告を上げてくださったようです」

「…早急に調査を」

「既に指示をしております。クロキュス様からはフジェの領主の交代を希望されています。このままでは隣国との関係に影響する恐れがあると」

「隣国とだと?」

召喚に関する問題がある今、ソンシティヴュにとって他国とのもめごとは致命的だ

それでもナルシスは首を縦には振らなかった


「領主が行ってきたことの概要は教えていただけましたが、詳細はこちらできちんと調べるようにと」

「…」

ナルシスはギリッと音が鳴るほど強く奥歯を嚙んでいた


「クロキュスの父親も似たような性格をしていた。たとえ王家が相手でも不正は許さないと、その姿勢を崩さないような男だった」

「はい。本当に素晴らしいお方でした。まだ存命であればこの国は今以上に素晴らしい国となっていたでしょう」

側近の言葉にナルシスは眉間にしわを寄せる

ただの側近がそう言えるほどクロキュスの父親の影響は大きかったのだ

その言葉を否定する者は誰一人いないだろう

それが分かっているからこそナルシスは言い返すという選択肢を選べない


「…かまわん。捨て置け」

「よろしいので?」

「あの町にクロキュスがいるのなら最悪の事態にはならんだろう」

「それは…その通りでしょうが…」

側近は否定する言葉を持たない

当然だ

目の前の自身の仕える王がクロキュスに太刀打ちできたことはないのだから

だからと言って、側近を降りた者を頼りにするのはいかがなものか

そう問いたくてもナルシスの気性を知っているがゆえに思いとどまった


ナルシスは命を救ってくれた褒賞にとクロキュスを側近にした

それからは王宮内の改革もクロキュス主導で行い、膨大なコストを省くことが出来た

でもそれは同時にナルシス自身の首も絞めていたのだ


ナルシスにとって、幅広く深い知識を持つクロキュスを手放すのは痛かったが、これ以上自分の首を絞めるのを避けたいと思っていた

クロキュスがオリビエに同行すると言いだしたのは、何とか体よく遠ざける方法はないかと考えていた矢先の申し出だったのだ


「王?」

側近に呼ばれてナルシスが顔を上げると心配そうに覗き込んでいた


「と、とにかくフジェの町のことは気にしなくていい。クロキュスも手に負えないなら、こんな時間のかかる報告書ではなく鷹を飛ばすはずだからな」

「…承知しました」

まだ納得は行かない表情をしているものの、側近も馬鹿ではない

これ以上食い下がったところで今の決定が覆らないことは分かり切ったことだった


「それよりも…ソラセナを呼んでくれ。応接室でいい」

「承知しました」

ナルシスの言葉に側近が1人先に部屋を出た

少ししてナルシスも立ち上がると、執務室の1つ下のフロアにある応接室に向かった


******

部屋に入るとソラセナは既に来ていて、ナルシスの姿を見て立ち上がった

「座ってくれ」

一度立ち上がったソラセナを座る様に促す


「そなたがここに来てから1カ月ほどか」

「…はい」

「未だどの教師からも合格が出ていないと聞くが?」

「それは…教師が陰険だからですわ」

「ほぅ」

ナルシスが興味深げに返すとソラセナはここぞとばかりに訴える


「私はきちんとしております。でも、あの者達は嫌がらせで合格を出さないのです」

「なるほど。では今日の一般常識の課題の内容は何だ?」

「フーシアにある4国の特徴です。そんなのわかるわけないじゃないですか?」

ソラセナは腹立たしそうに言うが、ナルシスに言わせればわからない方がおかしい

ナルシスは一瞬唖然とした顔をし、側に控えていた側近は下を向き笑いをかみ殺す

ソラセナの侍女や専属護衛は慣れているのか、ただ可哀想な者を見るかのような目でソラセナを見ていた


「そなたはそんなこともわからないのか?」

「え…?」

呆れたように見返されその表情が青ざめていくのが分かる

ナルシスが外に目を向けると若い騎士が通り過ぎようとしていた


「彼を中に」

「はい」

頷いた側近が騎士を中に呼び寄せた


「突然すまないな。少し質問に答えてくれ」

「何でしょうか?」

「フーシアの4国の特徴を知っているか?」

「もちろんです」

彼は即答した


「ブロンシュは?」

「鉱山を豊富に持ち産業に優れた国です」

「カクテュス」

「戦闘・魔術に秀で、高度な医療を持った国です」

「マアグリ」

「農業・畜産が盛んで豊穣の国と呼ばれています」

スラスラと答える騎士にソラセナが驚愕の表情を浮かべた


「ちなみにそれはいつ頃から知っている?」

「最初は洗礼式で教わるので5歳の頃かと」

「そうだな。そなたの周辺でそれを知らない者は?」

「称号を持つ知人の中にはおりません。その辺りの一般常識は学園の初期試験で出題されますが、《《学園設立以来、初期試験で満点を取れなかった者はいない》》という話は有名です」

「その通りだ。協力感謝する」

ナルシスが頷き、なぜこんな質問をされたのかと戸惑ったまま騎士は解放された


「さて、今のをどうとる?」

「…」

「5歳の子供が知っていることを問われて《《教師の嫌がらせ》》か?それに学園の初期試験で《《満点を取れなかった者はいない》》ということはそなたも満点を取っていたはずだがな」

「!」

次は顔を真っ赤にしたかと思うと次の瞬間真っ青になって下を向いた

ソラセナは随分色の変わりやすい顔を持っているようだ


「婚姻を済ませた以上取り消すことも困難だ。だが、このままのさばってもらうわけにはいかんな」

「え…?」

「これはこの1か月でそなたの使った金の明細だ」

そう言いながら書類の束をテーブルに置く


「それは全てそなたの実家に請求する。今後教師の合格が出るまで王族の金を使うことは許可しない」

「そんな…!お父様は婚姻すれば好きなだけ使えると…!」

「何の役にも立たん者に出す金はない」

「役に…立たな…い…?」

「子どもの知っていることも知らん、オナグルをつなぎ留めることも出来ん、使用人1人の心を掴む魅力もない、そのどこに価値がある?」

ソラセナは何かを言い返そうとして言葉を飲み込んだ


「そなたはもう成人している以上自分の行動には責任を持つべきだ。周りのせいにする前に、今与えられている環境でできる事に本気で取り組むべきだとは思わないか?」

「でも…」

「言い訳をしようと、他人を責めようと状況が良くなることは無い」

「…」

「とにかく王族として認められたければ死に物狂いで頑張ることだ」

最後にそう締めくくってナルシスは部屋を出た

これで少しは回ってくる書類が減ればいいのだが…とこぼしながら


側近はソラセナに言った言葉を自分自身で心から理解して欲しいと思っていた

どれだけ言い訳しようとナルシスがフジェの領主に謀られていた事実は変わらないのだから

ナルシスが問題の大きさを計り間違えた事に気付く時が目前に迫っていることを、この時誰も気付いてはいなかった

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