28.交渉
翌日の16時過ぎに彼女たちは約束通りやってきた
「ごめんなさい。最後のお客さん残ってるからテラス席で待っててもらえる?」
「わかりました」
5人は2つのテーブルに分かれて座った
***
「こんなお店持てたら最高だよね」
「言えてる。評判もすごくいいみたい。だからこの話は凄くビックリ」
「本当だよね。お客さん全部持って行かれて屋台終わりかなーってちょっと思ってたもん」
口々に言いながら辺りを見渡す
風が吹くとテラス席の前にある花畑からいい香りが漂ってきた
「花の香りに包まれて食事するってすごくセレブ感あるよね」
「確かに。私、中よりもこっちの方がいいな。すごく気持ちいい」
そんな話をしていると小さな男の子がやってくる
「どうしたの、ボク?」
「これ、お姉ちゃんたちに待ってる間に読んでもらってってオリビエが」
店を振り返るとさっきの女性が微笑みながら頷いた
「ありがとう。えっと…」
「ロベリ」
「ありがとう。ロベリ君」
「どういたしまして!」
ロベリはそう言って店内に駆けこんでいった
中でオリビエに頭をなでられて嬉しそうに笑っているのが見える
「これ、ここのチラシ?」
受け取ったのは同じ紙が6枚
それを1枚ずつ手に取って読み始める
「ランチって日替わりのみだったんだ?」
「逆にすごいよね。毎日考えなきゃだよ?」
自分たちも作り手だからだろうか
食べる方よりも作る方の視点に立ってしまうようだ
「あ、スイーツって値段3種類なんだ」
「本当だ。400シア~600シアだったらお手頃感あるよね。もっと高いと思ってた」
そんなことを話していると人の声が近づいてくる
「おいしかったね~」
「本当に。ついつい旦那にお土産まで買っちゃったわ。私だけ食べるのが申し訳なくなっちゃって」
「良く言うわ。ちゃっかり自分の分も選んでたでしょうに」
2人の年配の女性は満足気な笑みを浮かべてそんな話をしながら帰っていった
***
「お待たせしました、中へどうぞ」
私はテーブル席を繋げてから彼女たちを中に案内した
「この中から1つずつ選んでくれる?タグの色と番号で言ってくれたらいいから」
ショーケースを指して言うと彼女たちは食いつくようにショーケースをのぞき込む
「すごい…綺麗。私はこの黄色の12番が…」
「私は青の3番」
私は彼女たちの言った番号のスイーツを皿に乗せて渡していく
「飲み物はコーヒーでも大丈夫かしら?」
「あ、はい」
皆が頷いた
「ロキも飲む?」
「ああ」
カウンター裏に座るロキも頷いた
彼女たちからは死角だったようで、突然声が聞こえてきて驚いていた
ちょっと申し訳ない
「そちらのテーブル席にどうぞ」
言われるまま動く彼女たちがちょっとかわいく見える
おそらくみんな年上のはずだけど
そんなことを想いながらロキの前に1つコーヒーを置き、残りの6つをテーブル席に運んだ
「改めて自己紹介ね。私はオリビエ・グラヨール20歳。この屋敷の持ち主で、このカフェのオーナーでもあります。そこにいるクロキュスもここに住んでます」
「あ、私はカプシーヌ・ガーデニア。26歳でゼリーが得意です。妹のアカシア・ガーデニアは22歳、今日は屋台で大福を売っています」
屋台で声をかけた女性、カプシーヌが真っ先に答えてくれる
「イリス・ヴァレリアン。カプシーヌと同じ26歳でクッキーを売ってます」
「アマリリス・ヴァレリアン。イリスの妹で23。ケーキの中でも生クリーム系です」
「ローズ・トレミエ。20歳でマドレーヌを売っています」
「ラン・ギモーヴ24歳。チョコレートを売ります」
それぞれが自己紹介をしてくれる
「ありがとうございます。見事にバラバラなのはやっぱり相談して?」
「ええ。飽きが来ないようにっていうのも考えながら決めました」
「なるほど。ケーキだけちょっと日持ちが悪い感じかしら…」
「日持ちが良くても次の週に前週の売れ残りを出すわけにはいかないので条件は変わらないんです」
その辺りは随分厳しいようだ
衛生面を考えれば正解かもしれないけど
「かなりきっちりした決まりがあるのね?」
「そうなんです。だからみんな終わりがけはただ同然で配ることも」
「それを狙う人が出てきたら本末転倒ね」
そう言うと5人は俯いた
実際そうなってしまっているのだろう
「とりあえずこちらのシステムを簡単に説明するわね」
コーヒーを一口飲んでから話を切り替える
「持ち込んでもらったスイーツはそのショーケースに並べます。焼き菓子なんかはケースの上になるかな」
「そうですね。冷やすのはちょっと」
ローズは苦笑する
「値段設定は400シア、500シア、600シアから選んでもらって値段ごとに色の違うタグに番号を付けて管理します」
そう言いながら今日の売上分が入ったケースをテーブルに置く
「これが今日売れた分。番号がついているので何がどれだけ売れたかが分かるようになってるの」
「なるほど…」
色と番号で識別できるこのシステムは、ロキが考えてくれたものだ
管理するのも楽でとても助かっている
「売り上げの取り分だけど、人件費相当の30%はカフェに、残りの70%は持ち込んだ方のものでどうかしら」
「そんなにいいんですか?」
「屋台だともっと利益が少ないのに…」
「私としてもメリットがあるので」
にっこり笑って言うとそんなものなのかという顔をしていた
「商品を置く期間や売り上げの回収頻度は皆さんにお任せします。期日の前に状態が悪いと判断したらその時はこちらで避けさせてもらいますけど」
「それは当然ですね。私たちも状態の悪いものまで売りたいとは思いませんから」
アマリリスが言う
「あの、屋台で売れ残ったのを翌朝持ってくるって言うのも有ですか?」
「勿論大丈夫です。あとはチラシにも書いてる通りメニューを作ってないので試作品をいくつか置いて様子を見ることも可能ですよ」
「いくつかって2つや3つでもってことですか?」
「ええ。1つから可能です」
試作品などを考えるとやはり少数からというのは魅力的のようだ
「あとは注文を受け付けるかどうかですけど…」
「この予約すればっていう?」
「そうです。いくつまでなら注文可能、などの条件を付けることもできますよ」
「そんなにわがままでいいんでしょうか?」
心配そうに尋ねたのはカプシーヌだ
「多少のわがままは希少性に繋がりますからね」
「希少性…すごいこと考えるんですね…?」
ランが本当に驚いたような顔をする
「私、お願いしたいです」
「私も」
カプシーヌとイリスが言うと他の3人も頷いた
「じゃあそれで契約しましょう。こちらが詳細を書いた契約書です」
「こんなものまで…」
「細かいことを色々書いてるので、持ち帰ってじっくり読んでからサインしていただければ結構です」
そう言いながら皆に契約書を配る
「お持ちいただくのは最初に商品を持ち込まれるときで構いません。ただし水の日は定休日になっているのでそこだけ注意してください」
「私が風の日だから丁度良かったわね」
イリスが言う
「そうね。クッキーは日持ちするし」
アマリリスの言う通りケーキが風の日だったらアマリリスの売れ残りを回すという旨味は激減してしまう
「さっき試作品の話が出てましたけど…」
「ええ」
「例えばですけど…デコレーションだけを変えてみるって言うのも有ですか?」
「勿論構いませんよ。今のケースの中にもそういうのが並んでますから。イチゴかサクランボかみたいな感じ」
確かにあったと5人は頷いている
「さっき言ってたオリビエさんの旨味っていうのを聞いてもいいですか?」
「ふふ…やっぱり気になりますよね」
笑いながら言うと5人ともが深く頷く
まぁ隠すほどでもないからいいんだけどね
「アイデアを広げたいからですよ」
「アイデアを広げる?」
「所詮自分の中のアイデアには限りがあるでしょう?でも人の作ったものを見て新しいものが浮かんだり、そこから連想したり…そういう刺激を貰えると思っています」
「なるほど…確かにそれはあるかもしれませんね」
「私としては店に置いてもらうだけでそれが可能になるので、プラスしかないということですね。むしろ自分が用意する量を減らせるので」
最後は冗談ぽくそう言うとみんなが笑い出す
「お互い刺激し合ってスイーツが広まれば、それは素敵なことだと思いませんか?」
「それは…すごく思います」
「あなたたちが屋台で売っているという案内のカードのようなものがあれば、購入された方にお渡しすることも出来ますよ」
「それって逆もいいですか?」
「逆?」
「屋台で売ってると昨日売ってた物が欲しいって言われることもあるんです。その時にここに置いてるって誘導するのもいいのかなって」
「それいいわ。私も時々聞かれるのよね」
「確かに。おいしいって聞いたけど自分の休みと合わないから買えないって残念がる人も…」
口々に飛び出す言葉には商売に関するヒントが沢山含まれている
彼女たちはそういう話ができたとしても売る手段はなかったのだろう
「こちらへの誘導は私も助かります。屋台でスイーツを出してることを知らない方もおられますから、ここの定休日の誘導も出来ますね」
「彼女らのが気に入ったならここに来るより屋台の方が近い人もいるだろうしな」
ロキがぼそっと言った
相変わらずいいことを言ってくれるものだと思う
この屋敷は町の端に建っているため屋台からは結構距離があるのだ
若い人には問題なくても年配の人には少し大変かもしれない
そういう意味では誘導し合うのはお互いにとっていいことになるのだろう
「実際に進めながら案があればこうして出し合っていきましょう」
「そうですね。きっとやりながら疑問も出てくるでしょうから」
「問題が出てきたらその時々で話し合って調整することも出来ますし…お互いにとっていい契約になるのが一番ですからね」
そう締めくくって今日の話し合いを終えた
翌朝アカシアが全員の契約書と屋台の売れ残りを持ってやってきて、委託販売と名付けたその契約がスタートした