27.定休日
この世界の日付の概念は元の世界とは違うから未だに戸惑うことが多い
1日の時間は同じで24時間なのが救いかな?
そこから違うともう私には手に負えない気がする
でも1週間は火・風・水・土・闇・光の6日、それが5週あって1か月、12か月で1年となるらしい
元の世界では3日で1ユニット、12ユニットで1ロス、10ロスで1年だったので、1年の日数は同じなのにその間のまとまりが変わるとすごく変な感じがする
これになれるのはいつの事やら…
「そろそろカフェも落ち着いてきたから定休日を決めようと思うんだけど」
いつものようにサロンでくつろいでいるタイミングでそう切り出した
「相変わらず突然だな?」
「まぁオリビエらしいけど」
ロキの言葉にカメリアがため息交じりに言った
そんな呆れなくてもいいと思うんだけど?
「せっかくこの世界に来たんだから、この世界の事もちゃんと知りたいし楽しまなきゃ勿体ないでしょう?」
「もったいなーい!」
コルザが賛成!とでも言うように大きな声で言う
「だよね。だから定休日を決めてその日は自分の為に使おうかと思って」
「いいんじゃねぇの?」
「俺らの許可取らなくてもお前の店だろ」
ダビアが何をいまさらとでも言うように言う
「まぁそうなんだけどみんなにも色々協力してもらってるからね」
「なるほど。それほど気にすることでもない気はするが…で、いつ定休日にするんだ?」
ジョンは半ば呆れたように尋ねた
「水の日にしようと思ってるの。お客さんへの告知もあるから来週からになると思うけど」
「一般企業が光の日、商店街が風の日に休むことが多いことを考えればいいかも知れんな」
「お前商店街の休みはわざと外しただろ?」
「もちろんよ。休みの日に商店街のお店を巡ろうと思ってるもの」
当然敵状視察
「それでね、丁度いい機会だからジョンとカメリア、ウーも定休日を設けましょう」
「何言ってんのオリビエ、俺らにそんなの必要ないって」
「あらダメよ。休息はどんな人にとっても必要でしょ」
「しかし…」
「もし休みの間のことが心配だったらもう一人ずつ雇うって手もあるしね」
「でも…」
3人とも乗り気ではないようだ
だからと言って諦める私ではない
休む理由なんていくらでもこじつけることが出来るのだから
「休みの日に道具を見に行ったり図書館に行ったり…お出かけして英気を養えば仕事にもハリが出るでしょ?」
「おでかけ!」
「僕行きたい!」
「リラも」
3人はそう言いながら飛び跳ねている
当のカメリアは”でも…”と困惑気味だけど
「カメリア、子供が小さいのは今だけよ?すぐに大きくなる」
「それは言えてるな。大きくなればどれだけ望んでも構ってもらえなくなるだろうし」
「ママおでかけー」
リラがとどめを刺すように懇願するように言った
その上目遣いは最強だと思う
あれをされたら私も断れないかも…
「…そうね…それなら私はカフェと同じ水の日に休ませてもらおうかしら」
はしゃぐ子供たちにカメリアは折れた
「カメリアは水の日で決まりね。ジョンはどうする?」
「俺は…」
未だに納得いかないという顔を向けてくる
「ジョン、休みの日に花や野菜に詳しい人と情報交換するって手もあるぞ?」
ロキがボソッと言った
ジョンが畑づくりを手伝ってくれた知人と、本人も驚くほど意気投合し、話が尽きなかったことは皆が知っていることだ
家族を持っている人だけに、仕事が終わってから尋ねるなんてことも出来そうにない
それならと提案してくれたようだ
「それは…なら俺も水の日だ。昼間ならあいつとも会いやすいしな」
満足げにそう付け加えたジョンに頷いて返す
ナイスアドバイスと、ロキに視線だけで伝える
ちゃんと伝わっているかは知らないけどそれは大した問題じゃない
「ウー、あなたはどうする?」
「じゃぁ俺も水の日。みんなが休んでるのに一人働くのは嫌だし」
「そりゃそうだ。自分だけ働いてたら虚しいからな」
ウーの言葉にみんなが笑い出す
確かにそれは私も嫌だわ
皆が働いてる時に自分だけ休むのはちょっと嬉しいけどね
「じゃぁみんな水の日は定休日ってことで決まりね。ダビアとマロニエは…」
「俺らは適当に調整してるから問題ない。2人とも都合悪けりゃクロキュスもいるからな」
ダビアとマロニエは基本的に1日交替で子供たちを見てくれている
迷宮に潜りたいときなどは2~3日ずつに変更しながら柔軟に対応してくれているのだ
「なら大丈夫かな?その代わり無理はしないでね」
「了解」
「大丈夫だよ。楽しんでるから」
2人とも子供好きなので快く頷いてくれる
本当にありがたい存在だ
子供達にはボールを使うのは屋敷の敷地内だけと約束してもらった
誘拐とかの脅威は今のところ殆どないけど、皆が仕事をしてる時にダビア達が見てくれているから安心できる
託児所みたいな感じかな?
「そうだ、屋台で食事にするのを休みの日に合わせるのもいいかもしれないわね」
「あぁ、それはいいな。出先から時間を気にして戻らなくて済む」
ジョンがすかさず頷いた
「出かけてそのまま屋台で食べてきてもいいってこと?」
「そうなるわね」
「やった。それなら友達と食べれる」
かなりはしゃいだ様子のウーを見ているとこっちまで楽しくなってくる
「ふふ…友達をここに呼んでもいいのよ?」
「わかってる。でもそういうのとはちょっと違うかも…えっと…」
ウーはどう説明したらいいのかとアタフタしている
「別に呼ぶのがイヤって言うんじゃなくて…」
からかうために言っただけで言いたいことも分かってはいるけど、あえてそのままにしてみた
それに気づいている大人たちが笑いながら見守っていた
食費をどうするかについてはかなりもめた
食費付きとしてる以上払わなきゃと1回1000シアと提案したら全員から猛反対
定休日の事だから自分で出すと言い張るジョンと真っ向から対立した
結局間を取って一人1回500シアを定休日の回数分、報酬と一緒に渡すという形で落ち着いた
ここで働く人たちは欲がなさすぎると思うわ
そうロキの前で零したらため息だけが返ってきた
カフェをオープンしてから最初の定休日を迎えた
2日前から客足が落ち着いてきたから、よっぽどでない限りは店も一人で回してる
元の世界でもそうしていただけにさほど苦労することもなくホッとするばかりだ
「私は今日は町に行こうと思うんだけどみんなはどうする?」
朝食を食べながら訪ねてみる
「ロベリ、ボールで遊ぼう」
「うん」
コルザの誘いに二つ返事で同意する
「僕は野菜の本を読もうかな」
ウーは前にロキが買ってきた本がお気に入りで何度も繰り返し読んでいる
「ママえほん」
リラがカメリアに向かっておねだりするように言うとカメリアは頷いていた
「じゃあ俺はゴロゴロ過ごしてみよう」
「親父初めてじゃないのか?」
「ああそうだ。実は憧れてた」
ジョンはそう言って笑った
ずっと働き詰めだったのならそういう日があるのもありがたいはず
ジョンのように休みなく働く人は多い
ソンシティヴュでは王族の立場が絶対で、それを守るための称号持ちだけが王族から必要とされている
国民への対応は全てその領土を守る領主、つまり称号持ちに一任されている
税を納める民は現状維持、納められない者は奴隷のようにこき使われる
当然のように民を守るための決まりなんかも存在しない
それが一般的なあり方だと聞いたときは、やり場のない怒りに飲まれそうになった
それでよく国が持っているものだと思わずにはいられない
「今日はマロニエが見る日だし…俺は森で狩りでもしてくるかな」
ダビアは最近この近くの森が気に入っているらしい
前に理由を聞いたら、”動きの速い魔物が多くてトレーニングになって素材も取れるから丁度いい”と返ってきた
「じゃぁ町には私…とロキ、2人で行ってくるわ」
一人でと言おうとして視線に気づいて言いなおした
食事がすんだ者から思い思いに過ごしだす
「やっぱこういう日も必要だよね」
「そうだな」
最後まで残ったロキはコーヒーを堪能しながら頷いた
いつもならカフェの仕込みを始めている時間だけに、朝からこんなにのんびり過ごすのは久しぶりだ
「お前さっき一人で行くって言おうとしただろ?」
「う…」
「絶対許さないからな?この短期間でカフェ開いてその手ごたえもある。狙われる可能性もあるって自覚しろ」
「ごめん…」
「まぁAランクだし?大抵のことは対処できるのは分かってるけどな」
俯く私の頭を大きな手がポンと叩く
ロキがよくする、手を軽く乗せるようなそれは妙に気恥しい
「すぐ行くのか?」
「ここ片付けてから」
と言っても生活魔法で一瞬で終わるけど…
ロキもわかっていても特に突っ込むことはしない
片付くのを待って立ち上がると2人で町に繰り出した
「見るのは?」
「とりあえず本と野菜」
「本?」
「カフェが落ち着いてくれば時間に余裕も出来るだろうし、子供達も本や絵本が好きみたいだから、食堂の本棚の本を町に来るたびに増やしてみようと思って」
「あぁ、取り合ってる時もあったか」
「まだ数が少ないからね。とりあえず絵本と冒険ものの小説とそれ以外の小説、園芸関係と料理関係を1冊ずつなんてどうかなって」
「いいんじゃねぇの?俺も何冊か見繕っていくかな」
そんな話をしながら本屋に入る
店主に意見を聞きながら選ぶのは楽しい
「何か多くないか?」
5冊ほどのはずが私の手元には10冊積みあがっている
1冊ずつと思っていたのに全て2冊ずつになってしまったのだ
これでも何とかそこまで減らしたんだけど…
「ロキも人のこと言えないと思うけど?」
似たような冊数を積み上げているロキと顔を見合わせて笑いあう
お互い本好きだということだ
「何にしても店としては嬉しいことだな」
店主にも笑われながら支払いを済ませて店を出た
「こういう時インベントリは便利だよね」
量も重さも関係ないのは助かる
とはいうもののインベントリ持ちは希少なため、私もロキもマジックバッグを偽装で身に着けている
前にマジックバッグも高価だけどと言うと、Aランクなら問題ないだろと返された
実際ダビアもマロニエも持っているからそういうものなのだろう
「次は野菜か?」
「その前に屋台覗いていい?」
「屋台?もう腹減ったのか?」
朝食を食べてすぐ出てきたはずだろうと呆れた顔をされる
「違うよ。スイーツのお店が出てないか見とこうと思って。あとはどんな店が流行ってるのかもね」
「リサーチか?それならすんでるぞ」
「え?」
首を傾げると書類の束を渡された
「これは?」
「見りゃわかる」
「ん…」
頷きながら書類に目を通す
屋台に出展されている店の名前、責任者の名前、売ってるもの、出してる頻度、売上などが一覧になっていた
「いつの間に?」
「…王宮の伝手を使えばすぐ入る。お前がギルドに登録してる間にギルドマスターに依頼してこの町に関するものは大体揃えてもらった」
「流石、元、王の側近…」
パラパラと書類をめくりながらスイーツのページで目を止める
「スイーツは1日1店舗しか出してないってカメリアが言ってたけど…日替わりでやってるのかな?」
「ん?」
ロキが書類をのぞき込む
「1つの屋台を共同で使ってるんじゃないか?屋台は大抵日毎に出店費用が徴収されるから」
「競合するより協力した方が…ってこと?」
「多分な。ここの屋台で用意できるスイーツは限られるだろうし」
「どういうこと?」
「ここはその場で作ったものしか売れない契約になってるから、種類もそんなに用意できないんじゃないか?残ったものはたたき売るか、破棄するか、自分で食べるかだろうし」
「そうなんだ…」
それは結構厳しい条件のような気がする
家で準備してきたモノを使うことが出来ないとなると時間的にも制限がかかるだろうし
「…じゃぁ交渉の余地ありかな?」
「交渉?」
「カフェにも置かないかって」
「どういう意味だ?」
ロキは話が見えないと首を傾げる
「半分は私の好奇心。私の場合、人のを見て新しいアイデアが出ることの方が多いんだよね。自分の中のストックなんて知れてるから」
「まぁ無限には出てこないだろうな」
「でしょう?だからそのスイーツ出してる人が、屋台のない日に作った分とか余った分を店に置かないかなって」
そうすれば叩き売ったり破棄したりする量も減らせるだろうし…
「お前本当に色々考えるよな?」
「ふふ…これはカメリアの為でもあるんだけどね」
「何でそれがカメリアに関係すんだよ?」
「多分、カメリアも色々アイデア持ってると思うの。でも報酬増やすのは未だに嫌がるし…」
「まぁ…そうだろうな」
定休日の件ですら子供たちの勢いで押されてしぶしぶだっただけに、この状態で報酬を増やすなど絶対に受け入れるはずがないのだ
「カフェの手伝いの方もね、子供たちのおやつをカフェの材料や機材を使って作ってるからって受け取ってくれないし」
「あぁ、よくその話してるな」
「うん。だからね、カメリアにもスイーツ作ってもらおうかなって。材料や機材はカフェにあるのを使うってことを考慮してカメリアには30%を考えてるの。でも前例がなければ絶対断られるでしょう?」
「まぁ…カメリアならそうなるだろうな。ああ見えて頑固だし」
ロキは納得する
でも前例があれば押せると思うんだよね
それが実現するのはまだ先の話かもしれないけど…
「あ、あれだ」
視線の先に3種類のゼリーを出している屋台があった
今はお客さんが並んでいないのでチャンスだとばかりに足を速めた
「すみませーん」
「はい」
声をかけると店員の20代半ばの女性が愛想のいい笑みを返してくれる
最初はしばらく雑談をして、その中から彼女の現状を聞き出していくのを、ロキは少し離れたところで見ていた
「実は…」
さっきロキに話したような情報を、大まかに彼女に説明すると興味を持ったのが分かった
「もし興味があったら一度カフェの方に来てください。閉店後の16時以降ならいつでも時間が取れますから」
「分かりました。明日にでも伺わせてもらいます!あの、他の子たちにも声をかけてもいいですか?」
「ほかの子って別の日に屋台をしている?」
「はい。みんな幼馴染なんです」
彼女はそう言って優しい眼差しを見せた
「私の方は構わないけど明日店をする子は大丈夫?」
「明日は私の妹なの。妹は私のマネが大好きな子だから大丈夫」
キッパリ言い切る様子からも仲の良さが伺える
ひとりっ子だった私としては、そういう関係もあるのだとちょっとうらやましく思う
「そういうことね。じゃぁ明日お待ちしてるわ」
屋台の周りにちらほらと人がいるのを見て話しを切り上げた
決して営業妨害したいわけじゃないという意思表示だ
「感触は良さげだな」
「うん。スイーツの屋台してるのは皆幼馴染なんだって。その子達にも声をかけて明日の夕方来てくれるみたい」
「相変わらず仕事が早い」
「ふふ…おほめ頂き光栄です」
「ばーか」
コツンとおでこを小突かれる
痛みは全くないのだけど
「やっぱり売れ残った分はほとんど捨ててたみたいなんだよね。スイーツはケーキなら2~3日、今の子のようにゼリーなら4~5日は持つから勿体ないと思わない?」
「かといって自分たちでひたすら食べるわけにもいかないか…」
「流石にね」
想像して苦笑する
残りを全部食べていたらそれこそ気分も悪くなるだろう
かといって作る数を減らして品切れというのもいただけない
「屋台の翌朝カフェに持ってきてもらうって言うのも有かもね。少なくともロスは減るはずだから」
「で、お前はほとんど何もせずに、その売り上げの一部を手に入れるってわけだ」
「人聞きの悪いこと言わないでよね。普通なら家賃と光熱費で20%弱、人件費が30%くらいはかかるんだから一部を受け取るのは妥当でしょう?」
「まぁ、マージン無と言われるよりは信用できるな」
ロキは笑いながらそう言った
どこの世界でもただほど怖いものはないのだ
その後は野菜を調達して屋敷に戻る
本を追加したことはあえて言わなかったけど、子供たちがすぐに気づいて皆が大喜びしていた
そのはしゃぎようにジョンとカメリアも本が増えていることに気付いて、すぐに没頭していたのは言うまでもない
「俺らだけじゃないみたいだな。本好きは」
「確かに」
なぜか全員がサロンで思い思いの体制で本を読んでいる
好きなことを皆で共有できるのはとても嬉しいことなのだと、この時私は初めて知ったのだ