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閑話5.新しい果物(side:八百屋の店主)

いつものように仕入れをして、いつものように商売をして…

そんな当たり前の日々が突如壊れるなど思いもしなかった


「親父いるか?」

野太い声で俺を呼んだのはギルドの主、ホーストだった

こいつは俺の倅と同じ年で子供のころから知ってるが、最近ますます貫録を付けてきたようだ


「お前が来るなんて珍しいな?」

「俺が出張る内容だったんだよ」

「は?」

意味が分からず首を傾げる

ホーストが出張る

つまり、ギルドマスターとしてということか?


「こいつを扱えるか?」

ホーストはそう言ってギョッとするような見た目の球状の物体を台の上に並べた


「全部で5種類だ」

「それは見りゃわかる。でもこれは一体?今まで見たこともないが…」

こんな見た目の物体、一度でも拝んでりゃ絶対に忘れない


「数日前に用途の判明した迷宮産の果物だ」

ホーストの言葉に耳を疑った

これが果物だと言われても信じられるわけがない


「初級の低層の品だけにこれから持ち込まれる量も増えるはずだ。ギルドで買い取ったのはそのままこっちに回したい」

「ちょっと待ってくれ。果物と言われてもどんなもんかもわかんねぇのに売れるわけがないだろう?」

「それはほら、親父の裁量次第ってことで」

「いや、それは無理だろう?」

俺は困惑しながら5つの果物を眺める

どう考えても客に好まれる見た目じゃない

食ってみると言っても食い方も味も想像すらできない


「ギルドでの買値は1個200シア、これは低級の低層で魔物の難易度から算定してる。親父に卸すのは220シア、その先の売値はいつも通り親父次第だ」

「…」

正直断わりたい

だが、これを断るということは他の商品もおろしてもらえなくなるということだ

ギルドから卸される野菜類は生活に密着したものが多い

つまり俺に拒否権は無いに等しい


「…5つの名前は?名前もわからんものは売れんぞ?」

「あぁ、それは…」

ホーストは紙を1枚渡してきた

そこにはイラストと名前が書きこまれていた


「これは外見と…断面か?」

「そう言うことだ。この用途発見者は最近OPENしたカフェのオーナーだ。カフェのオーナーと言っても高ランクの冒険者でもあるがな。ダビアが美味いと言ってそのオーナーの提供した情報を持ってきたんだ」

「カフェか。カミさんがはしゃいでたやつか?スイーツが豊富とかなんとか…」

甘いものを常に求めてるカミさんは開店早々足を運んだらしい

その日はいつになくはしゃいで普段以上に喧しかった


「じゃぁ困ったらそのカフェに助けを求めるとしよう」

ギルド経由の商品は5つ単位で納品される

この様子なら明日早々に入ってくるのだろう

でも未知の食材であるこの果物は食べ方さえ分からない

それを一体どうやって売れというのか…

俺は頭を悩ますこの商品を持ち込んだホーストを厄介払いするように追い出した


「あんた!これ何?」

出先から帰ってきたカミさんがホーストの置いていった果物を指さして声を荒げた


「最近見つかった果物らしい。早けりゃ明日からギルドから持ち込まれるはずだ」

「こ、こんな気持ち悪いの売れるわけないじゃない!」

「俺だってそう思うんだがな…でもこれを断れば他も入荷できない」

「…それは困るわ」

それでもいいとはさすがのカミさんも口にはしなかった


「とりあえず1か月は様子を見よう。どうしようもなければ…」

「そうね…すぐにどうこうするなんて無理だものね…」

この俺達夫婦の決断は杞憂に過ぎないことを、この時の俺は知らなかった


「こんにちはー」

「あぁ、いらっしゃい」

やってきたのは1か月ちょっと前に越してきたというオリビエだ

その隣にはいつも寄り添うように立つロキがいる


いつも大量に購入するとは思っていたが、どうやらダビアやマロニエが一緒に住んでいるらしいとカミさんがどこかで聞いてきた

そこにはジョンとその息子、カメリアとその子供達も一緒に住んでいるとか

どおりで消費量が多いはずだ

しかも噂のカフェのオーナーでもあると知ったのは1週間ほど前の事だった


「どうだい(カフェ)の方は?」

「おかげさまで順調なの。おじさんも時間あったら寄ってね」

「俺は甘いもんは好かん」

「あら、お昼ご飯も出してるわよ?騎士さん達にも結構評判いいんだから」

「ほう。飯もか?」

その言葉には興味が引かれた

騎士の評判がいいということはボリュームのあるモノも置いてるということか?

この商店街にも定食屋はある

でもここ何十年の間メニューが変わったことは無い

それでもたまに食いたくなるのは確かだが通うほどではない


「この町特有のものと、迷宮品を使ったもの、創作料理の3種類からメインを選んでもらう日替わりなの」

「ほう…それは面白そうだな?」

「でしょう?だから、お待ちしてますね」

これほど楽しそうに言われるとつられてしまうってもんだ


「そのうち寄せてもらうよ。で、今日はどうする?」

「そうねぇ…」

オリビエは次々と商品を選んでいく


「おじさんのところでもこの果物扱ってるんだね?」

「…そう言えば発見者はお前さんだったか?」

「あ、ギルドマスターに聞いた?」

「ああ。あいつのことはガキの頃から知ってるからな」

そのせいで今大量の在庫を抱えることになっているのだが


「そうだ、おじさんこれよかったら」

「?」

差し出されたのは5枚の用紙

果物の外見と断面のイラストに名前、そこまではホーストにもらったものと同じ

でもそれだけじゃなく親切な解説がついている


「これは…」

「うちのカフェにも置いてるの。この果物の特徴とか、切り方なんかをお客さんに知ってもらおうと思って。カフェで出すのは凝ったスイーツだけど果物はそのまま食べても美味しいから」

「これを出してるのか?」

この得体のしれない物体をスイーツにだと?

俺の頭の中は一気に混乱した


「美味いぞ」

すかさずそう言ったのはロキだった

これが…うまいのか?

半信半疑で2人を凝視したのは仕方がないはずだ


「実はカフェのお客さんの案なんだよね」

「客の?」

「そう。スイーツを気に入ってくれて、家でも食べたいんだけど未知の果物だから」

「あぁ…」

「だからね、外見と切った断面、それに食べやすい切り方なんかを、こうやって知ってもらえばいいんじゃないかって」

「なるほどな」

そんなこと考えもしなかった


「おじさんこの辺りのは熟し切ってるから売らない方がいいかも」

オリビエはそう言いながら台の上に積んだ山の中から、いくつかを俺の方に渡してきた

全種類数個ずつ

予想はしていたがこれからさらに無駄になってくるのかと思うと憂鬱になった



「捨てちゃうのはもったいないから試食に使っちゃえば?」

「試食?」

何だそれ?

初めて聞く言葉に首を傾げる


「一口サイズに切って試しに食べてもらうの」

「そんなことしたら儲けにならん」

店は奉仕活動の一環じゃないことくらいカフェをやってりゃわかるだろうに…


「どっちにしてもこれ、売り物には無理だよ?」

「ぐ…」

怖れていた言葉を突き付けられて一瞬息が詰まる


「未知のもの買うのって勇気いるじゃない?だから売り時逃しちゃったのを試食用にして味を知ってもらえばいいと思うのよね」

「…なるほど」

言ってる意味は理解できる


「試しに食べてみて美味しかったら売れるしね。丁度いいからこれ、切ってみてもいい?」

「あ、あぁ」

俺はオリビエにまな板と包丁を渡した

オリビエは通りから見えるように果物を切っていく

なるほど、そうやって皮をむいた後に切っていくのか

思わず感心しながらその手元を見ていた


「あれ?オリビエこんなとこで何やってんの?」

「ちょっとね。丁度いいからこれ食べてみない?」

「何これ?初めて見るものなんだけど」

通りがかった女性は立ち止まり興味深げにオリビエの手元を見ていた


「とっても美味しい果物よ」

そういいながら一切れ楊枝にさして彼女に渡す


「ん…おいしい!何これ、すっごい瑞々しいんだけど!」

はしゃぐ彼女の声に通りを歩いていた主婦たちが集まってくる


「なんだい、一体何が?」

「皆さんも食べてみてください。新しく発見された果物ですよ」

オリビエは次々と試食と言いながら渡していく


「これはいいわねぇ」

「うちのおばあちゃんでも食べれそうだわ。これ1つ頂ける?」

「おじさんキウイ取って」

「あ、あぁ」

言われるままキウイを渡す


「奥さんコレなんだけど、皮をむいて切るだけで食べれるから」

「まぁこんな見た目なの?」

「変わった見た目だけど美味しかったでしょう?」

にっこり笑って言われた女性はそれだけで満足したようだった


「あ、ちなみに皮はこんな感じで、外から触ってちょっと柔らかくなった頃が食べ頃だから。ちょうどこんな感じ」

剥いた後の皮を見せると興味深げに見たり触ったりしていた

なるほど、そうすることでより身近に感じられるということか?

オリビエがそんなことをしている少しの間に10個ほどの果物が売れていた


「上手い事やるもんだ」

「あれはあいつの天性の才能だな。その時々でやり方を上手いこと変えてる」

呟いた俺に返ってきたのはロキの感心したような言葉だった


「主婦連中の口コミは広がるのが早い。そのダメになりかけてるのを試食で提供し終わるころにはかなり広まってると思うぞ」

「だといいんだがな」

「大丈夫だ。カフェでも評判がいいからな」

得意げに言うロキを見ていると俺の心配も少しずつ薄らいでいくのが分かる

確かにこの短時間で一気に売れたことを考えれば全くの夢物語とも言えない


結果、1週間もしない内に新しい果物はフジェの町の人気の果物となった

冒険者にとっては迷宮内の水分補給にも重宝するらしい

現地調達なら荷物が増えるわけじゃないから丁度いいのだろう

色んな意味で好まれる果物になったのは言うまでもない

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