26.お客様の要望
開店に伴うドタバタ騒動が落ち着くまで1週間ほどかかった
その間、屋敷のみんなに手伝ってもらいながらようやく作業のフローが整った
「オリビエ、このスイーツは何?」
そう尋ねてきたのは開店以来毎日来てくれている女性だ
彼女はいつも、3時のおやつにこのカフェを利用してくれている
いつも同伴者が違うあたり、とても顔の広い女性のようだ
しかも、その相手が別の方と来店してくれることもある
いわゆる上客って感じかな?
私としては感謝しかないし、とてもありがたいお客様だ
「それはスイカですね」
「スイカって今話題になってる?」
「話題になってるかは知らないけど…それが迷宮絡みの噂ならあってると思いますよ」
ダビアからギルドに情報提供したと報告は貰っていた
情報料はそのままギルドカードに入れてくれたので、その金額から結構な話題性は理解していたものの、私自身は実際どんな状況かは知らないのだ
「…美味しいのかしら?」
興味半分、怖さ半分と言ったところだろうか
まぁ未知の食べ物だから仕方がないか
「そうですね…ちょっと待ってくださいね」
私は裏で一口サイズのスイカを用意した
彼女が気に入れば自然と口コミで広がることを見越した上でのサービスだ
「これで味を見てもらった方が早いかな?」
「いいの?」
「ええ。気に入ったらスイーツにも挑戦してみてくださいね。皆さんもお一つずつどうぞ」
カウンターやテーブルに座るお客さんに楊枝をつけて一つずつ渡していく
いわゆる試食というものだ
流石に彼女だけというわけにはいかないものね
味を知ることでこっちからも広まれば儲けものかな?
「まぁ美味しい…」
「とても瑞々しいのね?」
「これはいい…」
口々に零される言葉に内心ほくそ笑む
中々いい感触かもしれない
「このスイカを使ったスイーツはこれだけ?」
「いいえ。今日は3種類用意させていただいています」
そう言うと皆が寄ってくる
ならばとスイカを使ったスイーツをケースの上に出していく
「私は緑のタグのを頂けるかしら?」
「私は青で」
そんな感じで次々と注文が入った為、順に皿に乗せていく
皆早く食べたいせいか自分で皿を持ってテーブルに戻って行った
気付いてみれば店内の全員の前にスイカのスイーツが並んでいた
それでもまだインベントリの中に沢山あるから問題ない
インベントリ最高!ってカフェをしてると良く思うわ
とにかくこのまま口コミで広がって、スイカが身近なものになってくれればいいんだけど…
そしたら迷宮から持ち帰ってくれる人も増えるだろうしね
「ねぇ、ひょっとして他の4つも…?」
「勿論ですよ。他のも順に商品にしていく予定です」
「ならその時は分かる様にしてもらえないかしら?是非食べてみたいもの」
「分かる様に…ですか」
繰り返しながら考える
メニューとして載せればイラスト付きでチラシを作ればいいけど、毎度見た目も変わるとなるとそれは難しい
かといって札を付けたりすると邪魔
「…考えてみますね」
「お願いね」
嬉しそうにそうお願いされれば否やはない
それがお客様の為になるならなおさらだ
そう思いながら頭の片隅で考え続けていた
「ねぇオリビエ」
「はい?」
「このスイカって元はどんな状態なの?私がお店で買っても簡単に食べられる?」
「そうですね。さっき試しに食べてもらった状態なら切るだけですよ」
そう言いながら調理場にある冷蔵庫から5種類の果物を持ってきた
「ちなみにその話題の5種類がこれなんですよね」
「えー?!」
見た目にくぎ付けのお客様
お世辞にもおいしそうな見た目とは言えないだけに仕方がない
「見た目はちょっとあれなんですけど…」
自分にはある意味見慣れたものだけに驚く気持ちが分からない
かといってそう言うわけにもいかず言葉を濁すことで対応することにした
「最初に食ったのはよっぽどの怖いもの知らずだろうな。これを見てよく食おうと思ったもんだ」
そんな言葉が出るということは用途発見者が私とは知られてないということだろうか
「どれも美味しいですよ。あ、今日のスイカはこれですよ」
緑と黒の縞模様の果実を手に取りにっこり微笑んで見せる
「さっきの元がこれとは…でも味を知ってしまった以上は…」
どこか認めたくないというのがひしひしと伝わってくる
そこまで頑なにならなくてもいいのに、と苦笑する
「でもお店で見たら買っちゃうわね。別のと間違う心配もなさそうだし」
あぁ、そう言う考え方もあるのね?
確かにこれを前に間違えて買うことも、勘違いすることもないと思う
「そうね。こんなにおいしいんだもの。見た目が少々あれでも関係ないわ」
酷い言われようだ…
お客さんの話を聞きながら複雑な笑みを浮かべた私を見てロキが苦笑していた
「これ全部、中が想像できないわ」
「見た目と名前と味が一致するようになるまでにどれくらいかかるかしら…?」
その言葉にさっきの答えが見つかった気がした
並べ方と提供の仕方を工夫すればすべて解決するかもしれない
そう思いながらショーケースの中を入れ替える
「ちょっと特別感を出して…」
中央当りの一角に台を置いて少し高くする
そしてその場所に3種類のスイカのスイーツを並べた
お客様から見て一番奥にスイカの現物と半分に切った状態の物を置き“スイカ”と書いた札を立てる
「こんな感じならどうかしら?」
声をかけると皆が見に来てくれる
「あら、いいじゃない。凄くわかりやすいわ」
「本当ね。スイーツになる前の状態もわかっていいかも」
「よかった。こんな感じで特別感を出したら注目してくれるかなって」
フェアみたいな感じなら馴染みやすいだろうし…
「間違いなくするわね」
「そうね。迷ったらとりあえず…みたいな感じにもなるかも」
「ただ…」
好感触の中にその言葉はかなり心臓に悪いわ
どんな言葉が飛んでくるのかと身構えてしまった
「ただね、そうやって3種類並べられると全部食べたくなっちゃうのよね…」
「ヤダもぅ…紛らわしい言い方はやめてよね?」
友人同士で来ていた片割れが大笑いしながら言うと皆もつられて笑い出す
「その気持ちは分からないでもないけどね」
「本当よね。でもこれは本当にわかりやすくていいわ」
「どうせなら一般に出回ってるのでも同じようにしてくれないかしら?」
「え?」
旬のフルーツで…とかはありだと思うけどそんなに需要あるかしら?
一般の果物で何ができるか考えかけたタイミングでその答えが明かされた
「出回ってても食べたことが無いのって意外と多いのよね」
え?そうなの?
と、そっちの方が信じられない私に気付くこともなく彼女たちは続ける
「あーそれは分かる。果物って食べるタイミングが難しいものが多いもの」
「そう。それよ。だから結局食べなれたモノばかり買っちゃうのよね」
想像以上に初歩的な問題があったようだ
土地柄なのか世界的なものなのかは分からない
でも思わぬところに商売のヒントがあるようだ
やっぱりお客様の意見を聞くのは大切よね
「そう言うことなら…1週間ごとにメインの果物を変えるのもいいかもしれないですね」
「あら、それは毎週来いってことかしら?」
「だと嬉しいです」
試すように言われたのでにっこり微笑んで返す
強制はしない
でも通いたくなる仕掛けは必要だから
「甘いわよ。オリビエの事だからメインの果物は同じでも、毎日違うスイーツが並んでるかもしれないわ」
上客だけに中々するどい
でも流石に毎日3種類考えるのは…きついのよね
「その辺りは何とも言えないですね。デコレーションが少し変わることは充分あり得ますけど、流石に毎日違うものを3種類も考えるほど私の中にアイデアがないですしね」
「それもそうか?」
「毎日通ったとしても3日間は同じものを置いてほしいものだけどね」
毎日通ってくれている女性はショーケースを眺めながら言う
「材料の都合もありますし何とも言えませんけど、メインがその果物というだけで別の果物のスイーツが出せないわけじゃないですし…」
「つまり?」
「しばらくの間この5種類は物珍しさもあって重宝するでしょうから、メインで出してなくてもショーケースには並んでると思いますよ」
思い付きの提案を決定事項のように言ってみる
この反応でどうするかを決めるのも有でしょ
「なるほど。一般の果物がメインで置いてあっても、このスイカのスイーツが食べれる可能性もあるってことね?」
「はい」
「…何か燃えるわね」
「そうね。来たタイミングの勝負ね」
ん?何か違う気もするけど気のせいかしら?
「とりあえずショーケースを覗きに来るだけっていうのも有よね?」
「そうですね。購入いただければその方が嬉しいですが…もちろんウィンドウショッピングも歓迎しますよ」
「あ、それよりも予約するって言うてもあるわよね」
「そうか。その手が…でもそれはそれで迷うわ」
ん?なぜ?
と、首を傾げていると…
「取りに来た時に絶対別に気にいるのが並んでるはず…」
「あー確かに。今のところ毎回いいのがいくつかあって悩むのが普通だもんねぇ…」
「そうなのよね。かといっていくつも食べてられないし…」
なるほどと妙に納得してしまう
それならバイキングを時々してみるのもいいかもしれないと、勝手に考え出してしまった
お客様の我儘は商売のネタの宝庫だ
この調子でいくらでも要望を出してほしいものだと思いながら、尽きることのない会話を楽しんだ