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23.あの日の真相(side:王宮)

ソンシティヴュの王宮では不穏な空気が流れていた

オナグルとソラセナが婚姻を済ませ、それまでとは違う新たな流れができるのは必然

でもその流れは誰の目から見てもいいものとは言えなかったのだ


離宮の歌姫の元に通い詰めるオナグル

オナグルにすがろうと追いかけるソラセナ

でもオナグルに相手にしてもらえないソラセナの癇癪に振り回される使用人

その全てをただ傍観するナルシス


闇の中に向かうかの日々に軌道修正する者はいない


それでも、この日も、いつものように歌姫の歌声で朝が始まった

棟の見える場所に国民が集まり、その歌声に耳を澄ませるのは既に日常の光景となった

王宮でどれだけ不穏な空気が流れていようと、離宮にいるイモーテルは、何も知らないまま歌を奏でる


「本当に素敵な歌声だわ」

「今日も一日頑張れるな」

歌が終わるとそんな言葉を交わしながら皆が散っていく

他国や騎士達にとって意味のない『歌姫』でも、ソンシティヴュの王都にいる国民にとっては、多少なりとも意味のある存在だった


「いい声だったな」

「オナグル様…」

イモーテルはオナグルに満面の笑みを見せる


「日毎に従順になっていくな」

「え?」

「何でもない。こっちに来ていつものように俺の為だけに歌ってくれ」

「はい!」

イモーテルがソファに腰かけるとオナグルはその膝を枕にして寝転がる

そのまま3曲イモーテルは静かに歌を奏でる

この時間がオナグルにとって唯一の心地よく安らぐ時間でもあった


「オナグル様、お時間のようです」

ヴィオノが扉の外から声をかけてきた


「もうそんな時間なのね」

「…そんな顔をするな」

オナグルは苦笑しながらイモーテルの頬をなでる


「執務が終わったらまた来る。それまでゆっくり休むといい」

そう言って体を起こすと部屋を出た


「ヴィオノ、今日は念入りに磨いてくれ」

「承知しました」

ヴィオノの返事を聞いたオナグルはそのまま離宮を後にした



「おはようございます。オナグル様」

ソラセナは何とか機嫌を取ろうと、オナグルを見つけるなりまとわりつく

それが余計に遠ざけたくなる行為だと教える者はいない


朝食だけはソラセナとナルシスと共に取るよう言われているため、オナグルは毎朝決まった時間に食堂に入る

特に会話をするわけでもなくただ、同じ空間で食事をしているだけ

当人たちだけでなく、使用人も居心地の悪さを隠しきれていなかった


「ソラセナ様、お時間です」

侍女が呼びに来てソラセナは連れていかれる

その瞬間どこからともなくため息が漏れる

これもいつもの事だった


でもこの日は何かが少し違っていた

「何かありましたか?」

普段と少し様子の違うナルシスに、オナグルは尋ねた

深刻そうなのを感じ取り使用人も側近もその場から離れた


「…フジェにある迷宮の用途不明だったドロップ品の一部が、『果物』だと判明したようだ」

「果物…ですか?」

「そうだ。低級の3層で出るらしい。見た目は禍々しいが味はかなりいいと聞く」

ナルシスは淡々と話すがどこか落ち着かない


「フジェ…母上が眠る町、ですか」

「…」

「そろそろ教えていただけませんか? 」

何かを含んだ言葉に沈黙が広がる


「…何のことかわからんな」

ナルシスはオナグルから視線を外した


「それだけ頑なに隠そうとするということは、噂は真実と言うことでしょうか?」

「噂…だと?」

「はい。母上は平民出の、称号なしの専属護衛と駆け落ちしたとか」

「!」

ナルシスの顔が歪む


「…やはり真実でしたか。その護衛と逃げて捕まったのがフジェの町の手前だった。その場で処刑された護衛を追って母上も自害した」

「…その通りだ。私が駆けつけたときにはもう手の施しようがなかった」

「だからですか?」

「?」

「だから俺が歌姫に契約を重ねても止めなかったのですか?」

オナグル自身召喚された者に対する4国間の取り決めは知っていた

今自分がしていることが、それに反することだということも理解している

それでも歌姫を手放すことは出来ないのだ


「契約がなければ…お前が歌姫の命を奪う未来しか見えん」

「…それには同意ですね」

キッパリそう言ったオナグルにナルシスは息を飲む


「歌姫は俺の全てです。だから契約をして離宮に閉じ込めた。逃げ出して殺してしまうようなことにならないように…です」

だから母上のように殺さないでくださいね

そう続けられた言葉にナルシスは、先ほど語った以上の事をオナグルが知っていると悟る


「お前は…あれの息の根を止めたのが私だと…」

「知ってましたよ。その瞬間に立ち会った者から聞きました。もっともその直前にどのようなやり取りがあったかまでは知りませんが」

「…」

ナルシスは静かにオナグルを見返した


「でも母上を、俺の歌姫の命を奪った事には変わりない。だからあの日俺が召喚をしたんです。俺は歌姫さえいれば国がどうなろうと構わない」

「オナグル!」

「聖女か勇者をと望んでいた者には最高の復讐だったはずだ。母上を、歌姫を追い詰めた騎士など魔物に食われてしまえばいい」

「お前はそこまで…」

ナルシスは自分の息子がとてつもなく遠い場所にいるように感じた


我が子の母親に対する執着

それ以上に歌姫という存在への歪んだ執着

母親が駆け落ちと思われる状態で王宮を去った本当の理由

それは決して明かすことは出来ないのだと改めて自分に言い聞かせた


あの日、オナグルは男として母親を襲った

思春期を迎えたばかりの、まだ10歳だった息子に襲われたという現実に、気がふれた王妃は王宮を飛び出した

護衛は保護するために追いかけただけだった

騎士達に保護するよう指示を出したものの、フジェの町に着く直前がけ崩れに巻き込まれた

王妃を庇った護衛は即死

王妃も内臓を激しく損傷していた

オナグルの心まで壊れたらとナルシスは恐れた

その結果、魔術師にオナグルの記憶を消させるという悪手を選んだのだ


息子の、オナグルの異常な執着から逃げ出したということだけは、誰にも知られてはならない…

そのためにこの手を血に染めて来たのだから


オナグルが耳にした噂は意図的に流したものでしかない


「あの日…お前の母親は望んだ」

「何を望んだと?」

敵意と嘲りを含んだ息子の目を真っすぐ見返す


「これ以上苦しみたくないと…死にきれず、間もなく訪れるだろう死を、この激しい痛みと、恐怖と苦しみに包まれて待つのは嫌だと…」

「だからとどめを刺したと?でもそれを証明できる人はいない」

「そう…だな…」

「俺は俺のしたいようにする。あなたもそうすればいい」

オナグルはそう言い残して食堂から出て行った

それを見送ったナルシスは一人項垂れる

この真相を他の3国が知ったらどうなってしまうのか

考えただけでも背筋が寒くなるのが分かった

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