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20.新たな入居者

迷宮攻略後、必要なもの---食材や花と野菜の種・スパイス類---を除き素材を売りに来たのは、迷宮攻略から1週間ほどたってからだった

その間、花と野菜の種を植えるための準備や下調べにみんながバタバタしていたのだ


1本で60万シアの牙が10本、それだけで600万シアとなった

レア素材とは言え初級でこの価格はどうなの?

素材は倒した方が回収してるからロキの分は別にあるはずなのに…

「2日で2,000万シアって…」

想像以上の金額にため息が漏れる

有り難いことではあるんだけどね


一部はギルドの掲示板に出ている依頼の素材もあって、依頼として達成したためさらに割り増しされている

とはいえ元の世界からは考えられないコストパフォーマンスだ

上級の迷宮攻略なら可能かもしれないけど、それだと2日で攻略なんてことは絶対に不可能なのだから


「暇なときに迷宮行けば金に困ることはなさそうだな。制覇したから次からは好きなフロアから行けるし」

そう。それが何よりありがたい


「ロキ」

「?」

「カフェするわ」

「は?」

突然言い切ったせいか驚いた顔を向けられた


「どうしたんだよ突然」

「お客さん少なくても採算のめどが立つもの。カメリアたちの報酬も心配なくなったから、こっちでもカフェをやってみたい」

2人でギルドを出て屋敷に戻る間、私はロキにカフェをするための色んなことを説明する


家賃は不要、初めは席数を少なめにすることで従業員も不要、つまり固定費がほとんどかからない

そして何より肉・魚や調味料、香辛料が迷宮で手に入る

将来的には迷宮で入手した種から育った野菜を使うことも考えると、経営なんて言葉を使うのがおこがましいほどである

何より儲けがなくても生活の心配がないのは最高かもしれない


その話は少しずつ脱線して気付いたら畑の話になっていた


「ウーが野菜に興味を持ったからこれからは庭をジョンが、畑をウーが見ることになるみたい。花はジョンが庭に組み込むって言ってたけどね」

「へぇ…ジョンだけで大丈夫なのか?」

「元々ジョンは一人でやってたそうよ。もし手が足りなければお互い協力し合うし、それでも無理ならコルザとロベリにお手伝いしてもらうって」

「あぁ、チビは喜ぶか」

「そういうこと。それでも足りなければ短期で人手雇うことも出来るし、ギルドで依頼出すことも出来るでしょう?」

「確かに」

ロキは頷いた


「それと、明日からジョンの知り合いが畑づくりの手伝いに通ってくれるみたいよ」

「手伝い?」

「野菜や花に詳しい人らしくてね、ジョンが相談したら喜んできてくれるって」

「それは有り難いな」

「でしょう?でも、報酬いるなら出すって言ったんだけど、迷宮産の種を見れるだけで充分だって言われたらしいの」

私にはとても理解できない


「何となくわかる気はするな。好奇心に勝るものは無いってタイプの人間は少なからずいる」

「好奇心…なるほど…」

「何がなるほど?」

訊ねてきたのはコルザでその手には迷宮で手に入れたボールがあった

話してる間にいつの間にか屋敷についていたらしい



「何でもないよ。それより、そのボール気に入ったみたいね?」

子供達がボールを持っている姿はかなりの確率で見ることが出来る

ここ数日外で遊ぶ時は大抵ボールを持ってるのだから当然だけど


「うん。このボール面白いんだよ!」

「面白い?」

楽しいではなく?

間違えているわけではなさそうな言葉に首を傾げた私の耳に入ってきたのは…


「さっき釘が刺さったのに割れなかったし空気も抜けなかった。それにね、ジョンが踏んづけてもなんともなかったんだよ?」

「「え?」」

予想もしなかったコルザの言葉にロキと2人顔を見合わせる

穴が開かない

負荷をかけても割れない

そこから導き出されるのは”ただのボールではない”ということだけではない


「…考えてみたら30階超えた場所なんだよな」

「うん」

そしてあの時は首を傾げたものの鑑定で表示された”素材としての需要がある”という言葉

でもこれ、毛皮よりたくさん出たのに…


「どうする?牙並みの価値だったら」

「考えたくないかも」

「だよな」

「でも…今度売ってみた方がいいのかな」

考えたくないけど気になるものはしょうがない

それにこのままほっておくのは余計に怖い


「色んなことはそのあとで考えましょう」

「…だな」

私たちが困惑するのはその価値が高かった場合の事

牙1本が60万シア

それと同等の価値があった場合、私は知らなかったとはいえ、子供たちにそんな高価なおもちゃを与えたことになるのだ

気に入ったと握りしめているのを見る限り返せと言うのは難しそうだ

そうなるとどうやって子供たちを守るかが問題になる

もっとも価値があればの話だけど


「あ、そうだロキにお客さん来てるんだった」

「客?」

「うん。馬車を届けに来たって。ロキも知ってるはずだからって言われて母さんが客間に案内してたよ」

「あぁ、分かった。ありがとなコルザ」

王都を出る前にそんな話をしていたのを思い出し2人で客間に向かう


「何だ、ダビアなら急ぐ必要なかったな」

ロキは中にいるのがダビアとその部下だと気づくとそう言った


「お前…大概失礼だな。まぁ別にいいけどさ」

ダビアは苦笑する

2人の前には紅茶とお茶菓子が出されているのを見て、カメリアはいい人材だと改めて思う

その減り具合から見ると、結構待っていたのかもしれない


「馬車を届けに来てくれたって?」

私が2人に会釈してからロキの横に座るとロキがそう切り出した


「ああ。そしてこれが俺の王宮騎士としての最後の仕事だ。お前に馬車を渡した時点で契約解除」

「何だ、愚痴を言いに来る前に辞めたのか?」

ロキは呆れたように笑いながら言った

でもその後続けられたのは思いもしなかった言葉だった


ダビアは大きく息を吐きだしてから口を開いた


「今朝、一部の騎士が集められて、その場で正妃の護衛になれって言われた」

それで騎士団を辞める理由がわからない

喜ばしいことではないのだろうか?

というか正妃…って


「イモーテル結婚したの?」

「いや。歌姫はあくまで歌姫で側妃ですらなれるかどうか…もし側妃になれたとしても表面的なもので、実質的には愛人枠だな」

「え?でもオナグルが溺愛してたんじゃないの?」

「それとこれとは別。そもそもこの国は処女説重視だしな。歌姫は離宮にいるし、お披露目の際に血の契約をしたって噂もある」

「血の契約?」

私は首を傾げながらロキを見る


「血液を垂らした聖水に魔力を通して契約内容を封じる。それを飲んだ者はカギとなる言葉を目を見て告げられた瞬間から契約が発動する…って言う下種な契約だな」

血液をって…ものすごく嫌なんだけど…

それ以前に召喚された日にも契約してなかったっけ?


「知らずに飲まされたらたまったもんじゃない。もっともそれが出来るのは王族のみだけどな」

「血の契約ですごいのは心を操られても操られてる本人は自分の意志だと疑いも持たない点だ」

「実際それがなされたのか、もしなされたとしてその契約内容もわかんねぇけど…実際お披露目の後から歌姫は離宮でおとなしくしてる」

「イモーテルが大人しく…」

どうもイメージが出来ない


「ドレスだ、宝石だ、男だと騒ぐこともなくなったらしいが、毎朝歌ってる姿を見る限り不満があるわけでもなさそうだ」

ダビアはそう言って紅茶を口に運ぶ


「だから今の最大の問題は正妃だ」

「予定通りならゴールドの一つ、オーティ家の令嬢だろう?マナーも教養も備わってると聞いたが?学園の成績表と紹介状も確認したことがある」

「学園の理事がオーティ家とつながってたらしい。外向きのマナーや教養は多少はある。でも実際はやりたい放題のクソガキと変わらない。学園から提出されたのは裏でかなり金が動いてるな」

「…」

私はロキと顔を見合わせる


「何より歌姫の存在を受け入れられないと喚き散らしてる。王太子が歌姫の元に通うことも、そのことに口を挟まないことも、正妃となる際の契約条項に含まれてるらしいが…」

「ねぇ、そんな条件飲んでまで結婚しなきゃならないものなの?」

私には到底無理だ

むしろ願い下げ


「王家にどれだけ取り入れるか、それが称号に拘る家の最重要課題だからな」

「…ないわ…」

思わずこぼした言葉にロキが苦笑する


「王族の警護が名誉ある仕事だと言われても、成人したクソガキの護衛なんて御免だ。断ったら新兵の地位まで降格だと言われたから辞めた。こいつも同じだ」

ダビアはそう言って隣に座る騎士の肩を叩いた


「あ、すみません。まだ名乗ってもいませんでした」

「マロニエ・コマン、守護のスキルを持ってたな」

「俺の名前…」

自分が名乗るよりも先にロキに言われ、マロニエが驚いていた


「オナグルの護衛の候補に挙がってた。守護のスキルなど護衛として目を付けられないはずがない」

「でもならなかったよな?」

ダビアがそんなことあり得るのかと首を傾げる


「…オナグルが自分より長身の護衛を嫌がったからだ」

「「「…」」」

何と下らない理由だと3人ともが黙り込んだ



「…あ、そうだ、お2人ならコレ知ってるかしら?」

微妙な空気に耐えられず話題を変えようとボールを取り出した


「これ…」

マロニエは首を横に振った

でもダビアはじっとボールを睨みつけるように見ていた


「この近くの迷宮32階の戦利品だろ?」

「すごい!その通りよ」

「お前よくわかったな…」

「まぁな。最低でも1つ50万シア。状態と大きさによってはもっと高値が付くレアドロップだ」

その言葉にロキと顔を見合わせため息をつく


「これがどうかしたのか?」

「ちょっとね…ねぇ、お二人の今後のことは決まってるのかしら?」

「まだだな。当分宿暮らしで冒険者でもしながら住む場所でも探そうとは思ってるが…」

「俺もです。家に戻ることは出来ませんし…とりあえず住む場所さえ確保できれば後は何とでもなりますからね」

その言葉に心の中でニヤリと笑う

そんな私を見てロキは呆れたような顔をした


「お二人ともここに住みませんか?」

「「は?」」

「ここは見ての通り部屋が沢山あるのに、住んでるのは私たちと庭師の親子、清掃婦の親子だけなんですよ」

「つまり?」

「部屋がいっぱい余ってます。あと食事も付けますよ」

「…家賃は?」

マロニエが食いついてくる


「家賃はいりません。もともとここはいただいた建物ですから」

「はい?」

「聞いてません?私、歌姫の召喚に巻き込まれた被害者らしいんです。ここはその賠償みたいなものかな?」

「まぁそうなるな」

ロキに尋ねると肯定された


「…あんたへの見返りは?クロキュスがいれば護衛なんて必要ないだろうし…」

「私というよりは子供達…でしょうか」

「子ども達?」

「ここには3歳~10歳の4人の子供がいます。実はその子供たちにそのボールをおもちゃとしてあげちゃったんですよね」

私が苦笑しながら言うと2人は口を開けたままポカンとしている


「しかも随分気に入ってしまったようで…今さら返せとも言えない状況です」

「つまり…?」

「2人で交代で子供たちを見てやっていただけるなら家賃はいりません。誘拐されでもしたら子供たちの心が傷付きますし…」

「守護持ちを贅沢な…」

ロキが笑いながら言う


「でもそれだけで置いてもらえるなら助かりますよね?俺、子供は好きですし」

マロニエがダビアに向かって言う


「それはそうなんだが…」

「ちなみにロキからも家賃は貰ってませんよ?もし子供たちを見るだけじゃ足りなければジョンの…庭師の力仕事を手伝ってもらうのも助かります。それにこれからカフェを開こうと思ってるのでそちらの手伝いでも大歓迎です」

しれっとただ働きの従業員を募る手はずを整える

そのことに気付いているのはおそらくロキだけだろう


中々答えを出さないダビアを見てロキが口を開いた

「お前どうせ住む場所ないんだろ?とりあえずここにいて様子見てみればいんじゃねぇの?何かの契約があるわけじゃないし、イヤになりゃ出て行けばいいことだしな」

「まぁ確かに…デメリットは何もなさそうだ。でも本当にいいのか?騎士団なんて大食らい以外の何でもないぞ?」

ダビアはそっちの方が気が引けるとでも言うように申し訳なさそうな顔をする

悩むのがその点なら簡単なことだ


「気が引けるなら…たまに肉でも魚でも提供してくれれば充分ですよ」

「それならお安い御用ですね」

「あぁ。この話は正直助かる。引き受けるよ」

こうして2人はこのまま住むことが決まった

空いてる部屋はどこでもいいと伝えたものの2人とも3階の角部屋を選んでいた


「スイート人気ないね」

「寝れりゃいい人間に広さも豪華さも不要ってことだろ。正直俺もどこでもいいし」

「まぁ私もそうなんだけどね」

実際広さを持て余して、スイートに移ろうとしたらカメリアに反対された

主が最上級の部屋を使わないなんてありえないということらしい


その日の夕食は2人の紹介と歓迎会を兼ねバーベキューにした

子供たちは遊び相手が出来たと喜んでじゃれついている

あまりにも慣れた様子にロキに尋ねたら、町の巡回で子供たちが集まってくるのはよくある事らしい


******

「若いのが増えると賑やかになっていいな」

「あら、私は同年代も増えて欲しいですよ?」

ジョンの言葉にカメリアが返す


「私たちは恵まれてますね」

「そうだな。ちょっと前が嘘のようだ。道具の状態を気にせずに庭仕事ができるのは最高だしな」

「そういえばこの間コルザが見慣れない箒を持ってたんですよ?私の使ってる箒で手伝ってるのを見て、オリビエが子供用の箒を用意してくれたみたいです」

「オリビエらしいな」

ジョンは走り回る子供たちを眺めながら言う


「ウーも野菜を育てることに意欲的だ。庭より畑に興味があったことさえ知らなかったが…」

「それはウー自身もでしょう?ジョンの花も同じようなものでしょうに」

カメリアはからかうように言う

ジョンが早速芽が出たと大喜びした姿を知っているのはカメリアだけだ


「あの子たちの笑顔が増えたのはオリビエのおかげ。私自身も好きな料理を楽しめるし…掃除もやりがいがあるし…」

「オリビエのおかげで仕事の楽しさを思い出したよ。それに花の種もだが初めて見るものがこれからどれだけ出て来るのか楽しみでもある」

ジョンが手にした花の種は、この町でもよく見かけるものから、ジョンが見たこともないものまで様々だった

数日前にはロキが花や野菜の育て方を記した書籍を何冊か買ってきていた

それらはオリビエが王宮でもらった本と一緒に食堂に並べられていて好きなときに見てもいいという


「これからも頑張らないとね」

「そうだな。あいつらに負けてられないからな」

若者に負けてなるものかと気合を入れる2人をオリビエとロキが微笑ましそうに見ていたのに2人は気づきもしなかった


******

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