16.歌姫の立場(side:王宮)
一方、王宮ではイモーテルが自分にとって夢のような生活を送っていた
専属の侍女が1人
専属のメイドが2人
これまで自分でしてきたことは全て彼女たちがしてくれる
「ここは天国ね。ご飯は美味しいし、ドレスも宝石も望むだけ買ってくれるなんて」
メイドが並べている仕立てられたドレスとドレスに合わせた靴や宝飾品を見ながら満足げに頷いた
「元の世界と比べ物にならないほどの贅沢。文句があるとしたらオナグル以外の男と触れ合えないことかしらね」
いいように言えば保護
悪いように言えば軟禁
常に侍女がついて回り、その後ろからは女性騎士が2人
危ないからという理由で自由に歩き回ることは許されていなかった
そのストレスがドレスや宝飾品の満足度を上回ったときには、侍女やメイドが苛立ちを向けられるのだが…
「ちょっと、これどういうつもり?」
自分付きにされた侍女にドレスを投げつける
「申し訳ありません。このドレスが何か…?」
たった数日で数えきれないほど怒鳴られ、手を上げられた侍女は震えながらイモーテルの顔を伺う
機嫌のいい時と悪い時の落差が激しすぎて未だに侍女は対応に戸惑っていた
「一度着たものなんてもう着れないでしょ?こんな古臭いのとっとと捨てて」
「しかしこれは…」
侍女は戸惑いながらもいつものように従おうとはしない
「何?!」
「は、はい。このドレスは『歌姫』の為の1点物で、代々引き継がれているものでございます」
「だから?」
「あの、『歌姫』として民の前に立つ際はこのドレスを纏う決まりがございます」
「は?」
「このドレスがなければ『歌姫』として表に出ることは許されません」
侍女の言葉にイモーテルは言葉を飲み込んだ
「…わかったわ。じゃぁさっさとしまって。私は一人になりたいの」
「は…はい!」
侍女は慌ててドレスを手入れしてしまうと出て行った
「失礼します。オナグル様がお見えです」
ノックして入ってきた護衛が告げた直後オナグルが入ってきた
「やぁ俺の歌姫。今日も美しいな」
「ありがとうオナグル」
イモーテルは自分の方に差し出された手をに自分の手を乗せた
「きゃっ…」
いきなり引き寄せられ崩れた体勢のまま抱きしめられる
「なぁに?まだ朝よ?」
「関係ない」
オナグルはイモーテルを抱き上げベッドに運ぶ
「俺の歌姫だ。歌姫はただ俺に愛されていればいい」
「じゃぁ満足させて」
「素直ないい子だ。召喚した日に欲望に負けてしまったが、それでよかったのかもしれないな」
「え?」
「婚姻前の情事は許されない。でも歌姫を俺の側に置く方法は婚姻だけじゃないってことだ」
その言葉にイモーテルが突然起き上がる
「どういうこと?」
「心配しなくていい。俺が歌姫を大切にすることも毎日愛することも変わらない」
「でも…ぁ…」
確かめなければならないことがあるにもかかわらず、イモーテルは簡単に快楽に溺れていった
この豪華な部屋と、豪勢な食事、ドレスや宝石を与えてくれるオナグルはイモーテルにとっては必要な人間だ
権力者であり容姿も好みのタイプとあればなおさらである
そのオナグルに求められるならイモーテルの中に否やはなかった
何度も自分の中で果てるオナグルをイモーテルは当然のように受け入れた
ひと段落して身ぎれいにすると新しいドレスを身に纏う
自分が何もしなくても侍女が全てを整えていく
「お待たせ」
ソファで書類を確認していたオナグルの背後から抱き付くようにして告げる
「相変わらず美しいな」
オナグルは側近に書類を渡して立ち上がる
「さぁ、今日も君の歌を聞かせてくれ」
「もちろんよ」
エスコートされ設備の整ったホールに向かう
その間、すれ違う男の品定めをしようとするたびに、オナグルはイモーテルを抱き寄せ見せつけるようにキスをする
「もぅ…」
「歌姫は俺だけのものだ。他の男を見るのは許さない」
執着とも言える独占欲にイモーテルはウンザリという顔をする
「そんな態度をとってもいいのかい?」
指にはめられた指輪に触れながら尋ねられたイモーテルは笑顔を作る
”俺を満足させてくれれば好きなだけドレスでも宝石でも買ってやる”
最初に告げられたその言葉が頭に浮かべば仕方がない
機嫌を損ねればドレスと宝飾品を買ってもらえないのだから、機嫌を取るくらいいくらでもする
「ちょっと周りを見たかっただけよ?」
そう言いながらオナグルの腕に胸を押し付ける
当のオナグルは”これだけで機嫌が良くなるのだから楽なものだ”とイモーテルが思っているのには気付きもしないで満足げな笑みを浮かべていた
今はお披露目の為の練習に力を入れていた
当日まで観客はオナグルのみ
それでも毎度贈られる称賛に悪い気はしない
元々歌えれば満足だったイモーテルにとって今の環境は最高の環境だった
午前中の練習を終えるとすぐに昼食が用意される
それを済ませるとオナグルは執務室で仕事にかかり、そのそばでイモーテルはドレスや宝石のカタログを見る
「オナグル、この宝石素敵だわ」
イモーテルはカタログを持ってオナグルの側による
「ああ。歌姫に似合いそうだ。今度購入するリストに加えておこう」
「嬉しい!ありがとうオナグル」
抱き付いてくるイモーテルをオナグルはしばらく抱きしめてから仕事に戻る
それは夕方まで何度か繰り返され執務後の夕食が済むと2人でオナグルの部屋に入る
そこからは人払いがなされ、2人はベッドの上で日付が変わるまで互いの体を求めあう
オナグルだけでは足りないと言っていたイモーテルだが、今のところオナグルだけで満足しているようで、側近たちはそのことにただ安堵していた
満足できなくなればどうなるかは火を見るより明らかだからだ
妃としての役目や跡継ぎの事をイモーテルに求めるのは難しいということや、そもそも処女説を信仰する国のため、イモーテルは側妃にすることもできない
体面を考えて”側妃”としても実情は愛人であり、歌姫の役目以外で外に出ることは許されない
他の男たちに直接会わせたくないオナグルの策略のせいでもあるのだが…
正妃は以前より王が準備を進めていた令嬢で、イモーテルのお披露目が済めばすぐに婚姻が執り行われる
そのことをイモーテルにも説明したが分かっているのかいないのか…
「私に何かがあるわけじゃないならどうでもいいわ。好きにして」
そう言ってイモーテル自ら説明の場を打ち切ってしまった
多少の不安はあるものの、結局は王族の契約とオナグルとの契約という解除できない契約が結ばれていることから気にしないという結論に至ったのだ
日付が変わった頃オナグルは寝息を立てて眠るイモーテルを置いて部屋を出る
「歌姫をこの部屋から出すな。メイドや侍女を入れることも許さん」
「承知しました」
扉の前にいる騎士にそう告げてオナグルは廊下を進む
「父上に呼ばれている」
「伺っております」
王の私室の前に控える騎士はそう答えると、確認することなく扉を開けた
中に入り扉が閉まるのを待って王を見る
「歌姫はどうだ?メイドや侍女たちの評判がすこぶる悪いが…」
「多少のわがままは目をつぶってやってください。あと数日のことですから」
オナグルは苦笑しながら言う
「お披露目が済むまでの辛抱ということか?」
「お披露目の際に血の契約を」
「ほう?」
王はニヤリと笑う
「歌姫の奔放さはどうにもならないでしょう。たとえ俺が溺愛しようとも国を守る王族としての立場を捨てる気はありませんよ」
「なるほど。歌姫を形だけの側妃にすることを快諾したのはそのせいか?」
「歌姫はあくまで歌姫。手放す気はありませんがあくまで愛でる対象。子など出来ればその間この手に抱いて寝ることも出来ない」
「…」
王はその曲がった執着にわずかに眉を顰めた
「お披露目はしますがその後は毎日の務め以外で部屋から出すつもりはありません。もっとも血の契約をした後はそんな心配もないでしょうが」
血の契約、それは主従関係に近い契約になる
一度交わすと主となる者が死ぬか、魔力が無くなる以外に解除できない契約であり、契約内容は絶対のものとなる
万が一契約が破られるようなことがあってもその瞬間死が訪れる
「血の契約で何を望む?」
「俺への忠誠と絶対服従。それだけですよ」
「…お前にしては軽いな?」
「俺を一体何だと思ってるんです?」
オナグルは苦笑する
「まぁいい。お披露目は3日後だ」
「随分急ですね?」
「1か月後に教皇が来ることになった」
「なるほど。その際に妃が必要と言うことですか」
「そういうことだ。お披露目の6日後に正妃との婚姻式を大々的に執り行う。お披露目の翌日には正妃が王宮入りすることになっている。お披露目が終わり次第歌姫は離宮に移せ。それがどういう意味かは分かるな?」
「分かってますよ。正妃として敬い子をなし、この国の秩序を守る。それが俺の役割です」
「王族至上主義を崩すわけにはいかんからな」
「当然です。称号を高く売ってたくわえを削ぐ。ご先祖様は中々いい方法を考えられたと感心しますよ」
「そうだな。おかげで王族は何もせずとも金に困ることは無い。そのためにも正妃の事は対応を誤るな」
「役目は果たすつもりですよ。ただしそれに相応しければですが。『歌姫』を手元に置くためにも必要なことですからね」
オナグルはそう言ってニヤリと笑う
「お前があれを慕っていたのは知っているが…」
「歌姫の歌は俺の精神安定剤のようなもの。もう二度とあの歌を手放したりはしない。それに歌姫の『鳴き声』は俺の征服欲を満たしてくれますからね」
「あぁ、その点は側近が安堵していたな。お前からの理不尽な扱いが減ったと」
王の言葉に苦笑する
「分かっていても止め方が分からなかったもので。悪いことをしていると思ってはいたのですが」
「そういう意味では歌姫を歓迎せねばならんな」
2人はそんな話をしばらく続けた
その会話の中に『歌姫』という言葉は出れど『イモーテル』の名は一度も出ることはなかった