15.迷宮2日目
「ん…あったか…い…?」
確か迷宮にいるはず
なのになぜこんなに暖かいのか?
意識が浮上する中目を開いて固まった
「あー起きたか?」
「お…はよ…私?」
「話してる途中でそのまま寝た。さすがにそのまま転がしとくわけにはいかないだろ」
そう説明しながら身体を起こすのを手伝ってくれる
まさかの膝枕
これ以上ないほど恥ずかしい
「…ロキ休めなかったよね…?」
「1週間くらい徹夜しても問題ないから気にすんな。お前がちゃんと休めたならそれでいい」
そう言って笑うロキにドキッとする
自慢じゃないけどこんな扱いには慣れてない
冒険者時代は性別など気にしてられなかったし、カフェを始めてからは政略的な縁談話はあったものの甘い話など皆無
まともな意味で女扱いされたことすら記憶にない
って自分で考えながらかなり凹む
そりゃぁ付き合ったことはあるけど、軽い付き合いで気づいたら消滅してるようなそんな付き合いだけ
まともなデートさえしてこなかったし、手を繋いだことすら数えるほどで、キスは勿論イモーテルのように体の関係などありえなかった
相手よりも冒険を、もしくはカフェを優先してたから自業自得ではあるのだけど
そんな私が膝枕…しかも一晩中
それでもここが迷宮だと思い出し浮ついた気持ちを何とか抑え込む
「お詫びに朝ごはんはロキの希望を聞くけど?」
「…ならサンドイッチかな」
「わかった。すぐ作るね」
料理するところをロキがじっと見てるのはいつもの事
そのはずなのに意識してしまう
「…何か嫌な夢でも見たのか?特にうなされた様子はなかったけど…」
「え?」
「ちょっと様子が変」
「!」
言い切られると誤魔化しきる自信がない
「…膝枕されたの何て初めてだからちょっと…」
「へぇ…意識してくれてるわけだ?」
ロキは少し嬉しそうに笑う
「それは…」
「もっと意識してくれていいぞ」
「え?」
「無理矢理囲い込む気はないけど、狙ってないわけじゃないからな」
「!」
サラッと告げられた言葉に耳を疑った
「お前が別の男好きになって、そいつと幸せになるならそれを応援するけど…出来るなら俺がとは思ってるし」
「ロキ…」
「まぁこの世界に来てまだ日も浅いし?これからいろんな出会いもあるだろうし?今は側にいるだけでいいけどな」
ロキなりの思いやりなのだろうか
今の段階で身動き取れない状態にしたくはないという
「とりあえず今はここの攻略だな」
「…だね」
朝食を終えてそう言ったロキの目を見て気持ちを切り替える
ここは迷宮
人の理とは関係のない場所
ちょっとした気のゆるみが大惨事になることもある
そんなことに自分はともかくロキを巻き込むわけにはいかない
「行こう」
私は立ち上がりボスの間の扉を開けると、正面の階段を上り次の階に足を進める
初級迷宮は40層
今から最後の10層になる
「少しずつ手ごわくなってくるね」
「当然だろ。最後の10層まで散歩ペースで進めたら攻略する価値がなくなる」
「確かに」
ごもっともな意見に苦笑する
出てくる魔物のランクは上がり単独より群れが目立つ中、ロキと手分けしながら倒してアイテムを回収していく
初めて一緒に戦ってるのに安心して背中を預けられる
その理由を深く考えることなく当然のように受け入れていた
この時の私はその理由に気付きもしなかった
「ねぇ」
「ん?」
「これって…」
拾い上げたドロップアイテムは直径15センチほどの球体
「…ただのボールにしか見えないな」
「だよね?」
念のため鑑定するもただのボールだった
素材としての需要もあると書かれているものの疑問しかない
その表現に引っ掛かりを感じながらも、直後に現れた魔物にそんなことは忘れてしまった
「ここ32階だよね?」
そんな深層でただのボールが出るものなのかな?
どちらかと言えば信じたくないと言った方が正しいかもしれない
「まぁ…そういうこともあるんじゃねぇの?持って帰ればチビが喜ぶだろ」
「そうだね。丁度いいお土産が出来たと思えば…」
といいつつも何となく納得がいかない
同じ魔物を倒してさっき出てきたアイテムは毛皮だったから余計だ
数種類のドロップを出す魔物は珍しくない
むしろ1種類しか出さない方が珍しいかもしれない
大抵の場合ランクに見合った素材1~2種類
中にはレア素材と呼ばれるものを出す魔物もいるけどそれこそ稀だ
「オリビエ行ったぞ」
「はーい」
こっちに向かってくる魔物を風魔法で倒す
ドロップしたのはさっきと同じただのボール
やっぱり解せない
一体このボールは何なのか?
「…」
「くっくっ…」
ロキが声を押さえて笑っていた
「…こうなったらあと2つボールをゲットしたいところね」
子供は4人
それは気負うまでもなく簡単に達成されてしまった
「…毛皮が3枚、ボールが5個、毛皮の方がレアだったってことよね」
「多分なー。俺も似たような感じだし」
相変わらず笑い続けるロキをジトーっと見る
「あはは。悪かった。でも4人分揃ってよかったじゃないか」
ロキはそう言いながらさらに歩みを進める
次の33階では色んな種類の顆粒出汁が出た
これはかなり嬉しい
料理の幅が広がるし、店では1種類しか入手できないから
それに顆粒出汁はお手軽だしね
34階で出たのは花の種
「これってジョンは喜んでくれるのかしら?」
「今んとこ庭には花は無かったよな?」
「そうなのよね。それが種や苗を買うお金の問題だったのか、庭の設計の問題だったのか…」
「ま、渡してやれば挑戦しそうだけどな。かなりの負けず嫌い」
「確かに!」
思わず笑ってしまう
上手く咲けば無理やりにでも庭の設計を変えてしまうかもしれない
まぁそのあたりはジョンに任せてるからいいんだけど
「花だけじゃなく野菜もあるわ」
どうやらこの町独特の野菜の種も含まれているようだ
鑑定したら”フジェの~”と表示される当り流石は迷宮って感じ?
「畑作ってって言ったら作ってくれるかな?」
「作るだろ。チビの手伝いに丁度いいかもな」
自分たちで育てた野菜を食べる
うん。最高かもしれない
「次は何を落とすかな?」
「…お前魔物よりドロップに比重置きすぎじゃね?」
「え?ダメ?」
「いや。ダメじゃないけどさ…どっちかって言えば普通は倒すべき魔物の方が気になるんじゃねぇの?」
「気のせいだとお…!?」
「伏せろ!!」
35階に踏み入れた途端とてつもない魔力を感じた
ロキの声に反射的に伏せると、飛んできた魔法攻撃をロキが消滅させていた
その直後水と雷を掛け合わせた魔法を放ち倒してしまう
「大丈夫か?」
「ロキのおかげで何とか。ありがと…」
「流石にビビったな…ここからは気を引き締めなきゃならなそうだ」
差し出された手を掴むと簡単に引き上げられる
「また来た。そっちお願い」
「りょーかい!」
同時に現れた二匹を引き離しながら倒しにかかる
「大きいくせに素早い」
元の世界にはいなかったタイプの魔物だ
それに対峙して沸き上がるのは恐怖ではなく好奇心
鑑定すれば弱点などすぐにわかる
でもそれは使わない
戦いながら見つけるのが楽しいのだ
「お前何楽しんでんだよ」
「え?」
「とっとと片付けろ。どうせまた次が来んだから」
見抜かれたことに驚きながらもロキならばと納得できるから仕方ない
風魔法で首を切り落として片付ける
「ドロップは…」
「その牙」
キョロキョロしていると私のそばにあった石のような塊を、ロキが拾って放り投げてきた
どう見ても大きめの石ころにしか見えない
ロキと一緒じゃなかったら絶対見逃すレベルだわ
「これが牙?これ何になんの?」
「矢じり」
「弓の?」
「そ。加工しやすいくせに丈夫なんだよ。それに魔力も乗りやすい」
「なんて便利な…」
「それは高く売れるぞ?牙1本で3人の報酬3か月分くらい」
「そんなに?」
「ああ。その牙1本から少なくても10個作れるらしい。状態が良ければもっと値が上がる」
すでに相場云々の次元ではなくなってしまった
月に1回この迷宮を攻略するだけで蓄えながら余裕で生活できそうだ
「じゃぁ3人のお金に困ればここに来ればいいんだ」
そう零した私にロキは苦笑する
「そんな考え方すんのお前くらいだろうな」
「そうかなぁ?」
「そうだよ。まぁ別に構わないけど…来るときは絶対俺に声かけろよ」
「わかった。それは約束する」
実際このフロアに踏み入れた直後の事があるだけに一人で大丈夫だよとは言えない
そもそも何があるかわからないのが迷宮だ
その後何本か牙をゲットして進み、気づいたら最後のボスまで倒し終えていた
「初級とは言え移動込みの2日で攻略とはな」
「どれくらいで攻略すると思ってたの?」
「最短でも4日。見かけによらず体力があんだな」
「あぁ…でもここフロアの広さそれほど大きくないでしょ?」
「まぁ初級だからな」
「冒険者の経験なかったらもっと時間かかってたのは確かだけどね。次の階への階段を探すだけでもある意味一苦労だし」
「そういうこと。で、どうする?ここで休んで明日帰るか…」
「どうせならベッドで寝たいし帰ろう」
「了解。じゃあ行くか」
ボス部屋を出ると魔法陣で1階に戻る
外に出るときれいな夕焼け空が広がっていた
「あいつらビックリするぞ」
「それも目的だったりする」
そう言ってニッと笑う
「お前らしいな」
ケラケラと笑いながらロキと並んで歩く
なかなか楽しい時間だったと思いながら