閑話2.クロキュスの本音
「マジかよ…」
つぶやきながらもそのまま倒れこみそうなオリビエを自分の膝を枕にして横にならせた
「無防備すぎなんだよ」
苛立ち半分呆れ半分だろうか
でも決して嫌な気はしない
静かに寝息を立てるオリビエに脱いだ上着をかけてやるともぞもぞとくるまっていく
「ふ…」
それがあまりにも愛らしく見えた
今はまだ頼りにしてくれるだけでいい
そのうち俺がいないとダメだと思えるようになってくれればと望んではいるが
そのためにもとことん甘やかして守ろうと決めている
『そんなに構えなくてもいい。会って突然の相手に付き合ってくれとか結婚してくれとかいうつもりはないし、オリビエがそんな心境になるとも思ってないからな』
あの場ではオリビエが構えなくていいようにそう言った
「でも狙わないとは言ってないからな?」
「ん…?」
小さく帰ってきた返答にオリビエの意思は宿っていない
「いつか自分の意思で俺のモノになってくれよな…」
長い髪をなでながら出会った時からの事を思い返す
膨大な魔力を感じて王と共に広間に駆けつけた
その間誰も何も口にはしなかった
でも皆の考えたことは同じだったと断言できる
馬鹿息子のオナグルが召喚を実行してしまったとわかり王の落胆は計り知れない
聖女か勇者をと説得するのも1度や2度ではない
この準備をしていた10年の間に何度も説得し続けていたのだから当然だ
いっそ王の魔力だけに設定するという話も出た
でも有事の際に王の身に何かあれば準備したものが無に返ると結論付けられた
それにしても、歌姫など召喚して他の3国がどう出るか…
まぁ、俺はヤバくなれば別の国に行けばいいだけか?
「おぉ…とうとう召喚が成功したぞ!」
誰かが興奮気味に言った
この声はオナグルだ
歓喜に満ちた声を王が何を思いながら聞いているのか
「なぜ2人もいるのだ?!」
戸惑いながら言ったオナグルの言葉にその場が静まり返った
目の前には2人の女性
一人は美女と呼ばれる類の女性だが正直近づきたくないタイプだ
そう思ってもう一人に目を向けた時心臓が脈打つのが分かった
恋愛や一目ぼれなんてレベルじゃない
自分の中の全てが彼女を求めていた
『ソル エ ユニーク』その言葉が浮かんだ
俺は彼女を手放せなくなると本能で理解する
理屈ではないと誰かが言っていた
そんな大げさなと思っていたが…
自分の中の何かが歓喜しているのが分かる
血がたぎる
魔力が体中を駆け巡る
これまで感じた事の無い高揚感が全身を支配する
すぐにでも駆け寄って自分のモノにしたいという欲望を何とか抑えつけた
もう一人の女に歌姫のスキルがあった
ステータスは子供のような、目を疑うものだがそんなことはどうでもいい
彼女が歌姫を持っているかどうかが問題だ
なのに彼女は中々口を開かない
「…私にはそのスキルはありません」
もし歌姫だったら俺には絶対に手の届かない場所に行ってしまう
だから歌姫ではなかった彼女にどこか安堵する
でも歌姫が敵対心を持っているところを見て王宮にはいれないと、王が頭を悩ませる
俺が面倒見ると何度も言いかけ言葉を飲み込んだ
さぞかし不安になっているだろうと思って彼女を見ると、何かを考えている素振りはしているものの不安そうな影は見えない
歓迎されてないことは明らかで、自らのこれからの事を話し合われているにもかかわらず、取り乱す事の無いその姿に感心した
もしパニックになって叫びだしたりでもすればどうなるかわからない
その怖れを肯定するような言葉が歌姫から紡がれた
「不要な人はさっさと追い出しちゃえばいいんじゃない?私少し疲れたみたい。ねぇ、どこかで休ませてもらえないかしら?」
歌姫は恐ろしいことをサラッと言ってのけた
敵対心を持っているとはいえ知っている者に対してそんなことを言えるものなのだろうか?
オナグルはとんでもない人間を召喚したのでは…?
その言葉に疑問を持たなかったのはオナグルと目の前の彼女だけだった
心が強いのか、それともただ鈍いのか、もしくは図太いのか…
結局歌姫は捨て台詞だけを残してオナグルと共に先に出て行った
理解に苦しむ中、彼女はいくつかの質問をした後自ら提案してきた
「ではこの世界で3か月ほど生活できるだけの準備をしていただけますか?」
別の世界から来た女性が一人で、たった3か月で一体何ができるというのか
自殺行為としか思えない提案に苛立ちさえ覚えた
王は思いもしない軽い要求にホッとした表情を見せ、俺達の反論を却下してその提案を飲んだ
自分の所有する別荘と彼女が望む書籍、そして1年分の資金を提供すると決めた
でも王の別荘があるのは辺境の山の麓だ
魔物も出ればこの世界の事を知らない女性など簡単に利用されてしまうかもしれない
騎士が送りはするだろう
でもそこで何も知らない女性が1人で生活するなど死にに行くに等しい
そんなことを許せるはずがない
なにより俺が彼女のそばにいたかった
たとえ俺を見てくれなくても守りたいと思った
だから俺も切り出した
これまで保留にしていた褒賞を
その褒賞として彼女といることを望んだ
拒否されることを恐れたが彼女は受け入れてくれた
移動中魔物も住み着く町だと伝えた時に、自衛手段はあると言った事にも驚いたが、まさかAランクだとは思わなかった
下手したら守ると言っておきながら守られる立場になるところだ
騎士団にいた過去を持ちながらそれは情けなすぎる
「ロキは絶対無理矢理襲ったりしないよ」
面と向かってそう言われて襲うなど出来るはずもない
もっとも大切な彼女を無理に襲う気もないが
「不安がないわけじゃないんだけど…でもロキがいてくれるから好奇心の方が勝ってるかも」
そんな無防備な言葉に思わず抱きしめたくなるのを必死で抑えた
「もうお前のいない日々は考えられないな…いつか…遠くない未来に俺のものになって欲しいと願うのは愚かなことだろうか…」
常に側にいることを許された今、この場を誰かに譲る気などない
少なくとも無防備になれる程度には信頼されている
その信頼がただの家族的なものになるのだけは避けたいと思いつつ、俺は座ったまま目を閉じた
この足の上の重みを失う日が来ないことを願いながら…