118.新しい町
ソンシティヴュが消えて4か月、元々王都だった場所はきれいな更地になった後、計画通り新しい町としてその形を取りつつあった
その工事の進捗に大きく貢献したのは魔術師団だったのは言うまでもない
1国を囲む壁を数日で創り出す集団だからどこか納得は出来てしまったけどね
王都を壊すのも、町の土台を作るのも大半は魔術師団が行った
その後に元称号持ちの働き手が身を粉にして働かされている
最初は敵意むき出しで“こんなことできるか!?”とふんぞり返っていた彼らだけど、1週間もしないうちにその重くなった体を動かし始めたという
「まぁ、働かなければ食うもんも飲むもんも手に入らないからな」
ロキは笑いながらそう言った
彼らは作業ごとに、働きに応じて決められた数のタグを配られ、そのタグが彼らの通貨の役割を兼ねている
食事を貰うのは勿論、洗濯してもらうにも既定数のタグが必要になる
朝食はタグを3つ、夕食と昼食はそれぞれ4つ、それ以外にも水を水筒に補充するのに1つ、洗濯してもらうとすれば指定の袋1つにつきタグが2つ必要になる
タグを入手するには働く以外に方法がない以上、背に腹は代えられないということだろう
さぼったり、手を抜いたりした事実は埋め込まれたチップに記録されるため、その記録と紐づけてタグの枚数は決まる
朝から晩まで真剣に働いてもらえるタグは最大が15枚
働きに応じてマイナスされることはあってもプラスされることは無い
「お前は本当に面白い仕組みを考えるよな」
というのはモーヴの談
最初は当然の様に食事を与える予定だったらしい
その時に、それではきちんと働かないと思うと言ったのは私だ
どう考えても彼らがまじめに働くとは思えなかった
ならばどうすると問われて考えたのがこの仕組み
必要最低限の枚数のタグを基準にして、さぼったり手を抜いたりした時点で、まともな食事がとれない仕組みにすればいいと提案した
そうすればまじめにやってる人は最低限の生活は出来るけど、そうでない人は自分の働きがそのまま自分の食事量に返ってくることになる
その仕組みが思ったよりも上手くはまったようで、豚の様に太っていた彼らが今では随分スリムになっていた
「逃げ出す人はいないの?」
「何人か一度もタグを配布してないのがいるらしい」
「らしい?」
「あぁ、ちゃんと人物の特定はしてるし居場所も把握してる」
「そいつら放置なのか?」
「今は泳がせてるところだな。食いつないでるってことは裏に何かある可能性もあるから」
つまり彼らをおとりにしてその“何か”を炙り出そうとしてるってことね
「確かに4か月も自力で食いつなぐのは厳しいものがあるな」
「だろ?今のところ、調べれば調べるほど根が伸びてるらしくてさ」
「根が伸びている、つまり芋づる式に全部一掃するつもりか?」
「そのつもりらしい。できるならこの町が完成する前に一掃したいって辺りかな」
シュロの言葉に一体どれだけ釣れるのか考えるのが怖くなった
そしてこの日、私とロキとシュロは新しい町を見学に来ていた
「本当に全く別物になったな」
「そうなのか?」
「ああ。金に物を言わせた物々しい建物が無くなったせいか空気まで旨い」
新しい町はドーナツ状に構成されていた
中心部には大きな森林公園を配置し、その中央にバイキング形式のフードコートが配置されている
「その場で食べてもいいし、公園で食べようが家に持ち帰ろうが自由らしい」
「そうなのね。天気のいい日は公園で食べるのも気持ちよさそう」
噴水や木陰のテーブルなんかもあってピクニック気分で楽しめそうだ
公園の周りを囲むように様々な店や病院、公共機関が並んでいた
そして大通りを挟んで家が立ち並ぶ
景観を大切にした緑豊かな町がそこには広がっていた
「素敵な町ね」
「一応住宅地に関してはエリア分けをするらしい」
「エリア分け?」
「ああ。男性しか愛せない人と女性しか愛せない人、心身の性の不一致の男性と女性、被害者の女性、そして未亡人」
「なるほどね。確かにその方がトラブルは少ないかな?」
「だろうな。それに安心感もあるだろうな」
被害者の女性と隣り合うのは女性しか愛せない人と未亡人ってところかしら
エリアが分かれていても住居以外は互いに関わり合うことになるから孤立感は少ないだろう
「結局ここはリハビリ施設的な位置づけにするらしい。少し離れた場所にもう一つ町を作って、そこはここを卒業した人たちが住む町になる」
「そこはここみたいなエリア分けは無いってことか?」
「ああ。そここそが本当の意味での新たな町になるだろう」
確かにいきなり普通に暮らすのは難しいのかもしれない
「…クロキュスか?」
ロキとシュロと共に町の中を見て回っていると、突然声を掛けられた
振り向くと薄汚い男が立っていた
「知り合い?」
「…シルバーの家の嫡男だった男だ」
「それだけの関係の男が呼び捨てか?」
シュロが疑わしそうに尋ねる
当然だ
ロキは元とは言えゴールドの称号を持つ家の人間だったし、ナルシスの側近でもあった
ただのシルバーの嫡男が呼び捨てて許されるはずがない
「学園の時の友人だった。もっとも俺が称号を売り払った後に態度を180度変えたけどな」
「あぁ、なるほど。一言で言えば屑ってことか」
こっちで小声で話している間にも彼は近づいて来る
「頼むから助けてくれないか?」
「は?」
「俺はこんなところで力仕事をするような人間じゃない。シルバーの称号を持つ家の跡取りだ!」
「…だからこそこそ逃げ回ってるって?称号なんて過去の栄光に縋って現状を受け容れることのできない屑が?」
「な…」
「お前が言ったんだろ?称号を持たない人間は屑同然だと。なら国が滅びて称号も無に帰した今のお前はただの屑ってことだ」
「その姿を見る限り与えられた仕事もしていないって感じだな」
ロキの言葉にかぶせる様に言いながら、シュロは少し離れたところから様子を見ていた騎士に合図を出した
「何を…!?」
突然背後から捉えられた男は必死でもがくも鍛えられた騎士にかなうことは無い
「脱走者だ。連れて行ってくれ」
「ちょっ…おい!クロキュス!見てないで助けろ!」
男が懇願するように訴えるもロキは蔑んだ目を向けるだけだった
「不敬罪も付け加えとけ。王族に命令する無法者だ」
「承知しました」
騎士は恭しく頭を下げるとそのまま喚き続ける男を引きずって行った
「中々の馬鹿さ加減だな?」
「あれは無いわ…」
シュロと私がそう発したのは同時だった
「あれでも学生の頃はまだマシだったんだ」
よくあんなのと友人になったなと、心のなかで呟いた声に答えるようにロキが言う
声にだしてないよね?
「…顔に出てんだよ」
呆れたように言われて苦笑する
「もういいだろ。見学は終わりだろ?」
「そうだな。一応一通り見終えた感じだ」
私たちはこの新しい町がどうなっていくのか色々話し合いながら帰路についた