117.妊娠発覚
カフェを軸としてフジェの町、カクテュスという国に関わる日々を送っていた
ソンシティヴュが消えたことは“お祭りが終わった”程度の認識で、数日もすれば忘れ去られ、今では全く話題にも上がらなくなっている
まぁ、元々見捨てられた町のような扱いだったから仕方ないかもしれないけどね
「ねぇロキ」
「ん~?」
寝る準備をして寝室のソファーで本を読んでいたロキは、キリのいい所まで読んでから顔を上げた
「どうかしたのか?」
ソファーに座るでもなく外を眺めていた私を、立ち上がったロキが背後から抱きしめる
既に慣れ親しんだ温もりは、安心という膜につつんでくれるような気がした
私はロキの手を取りそっと自分の腹部に当てる
「…オリビエ?」
「ロキ、ここにね、自分とは違う魔力を感じるの」
「それって…?」
私の腹部をそっとなでたロキに振り返る
「私達の赤ちゃん」
そう言うとロキは一瞬息を呑んだ
「喜んでくれる?」
「当たり前だろ…!」
言葉と同時に抱きしめられる
「俺達の家族が増えるんだな」
「うん」
ロキの言葉は重い
カクテュスの王族とつながりがあるとはいえ、家族と呼ぶには立場が違うし出会ったのも自立してからだった
ロキの家族はすでに亡くなった実の両親と、父の後妻、その間に生まれた半分血のつながった双子の弟達だけなのだ
そして私も元の世界と繋がるのはイモーテルだけ
互いが互いの唯一の存在なのだとロキはよく口にする
だからこそ互いを思いやる気持ちを大切にしたいと思う
「元気に生まれてくることを祈ろう」
「きっと大丈夫だよ」
この世界は不思議な世界だ
両親が互いに持つ感情によって子供の出生率が変わる
愛し合っている両親の元には基本的に子供は無事生まれて来る
逆に望まぬ関係を強いられた場合などは流れてしまうことが多くなる
愛情が無かったとしても、信頼等の相手を思いやる気持ちがあれば出生率は比較的高い
どういう力が働いてそうなるのかは分からないけど、多分この子は元気に生まれて来てくれると思える
「明日みんなにも伝えていい?」
「ああ。きっと皆も喜んでくれる。でも今は…」
「ちょっ…ロキ?」
抱き上げられて運ばれた先はベッドの上だった
ロキがそのまま私の横に入るなり抱き寄せられた
いつもより少し早い鼓動がロキが平常心ではないのだと教えてくれる
「これから絶対に無理するなよ?」
「…これまでだってロキが無理させてくれなかったじゃない?」
「それでもだよ」
ロキの声には不安が滲んでいるような気がした
抱きしめられたまま私は頷いて返す
優しい温もりに包まれたままいつの間にか眠り込んでしまったらしい
次に気付いたときには外は明るくて、それでも変わらず抱きしめられていることに苦笑する
「どうした?」
「…起こしちゃった?」
降ってきた声に顔を上げると心配そうな目がこっちを見ていた
「いや。もう起きるのか?」
「何か目が覚めちゃったし。ロキはもう少し寝ててくれていいよ?」
「いや、起きるよ」
私たちは準備をして階下に降りた
「おはよ~オリビエ」
「おはようコルザ。随分早起きね?」
眠そうに目をこすりながらも抱き付いて来るコルザを抱きしめる
「ロキもおはよ」
「ああ、おはよう」
ついでの様に言われるのもいつものことだと、ロキは苦笑しながら答える
「今日の朝ごはん何?」
「まだ決めてないよ。何か希望はある?」
「じゃぁ、おにぎりがいい。色んな具のやつ」
「おにぎり?そうね。具を変えれば楽しめるわね」
コルザと何のおにぎりを作るか話し合っているのを、ロキは本を読みながら聞いている
因みに最近ロキが好んで読むのは私が元の世界から持ってきた本だ
私の元の世界の文字をほぼ完ぺきにマスターしたロキは、大量の本を片っ端から読んでいるせいで元の世界の話を聞きたがることが増えた
「おはよう2人共。いつもコルザの相手をしてくれてありがとう」
カメリアがロベリとリラと一緒に入ってきた
「おはよう。楽しんでるから気にしないで」
「ふふ…そう言ってくれると助かる。で、今日の朝食は?」
「おにぎり!」
コルザがすかさず答えた
「色んな具を入れて作ろうねって言ってたの。今はお米が炊けるのを待ってるところ」
「そうなのね。じゃぁ私は野菜スープを作るわ」
「僕皮むきする」
子供用の小さめの包丁を作ってからコルザはお手伝いが気に入ってるらしい
見てる方はハラハラするけどこればっかりは仕方がない
おにぎりが出来上がるころに皆が順に起きて来る
「実は皆に報告があるの」
私がそう切り出したのは皆の食事が落ち着いた頃
ロキが立ち上がって側に来る
「何だ?」
「何かあったのか?」
「うん。実はね、妊娠したの」
そう告げると一瞬の沈黙の後、皆が興奮したように話し出す
「おめでとう!新しい家族が増えるのね」
「やったなぁクロキュス。ずっと楽しみにしてたもんな」
「え…?」
フロックスの言葉に私は思わずロキを見る
「…」
ロキは無言のまま視線をそらした
「こいつ中々できないって凹んでたんだよ」
「そうそう。魔力多い者同士だから仕方ないって言ってんのにうじうじして鬱陶しかったんだぜ?」
「…お前らちょっと黙ろうか」
からかい交じりに言うフロックスとダビアをロキが睨みつける
魔力が多い者同士は出来にくいなんて初めて聞いたんだけど…?
「照れ隠しに睨まれても怖くはないぞ?」
ダビアの言葉に皆が笑い出す
「まぁ、何にしても目出度いことだ」
「けど当分はいいとしてもカフェはどうするんだ?」
「私が出れない間はカプシーヌ達が交代で入ってくれることになってるの」
「ローズも?」
「ええ。勿論」
マロニエは恋人が手伝いに来ると聞いて喜びを隠そうともしない
「いつ誰が入るかは彼女たちに任せるつもり。彼女達ならカメリアとも気心が知れてるし、スイーツの事も詳しいからね」
「そういやバイキングの時も入ってたか」
「そ。時々料理教室も手伝ってもらってるしサブのスタッフって感じになってる」
「私は彼女たちの作るスイーツをおしえてもらう約束をしてるの」
「いつの間に…」
それは私も知らなかった
カメリアはカフェスタッフをメインにしてから、かなりどん欲にレシピを覚える様になった
とてもいい傾向だと思う
そして何より皆が当然の様に受け入れてくれることが嬉しかった