閑話1.驚きの展開(side:カメリア)
どうしたらいいのかしら…
領主が変わってからようやく見つけた仕事を失くしてしまった
この2年、私なりに必死でやってきたつもりなのに…
屋敷の持ち主が変わった以上どうすることも出来ないと理解は出来ても、心はそれで納得できるはずもない
私だけならともかく、私には守るべき子供が3人もいるんだもの
「母さん?どうかしたの?」
長男のコルザが心配そうに私の顔をのぞき込んでいた
下の二人は眠ってしまったのにこの子は本当によく気づく子だ
心配させたくないけど隠しようのない事よね
「お母さんお仕事なくなっちゃったのよ」
「どうして?」
「今までお掃除させてもらってたお屋敷ね、持ち主が変わっちゃったんだって」
私はやるせない気持ちと共に大きく息を吐きだした
かといって何かが変わるわけでもないのだけど
「変わったらお仕事続けられないの?」
「そうね。新しい人が雇ってくれれば続けられるけど難しいでしょうね…」
「…僕たちがいるから?」
その言葉に驚いてしまった
「コルザ?あなたどうしてそんなこと…」
「前に領主さんが言ってたもん。僕たちがいるから安く雇えたって」
「何てこと…」
そんな心無い言葉を子供に言ってたなんてどういう神経してるのかしら…
怒りと虚しさがこみ上げてきた
「僕たちお留守番しててもお仕事見つからない?」
「お留守番は…リラが小さすぎるわ」
そう言うとコルザは俯いた
「コルザが頼りないって言うわけじゃないのよ?」
「…」
「小さい子はお母さんでも戸惑うようなことが沢山起こるの。だから小さい子は大人が見てなきゃいけないのよ」
「じゃぁ、リラが大きくなったらお留守番できる?」
「そうね。リラがロベリくらいになってくれればお留守番しててもらえるかな」
コルザを抱きしめてそう言うとコルザはしがみ付くように抱き付いてきた
多感な年頃なのに友達も作ってやれない
もともと年の近い子どもはこの町には数えるほどしかいない
それに加えて私の仕事に連れていくしかないから、出会うこともないのよね
お兄ちゃんとしてかなりの我慢を強いているのもわかっているだけに可哀そうになる
お屋敷に行っても少しでも役に立とうと頑張ってくれているコルザとロベリには本当に申し訳ないと思う
「ごめんなさいね。お母さんにもっと色んな力があればよかったんだけど…」
「ロベリもリラも一緒に母さんといれればそれでいい」
「お父さんが生きててくれたらよかったんだけどね」
2年前に魔物に襲われた主人はもうこの世にいない
「魔物なんて嫌いだ…父さんも領主さんも連れていかれた…あの時魔物が出なければ父さんはまだここにいたのに…!」
当時5歳だったコルザは治療院の裏庭に並べられた父親の姿を覚えている
左足を失い、内臓を抉られた酷い遺体だった
顔が判別できるだけ救いだと言われても納得など出来るはずがなかった
魔物が増えていたからと王都に支援要請を出したのにいい返事はもらえなかったと、領主自ら討伐に打って出た
そしてたくさんの人が亡くなったり後遺症を抱えたりしたのだ
隣国の騎士団が助けてくれなければもっと被害が大きかったかもしれない
私はあの日も今も、ただコルザを抱きしめるしか出来ない
本当にこれからどうすればいいのかしら…
どれくらいコルザをなだめていただろうか?
半分現実逃避していた私を戸口を叩く音が引き戻した
「コルザ、お客様みたいだからちょっといい?」
「ん…」
コルザは小さく頷いて私から離れた
その目が不安に揺れていて申し訳ない気持ちが溢れてくる
でも今はお客様の対応が先ね…
「はい?」
「俺だ。ジョン」
返ってきたのはよく知った声だった
「ジョン?一体どうしたの?」
戸を開けると台車を引いたウーまでそこにいた
「何かあったの?」
「ああ。だから来た。カメリア、次の仕事の当てはあるのか?」
「…」
私は無言のまま首を横に振るしか出来ない
有ると答えられたらどれだけ良かっただろう…
「屋敷の新しい持ち主が今後も働いてくれないかといっている」
「え…?」
耳を疑うような言葉だった
「子ども達のことも話した。その上で住み込みで働いてくれないかと」
そんな都合のいい話があっていいのだろうか…
私は夢でも見てるのかしら?
「俺も驚いてる。ウーと最後の片づけをしてるところにやってきて、住み込みでこのまま働いてほしいと言ってきた」
「僕の報酬も出してくれるんだ」
ジョンの後ろからウーが嬉しそうに言う
「それに部屋も屋敷の中なんだよ?食事も付くって!」
「いくら何でも条件良すぎじゃない?」
ジョン達が暮らしてたのは庭の片隅の小屋だった
それが屋敷の中になって食事も付いて報酬も上がるなんて簡単に信じられるはずがない
「言っとくが同情なんかじゃないぞ」
「え?」
「子どもの話を出したのは俺の方だ。それもお前の仕事を評価して継続して欲しいと言ってきた後にだ」
仕事を評価?
そんなことがあるのかしら…?
「子どもの話をしたら大勢での食事が楽しみだと言ってきたくらいだ。その言葉に嘘はなさそうだった」
ジョンがこんな風に言うのは珍しい
基本的に他人を認めない人だもの
「働いてくれるならこのまま荷物運んで今日から住んでいいらしい。俺としてはこれからも一緒に働けるのは嬉しいし、子供達のことも考えたら受けるべきだと思う」
「そう…ね。子ども達と一緒に住み込みで働けるなら安心だし…」
でも
この夢のような話が現実のものだとはどうしても思えずにただ戸惑うばかりだった
「カメリアも住み込みで働くなら母さんのような人がいて僕も嬉しい」
「じゃぁジョンは僕の父さん?」
ジョンとは幼馴染でずっと助け合って生きてきた
特にジョンの奥さんが病気で亡くなってからはウーの面倒も見てきたし、ジョンもコルザたちのことをよく見てくれている
「そうだな。ここにいるよりは助けてやりやすいな」
「…母さん行こう?」
「コルザ…」
「僕もちゃんと手伝うから…」
コルザがこんな風に言うのは珍しい
それだけ寂しい思いをしていたのかもしれない
「そうね。もしダメになってもその時に考えればいいものね」
「うん!」
「よし。じゃぁ荷物を運ぼう」
「荷物って言ってもそんなにないわよ?ここに越してくるときに随分処分したし」
自分で言いながら少し虚しくなる
実際親子4人の荷物が全て2台の台車に乗り切ってしまうのだから苦笑しか出来ない
それでもこの長屋から出られるということにどこかホッとしていた
ジョンとウーに荷物を運んでもらって屋敷に着くと、新しい持ち主の2人が出迎えてくれた
随分若い2人に驚くしか出来ない
「あの、ジョンが私達もここに住まわせてもらえると…仕事も…」
ジョンが嘘をついたとは思ってないけど本当に大丈夫か心配になる
このまま追い返されたらどうしようかと思うと声まで震えてしまった
「ええ。私はオリビア・グラヨール。今日からこの屋敷の持ち主になりました。彼はクロキュス・トゥルネソル。ここで一緒に暮らします」
「あ、カメリア・オーチデです。この子たちは上からコルザ7歳、ロベリ5歳、リラ3歳です。よろしくお願いします」
「「お願いします」」
コルザとロベリが揃って頭を下げるのを見てオリビエ様は2人に笑顔を見せて褒めてくれる
前にこの子たちがジョン以外の人に褒められたのはいつだっただろうか…
そう思っていると2人は嬉しそうに笑っていた
そして同時に少し困惑の色も浮かべてる
「部屋は後で案内しましょう。外は寒かったでしょう?先にみんなでお食事にしましょう」
「ご飯?ボクのもあるの?」
「もちろんよ。これからは皆で一緒に食べましょう」
当たり前のようにそう言うオリビエ様に逆に申し訳なくなってしまいためらっていると、それを悟ったのか2人を促して先に動き出してしまった
子供の扱いにも慣れているような感じが見て取れた
「うわぁ…」
テーブルに並んだ料理を見てコルザとロベリが目を丸くしている
「見たことないのが並んでる」
ウーがボソッと呟いた
私もジョンも3人と同意という感じで呆けてしまった
そんな私たちにオリビエ様は料理の簡単な説明をしてくれた
温かい作りたての料理をお腹いっぱい食べたのは随分久しぶりな気がする
子供達のこんな嬉しそうな顔を見たのも…
「一人で頑張らなくていいんだ。ここで一緒に頑張ろう」
ジョンが私だけに聞こえるようにボソっとそう言った
その言葉が胸に染みていくのが分かる
主人を亡くしてから、思い出の詰まった家に住み続けることも出来なくなった
大切な、思い出の詰まった荷物を沢山手放してあの長屋に入ってからはいつも、子供達にわびしい思いをさせて来た
子供を見てもらえない以上、他の仕事が見つからなくて、3万シアでなんとか親子4人何とか食いつないできたけど、子供達も私もいつも空腹と戦ってた
今朝ここの仕事が打ち切られると聞いたときは絶望さえしたのに…
でも今は希望さえ見える
少なくともここで働いているうちは子供達にお腹いっぱい食べさせてやれる
住む場所も食事も心配しなくていいのだと思えることが何よりうれしかった
「オリビエ様、このとろみはどうやってつけるのでしょう?」
そう尋ねると小麦粉を使うと返ってきた
スープに小麦粉など聞いたこともないけどこのとろみはクセになる
オリビエ様が料理を教えてくれるというのもすごく嬉しい
こんなおいしい料理が私も作れるようになるのかと考えると自然と笑みがこぼれた
食事の中でオリビエ様とクロキュス様は色んな話をしてくれた
オリビエ様は王家の召喚に巻き込まれてこの世界に来たこと
クロキュス様は王の側近だったこと
そんな信じられない話をされて私たちは驚くばかりだったけど、この料理を見れば納得も出来てしまう
そしてオリビエ様のことはオリビエと、クロキュス様のことはロキと呼ぶよう頼まれた
恐れ多いけどお願いされてしまうと断れず、何度か呼ぶと不思議とその方がしっくりくる気がした
ご馳走と呼べる料理を子供たちと共にお腹いっぱい食べて、くつろぐ前に片づけてしまうわと言ったオリビエに頼み込む形で、片付けは私たちがさせてもらえることになった
さすがにこんな食事を御馳走になって何もしないなんてありえないわ
出来ることは少しでもやらせて欲しいと本当に思ってしまう
「母さん、ご飯全部美味しかったね」
「見たことないのばっかりだった」
「また食べれる?」
子供達もオリビエの料理が気に入ったらしい
「住み込みで食事つきなんですって。だからこれからも食べれるわよ。オリビエに感謝しないとね」
「「「うん」」」
「お手伝いいっぱいする!」
「僕も」
コルザの言葉にロベリも主張する
我が子ながらいい子たちだと思うのは親バカかしら?
リラはまだわかってないかな?
「ジョンもウーも近くにいるの嬉しいね」
「そうね。とても安心だわ」
それは正直な気持ちだ
長屋は争いごとも多く決して安全な場所とは言えなかった
夜中の喧嘩や怒鳴り合いで子供たちが泣き出すこともあったから
「お片付け終わったらローカの奥に来てって言ってたね?」
片付いたのをいてコルザが訊ねてきた
「そこが私たちが使ってもいいお部屋なんですって」
「でも普通のお部屋は3階だよね?」
コルザの言葉に私は固まった
確かにコルザの言う通りで1階にあるのはサロンや応接室、ホールや食堂といったとても居室と呼べる場所ではない
「…行ってみればわかるでしょ」
ここで悩んでても仕方ないのでそう自分を納得させてリラを抱き上げる
それをみて2人は走って行った
「ここが僕たちのお部屋?」
ロベリが飛び込んでいったのは応接室だったはずの部屋
その中に足を踏み入れて驚いてしまった
応接セットが取り払われて大きなベッドが2つ入ったせいで、すっかり居室になっている
よく見れば3階の居室で見た家具もいくつか運ばれているのが分かった
「とりあえず必要そうなものは揃えたつもりなんだけど足りなければ言ってね」
充分すぎるのにまだそう言ってくれるオリビエは凄いと思う
「荷物は全部ここに積んであるからゆっくり整理して頂戴ね。手が必要ならいつでも声をかけてくれればいいから」
ここまで気を使ってくれる雇い主が一体どれくらいいるだろう?
呼びに来てくれたジョンが強めに引っ張ってくれたことに心から感謝した
コルザとロベリがウーと一緒に部屋を出て行くと、オリビエが改まったように話しを切り出した
「あの子たちがいないならちょうどいいわね。報酬の話をしましょう」
その言葉に呆然とする
こんな素敵な部屋に住まわせてもらって、美味しい食事まで貰えるのに報酬など貰えるわけないじゃない
それなのにオリビエは言葉を続けたの
「とりあえず今までと同じ7万シアをと思ってるんだけど…」
今までと同じって…それは家賃込みの値段なのにどう考えてももらいすぎだわ…
そう伝えたけど…
「そういうわけにはいかないわよ。食べる物はあっても服や日用品もいるだろうし、他にも色々必要になるでしょう?それに子供たちが大きくなれば勉強だってしなきゃいけないし」
当然のようにそう言ってきた
でも私にはそれだけの働きができるとは思えない
まして子供たちのこともある
とにかく今は安心して住めてお腹いっぱい食べれて3人の子供達の笑顔が見れるだけで充分だわ
「でも流石に報酬なしって言うのはちょっとね…」
オリビエがどうしたものかとロキと顔を見合わせる
貰わないというのはかえって問題があるみたいね
「あの…では3万シアでお願いできますか?今まで7万シアと言っても4万シアは家賃でしたから…」
「手元にあったのと同額ってこと?」
「ええ。それでも多いくらいなんです。そこから食費を払ってましたから」
この条件で3万も貰うなんて申し訳ないけど…
「…わかったわ。カメリアを困らせたいわけじゃないからそれで手を打ちましょう。でも必要になったらいつでも言ってね?ここの掃除の対価は本当なら7万シアでも安すぎるくらいなんだから」
え?そんなはず…ないわよね?
驚くような言葉に一瞬固まってしまった
「それと、掃除道具で必要なものは全部経費扱いだから雑巾1枚でも申請してね。これはジョン達にも言ってることだから譲らないわよ」
「…わかりました」
これ以上断わる方が申し訳なくて頷いた
私がおかしいんじゃないと思うんだけど…
「じゃぁ片付けもあるでしょうから私たちは行くわね。おやすみリラ」
「おやしゅみー」
オリビエは腕の中で手を振っているリラを少し眺めてからロキと共に部屋を出て行った
「…びっくりしすぎて疲れた…」
信じられないことが次々と起こって目まぐるしい一日だった
ソファに身を預けると体が沈み込む
「こんな上等なソファーまで…」
「ママ?」
「リラ…こんな恵まれていいのかしらね…」
この屋敷の新しい持ち主がオリビエじゃなかったら、私たちは間違いなく路頭に迷っていたはず
それが今ではもう何も心配することはないなんて
明日からオリビエの為にも精一杯働こうと心に決めた