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閑話9.今度こそ…(side:騎士ビンス)

俺はいつものように片づけと掃除を引き受けていた

カクテュスの騎士団のグループに入って3週目にもなると日々の動きは慣れたものだ

家はシルバーの称号を持っていたとはいえ、俺はその家では厄介者でしかなかった

自らの意思で騎士団に入ってようやく自分の居場所を見つけたと思っていた

でも、ここ数年の記憶がほとんどない

どんな業務についていたのか、何を考えていたのか

自分の事なのに何一つわからない

ただわかるのは、気づいたら俺はかつて守ると決めた人々に刃を向けたということだけだった


「おい、ビンス」

片づけをしながらこれまでの事を考えていた俺の耳に、既に馴染んだ声が入ってくる

「は、はい」

咄嗟に返したせいでどもって

「こっちに来い」

「はい」

彼はグループリーダーのカーターだ

2週目くらいから名前を呼ばれるようになって、その後は少しずつ話をしてくれるようにもなっていた

でも今のように業務が終わってから声を掛けられたのは初めてだ

いつも通りこなしたと思っていたが何かやってしまったか?


不安に思いながら呼ばれた部屋に入ると、カーターだけでなく、ソルトとスキットがいた

「…っ…」

声にならない声を上げうつむいてしまったのは無意識の行動だった

何かやらかしてしまったのだろうかと必死で記憶をたどるが分からない

ひょっとしたらソンシティヴュでは当たり前のことが、この国ではタブーになっているようなことがあるのだろうかと不安に駆られる


「そんな不安そうな顔をするな」

カーターが俺の肩を叩いてそう言った

その声は柔らかく、咎められているわけではないのだと思わせてくれた


「しかし…騎士団長と魔術師団長がおられるなんて…何か失態を犯したとしか…」

「…なぜそこまで怖れる?」

「…」

なぜ?

俺は捕虜同然だからだろうか?

守るべき者に刃を向けた時点で俺に生きる価値は無い

なのにこの期に及んで死を恐れているとでも言うのだろうか

自分の事なのにわからないもどかしさと、その浅ましさに絶句した

思わず握りしめた拳からポタ…ポタ…と血が落ちていく


「…ビンス、君はなぜ騎士になった?君の生い立ちを教えてくれないか」

尋ねられているが拒否が許されるはずがない

真っすぐ俺を見て来る3人に向き合い、俺は少しずつ話し始めた


「私の母はメイドでした。母のように父の手籠めにされたメイドは沢山いますが、メイドとの間に生まれた子は5人。そのうち男は私だけです」

それだけで俺がどのように育ったかは想像できたのか3人は無言のままただ頷いている


「正妻に息子が3人いますが私の事は脅威に映ったようです。幼い頃より正妻と義兄達に暴力を振るわれ、使用人以下の扱いを受けてきました。そこから解放されたのは15の頃です」

「あぁ、成人したからか」

「はい。それまで閉じ込められていた部屋だけでなく屋敷から追い出されました。その時に困り果てた私を救ってくれたのが当時騎士団長をされていた方でした」

「ダビア殿の先代か?」

「その通りです。彼は私に生きるために最低限必要なことと、剣の使い方を教えてくださいました。ソンシティヴュの称号なしの者達がどのような生活をしているのかも見せてくださいました。だから、彼らを守れる騎士になりたいと…」

俺はそこで言葉を詰まらせた

それでも何とか心を落ち着け再び口を開く


「それなのに私は…たとえ操られていたとはいえ守るべき彼らに剣を向けた。許されないことを私は…」

悔やんでも悔やみきれない現実なのだ

そんな俺を3人は暫く黙って見ていた



「カーターの報告で騎士としての腕は合格だ。グループ内の者の意見も一致している。そして今、目の前にいるお前を見てそれは確信に変わった」

スキットがそう言いながらソルトを見た


「ビンス」

「…はい」

「この国の騎士になる気はあるか?」

「え…?」

ソルトからの思いがけない言葉に固まった

空耳だろうか?

それとも俺は自分にとって都合のいい夢でも見てるのか?

でも続けられる言葉が現実だと教えてくれる


「この度の魔物狩りの処罰にはもう一つの意味がある」

「もう一つの意味…ですか?」

「この国にソンシティヴュから亡命してきた者が沢山いるのは知っての通りだ。それもあって騎士が不足している」

「…」

「騎士の募集は行っているが即戦力となると難しい」

それはもっともなことだ

でも、だからと言ってなぜ俺が?

俺は騎士にあるまじきことをしたんだぞ?

頭の中は“混乱”という言葉そのままだった

彼らが何を考えているのかまったくもって理解できない


「オナグルはおそらく、最初は当主に主従契約を結ばせようとした」

「当主を落とせば一族全てが従うと考えたのだろう。実際当主が操られていた一族は男手の殆どがいた」

「落ちなかった当主はおそらく防御の魔道具を身に着けていたんだろう。だからその家に関しては騎士に主従契約を行った」

ソルトとスキットは代わる代わる言葉をつなげていく


「私もその中の一人だと…?」

「そうだ。他のシルバーの2名も君と同じような立場ではないか?」

「おっしゃる通りです。しかし…」

確かにあいつらも同じ境遇で、だからこそ俺達は互いに理解し合うことが出来た


「防御の魔道具は数が少なく高額だが、ゴールドやシルバーなら充分確保できるものでもある」

今回騎士団で取り込まれたのはブロンズだけだったというのはすでに聞いた

それはつまり…

「私たちは疎まれていたから…その魔道具を与えられるはずもなかったと…」

その言葉にはある種の絶望が含まれていたと思う

俺だって好きであの家に生まれたわけじゃない

むしろ俺を産んだことで心を病んだ母さんはあの家の当主の被害者でしかない

除籍されたはずなのにオナグル様の専属護衛になった時から籍を戻された

それが手駒としての価値を見出したに過ぎなくても、どこかで認めてもらえたのだと思おうとしていた

その結果がこんなことになるなど誰が思うだろうか…


「我が国の王はソンシティヴュの称号持ちの考え方をある程度理解されている。その上でオナグルに主従契約を結ばれた騎士は純粋に騎士を目指した者だと考えた」

「…?」

その言葉の意味が理解できないと首を傾げるとソルトはつづけた


「使える騎士であるということだ。だがその人となりに問題があれば引き入れることは有り得ない。そのための魔物狩りだ」

「お前の事はグループのメンバー皆が認めたということだ」

カーターの添えた言葉に胸が詰まる


「君に我が国の騎士として働く意思があるなら歓迎しよう」

ソルトの言葉に息を飲む

そんなことが許されるのだろうか?

俺にそんな資格があるのだろうか?

でも…


「許されるなら…その機会を与えていただけるなら…今度こそ守るべき者の為に剣を…」

今度こそ、何があっても、守るべき者に刃を向けたりなどしない


「これから守るべきは敵国だった国の民だぞ?」

「守るべきは自身よりも弱き者だと教わりました。そこには敵・味方も国も意味をなしません」

即答するとソルトが満足げに頷いた


「今この時を以てビンスを我が国の騎士と認める。このままカーターのグループでその力を活かしてほしい」

「誠心誠意努めさせていただきます!」

俺はグループの者から教えてもらったカクテュスにおける最敬礼の姿勢を取った

ソンシティヴュとは違い跪くことは無い

非常時に最速で動けるようにと考えられたカクテュスならではの形らしい


その数週間後、シルバーの残り2名とブロンズの5名が、魔物狩りのノルマを達成するまでにカクテュスの騎士として認められることになった

俺達は今度こそ間違わないと固く誓い合った

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