一目惚れで襲ったら奴隷にされたBL
「はァ!? 延期ィ!?」
昼、とある高校。教室の中でけたたましい声が響いた。
「…どうした青井」
「ずっと行きたかったコンサートが…延期したんだよォ……! 今までそんなこと無かったのに! 楽弥サマのバイオリン聴きたかった…!!」
「へえ…どうして延期したんだ?」
「……「家族に会いたくなったから」だってさ…これじゃあ…ッ! これじゃなにも言えねえよおォッ…!! お幸せにな……!! 楽弥サマの、家族だけに見せる笑顔を想像するだけで僕は…、それだけで幸せだぜえェッ!! ウオォーン!!」
咆哮した青年は椅子に足をかけ(だがお行儀良く靴を脱いで)拳を突き上げた、涙を流しながら。
「──あのな、青井」
「え?」
「ここは何所だ?」
「何を言うかと思えば、学校だろ?」
「そうだなあ学校だ。そしたら、今はなんの時間だ?」
「…授業中」
「で、私は誰だ?」
「……原田先生…です……」
我に帰ったと思われる青年はゆっくり椅子へ、礼儀正しく座った。
「……済みませんでした、大きい声出して」
「分かれば良い。じゃあ丁度バイオリンの話が出たところで──」
授業は続く。お咎め無しなのは、彼が優秀だからか。何にせよもう皆、諦めているのだろう。
この変人は、名を青井 岩というらしい。
・・・・・・・・・・・・・・・
それから、授業は終わり…。
・・・・・・・・・・・・・・・
「うゥ…う、うううゥッ…!!」
時はするりと流れ、青井は酷く醜い鳴き声を放課後に響かせていた、特に珍しいことでもないのでクラスメイトは全く意に介していないが。
「…なんにもやる気が出ねえ……、傷は思っていたよりも深いな……いや、いやいや! 傷を負っているのがおかしい! 家族の幸せを邪魔できるものがこの世に居るか!? 居ねえよなァ!?」
声は空虚に響く。
「……大丈夫、気分変えよう…」
青井はとぼとぼと教室を出る。校内のその辺をほっつき歩いて、心を落ち着ける作戦だ。家に帰らないのは、そうすると逆に辛くなるから。
こつんこつんと、暗い足音を響かせ歩く。そのうち校内のどこを歩いているのか分からなくなった頃、ふと不思議な"何か"が聴こえてきた。
それは、音楽だ。
音の方を見ると、用途など今はないだろう小部屋があった。「ここの筈がない」と青井は辺りを見渡すが、灯りが点いているのはこの部屋だけだ。人気のない、こんな小さな扉の奥から、微かに音楽が聞こえてくる。
(なんだ…この、曲は……ッ?)
青井は聴き惚れていた。初めての感覚。空間を支配されたような、そんな感覚。
青井は吸い込まれるように、扉を開ける。…だがノックを忘れた。
「わあぁっ!?」
音楽は止まり、聞こえたのはか細い男の声。中に居たのは一人の男子生徒で、突然の来客に腰を抜かしている。
「う、うそっ…! 鍵…閉め忘れ……っ!?」
その人は怯えた様子で震えた声を洩らす。絶望に染まった表情を浮かべて。
「…あー、落ち着いて! 驚かせたかった訳じゃないんだ、ごめん。その…、良い曲だなと思ってさ?」
青井は率直に感想を述べた。この部屋から聞こえてきた曲には、引き込まれる魅力が確かにあった。誰の曲かは知らないが、語り合いたいと思ったのだ。しかし返ってきた返答は、返答とも言えなかった。
「……き、聴こえて…たん…ですか……!? だってヘッドフォン…えっ!?」
部屋の主は囁きよりも小さな声で、しかし大きく震えながらそう言った。そして、それは爆発する。
「うわあぁーっ!! おしまいだあぁーっ!!」
彼は叫びながら閉めきっていたカーテンを開け、窓を開け、そして窓枠に足をかけて一息に跳んだ!
─醜い音─
言い忘れていたが此所は一階である。彼は窓枠に足を引っ掻けてすっ転んだ。しかし何よりも恥じらいが勝っていて、彼は無様に逃げ出した。
青井は反射的にそれを追いかける。
「あっちょっと! 大丈夫だってば! 待ってくれ、せめて名前だけでも!」
「えっ追いかけてくるんですか!? ま、街野 夜話ですうぅー!!」
「違うッ曲の名前!! 確かに君は愛らしい顔をしているけどそうじゃない!!」
「あっ!? …え、ええと…! ぇぁ、まだ決めてません!! ごめんなさいいぃっ!!」
「えっ嘘! じゃあ君が作った曲!? じゃあ尚更待ってくれよォ!! 是非話を! 止まってほら、止まれつってんだろォがッ!!」
街野と名乗った青年はどうも運動不足らしく、その距離はどんどん縮まっていった。
─そして、ぶつかる─
「うぎゃっ!?」
─二人倒れ込む─
青井は肩からぶつかり、そのまま街野を押し倒した。
「ぅ、お、重──んぐっ!!?」
そしてそのまま、押し潰すようにキスをした。
「ん、ん゛ん゛っ…!? ぷはっ……! ……な、なんで?」
街野は恐怖を全面に表して震える、対して青井は彼の手足を強く押さえて、真っ直ぐ見つめた。
青井は彼に惚れた。彼の作る怪曲に。その感情は青井の全身を駆け巡り、この短時間で目前の彼を全て愛しく思った。姿も、声もなにもかも。
このキスはその激流がごとき思いを制することが出来ずにやってしまった、最大かつ最悪の選択だった。
「…愛しい人には、愛で接するもんだろ」
「お…俺、何かしました……?」
「聴かせてくれたじゃねえか。僕を別世界に誘ってくれるような、素晴らしい曲だった。これは恋と呼べるよな? いいや呼ばせてもらうぜ! 名前を教えてくれ」
「は、は…? 名前ならさっき言ったんですけど…」
「さっきはまだ興味がなかったんだ、本当にごめん! だけどもう一回教えてくれよォ、頼む…ッ!!」
「…ま、街野 夜話ですぅ……」
「ああ、ありがとうッ! 良い名前だぜ夜話…ははっ!」
「覚えようともしなかったくせに…! ──うっ!?」
青井は街野の華奢な体を強く抱き締める。青井自身も暴走気味で、自分の感情を自分で説明できなくなっているが、歯止めをかける気は全くなかった。
「ああ、夜話…僕にも何が起きたのか分からない。けれど今はただ君と一緒に居たいと思うよ、君の書いた曲をもっと浴びていたい…!」
「さっきから勝手言い過ぎでしょう! っていうか、い…痛……いんですけど…! 体格差考えてくれます!?」
「あッ、あぁごめん! 無理矢理は良くねえな、無理矢理は……離れるよ」
「どの口で……。じゃあ早くどいてください、…重いし」
青井は、慌てて街野の上から離れた。
─突き飛ばす─
それを見計らってか、街野は青井の体を押して逃げ出した。当然だろう、青井は変人だ。変人で、変態だ。街野は恐怖していた、最悪の気分だったろう。
だから逃げた、一心不乱に地面を蹴って。
─しかし、無慈悲にも─
青井はいつの間にか背後に居て、街野の背中を掴んだ。当然そうだろう、鬼ごっこの勝敗は既についていたのだから。
「"お話"は…まだ終わっていないぜ……、夜話?」
「ひっ…ぎゃあああぁっ!!」
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…しばらく後。
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「──……ごめんッ!!」
「許しません」
「すみませんでしたッ!!」
「許しません」
「申し訳──」
「しつこいですよ。…あんた本当になんなんですか」
「青井 岩だ、この度は本当に──」
「許しません。とにかく通報しますから」
場所は先程の小部屋。色々あって、青井は正気…のようなものを取り戻していた。しかし街野に許す気など全然無く、携帯端末を取り出して警察へ電話をかける。
「…そうだな、酷いことをした。罰されないと」
対して青井は遮ることなく、顔を伏せてそれを受け止める。
「分かってるんですね」
「当たり前だ、自制心が足りなかった。全部俺が悪い」
「へえ……」
───ブツッ─
街野は、繋がる前に電話を切った。青井はそれを見て、当然ながら困惑する。
「…どうして?」
「少し、気が変わりました。…反省してるんですよね?」
街野は微笑む、その目は全く笑っていないが。
「もちろんだ、学校にいられなくなっても、家を追い出されても仕方ない。……というか犯罪だろ、普通に」
「そこまで言えるならむしろ…じゃあ、誰にも言わないので俺の言いなりになってください」
街野は涼しい顔で、そう言った。青井は驚きを通り越して、彼の言葉を理解できなかった。
「──えっ?」
「不満ですか?」
「ふ、不満なんてとんでもない…! でも駄目だよ、絶対。だってそんなの……う、嬉しいから…。僕を喜ばせちゃいけないだろ?」
「……あんたみたいなどうしようもない変態の心理なんて分かりませんよ。とにかく、更正のためとか言って刑務所に入られるより、俺個人の為に血でもなんでも吐いて貰った方が助かるんです」
街野の目には同情や慈悲などなかった。青井をヒトとも見てはいないだろう。その言葉からは街野 夜話という人間が少しだけ見てとれた。
「…君も結構、尖ってるんだな……。でもやっぱり賛成できない、僕がやらかしたあれは…今回が初めてだったけど、発作みたいなもんだと思う。……また君を襲っちまうかもしれないだろ」
「対策はしますよ。俺はスタンガンを常備しますし、あんたには首枷と足枷と鎖を着けます。…まぁあんたはそれも喜ぶかもしれませんが」
「う…、で、でも僕だって真っ当な人間として在りたいっていう気持ちがまだ──」
「ああもう、しつこいですね。言っておきますけど、拒否権なんかありませんよ。あんたはこれから、俺の奴隷として暮らすんです。良いですね?」
「わ、分かったよ…。……本当にそれで良いのか、夜話」
「奴隷が主人の名前を呼ばないでください」
街野は既に、態度が非情となっていた。青井はこの結果に不満はなかったし、寧ろ嬉しくもあった。ああ、憐れな青井 岩。それを口にすれば、二度と元には戻れない。
「…分かったよ、"ご主人様"」
・・・・・・・・・・・・・・・
…それからすぐ、青井は手足を縛られて部屋に閉じ込められた。街野が戻ってきたのは一時間ほど後だ。
・・・・・・・・・・・・・・・
─扉を開ける音─
街野は両手に袋をぶら下げて、部屋に戻ってきた。
「ふぅ……、近くにホームセンターがあるっていうのは助かりますね。ほら、奴隷」
─突き刺す電撃─
「あウッ!?」
街野は身動きの取れない青井にスタンガンを押し当てる。青井の体は跳ね、そして倒れた。
「…うん、威力は充分ですね」
「い…いきなりハード、だな……」
「抵抗されたら困りますから」
─固い音─
街野は青井の側に、袋を置いた。そしてそこから、重厚な首枷を取り出す。
「さぁ、着けますよ」
─頭を掴む─
「あ痛…ッ!? せ、せめてもっと優しく──」
「自分の立場分かってます?」
・・・・・・・・・・・・・・・
街野は乱暴に、首枷を着ける。ついでに足枷も。
・・・・・・・・・・・・・・・
─鍵をかける音─
街野は近くの机に鎖を繋ぎ、一仕事終えた風に手を叩く。
「──よし、出来ました。因みにですけど、鍵は捨ててきました」
「えっ」
「なので一生そのままです」
「嘘ォ!?」
「はは…冗談ですよ、鍵屋さんにでも行けば外してくれるんじゃないですか? 許しませんけど」
「冗談になってない! おいおい…親になんて説明すりゃいいんだよこれ……」
「別に、貴方の顔と体格と髪色ならファッションで通るでしょ」
「通らねえよ! ファッションをなんだと思ってんだ!? ああもう、これと合う服買わねえとじゃん……」
青井は首枷をさすって形状を確認する。分厚く武骨で、だが危険な香りを放つこれ以上ないくらいの拘束具だ。足枷も同様である。
「うっへェ…存在感やべえな。結構派手めにじゃらじゃらさせねえと目立たないようにすんの無理かも……」
「…意外に前向きですね」
「はッ、そりゃあご主人様の命令だからな?」
「うわぁ…、俺自身で言った手前あれですけど、いざそう言われると嫌ですね」
「おい…」
青井は諦めたように枷から手を離し、地べたに座った。行儀は悪いが、許されていないから仕方がない。
「…で、ご主人様。最初のお仕事はなんなんだ? 話し相手でもないだろ」
「それもそうですね。じゃあ…そうだな……楽器は弾けます?」
「楽器か…バイオリンを少々」
「へえ、バイオリン?」
「エレキだけどね」
「最高です、持ってこれます?」
「ああ、いける。往復10分なんだ、僕ん家」
青井は立ち上がって、得意気に語る。
「凄い、使いやすい奴隷ですね」
「…人聞き悪いなぁ……」
「じゃあ取ってきて貰いましょう、鎖外しますね」
「どうもご主人様、お手柔らかに──ッ!?」
─取り敢えずの電撃─
街野は首輪を持つと同時に、青井にスタンガンを押し当てた。
「──や…、やっぱりこれはあるのか……ッ!」
・・・・・・・・・・・・・・・
青井は道中寄り道をせず、すぐに帰ってきた。帰ってきた直後再び拘束されたとは、言うまでもないことだが。
・・・・・・・・・・・・・・・
「──……しかし一時的だったとはいえ、あんなにあっさり鎖外しちゃって良かったのかご主人様?」
青井は枷をさすりながら、街野へ不思議そうに訊いた。
「まぁ、俺も現代を生きる善良な人間でありたいので。完全な囚人にはしませんよ」
「善良の基準がわかんなくて怖えな…」
「その調子で俺のこと嫌いになってくれても良いんですよ?」
「まさか、それはない! もう僕は君という存在に夢中なん──」
─射抜く電流─
言葉の途中で、青井の身に電撃が襲った。
「だひァッ!? な、なんだ今の! スタンガンからじゃなかったよな!?」
「良い忘れてましたけど、その枷二つって遠隔操作で電気流せるんですよね」
街野は小さな電流ボタンをさすりながら冷やかな目で青井を見る。
「なんだそのクリティカルな機能は!? ご主人様が行った"ホームセンター"ってどこだよ……」
「ホームセンターはホームセンターですよ、何でもあるでお馴染みの。まぁそんなことより、早く始めましょう」
街野は青井にヘッドフォンを手渡し、青井のバイオリンにケーブルを繋ぐ。
「始めるって何を」
「作曲の手伝いですよ、それしかないでしょう」
「えッ!? 僕が!?」
「どうしたんですか狼狽えて」
「当たり前だろ! だって僕は君の曲に惹かれたから"やらかした"んだぜ!? 駄目だろ君の曲に僕みたいな奴の影を入れちゃあッ!!」
「…めんどくさいヒトだな……、そんなの気にしませんよ。良いから早くバイオリンを持つ、奴隷に拒否権は無いです」
「う、ううゥ……」
青井は目の前に差し出されたバイオリンを震える手で掴んだ。
「…なんで僕なんだ? バイオリンなら、それこそ弦楽部辺りから誰かしら引っ張ってきたら良いんじゃねえの…?」
「……あぁ、…ええと、そう。それだと向こうの予定も考慮しなきゃならないでしょう? ずっと他人に協力していられるほど彼らも暇じゃあないんですから、俺は奴隷みたいに好きに使える人材が欲しかったんです」
「ええ…人の心どこやっちゃったの……」
「別に、四六時中そんなこと考えてる訳じゃないですよ。人間なら誰しも「ああ、言いなりになってくれる都合の良い誰かが居ないものかなあ」なんて思うものでしょう、そういう1%くらいの欲望ですから」
「にしたって首輪着けるまでの手際が素人じゃなかったけど」
「ええい煩いですよ、奴隷が主人を疑うんじゃあない」
「…う、分かったよ、ご主人様」
「よろしい、じゃあここのフレーズからいきましょう。丁度合わせてくれる人が欲しかったので」
「はいよ…やってみる」
青井は何処か申し訳なさそうにバイオリンを構えた。
・・・・・・・・・・・・・・・
…率直に言って、青井の演奏技術はかなりの物だった。主張が穏やかで発注と忠実に、そして迅速に。形容するなら"プロ"だ。
・・・・・・・・・・・・・・・
「──…ん、なるほど。中盤辺り盛り上がりに欠ける気がするな……」
区切りをつけて、街野は独り言を呟いて机に向かう。対して青井は緊張から解放されたように座り込んだ。
「ふー…やばかった。流石に好きな人が作った曲を演奏するとなるとプレッシャーが凄いな……」
「……でも、想像以上に良い演奏でしたよ」
「えっほんとか!?」
青井は玩具を買い与えられた子供のように声を明るくする。報いとはいえ、酷い拘束をされてなおこんな感情を抱けるとは。
「え、ええまぁ…。バイオリンは動画サイトくらいでしか聞きませんけど」
街野は空気の温度差にたじろいで、微かに知っている程度の知識で誤魔化した。
「へえ! 誰誰? 俺の知ってる人?」
だが青井は食いついてきた、悪手だったらしい。
「あー……、別にそこまで詳しくないですよ。…えーと、【LOOKlock】さんとか……」
街野は仕方なく答える。【LOOKlock】は、動画配信サイトでフォロワー1000万人を超える無言の演奏家である、楽器ならば何でも弾くのでバイオリン専門ではない。街野は馬鹿にされるかと思い電流ボタンに手を添えた。LOOKlockはメジャーな配信者であり、それを好いているのが浅いと思われかねないからだ。…無論気にする必要はないだろうが、街野もまた難儀な人間なのだろう。
しかし青井の返答は、街野の予想全てを上回った。
「えッ、僕!?」
「──…は?」
脳が受け入れなかった。今、こいつは何と言った?
「……すみません、よく聞こえなかったんですけどもう一回言ってくれます?」
「ああ、LOOKlockは僕だよ」
目の前のこいつが、こんな奴が?
「…下手な冗談はやめてください」
「冗談じゃないって。…まぁ普通は隠すとこだけど、ご主人様の前じゃ隠し事はしない。自分の価値分かってもらってこその奴隷だろ?」
「前向きすぎる……。でもあんたが、えぇ…?」
否定はしたが、街野はどこかその事実に納得していた。よく見れば青井が使っているのはかの奏者が使っていたバイオリンと同じものだし、何より…綺麗な音だった。街野も音楽に身を置くものとして認めざるを得なかった。
「……はは…、底辺を漂っていた俺が、あんたほどの人を奴隷にできるなんて」
「言い方容赦ないなご主人様…。──って待て、底辺? 君が?」
「そこ聞き返します? ……そうですよ。だあれも、俺の曲を聴いちゃくれないんです。思いを込めても込めなくても、いくつ書いても届かないんです。感想を貰ったことだって一度もないし」
「そうなのか…? じゃあ僕がファン一号だな!」
「えっ?」
「だってそうだろ? 思い出してよ、僕たちの尊い出会いを!」
青井の言葉で、街野は少し前のことを思い出す。そうだ、目の前の変質者は、確かに自分の曲を聞いて、それを好いてくれたのだと。
…瞬間、街野の中でなにかの火が点いた。
「──いいや、有り得ない!」
だが街野は声で、それをかき消した。
「うおっ? …急にどうしたんだご主人様」
「あんたは、変態です! 変態で、最低の人間です! だから俺が…あんたに好意的な感情を持つなんて有り得ない! そうですね!?」
─電流─
街野は詰め寄り、そして念を押すように電流を流した。
「ウッ!? そ、そうだけど、でもどうして──」
「どうもしてませんよッ!」
─再びの電流─
・・・・・・・・・・・・・・・
しばらくの間、街野は取り乱していた。
・・・・・・・・・・・・・・・
「…はぁ…はぁ……、すみません。色々と乱暴して……」
「や…僕も少し意地悪だったよ、ごめん。そんな立場じゃないのに」
紆余曲折の後、街野はようやく、落ち着いた。それまでに青井が痛め付けられた回数は酷いものだったが。ただ、彼はそれを受け入れていた。
「……じゃあ、時間もいいところですし、今日はこのあたりで解散しましょうか。明日から本格的にこき使うので、そのつもりで」
「ああ、分かったよご主人様。…その、改めてごめんなさい。色々と」
「借りは働きで返してください、奴隷らしく」
「あぁ…そうだな、そうする。僕の全ては君だけに捧げるよ」
「気持ち悪いですね……。それと、これは奴隷に対しての言葉じゃないんですが…」
街野は言って、ゆっくり片手を差し出した。
「これからよろしくお願いします、LOOKlockさん」
「──……ああ、よろしく」
青井は頷いて、おずおずとその手を取った。
それは結局、奇妙な関係なのだろう。けれどこれでお互いに、確かな鎖で結ばれたのだ。
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そして、その翌日。
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二人は約束通りに小部屋へ集合した。ここは誰にも使われず溢れてしまった小さな部室だ。だから街野は、教師に無理を言ってここに潜んだ。ここなら誰も来ないと思っていたから。まぁ、来てしまったわけだが。
─響く電流の音─
「いったあァッ!?」
青井はスタンガンをくらった首を押さえて倒れ込む。
「忘れては困りますよ。あんたは奴隷、言うことはすぐに聞いてください」
「…しょ、初日より厳しくないか──」
「──口答えしない」
─しなり、はたく音─
青井が口を開いた瞬間、街野は鞭を叩き込んだ。
「いッー!? ちょまっ、そんなもん何所で──」
「何所でも良いでしょう、無駄口を叩かないでください。…あんたが初めて俺の曲を愛してくれた人だとしても、心のなかではどこか許しているのだとしても、俺はあんたを許したくないんです。……分かりますよね?」
そう早口で捲し立て、街野は顔を背けて机に向かった。
「……それって──」
─遮る電流─
「あいッ!? ご、ごめん悪かった!」
「……今のははぐらかしです」
「──えっ?」
「昨日色々と考えたんです。あんたは俺に謝った、自分が背負うLOOKlockという名前を守ろうともしなかった。あんたは最低の変態ですが、それなりに誠実です。…許すつもりはありません、でも誠実には誠実で返したいと思ってます。…奴隷に嘘を吐いては、主人として三流ですから」
「ご主人様……、この僕にそんな言葉をかけてくれるなんて……」
「…それともう一つ言いますけど、もう"契約済み"でしょう? そうやっていつまでも気負わないでください。仕事に影響出されちゃ堪らない」
「う、…分かったよご主人様」
「よろしい。さ、始めますよ」
・・・・・・・・・・・・・・・
二人は、二日目にして"コンビ"と呼ぶに相応しい手際を見せた。青井が実力者というのもあるが、街野は青井の癖を完璧に理解していた。
・・・・・・・・・・・・・・・
「…ふぅ、ありがとうございました。……この曲もそろそろ完成ですね」
「本当、素晴らしいよな君の曲は。五感を包み込むように支配して…身体全体に浸透してくれるようだ。それに多くの変化が細やかな裏切りを産んで飽きさせない、なんとも心地良くて──」
───刺し貫く電流─
「あイッタァイッ!?」
「そこまでにしてください。あんたにそう言われてると…嫌な気持ちになります」
「だけどご主人様…、愛しの人を称える言葉だぜ? 言わないようにするってのは──」
───しなり襲う鞭─
「はイッ!!」
「主人に向かって"だけど"は許しませんよ、奴隷。例え俺が間違っていても、あんたは従うしかないんです」
「はは……難しいな。…そういえば、完成した曲はどうするんだ?」
「…あぁ、公開して販売しますよ、一回も売れたことありませんけど。そろそろ三つ目のアルバムも作る時期ですね」
「なッ…。…待てよ、"売れた"って"好評だった"って意味だよな……?」
「残念ながら、いいえ。販売数は全て0です」
「そんな馬鹿なッ!! なにか販売の設定を間違えてるんじゃないのか!? もしくは、価格設定が相場の何十倍とか…!? それでも僕は買うけどな!?」
「それも残念ながら、いいえ。きちんと大衆向けですよ。全世界に向けているし、価格設定も相場通りです、むしろ安いくらい」
「使っているサイトは…!?」
「LOOKlockさんがアルバムを出しているのと同じところですよ」
「あ……あ、あ、ありえないッ…!! ありえないぜ夜話!」
───突然の電流─
「おウッ!?」
「名前を呼ばない」
「──っ、ご主人様…ありえないよ! だってあそこ、運営はクリエイターの発掘なんてずうっとやってるし…ユーザーだって大量に居るんだから三つ目のアルバムを出すってご主人様の売り上げが完全な0とかちょっと考えられねえよ! 素人が叩いた8ビートもどきだって売れてたりするんだぜ!? …そうだ、表示数は!?」
「…200か、300ですね。多くて500くらいです」
「そこはまぁまぁあるのかよッ! そうだよなホームのランダムピックアップでも増えるもんな!? じゃあなんでだよォ!」
「そ、そんな詰められても俺は知りませんよ」
「なら…、ジャンルとタグは!?」
「設定済みです。ジャンルも適切ですし、公式のタグを中心につけてます」
「はあぁッ!? だって…だってこんな良い曲なのに!!」
「…皆が皆、あんたみたいな感性じゃないんでしょ」
「感性って…LOOKlockこと僕の動画を見てたら分かるだろうけど、僕って流行りもの好きだぜ!? 個人的に好きな演奏者として語火 楽弥サマが居るけど、あの方は世界的な奏者で、俺なんか足音にも及ばない大スターだよ! 俺の感性は大衆寄りだって疑ったこともない、…じゃあ問題があるなら……サイト側か? ちょっと運営に意見出すわ! 今の俺ならまあまあ影響力あるかもだし──」
「ちょっ、待ってください! LOOKlockさんにそこまでしてもらうつもりはありません!」
「えぇ…? じゃあ…、それぞれ100枚くらい買うか? 購入数が増えればユーザーの目に止まる可能性も多少は──」
「同じじゃないですか! とにかく、そういうのは駄目です。作曲の手伝いはあくまで作曲だけ、それだってあんた独自の音を採用したことはないし、これからも採用しません。あんたはただの労働力、良いですね?」
「…難儀な人だな……。分かったよご主人様。じゃあせめて…、コンスタントに新曲出さないとだな。俺もそのために全力を尽くすよ」
「そうしてください。…じゃあ今日はここまでで、また明日」
「ああ。それじゃあな」
二人は軽く手を振り合って、小部屋を後にした。
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こんな日が、二人の間でずっと続くことになる。そう過ごす内、街野が青井に抱く嫌悪感は早い段階から和らいでいった。それは青井が、音楽に対して真摯に向き合っていると分かったからだ。そして青井が、自分を本当に愛していると感じ──
「──待った! な、何を変なこと口走ってるんですか!?」
え、しかしこれは──
「しかしじゃないです! そんなことあり得ませんから! ほら訂正する!」
…はいはい。街野は青井をずっと嫌っていて、二人の関係は奴隷と主人のまま続いていったのだ。──立場上、嘘は良くないのだが……。
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そして、何ヶ月か過ぎた後。
「おめでとうご主人様ッ!」
街野が小部屋で寛いでいると、突然に青井が小部屋に入ってきた。
「ぉわっ!? な、なんですか奴隷! まだ時間じゃないですよ!」
「そうだけど、それまで待てねえっての! ほらこれ、見てみろよ!」
たじろいでいる街野に向かって、青井は自分の携帯端末を突き付けた。
「購入数"2"だってさ! 僕の他に、ご主人様の曲を買ってくれた人が居たんだ!」
「……ほんと、ですね」
「良かったなぁご主人様! ご主人様の曲を愛してくれる人が僕の他にも絶対居るって思ってた! 今まで運が悪かっただけなんだ、きっと! だってあんなにも魅力的なんだから!」
青井は自分のことのように喜んだ。街野はそれが、やはり気持ち悪かった。LOOKlockなら百万を超える人から毎日のように称賛されているくせに、なんだかそれよりも喜んでいる気がする。
「……用はそれだけですか」
「そうだけど…ご主人様と、この喜びを分かち合いたくて──」
───殴るような電流─
「ぇオゥッ!?」
「帰ってください、こちとら仕事でもないのにあんたの顔なんて見たくないんですよ」
「わ、分かったよご主人様……それじゃあ、仕事の時にまた来る」
「そうしてください」
青井は踵を返し、とぼとぼ小部屋を出ていった。そして扉を閉めてすぐ、中から街野の声が聞こえる。
《…やった》
それは小さな呟きで、だが何より心のこもった声だった。
(…何だ今の……、愛しい人が愛しいな……)
青井は贈られた覚えのない元気を貰い、足取りも気持ちふんわりと教室に戻っていった。
───伝える振動音─
と、道中。青井の懐にある端末から通知が響いた。青井はそれを手に取って内容を確認する。
「──…まじッ!?」
書かれていた情報に、思わず大声が出てしまった。人が賑わう廊下の真ん中で。
「──…どうしたの?」
通りすがりの生徒が彼の様子に驚いて反射的に訊ねた。
「聞いてくれるかッ!!?」
「…聞かなきゃ良かった」
「僕の愛する演奏家、語火 楽弥サマのコンサート、再開催が決まったんだよォ!! 延期って聞いてたから再開催は分かってたけどさ!? 改めて日時が決まるってのは嬉しいもんだよな!!」
「はあ……あー…良かったね?」
「ありがとうッ!! 君も是非行ってみてくれよな!!」
「いや…悪いけど遠慮しとく」
「そうなのかッ!? 残念だッ!! ……引き下がってもいい?」
「駄目」
「なら仕方ないな! こっちこそ時間取らせて悪い! それじゃッ!! ふーんふっふふーんッ! 今日は良いことばっかりだぜヒャッホオォウッ!!」
青井は跳ねながら歩いてその場を去った。その場に居合わせた生徒達は顔をしかめて、あるいは平和を感じながらそれを見送った。
ーーーーーーーーーーーーーーー
それから、放課後。青井は改めて街野が待つ小部屋を訪れる。
ーーーーーーーーーーーーーーー
───扉を開け放つ─
「おまたせーご主人様!」
「待ってないですよ、誰があんたなんか待つものですか」
「…なんかご主人様、今日初手の拒絶凄くね?」
───初手の電流─
「ぅッス!!」
「──無駄口は?」
「…叩くな」
「よろしい。準備を」
「了解」
二人は手際よく準備を進め、そしていつものように作業を始める。
・・・・・・・・・・・・・・・
その後、休憩時間。
・・・・・・・・・・・・・・・
青井はやりきった風に地べたに座り、息を吐く。
「ふぅー…! お疲れ、ご主人様! 今回の曲も、幻想的で素敵だったぜ!」
「…チッ。……今日は元気が良いですね、気分悪いです」
「分かる!? 今日は僕が愛する演奏者の──」
「──"語火 楽弥サマ"…ですか?」
街野は先に、その名前を口にした。
「えっ…、そう! そうだよ!!」
「あんた大好きですもんね、"楽弥サマ"。この数ヵ月、何度その名前を聞いたか……そろそろうんざりしてきましたよ」
街野は不機嫌そうに背中を向ける。
「……あれ…? ご主人様今の感じもしかして、嫉妬とか──」
───咄嗟の電流─
「ぉア゛ッ!?」
───電流は続いている─
「ァッ…! ちょッ! 長…くないか!?」
「あんたがッ! 気持ちの悪いことを言うからですよ! 自分のしでかしたことが、立場がまだ分かっていないようですね。俺が? 嫉妬? あんたに? あり得ない! 誰だって分かりますよそんなこと!」
「わ、分かった! そうだよな!? 君は嫉妬してない! 僕の勘違い!!」
「分かればよろしい!!」
───締めの鞭─
「おアァッ!?」
「以後、そういうことは絶対口にしないでください。いいですね!?」
「ハイッ! すみませんでしたご主人様ッ!!」
「よろしいッ!!」
─乱暴に椅子へ座る─
街野は机に向かい、深くため息を吐いた。
「……奴隷、今日はここで終わりにしましょうか」
「えっ、でも時間がまだ──」
「どうも気分が悪いんです。誰かのせいで」
「……ご、ごめん。じゃあ僕、先に帰るな!」
青井は急いで立ち上がり扉に向かうが…
───足が引っ掛かる─
「おあッ!?」
青井は盛大にすっ転んだ。その筈だ、青井の枷には鎖が結ばれており一人で退室することは出来ない。
「──全く…」
街野は再びため息を吐いて席を立ち、青井の鎖を外した。
「ほら、早く消えてください」
「は、はいご主人様!」
青井は逃げるように、その場を立ち去った。
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帰り道、青井は首に着けられた枷をさすりながらとぼとぼ歩いていた。
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(……ご主人様には悪いことしちまったなァ…。全く、どうして俺はこうも我慢出来ないんだ。……まぁ、我慢してこなかったからこそLOOKlockなんだが)
─玄関を開ける─
青井は家に入って"準備"を始めた。顔を隠す仮面と、髪型を隠す頭巾を被って青井はLOOKlockとなる。
(よし、始めるか)
LOOKlockは撮影部屋に入り、今回はギターを手に取った。
─配信開始─
『きたー』
『待ってました!』
『ラリルレクイエムお願いします』
『今日はギターか』
『きちゃー』
(コメント早いなー…、もうリクエスト来てるし。でも、まずはオープニングから)
LOOKlockが演奏を始めると、とあるコメントが目についた。
『首輪ある?』
『ある』
『チョーカーなんだよなぁ』
『首枷やろデザインが』
『首輪論争草』
『最近ずっと着けてますよね』
『気にいってるんじゃない?』
『カルタカルテお願いします』
『気にいってるはない』
『なんでやよく見るとかっこいいやろ』
『よく見てるからだろ』
『ちくわ大明神』
『エンバンナゲお願いします』
『でも服には地味に合ってるよね』
『paruお願いします』
『合ってるか?』
『最終病愛戦争お願いします!』
『合ってる(鋼の意思)』
『雨降り桜お願いします』
『前足枷も着けてたけど今も着けてんのかな』
『足枷まじ?』
『一ヶ月くらい前ちらっと見えてたぞ』
『すげえファッションだな』
『医城聖壁お願いします!』
『誰かに換金されてるんか?』
『ちがう監禁』
『監禁されてるのに配信?妙だな……』
『フレーム外に銃でもあるかもしれん』
(やっぱり、枷にツッコまれるか……弁明しようにもムズいよなこれ……変な方向に広がらないことを祈るしかないな……)
『でもまじで監禁だったりしない?』
『確かに証拠は無い』
『可能性は0じゃないですよね』
『そういうプレイでしょ』
『変な方向に持っていかないでください』
『にしては自由に動いてますけど』
『そこでハジキよ』
『監禁されてるとして特殊すぎるやろ状況。目的が分からん』
『SMでしょ』
『配信外で色々やられてんでしょ』
『なるほど、ヤられてるのか』
『あっ…(察し)』
『通報した』
『配信させとけば怪しまれんしな』
『やめとけ、ほんとに通報するやついんだから』
(早速変な方向に広がってきたな…。……そうだ)
LOOKlockは立ち上がり、周囲を確認してからカメラをゆっくり横にぐるりと回転させた。部屋に自分しか居ないことをアピールするために。
『おっ?』
『動いた!!』
『誰も居なかった』
『こいつ…動くぞ!?』
『珍しいね、コメ返し?するの』
『特定しました』
『悪い流れだったからね』
『通報されたら身バレしかねないしな』
『ほんとにファッションだったんか』
『カメラみたいなのもなかったしモニタリングとかもされてないみだいだね』
『部屋綺麗すぎだろ』
『人間の部屋じゃなかったけど』
(よし…これで大丈夫。……ったく無言でやってるとこういうとき苦労するよな)
『じゃあやっぱSMか』
『SMプレイ説で行くか』
『ファッションだっつってんだろ』
『相手が居るとか聞いたこと無いけど』
『一人SMでしょ』
『なるほど』
『急ハンドルしかきれねえのかお前ら』
『SMって一人で出来んの?』
『意外と簡単だよ、やろうと思えば』
『やりたくないです……』
『なんで有識者いんだよ』
『【¥50000】SM配信待ってます!!!!!!!!!』
『ひっでえのきた』
『草』
『草』
『やろうと思えば(豪傑)』
『でたわね』
『投げ銭ナイス』
『そういう人じゃねえからな』
『草』
『投げ銭草』
『また悪い流れになってんの草』
『俺は好きやで』
『ひどすぎるやろ』
『さっきからずっとアウトで草』
『曲聞けよ』
『サンムーンエクスタシーお願いします!』
『草』
『あったなそんな曲も』
(まずい、好転しねえな……。仕方ない、少し気合い入れて……、──うやむやにしてやるか)
LOOKlockは仮面の下で深呼吸して、ギターをかき鳴らした。それは情熱と、信念が折り重なった至高の演奏となる。
本来であればこの音はもっと大きな舞台でやるように複雑で、心を侵食するLOOKlockの"本領"であった。何故、今それを解放したのか。それはこの首枷が、足枷が、今のLOOKlockにとって大切なものだからだ。
ご主人様がくれた、僕だけの契約だからだ!
───♪ー♪ー♪ーッ!!─
『やば』
『うおおおお』
『やはり天才か』
『やべぇ』
『すげええええええ』
『んだこれ』
『何起こってんの』
『指の動きやばくて草』
『すっげ』
『おかしいだろ』
『まってむり』
『きたか』
『おいおいおい』
『勝てんて』
『なんだこいつまじで』
『化け物やん』
『凄すぎる』
『人間じゃねえ』
『かっけえええええええええ』
『また人間辞めてる……』
『この人これでギターだけじゃないからね』
『おかしいだろ』
『生で聴きたい』
『なんならメインはバイオリンだぞ』
『実在してんのかよこの人』
『すげーなマジで』
LOOKlockが演奏を終える頃には、彼が身に付けている枷のことなど誰も覚えていなかった。
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そして、次の日。青井と街野は今やいつものように小部屋の中で二人きり、作曲作業を行っている。
ーーーーーーーーーーーーーーー
「──あの、奴隷」
作業の合間、休憩中。ふと、街野が青井を呼んだ。
「何だ?」
「その枷…そろそろ外しましょうか」
「えっ、何で!?」
「何でも何も、…昨日の配信見ましたよ」
「本当か! ありがとうッ!!」
「ッ、声が大きい…。そういう意味じゃないですよ、枷のことコメントに突っ込まれてたでしょう。俺もLOOKlockさんの活動に迷惑かけるのは本意じゃないので、外します」
「だ、大丈夫だよ! コメントだってずっとあんな雰囲気じゃあないし、これに合うファッションも最近ちょっとずつ固まってきたって言うか──」
「──何でそんなに慌てているんですか。枷を外されるのはあんたにとって良いことでしょうに」
「そ、それは、その……」
───促す電流─
「ぉあッ!?」
「早く言ってください」
青井は気恥ずかしそうに頷いた。
「だってこれは……ご主人様から貰った大切な証…だから」
聞いて街野は、絶句した。だがそれはもしかすると、嫌悪ではないのかもだ。
「……そこまでとは、思いませんでした。ほんと気持ち悪いですねあんた」
─投げ捨てる─
「えっ…ご主人様それって電流スイッチ──」
「夜話…。で良いですよ、……岩」
「え…あ、えっ!?」
夜話は顔を背けて、部屋の角にあった椅子を岩の目の前に置いた。
「座って。…顔を合わせて話すことがあります」
岩は訳も分からず、けれど従ってその椅子に座った。
「俺はいつも、あんたに"気持ち悪い"とか言ってましたよね」
「うん。…当然だよあんなことをしたんだから」
「全くです。あんたがあんなことしなければ多分一週間くらいでここまで──あっいや、どうかな…もしそうだったらあんたを対等に見れなかったかも。むしろ必要なことだったかもしれませんね」
「え…ど、どういうことだ夜話……?」
夜話は一瞬躊躇った後、岩を真っ直ぐ見つめた。
「…まず、あんたに対する嫌悪の内訳を話しますね、あんたを見ると心臓が締め付けられるような感じがするんです。嫌いな筈なのにあなたのことが頭から離れない、とても苦しかったですよ」
夜話は深呼吸をして、言葉を続ける。
「…この気持ちがただの嫌悪じゃないのは確かだった…、だからずっと考えていたんです。そして昨日"嫉妬"と言われた後、最悪に納得してしまった。俺の方こそあんたに惚れて──」
「──それは駄目だ!」
「……どうしてあんた自身が諌めるんです?」
「だって僕がどういう奴なのか、それは君が一番知ってるだろ? 僕だけは駄目だ、冷静になってくれよ」
「では冷静に、俺以外の誰が、青井岩を愛せるんですか? そして同時に、俺をここまで愛してくれるのはあんただけです。一度過ちがあったくらいなんですか」
「「なんですか」って…正気かよ!?」
「学校の一室を私用で借りて引きこもってる人間が正気な訳ないでしょう。むしろあんたと釣り合ってます。……いいですか、岩。"愛される"って、俺にとって世界がひっくり返るくらいの大事件なんですよ」
「…で、でも僕がやったことは──」
「──往生際が悪いですね」
───引き寄せる─
それは、口付けだった。ど素人のそれだからお互いに色々と苦しかったが、かけた時間だけは長かった。とても、とても長かった。
「──ぷはっ…!! …ぜぇ…はぁ……キスむっず…! 世の恋人達はどこで練習してるんですかこんなの…! ……ええと、そう、とにかく俺は今あんたに無理矢理キスをしました。これで"おあいこ"ですよね? なんなら、過剰防衛とか私刑とかで俺の方が不利かもしれません。知りませんけど」
「は…はい……」
「…じゃあ、岩。奴隷としてのあんたに最後の命令を下します。今この時から奴隷をやめ、俺の次の言葉に答えてください」
「……分かった」
夜話は再び深呼吸をして、岩へ向き直る。
そして、それを口にする。
「……俺と結婚してください」
捻りもない、シンプルな"心"が吐き出された。
ああ、青井 岩。それを口にすれば、二度と元には戻れない。
「──慎んで、お受けいたします」
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ーーーーー
・・・・・
「──結婚首枷なんて聞いたことありませんね」
「そーだな、鎖も作ったお陰で完成に時間かかっちまった……。でも見ろよ夜話、こうしてお互いに拘束し合ってるの僕たちにぴったりだよな?」
「ええ、本当に。あんたは俺のもので、俺もあんたのものです。……コンサート、成功させましょう」
「ああ、やっと君の曲を舞台で演奏できるんだ。全力だよ」
【LOOKlock】と【Knightoken】。
天賦の演奏家と希代の作曲家は、時を経て名実共に肩を並べていた。