第一章3 『遺言』
八月十九日二十一時 佐藤陸
やっと家に着いた。
着いて早々ベットにダイブする。体をうずめ、スマホを弄り、SNSでショート動画を見始めた。
ははは、面白いなこれ。
久しぶりに心の底から笑えた。そんな気がした。
スマホが充電が少なくなってきたことを知らせてきた。めんどいな。だる。そう思いながらも充電をするために体を起こし、机に向かった。
机に置いてあるカレンダーが視界にふと入る。そのカレンダーには八月十九日の下に紗良の命日と書いてあった。その名前を見た時、体の奥でなんとも言い難い感情が湧いた。
僕はその名前に聞き覚えがあるはずだ。あるはずなんだ、なのに思い出せない。
頭が痛い。思い出したくない。……違う。思い出しくないんじゃない。記憶を閉ざしただけだ。彼女との約束を果たせてない罪悪感から、自分の弱さを認めたくないから、僕は記憶を閉ざしたんだ。思い出したくないあの日の記憶が僕の目の前に鮮明に映し出される。フラッシュバックする。
*
僕の目の前で人が倒れている。首元から血を流して。床には、赤い水溜まりが出来ている。水溜まりの中にはナイフが落ちている。
僕は認めたくなかった。そこに倒れているのが自身の彼女の紗良であることを。
さっきまで一緒に話して、触れ合って、温かさに安心感を覚えていたのに、今は、体が冷えきっていて、何も喋らない。動きもしない。僕は改めて思い知る。人は簡単に死ぬことを。僕が誰も救えない無力な人間である事を。
「あ――――。あ――――。あ――――。」
僕は言葉にならない声で、泣き叫んだ。ただ泣き叫んだ。僕は紗良が死んだ事を認めたくなかった。嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。嫌だ。
紗良がいなければ、僕はまた独りになってしまう。あの頃のように。嫌だ、嫌だよ。紗良、置いてかないでくれよ。頼むよ、紗良。僕は弱い人間なんだ、君がいないと生きていけない。脆い人間なんだ。頼むよ、頼む。生きれよ、生きていてくれよ、なぁ、紗良。
どんだけ願っても人は生き返らない。死んだ事は覆らない。それでも僕は諦めなかった。
*
八月十九日二十二時 佐藤陸
紗良の命日があと二時間で終わる。そんな事を考えながら机に伏していた。
「ごめん、紗良。ごめんよ。約束を果たせなくてごめんよ。」
僕はそう言い、あの日を約束を果たせてない無力さを、心を守るために彼女の事を忘れようとした脆さを、彼女に対して、何も出来なかった弱さを、呪った。自分を呪い殺したいと。死にたい。死んで彼女に会いたいと。そう思った。
気づけば包丁を持っていた。それで喉元を切り裂こうと、行動に移そうとしていた。その時、頭の中に、声が響く。
「生きて、人生の。生き方の。死に方の答えを見つけて、死ね」
「生きて、生きて、生きて。死ぬのは最後でいい。」
頭の中に語りかけてくる声に、覚えがある。この声は紗良のものだ。そして今言っていた事は、紗良の遺言だ。僕だけに残した。最後の言葉。紗良の遺言が頭の中でぐるぐる回る。ぐるぐる、ぐるぐると――――。
*
「紗良、僕は生きるよ。今を生きる。君との約束を果たすために。僕は死なない。」
洗面台の鏡に映るまぶたが真っ赤に腫れている自分を見ながら誓った。
「ぶっ、あははははははは」
まぶたが真っ赤に腫れている自分の顔を見て、堪えきれずに笑ってしまった。写真を撮ろうとスマホを持ったが既に充電はなかった。
書きました。テストが近いのに何やってんだ、俺