プロローグ―5
「貴方が取れる選択肢は無と消えるか、別の世界へ行くかの2つになります」
「その別の世界って言うのは……」
俺は女神の言う、別の世界という単語が気になった。
無に還るのは論外? そうとも限らない、余りに過酷な世界で有れば無に還る方がマシだろう。
「私が案内できる世界は、貴方達が居た世界とは違うドラゴンやエルフも存在する世界ですね」
「無に還るで」
「選択が速いですよ?」
当たり前だろう。
何故そんな物騒な生物が存在する危険な世界へ行かなければいけないのか。
ラノベの様な世界への憧れはたしかにあるが、過酷な人生を歩みたいわけではない。
記憶についてやそんな世界で生きるのならラノベの様な転生特典とかは有るのか等、色々気になることはあるが、それらを考えても実際に一生を過ごすのであれば、日本のような平和な世界が一番だろう。
その日本ですら俺はトラックに轢かれたというのに、ドラゴンが居るような危険と隣り合わせになりそうな世界に行ったらどうなるかわかったものでは無い。
それに……、そんな世界では技術レベルも不安だ。
生活様式も大きく変わるだろうし、怪我をしたときの医療面にだって不安は残る。
絶対があり得ない人生に、そんな不安要素が幾つも有る世界は前の世界よりきっと生きづらくなるだろう。
「なるほど、そういう理由ですか……それなら心配ありませんよ」
「どういうことだ?」
心が読める女神に、その心配は必要無いと言われて俺は興味を持つ。
「ドラゴンやエルフが存在するとは言いましたが、そういった存在は個体数が極端に少ないのでそこまで危険な世界ではありません。それに、技術レベルはある意味日本以上の水準を持っています。平和を享受する事は十分に可能な世界なのです。全てを説明すると長くなってしまうのでこれだけ伝えますが、貴方が心配している様な問題は絶対に起こりません。たしかにあの世界の日本に比べれば危険が有りますが、その分……貴方には特別に私の力の一部を譲渡します」
「そ、そうなのか……」
急に無表情なまま凄い押してくる様になった女神に、俺は少したじろぎながらももう一度真剣に考える。
個体数が少ないのであれば、そこまで毎日のように襲われたりもしないだろう。
技術力がある意味日本以上って事は魔法とかが代わりになっているのかも知れない。
その上で保険として、女神も力を授けてくれるらしい。
平和と程遠い世界では無理だと思っていたが、もし想像程危険と隣合わせでないので有れば、難しい所ではあるが無に還るよりはマシになったかもしれない。
「それではその世界へ行くという事でよろしいですね? 記憶に関しても、消さずに行くことができますので」
「……わかった」
そうして俺の異世界行きが決まったのだった。
何処か女神は俺を無に還させたくは無い様に感じたが、俺も穏やかに過ごせるのなら例え別の世界でも消えるよりかは生を繋いでいきたい。
「それでは早速力の付与と一緒に新たな世界へ送りましょう」
女神がそう言うと俺は光に包まれる。
視界が不明瞭になっていき、いよいよ転生するようだ。
「そういえば……俺が元の世界で転生できない原因って何だったんだ?」
俺はそもそもの原因について不思議に思い、転生間際で女神に尋ねる。
「それについてはすみません、こちらの都合で話す事ができないんです」
「そうか……」
神の世界にも色々と都合があるのだろう……そもそも転生のシステム自体が複雑そうなので俺には理解できなさそうでもある。
別に原因がわからなくてもこうやって別の異世界とはいえ、転生もさせて貰えているので文句も無い。
「……私の名も教えておきます。ナキナ、これが私の名です」
このタイミングで名を教えられる意味はわからないが、俺は一応その名を覚えておく。
(次の生では出来るだけ名前を覚える様にしよう……)
そこでいよいよ俺の意識は深く沈み始めた。
(ああ、そういえば……)
身代わりとなったあの子の様子も先に尋ねておけば良かったなと俺は今更ながら思う。
我ながら自分本位の奴だったなと思いながら、これも転生先では治そうと意識して俺は意識を完全に手放した。
「……ごめんなさいね」
女神が最後に何て言ったのか、俺には聞き取れなかった。
■
「ん……うーん、ここは……?」
俺が次に目を覚ました場所は平原でも洞窟でも、見知らぬ家のベッドとかでも無い。
いや、見知らぬのは同じだろうか……。
「さっきのはただの夢だったのか?」
そう思わずには居られないほど、ここは明らかに日本の病室のベッドであった。