第六話 突拍子もない提案
「四歳児に何をやらす気だ」
屋敷の庭園の花が落ちた後。…………もう一人の攻略キャラが屋敷に帰ってきた。幼いながら、外で勉学に励んでいる兄だ。
――カルマート・ラッドルチェンド。
三歳年上で、髪色は私と同じ。瞳の色と顔つきは、亡き母親似。薄く、灰色がかった上品な紫色だ。そして眼鏡属性が付与される。しかも紐付きの。
当然だが、ラッドルチェンド公爵家の跡継ぎで、ユーノに仕える宰相になる男。天殻も高位を授かるが、魔法にも剣にも頼らず、武闘派という設定。
非力な頭脳派と見せかけ、「ここは穏便に、暴力で決着をつけましょうか」と、言いきる前に手が出る。まさに拳で物を言うという脳筋。口は添えるだけ。
皇太子とタッグを運良く組めば、もはや暴走戦車。手にもつ重火器で辺り一面を火の海にし、これでもかと爆薬を周囲に撒き散らせ、人の小山を一瞥し、唸るキャタピラで死線を打破する。
もうギャップはこれで十分だったのだが、設定者は足らなかったようで……。
重度のシスコン。という項目が追加された。誰が個性の殴り合いを許可した。少なくとも私は許可していないが、いいぞもっとやれ。
少しでも、こほんと咳払いをすれば、
「下界の空気は胸に悪くないかい?空気洗浄する?」
「問題なく酸素は吸えております」
父親に買って貰った服を着て、兄の目の前に立とう物なら、
「天界に帰還する際は教えてくれるかな」
「ここが私の実家です」
先にいっておくが、これが彼の通常運転だ。
私を女神様と扱い、溺愛する兄、カルマートは、先程の通り不可解な事を良くのたまう。そしてRPGの仲間キャラよろしく私について周り、わたしが何かする度にせっせとお世話をする。侍女やメイドの居る意味が無く、今にもお着せを来て一緒に仕えそうな勢いだ。
ならば、カルマートルートの悪役令嬢の末路はまともかと言えば、そうでもない。ここまで溺愛されても、イシスはカルマートの手によって幽閉され、程なくして死亡する。
その幽閉はトゥルーエンドの話であり、他のエンドでは、兄の手でイシスは死んだりする。溺愛していた妹を殺すというシナリオは、正にバッドエンドだった。
では、私はどうするべきか。もう一度言うが、私が死ぬ可能性はない。罪悪感さえなければ、断罪シーンの会場にいる人全員昏睡は勿論、一撃で主人公含めた攻略キャラ全員抹殺も可能。
敵前逃亡は視野には入れていない。私を殺すなら、私に殺される覚悟があると言う話だからだ。
私の出した結論はひとつ。現状維持の様子見。そして、問題点は、ゲーム内でもあったものだ。
「というわけで、殿下と婚約しました」
「殿下如きに妹をやれるはずがないだろう!」
待って下さいお兄様。それでは嫁のもらい手が神様しか居ません。というかそれ皇族侮辱罪で首が飛びます。あと私の手に刺繍針が刺さります。
私が黙々と、部屋で刺繍の練習をしている隣で嬉しそうに、座って居るカルマート。じーっと私を見て居るので、暇なんじゃないかと聞いたら、私を見て居るのに忙しいらしい。仕方が無いので適度に話しかければ、それだけで嬉しそうなカルマートだ。健気すぎる。
「誰のハンカチを作っているのかな」
「お兄様のですよ」
「それは本当かい!?」
「練習用ですが」
「いけず……」
突然のハイテンションからの、意地悪されてのしょんぼり具合。でも嬉しそうな辺り流石シスコンだろう。
生き物図鑑に載っていた可愛らしいインコを刺繍しているだが、やはりむずかしく、そんな状態で体に穴が開くほど見られたら、何時手元が狂うか分からない。
「お兄様にはこれを差し上げます」
刺繍箱の隣に置いていた箱は所謂、レース編み用の物。レース編みの本とレース糸とかぎ針を手渡し、編んでみてと催促した。
ハンカチの周りにレース、若しくはハンカチにレースのレイヤーを入れようと思って編んでいた訳なのだが、器用な兄にやらせたらどうなるかという実験である。
「私が編むのかい?」
「お兄様が始めて編んだレースと、ハンカチを交換しましょう」
「任せてくれたまえ」
渡したときは、「え、なに。これやるの?」な表情で受け取ったが、私がお願いすれば、カルマートは喜び勇んで、レース編みの本を開く。私を見る、気が緩み締まりの無い顔ではなく、線の張り詰めた、真剣な顔でページに目を通す。いつもその表情なら、敬えるのだが……
「なるほど。把握はしたが……」
フォン、とカルマートの頭上に展開されたのは、高位の天殻。魔法に余り頼らない設定はどこかに投げ捨てたらしく、レース糸の束をひとつ掴むと何やらぶつぶつと呟いた。ちょっと怖い。
呪文の一節か、また別の物なのか。程なくしてカルマートは、かぎ針を使いレース編みを開始。さこさこと編んで行く兄に、うわぁこれだからチートは……と、巨大ブーメランを脳内で言い、私は刺繍の作業に戻った。
「よぅし………」
数時間後、うすいクリーム色のハンカチには、オレンジのほっぺとトサカが可愛い、黄色いインコが住んでいた。中々良い出来映えではないか。色の本数を増やせばもう少し立体的になるかも知れないと、次回への課題とした。
仕上げに、あらかじめ編んでおいたレースを、ハンカチの縁ではなく、ハンカチに重ねるように配置。仕上げに縫い止め、刺繍されたインコとレースが見えるように四つ折りに畳んで、カルマートに渡そうと横を見たら……
「お兄……ひぇッ」
悲鳴が出たのはゆるして欲しい。なんせ、カルマートが今日一番の笑顔を見せながら、レースで出来たベールを持って居るからである。もう出来たよと、キラキラとして手にしているその芸術品の面積は、先程渡したレース糸じゃ足らない。それどころか、レースの編み目には、ビーズのような石を通して居る。一体何処から調達したのか。
「……先程の天殻で、レース糸増やし、魔力を結晶化させた魔水晶を作り出しましたね?」
「流石は妹。素晴らしいご慧眼で」
魔水晶は、魔石とは別物だ。魔水晶とは人が意図的に、自分の魔力を固めた物。魔石と違って無属性の扱いだ。ただの魔力の塊と言えば良いだろう。
ふわり、と私にかけられたレースのベール。顔が隠れない程度に調整をしたカルマートは、満足そうに、私の髪を一房掬って口づけを落とした。
「初心者とは思えないわね……」
「恐悦至極に存じます」
初心者がこの短時間で製作したとは到底思えない出来映えに、この兄にこの私かと思った次第だ。
「分析魔法を使用しても」
「もちろん」
「【万物解析】」
慣れた魔法鑑定を発動し、ベールを見てみれば、説明欄には、『カルマートの魔力と愛情、魔法技術をたっぷりと含んだ極上のレースベール。ちょっと重い』との表示。
この様子では、天殻でレースベールの図案さえ構築したと考えて良いだろう。こう言う芸当も出来るのかと、良い勉強になった。私も真似しよう。
「で、その。ハンカチは……」
先程のキザな態度で言えば、更に絵になっただろうに。照れながらしどろもどろにいう兄に、かわいさを感じる。
「ええもちろん。お兄様に」
「!」
年相応の反応と言っていいだろうが、リアクションは過剰だ。作ったハンカチを渡せば、感極まったのか目尻に、涙がにじんでいる。
「絶対に、絶対に大切にするよ。なんなら家宝にする」
「家宝はちょっと……同じ家でそれは……」
「じゃあ、墓場持って行く」
「それなら、まあ……」
重いわ。重すぎる。幸せそうに懐にしまい込んだ兄、カルマートは続けた。
「こんな可愛いインコが描かれたハンカチじゃ、ベールだけじゃ足りないね」
「いえ、私としては貰いすぎのような気がして」
「会社は欲しくないかい?」
「………………はい?」