第二話 病んだ個性の博覧会
「個性の殴り合いにも限度が必要」
朝から今まで放心状態だ。大体のことは体が覚えていたため、日常生活に支障は無い。私という意識があるため、今までのイシスとは、異なる行動を取るとしても、四歳という年齢から、成長の一端で済むかも知れない。
流石に派手に私の意識をひけらかせば、不可解に思われるだろうが。
部屋には一人だ。侍女のアリアは午後のお茶の準備に席を外している。これ幸いにと、私はソファーに座って、部屋に置いてあった白紙の本に羽ペンを滑らす。膝の上で書くのは、ゲームをしながらメモっていた時の癖だ。
「私はイシスになった。これに間違いは無い……と」
果たして私はベッドの上で死んだのか。ゲームのやり過ぎで死んだニュースを聞いて、他人事のように思って居たが、有り得たのかも知れない。
別に現実を惜しむほど、生き生きとした日常を送っていたわけではなく、好きなゲームのキャラになれた今と比べると、今がいい。
ゲームの続編を遊べないのは悲しいが……ゲームの中に入った故の損害として受け入れるしかないようだ。
「むしろ、考察班的には最高の状況なわけか」
【女神の旋律シリーズ タクト・ロア・ロジック】
RPG色が強い、乙女ゲーム。
剣と魔法の世界に転生してしまった主人公は、その世界が信仰する女神の生き写しだった。二癖もある彼らと共に、学園生活を過ごし、学園で起きる事件を解決に導く。前世の記憶や知識を駆使して、運命の彼の、女神様になれるか?というのが概要だ。
そこで、女神の力を持っている悪役令嬢と、本物の女神はどちらかと、衝突するわけである。
舞台はアクシス帝国の、魔法学園。魔法適性は、貴族平民平等だが、世界的に見て魔法を使えるのは希少的。教える機関が少ないため、自ずと貴族に教育が集中。それでは優秀な魔術師が育たないと、作られたのがこの学園というわけだ。
魔法の属性は、四元属性の火、水、土、風。上位属性の、光と空間の『空』、闇と時間の『時』。失われた古き属性、虚と無の『零』
力関係は、火は水に弱く、水は土に弱い。土は風に弱く、風は火に弱い。そしてお互いに弱点の、空と時。四元属性と上位属性はお互いに等倍だ。古き属性は四元属性、上位属性に有利だが、同時に弱点だ。
魔法適正者は、四元属性全てを覚えることは可能だが、上位属性は、適正者のみ扱える。失われた、古き属性は、適正者の基準さえ不明。
そんな種類の多い魔法だが、覚える魔法の数には限界があるため、狭く深く覚えるのが基本だ。しかし、例外が一人居る。そう主人公だ。
主人公は、魔力が少ないというハンデがあるが、全ての属性を覚え、最高位の魔法まで取得する。しかし魔力が少ないため連発不可と、上手い具合に調整されていた。そのためプレイヤーは、せこせこと能力値底上げアイテムを集めるのである。
では、女神の力をもつ悪役令嬢のスペックはと言うと、作中明かされることはなく、敵として出現しても、一切攻撃をせず、アイテムによる回復だけする。ボス戦というより、イベント戦あつかいだった。
お待ちかねの攻略キャラはというと、
王道攻略キャラ【ユーノ・リフレイン】一言で言えば、危険が危ないおちゃめな皇太子。
悪役令嬢の婚約者で次期皇帝。プラチナブロンドの髪と深い蒼の瞳というお約束なカラーリング。四元属性が主軸。そのかわり、上位属性は覚えない。武器は剣。
その対抗【アズリエル・エカルテ】死は慈悲深いと説く次期教皇。
死こそ人に与えられた唯一の平等な事象と思っている。主人公と悪役令嬢に執着していた。チョコレート色の髪とワイン色の瞳。四元属性を切り捨て、上位属性を極める。武器は魔導杖。通常攻撃が魔法扱いだ。
勢力皇帝側、【カルマート・ラッドルチェンド】口は添えるだけの次期宰相。
重篤なシスコンで、妹のイシスは兄に対して無関心だった。銀の髪と藤色の瞳で、眼鏡をしている。広く浅くなので、古き属性以外の属性を扱えるが、高位魔法を扱えない。武器は拳。つまりグローブ。
勢力皇帝側、【シャルレン・ロマネスク】相対的常識人な邪道護衛騎士。
ユーノの護衛騎士で、苦労人だが、ユーノとカルマートの暴走を愉しむ人。赤髪に、オレンジ色の瞳。火、時の二属性に絞った特殊型。武器は双剣。
勢力教皇側、【ヨハン・フォルテ】感情無なき次期枢機。
約束された枢機卿の道を歩む。無表情で、感情が分からない。亜麻色の髪に、彩度の高い黄緑の瞳。古き属性の適正者。武器はライトボウガン。
皇帝側三人、教皇側二人、勢力不明の隠しキャラクター含め、六名。善か悪かと言えば、悪に振り切れる彼らと恋愛である。いかに闇堕ちしかかっている彼らを、光の道に戻してあげるかが焦点となるゲームだ。
そんな面倒くさい男達……生きる災害を、攻略するのが主人公な訳だ。
【エリー・ディソナンス】彼を守る女神の生き写し。今作の主人公だ。芯が強く、運命の相手を守ろうが基本的な動きだ。黒髪に黒目。全属性適正。武器は、魔導銃。
そのライバル、【イシス・ラッドルチェンド】沈黙する悪逆令嬢。
女神の慈悲かと思う程の笑みを顔に貼付ける。銀の髪に、右目が金。左目が銀のオッドアイ。適正属性は不明。使用武器も不明。
どの攻略ルートでも死ぬ悪役令嬢。しかも、遺体は消えるというオマケ付き。女神の力を持つ悪役令嬢を、女神の生き写しの主人公を虐めただけで、利用価値を見いだすことなく殺し、なぜ死ねたのかという疑問。チートのくせにゲーム内でその力を滅多に使わなかった秘密も、生きていれば分かるかも知れない。
「当面は、シナリオに逆らわず生きるとして……悪役を演じるかは、主人公の行動次第かな」
例え主人公がゲームと同じく、転生者だとしても、私と敵対するかは分からない。
私は、主人公が皇太子狙いなら、「あら、お似合いよ?」と身を引く上にお膳立てさえするが、私を陥れて皇太子を奪うつもりなら、完膚なきまでに叩きつぶす。
流石にゲームと同じように虐めるつもりはなく、正当性を持って迎え撃つつもりだ。できればそんな事にはなって欲しくはないけれど。