表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Last Scene  作者: つのめぐみ
1/9

夏休みから始まる

 一目惚れを信じますかという問いがあるなら、僕は迷わず「ノー」を選択させてもらう。


 これといった特徴のない田舎町を、ただ呆然と、のんびりと、何かを目的とするわけでもなく、ただただ僕は歩く。

 ふと、空気が変わったような気がして立ち止まり、あたりを見回すーー木は踊り、水たまりは眩しさが増していく。

 よく耳を澄ましてみると、何やら足音が聞こえてくるようでーー振り返った先には、駆ける白いスカートがあった。

 美しい、麗しい、そんな少女が駆けるーー目を奪われずにはいられない。僕はその姿を呆然と見つめて立ち尽くすほかなかった。


 彼女の顔がはっきりと見えてきて、その瞳は僕を捉えているのだと気づいた。僕は彼女を知り合いではないと思ったーーそもそも今までに見たことすら記憶にない。

 少なからず、地元の住民であればほとんど皆がお互いを知り合っているーーつまり、彼女は他の町から来た子なのだろう。

 今は夏休みだ。誰かの親戚でも遊びに来たのではなかろうか。はたまた、夏バテで幻覚でも見ているだろうかーー後者は突拍子もない考えだとは我ながら思ったけれど、僕ならあり得そうだと考えると、なんだか悲しく思う。


 きっとそのまますれ違う。そのまま背を向けて、元の道を歩めばいい。

 けれど、僕は足を動かそうとしなかったーー否、朝は動かなかった。視線を外せば彼女は消えてしまうーーそんな気がした。

 だから、僕は瞬きすらも憚った。彼女の瞳から目を離すことはなかった。

「美しい」

 ただ一言そう思わず呟いた。


 彼女は僕の目の前で足を止め、明るい笑顔を見せた。

 どうすべきかわからず、反応に困る。けれど、このままという訳にはいかないこともわかっている。しかしまた、彼女も一切声を出さずこちらを見つめたままなのだ。

 僕は覚悟を決めて口を開いた。

「僕に何か用があるのかな。」

 すると、さっきまでの笑顔が少しずつ少しずつ萎んでいった。

 何か悪いことをしてしまっただろうか。そう不安になりかけたとき、彼女がついに口を開いた。

「そっか、私のこと……覚えてないよね。颯斗くん」

 これは驚いた。僕の名前を知っているーーつまり、過去に面識があるはずなのだ。けれど、全くわからない。自身の記憶力の乏しさを恨んだ。思い出すことよりも、今、言葉を詰まらせている自分をどうにかしてやりたいことが、思考の中枢を占めてくるーー何をしているんだ、僕は。

 一つため息をついた。自分にそれを浴びせかけてやりたかった。

「ごめん。」

 それしか言えなかった。他に言うこともない。

 けれど、彼女はまた微笑んで、

「残念。だけど、特別に答えを教えてあげる。私は……咲良だよ」

 それを聞いてはっとした。僕はその名前を知っている。忘れようもないはずの、忘れることのない名前をなぜ僕は忘却していたのか。

 今一度彼女の顔を見つめる。

 そうか、これは一目惚れではなかったのか。

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ