シュレディンガーのシュレッダー
ほぼ実話です
会社の事務所、上司のデスクの後ろに、それはある。
みんなが書類らしきものを入れていく機械。
高さは膝くらい。白くて四角くて、細い隙間が開いている。
みんな、その隙間に書類を入れていく。
機械はごとごと音を立てて書類を飲み込んでいき、そして止まる。
おそらくシュレッダーだろう。きっとシュレッダーなのだろう。
でも、確信はない。
なぜって、その機械が何なのか、私は誰にも聞いていないからだ。
聞いたらシュレッダーだと確定してしまう。今はまだ、「たぶん、シュレッダー」なのだ。
万が一違ったら大事なので、私はまだ、その機械に大切な書類を入れるわけにはいかない。
いや、つまらない書類だって入れるわけにもいかない。
万が一シュレッダーではなく「大切な書類をまとめておく機械」だった場合、「おい、この機械につまらない書類を入れた奴は誰だ」となって、怒られてしまうからだ。
だからまだ、私はその機械に書類を入れたことはない。
ある日、事務員の女の子がゴミを集めていた。そこには、細切れになった状態の紙ごみがあった。
私は思った。
これはシュレッダーにかけられた紙達ではないか?
うちの事務所に、シュレッダーらしき機械は、例のアレしかない。あれがシュレッダーである可能性はさらに高まった。
でも、まだ確定はしていない。だって、いまだに私は、誰にも聞いていないからだ。
だが、ゴミを見つけたことにより、うちの会社のどこかにシュレッダーが存在することは確定した。
その数日後、人が少ない時間帯を狙って、私はついに例の機械に書類を入れてみた。もちろん廃棄しても問題ない書類だ。
機械は相変わらず、ごとごととかるく体をゆすりながら書類を飲み込んで……いかなかった。
なぜか途中でとまった。 こいつめ。
私は憤慨した。正体不明の機械の分際で! せっかくこちらから歩み寄ってやろうとしたのに、なんて態度だ。
しかし私は慌てない。
何やら赤いランプがついている。すぐ下にプリントされている文字はかすれて読めないが、機械の手前のカバーが半開きになっている。
その部分をそっと押してやると、ランプが消えて、機械は再び書類を飲み込み始めた。
ふん、最初からそうすればよいのだ。
その日から、私とその機械との距離が少し縮まった。いらない書類をその機械に入れていく回数が増えた。(といっても、今まではゼロだったんだけどさ)
100%の自信はまだなかったけれど、「ほぼ確実にシュレッダーだ」というかなりの自信があった。どんどんいらない書類をその機械に突っ込んでいった。
そしてついに、その機械の正体が確定される日が来た。
あれは忘れもしない飲み会の日。女性事務員さんと書類のまとめ方の話になったとき、ついぽろっと聞いてしまったのだ。
「そういえば○○さんの席の後ろの機械って、シュレッダーだよね?」と。
その女性は笑顔こそ崩さなかったが、明らかに「何のことだ?」という雰囲気が生まれた。
私は慌ててフォローする。「あ、ほら、白いこれくらいの機械。みんなが書類を入れてくやつ。ごとごと音がする――」
これはフォローと言っていいのだろうか。そもそも自分で自分のフォローをすることを、人は「下手な言い訳」と呼ぶのではないのだろうか。
私は素直に白状した。今までシュレッダーだという確信がないまま、書類たちをあの機械に飲み込ませていたことを。
笑われた。当然だ。そして教えてもらった。あれはシュレッダーで間違いないよと。
安心したとともに、がっかりもした。
あの機械がシュレッダーだということが確定したと同時に、今後、謎の機械に書類を入れるドキドキは失われてしまったのだ。永遠に。




