9.レインボーライン
「間も無く、大気圏影響内」……そんな文字が表示されると、次第にスーツ周囲が赤くなり始めた。
スーツ内は無音で、外からの影響は完全にシャットアウトされているけれど、フェイスガードからはその様子がしっかりと視界に映りこんでいた。
当時何が何だかよく分からなかったけど、上手く操作出来て安心したのか……その時は大分落ち着いてきていたんだと思う……気付けばその光景が目に映りこんで、驚きの顔を浮かべてたんじゃないかな。
「おぉ……突入きたぁ……」
ゴォォォ……
次第に装甲表面が過熱し始め赤い炎の様な膜を形成し始めた。
スーツ内は相変わらず無音無動だったけれど、アリカの心は緊張で一杯に成ってた。
「そろそろ……かな」
姿勢制御開始
オートバランサー調整……ボディ角度補正開始
次第に姿勢が変わっていき、頭部の先端が地球の方へ向かい突き出される形になり……その途端、正面に「頭部アンカースタンバイ」の文字が現れた。
「よしっ」
ガシンッ
キンッ
キュイィィン……チンッ
頭部アンカー接続完了
「これで……一気に!!」
重心を進行方向の軸に合わせ、体の形が真っ直ぐとなった時……その速度がぐんぐんと上がっていき、それに合わせてスーツ表面を覆う炎の膜が更に光を増していった。
流石のダイバースーツもあまりの衝撃に内部へと振動が伝わり始めてきて、正直その時は動揺したなぁ。
「おぉ……おおぉおぅ……大丈夫かなぁ……!?」
各部の機構制御系が重心を捉え続け、その姿勢を安定させているので安心してはいるけれど……こうしてみると自分以外の物に命を預ける事の怖さっていうのもかなり実感出来るんじゃないかな?
物凄い速さで降下していくアリカは、目の前にある地球、そして大気圏の壁というものを瞬きも忘れ見つめ続けた。
ただ落ちていく、それだけだけど、こんな壁があるから大昔の人々はそれを乗り越える為に色んな努力をしてきた。
こうして今の私がある……私はきっと、先駆けであっても……それはこの道を歩んできた人類が作ってきた道を通ってきているんだなぁって……この時初めて実感した。
気付けば、スーツの各状態を表示する部分がメーターゲージを上昇させていた。
強い負荷が掛かっているのか、数値が次々に警告エリアへと跳ね上がっていく。
「でも、まだ……」
けれどそれは予定内の現象。
タイミングを間違えれば、待つのは死。
だからこそ、私は冷静でいなければならない。
私が、やらなければいけない。
それが分かるからこそ……私は、ただその時をじっと待つ。
あまりの高温に赤化したスーツの外装が、火花を散らす。
一筋の赤い線が地球をバックに流れ落ち、その光景は観覧区からでも一望出来るほどにはっきりと映し出されていた。
多くの人々が見守り
友人が 恩人が 家族が
彼女の帰還を望んでいる中……
少女は、今……一つの未来の『カタチ』を大きく開いた……!!
「ガードピールッ!! 展・開ッ!!」
ガードピール展開プログラム、アクティベート
その途端、頭部や胴体部、脚部から……緑と黄が入り混じった粒状の煙が噴出された。
コゥワァァ……
その途端……あらゆる状態ゲージが次々と下がっていき……あっという間に安全区域へと戻っていく。
ガードピールの効果によって正常値へと戻ったスーツが再び警告音を上げた。
でもこれは決して危ないって事じゃあない……これは合図。
オートバランサー姿勢制御開始……減速モード
すると下に向けた頭を中心に……胴体がぐるりと回り込み「大の字」を作ると……その途端、「ガクン」とした衝撃と共に体が上へ引っ張り上げられるような感覚が僅かに襲った。
「ウグッ……」
僅かに内臓が押し上げられるような感覚が襲い、吐き気を催すが……それは一過性のものだったのか、あっという間に収まっていった。
「加速度軽減システム調整忘れてたぁ……」
2度ほど咳き込み調子を取り戻すと……視線の先へと意識をやると、そこに見えるのは微かな雲を纏う大地の姿。
その時……目の前に映し出された光景……
それはアリカだけでは無く、彼女を通して多くの人々が見届けた……―――
―――あまりにも幻想的な風景。
地球という、青と緑と白のキャンパスに
赤と橙が入り混じった炎が舞い上がり
緑と黄の細かい粒が、それらを拡散していく
それらが混じり合い、溶け合い、そして舞い散る……
全てが織り成すその世界で、虹色を煌めかせるその風景は
誰もが見た事が無い、全く新しい景色……
地球という、大きな舞台を彩った……一筋の虹だった。
それを見た時、どれだけ多くの人が歓びと安堵に声を漏らしたか……想像するだけで今でもワクワクしちゃう。