7.トラブル発生!?
「ふう……これでようやく軌道に乗れたか……後は私が予定通りに事を運べば問題ないな」
タブレットを突きながらスーツの状態を確認し問題が無い事を確認する。
つい独り言を呟いたのは、アリカとの通信の余韻から。
「ようやく……ここまできた。 長かったなぁ……。 聞いてるかアリカ、お前のお陰で私は夢を実現出来そうだよ……本当に感謝している」
少し気温が低いのだろう、息が白く吐き出されてタブレットの画面を僅かに曇らせた。
その途端、「ピピッ」という電子音が鳴り響いた。
「ん、なんだ?」
それに気付いたヨシヲ社長が曇った画面を素手で拭きとり見ると……その目を大きく見開いて驚愕していた。
「なっ……スーツ側受信器反応ロストォ!? 馬鹿な、通信不調か!?」
ヨシヲ社長はタブレットを叩きながら、焦った口調で音声を送り続けたけれど、届く事は無かった。
「アリカ、おい!! アリカ!! クソッ!! なんでだ……なんで…‥受信器があるのは摺動の少ない腰背部だぞ、壊れる筈が……!?」
その時、ヨシヲ社長は声を詰まらせて思い返した……思い当たる節が一つ……。
「(おういえ~)」
「あの時か……あの時腰をやったのか!! クソッ、設計ミスだ!! 女性の体の構造を理解してなかったんだ!!」
元々試作ダイバースーツは男性体をベースとしていた為、女性……しかも成人前の柔らかい体付きの構造には適応出来ていなかったんだ。
体に合わせたサイズ調整こそ出来るものの、体の動かし方とかで関節の動きに影響が出て……この時きっと、予想していなかった力が掛かって受信器へ必要以上に負荷を掛けてしまったのが原因だったのだろうって。
「まずい……このままではアリカは……アリカはぁ……ッ!!」
「もしもーし、社長聞こえますかー、もしもーし?」
徐々にその体が地球へと接近する最中、何度か通信を送る……けれど返事は返ってこない。
おかしいなと思いつつも、繰り返し、繰り返し……。
「ヨシヲ社長、もしかして怖がらせようとしてるぅ~? ププッ、怖くないですよォ~!!」
そうやって調子に乗って煽ってみるけど……返事は一向に返ってくる事は無かった。
次第に、不安がよぎり始めた。
なんで社長は返事してくれないのか。
もうすぐ本番なのに何故一言も掛けてくれないのか。
そう考えたら、次第に呼吸が荒くなっていた。
「ハァッ……ハァッ……社長……ヨシヲ社長……!! 社長ーーーー!!」
思いっきり、マイクが響く位に大きな声を上げたけど……返事は返ってこなかったんだ……。
―――
「アリカ……!?」
心配な面持ちでモニターをサリリィは見つめていました。
だってそうですもの、急に一人だけで語り始めて、突然叫び始めて……。
そんな姿を見た大勢のギャラリー達も声を殺し静かに見守っていました。
次第に、観衆達の方から声が漏れてきました。
「あれ、マズいんじゃないか?」
「トラブルか?」
そんな声がしきりに聞こえる中、サリリィは静かに唾を飲み込みアリカの行く末を見つめていました。
「マズいんじゃないですかこれ!?」
「そうね……一体何が起きてるの……?」
「社長側で何かが起きたのかもしれませんね……」
「もしくは……スーツ側に。」
情報統制区では、流され続ける映像を前にただ茫然とするしかなかったのです。
いえ、あえてしなかったのかも……少なくとも、頭取さんは映像を強制で止める権利はあったのにしなかった……決断出来なかったと話を聞いた事が有ります。
―――
「アリカァー!! 聞こえてくれ頼む……!!」
向こうからの叫び声が一方的に音声として流れてくる中……ヨシヲ社長は一人マイクに叫び声を上げ続けていた。
聞こえる筈も無いその声を必死に届けようとして。
「ハァッ……ハァァァ……ウゥ、クソォォ……!!」
タブレットを握る手が力を増してやり場の無い怒りと悔いの念を体現させ……そのまま叩きつけてやろうかと片腕を一杯に持ち上げた。
……けれど、床に打ち付けようと思うが体が動かず……その腕は高く聳えたまま動きを止めた。
その途端、金属の叩く音がけたたましく鳴り響き、大声が響き渡った。
「公安局だ!! ヨシヲ=オウギ、お前を拘束する!!」
「なっ!? 公安局!? は、早すぎる!?」
3人程の公安局員が突然ヨシヲ社長の前に現れ……動きを止めた彼の隙を縫って体を張って壁へと叩きつけた。
「がはっ!?」
「ヨシヲ=オウギ、お前には黙秘権がある。 大人しく拘束を受け入れろ!!」
叩きつけられてもなお離す事の無かったタブレットを、3人がかりで抑えつけられた体を震わせながらゆっくりと見つめ、なお状態を確認しようとする。
そんな様子を一人の局員が観察し、声を上げた。
「どういうつもりだ!?」
「どうもこうも無い……ワシがサポートしないと……サポートしないとアリカが、アリカが死んでしまう!! このままではアリカが……大気圏に飲み込まれて消えてしまうんだッ!!」
「な、何ッ!?」
拘束する力が急に弱まり、不意に体が自由になった途端にヨシヲ社長はその拘束を振り払い……再び画面を注視した。
公安局員達は彼のそんな態度を見てただ静かに見守っていた。
「頼む、お願いだ、神でも悪魔でもなんでもいい、頼む頼む頼む!! 通信をさせてくれぇ!!」
そんな様子を見ながら、先程の局員の一人が通信機に声を充てていた。
「こちらアルファワン、緊急要請、コロニーから落ちた人の救助は可能か?」
「アルファワン状況を確認されたし、落ちた人物の降下時刻を述べよ」
「おおよそ30分前後、繰り返す、可能か?」
「不可能」
「チィ!!」
そんなやり取りを聞いてる筈も無く、ヨシヲ社長は耳から聞こえてくるアリカの悲鳴を耳にしながら無力な自分を呪っていた。
「ギャワーーーーーーー!!!!!――――」
無音の宇宙空間に一人の人影が凄い勢いで流れていき、既にその体は重力に引かれ、もう間もなく大気圏へと突入しようとしていた。