6.ダイビングスタート!
所変わって繁華区……多くの人々が賑わいを見せる中、一人の少女の姿があった。
サッチャンだ。
シックな雰囲気のコーヒーショップでコロニー産のコーヒーを嗜むのは彼女の趣味。
大人っぽい所は前からあったけれど、この趣味だけは本当に大人だと思う。
店内中央にある、退屈な番組を映すモニターを見ながら静かに過ごす……それは彼女が今与えられた権利であり、彼女にとっての至福であり安らぎな時間。
止めて、その話はどうでもいい。
ごめん。
……プライベートな時間を過ごしていたその時、急にモニター大画面が映す映像が崩れ始め……突然見慣れない風景を映し出しました。
それは外にあった大画面も同様で、全ての画面が同様の風景を映し出していたのです。
「この画像をご覧の皆さん、慌てている方もいらっしゃるかも知れませんがどうか落ち着いてください……これは一種のサプライズです」
周囲がざわつく中、画面に映った男は一方的な話を続けました。
「私はオウギ・レクリエーション・ラボラトリ社長、ヨシヲと申します……こ度、我々ORLは皆様に楽しんで頂く為に、皆様に対し一つの企画のゲリラ型デモンストレーションを行わさせて戴きます!!」
その言葉を聞いた途端、周囲の人々が沸き上がり……ヨシヲという男が何をしようとしているのかを待ちわびる姿がちらほらと現れ始めていました。
「我々がこれからお送りいたしますのは……体験型レクリエーション『アースダイブ』……なんとスーツ一つで大気圏へ突入し、その一連の変わりゆく風景を直に楽しむ事が出来るというものです」
「くだらない……大気圏突入なんてただの抵抗力でしかないじゃない……」
サリリィはそうして口に再びコーヒーを含み……画面をチラリと覗き込む。
「では紹介しましょう、本日皆様の前でアースダイブを行う体験者、アリカさんです!!」
「どうもこんにちは~アリカでーす!!」
ブフォッ!!
不意に噴き出してしまったコーヒーが盛大に対面の席へとぶちまけられるも……彼女の目が画面へと釘付けに成ってしまいました。
「アリカ……アンタ何やってんの!?」
最近とんと聞かなくなったアリカの事……てっきり強制就労所で今もせわしなく働いている……そう思っていた彼女がゲリラデモで主役を張る……一体何が起きたのかと目を疑うのも無理はありません。
友人、家族、あらゆる彼女を知る人々がモニターに釘付け……そして、「あの場所」も……。
―――
「通信先、いまだ不明!!」
「妨害地点は?」
「特定急げ、早く!!」
情報統制区……そこの娯楽通信監理制御を行う場所で、一人の女性の指示の下……多くの人間が右往左往し走り回る。
その女性……頭取さんは真顔ながらも……その心奥底ではその状況をほくそ笑んでいたみたい。
「ど、どうしますかこれ……?」
「どうもこうも……防ぎようが無いんじゃ流すしかないわよ」
「でもこれ、マズいですよね……」
「そう? 面白そうだけど……今時、全く刺激の無いモノばかりで飽き飽きしてきたと思わない?」
刺激を求める様に……彼女はその行く末を静かに見届けていた。
「それでは、これより彼女の視点からのアースダイブ……是非ともお楽しみください」
途端、ヨシヲを映す画面が途切れ……そしてアリカの着るスーツ頭部に備わっているカメラの映像が映し出された。
アリカが宇宙側へと振り向くと、ゆっくり背後にある隔壁が閉じ……徐々に空気が抜けていった。
完全に空気がその閉鎖空間から失われると……「エアロック解除OK」という文字が埃まみれの電子モニターに表示された。
「それじゃあ……いきまーす!!」
3……
2……
1……
バッ!!
オォォ!!
何の抵抗も無く、アリカは宇宙空間へと飛び出した。
無重力教育は学校でやってたからね、慣れたもんだったよ。
でも、『それ』だけは違った。
そこに見える景色……それは青と白と緑が織り成す地球の姿。
彼等にとっては見慣れた景色であろうその風景も……アースダイブの一つの演出として見れば一つのスパイスとしては十分な程に刺激的だ。
「アリカ、聞こえるか?」
「聞こえますよー」
「怖くはないか?」
「うん、大丈夫ですー」
そんな簡単なやりとりだけど、こういうのはすごく大事だなってその時から思ってた。
実感は無いけど感覚で、地球がどんどん近づいてるって判る、それは凄い怖い事だなって思った……けど声が聞こえてくると、それが不安を取り除いてくれる……見守ってくれてるって分かるから。
多分それは画像を見てた人達も同じ想いだったんじゃないかなぁって。
だから画像から聞こえてくる私達の声で安心して欲しい、これは安全な物なんだって知って欲しい……そう訴えたかったんだ。
「どうだ、もう今戻ろうったって戻れる距離じゃないぞ」
「怖がらせないで下さいよォー!」
「はは、スマンスマン……」
そっと重力に引かれていく体をくるりと回しコロニーを見ると……その姿こそまだ大きいものの、それでももう離れているって実感が分かるくらいに小さくなっていく。
「あぁ、もう んな所に……凄い、背中引っ張 れてるみたい」
実況の声が微かに掠れて言葉が不意に途切れ、その事が逆に観衆に不安を催す。
「それじゃ、通信をクロコーズ波通信に切り替える。」
「はーい」
クロコーズ波とは近年発見された波長で、重力や磁場に制限されない特性を持っている。
普通の通信と比べてまだ電力の消耗は大きいものの、これを使った通信であれば途切れる事は無い。
「テステス、聞こえてますかー? オペラ張りの私の美声聞こえますかー?」
「すまない、そんな声は聞こえなーい」
時々流れるこんなやりとりが観衆の笑いを誘う。
勿論これはらは全てアドリブ。
役者じゃないけど……この時気分が凄く高揚して……色々と面白い事が頭に浮かんできてしょうがなかったんだよね。
再び地球の方を向きなおすと……さっきまでの地球が錯覚するくらいに大きくなっていた気がした。
そして、それと同時に……私の体が更に速度を増しているんじゃないか、そうすら思えた。
いや、実際加速しているのだろう……そうでなければ今まで学んできた事が嘘という事に成る。
「さて、そろそろ入射角の調整に入るぞ……」
入射角、それは地球に突入する為の角度。
これが地球の中心に対して真っ直ぐであればある程、空気抵抗が増える。
逆に角度が大きく逸れていると……大気圏に押し出され、着地地点が大きく外れる事になる。
昔の宇宙船等は重力制御が出来なかったので角度を付け、パイロットを守る為に工夫していたみたい。
けれど、技術が発達した今では……そんな事など必要は無い。
今はただ、人々に見て貰う為に……私達は敢えて最も危ないコースを選んだ。
「角度調整完了、もうすぐ重力圏に引かれ始める頃だ…心の用意をしておけよ」
「はーい」
安心感があるからこそ、こんなやりとりが出来る。
支えてくれているから、私はこうやって落ち着ける。
……その時は、そう思っていた。