5.アリカ、先駆けになる
アースダイブ決行日当日……アリカとヨシヲ社長はそれぞれの一般区の合間にある外殻区を抜け、地球が見える低層・観覧区画へとやってきていた。
ダイバースーツを運ぶ事も兼ねた運搬車両が一台……その中に居るのはもちろんヨシヲ社長とアリカ。
彼が運転するその隣でアリカはぶつくさと独り言を呟きながら不安を誤魔化してた。
「私は普通の女の子……普通の……」
「はぁ……」
念仏の様にも聞こえるその言葉を何度も何度も繰り返し……ヨシヲ社長は呆れる様な声を漏らしてた。
彼にも不安が無い訳では無かった。
何せ初めてのダイブだし、実は今回の行動……非許可行為だったのだから。
当然だよね、普通の人から見たら自殺行為なんだから。
これはデモンストレーション放送が認められない時から予期していた事なんだそう。
もし認められるなら、公安局に連絡して許可を貰い、堂々と行う予定だった。
でも、結局放送は見込み無し、こうなれば公安が許可してくれる訳もない……だからこの時からこの行動は秘密裏に行う事になっていた。
今思えば、社員募集要項に「ダイバー募集」と堂々と書かなかったのは、こういう事に対する布石だったんじゃないかって。
「はぁ……これに成功しても犯罪者、失敗してもあの世行きかぁ……世知辛いよぉ」
「ま、成功したらしたで……アリカは地上で住むっていう選択肢がある。 そんときゃワシの事なんざ忘れて地上で幸せに暮らせばええ。 失敗だけは絶対に起こさん様にするわい」
正直、ここに至るまでに逃げ出す機会なんて何度でもあった。
でもね、もう意地になってたんだろうね……この時もうアリカは逃げ出そうとは思ってなかったんだ。
不安はあったけど、成功させないと勿体ないなって……そう思ってたんだ。
「仕方ないなぁ……その時はちゃんとお給料振り込んでおいてよぉ?」
「振り込んでも使えんわい、それにそもそもが決済端末自体が向こうに無いわ」
「んー……じゃあやっぱ戻って来るよ、家族も居るしさ」
「そうか……」
何気ない一言だったけど、それを聞いた時何か嬉しい気持ちに成ったってヨシヲ社長は教えてくれた。
人気の無い所に着くと……徐にヨシヲ社長は車を停めて荷台からダイバースーツを降ろすと、その場所の壁にある「関係者以外立ち入り禁止」と書かれた扉のロックを開け……そこへと台車を押して入っていくと、アリカもそれに続いた。
人一人が通るくらいで丁度いい細さの暗い通路を長々と走り、通路に金属の叩く音がけたたましく鳴り響いていた。
どうやらそこは普段使われていない通路らしく全く人が通る気配が無い。
ロックもどうやって開けたのか判らないけど、それら全てが予定内だったらしい。
「もうすぐ着くぞ」
どこに着くというのか、実はこの時私も知らされてはいなかった。
だけど、着いた時……「あ、なるほどぉ」と呟いていた事は我ながらに素早い反応だったと思う。
そこに映るのは、旧時代に設置されたコロニー外壁修復作業用のハッチ。
その先に在るのは当然……宇宙、そして地球。
「先ずはここにアースダイブナビゲーションシステムの入った端末を繋ぐ。 そのままコロニーの通信端末を利用してスーツとの機能共有を行いアリカをサポートする予定だ。」
早速作業を始め、持ってきていた大荷物からタブレットを取り出すと……付近にある端末のコネクタへケーブルを繋ぎこんだ。
「うわぁ、紐だぁ、懐かしいそれ!!」
「配線だっ。 今時の子は有線も知らんのか」
宇宙時代に有線……不思議と思うかもしれないけど、端末レベルだと下手な整合性のない無線よりは確実なんだって。
今の時代は規格が安定してるからそうでもないんだけどね。
「よし、アリカ……早速だがダイバースーツを着てくれ、最終調整を行う」
「はいはーい」
そう言われアリカがダイバースーツの裏に立つと……コロニー通信施設を経由して命令が出され、スーツの背面が開いた。
途端「シュォォ」という音と共に継ぎ目から冷気が吹き出し……低温感と緊張でぶるりと体を震わせる。
「着るよー」
「いいぞ」
声を出し合いお互いが合図し合う。
靴を脱いで一歩を踏み出し……その足をスーツへと埋め、そしてそのまま体全体をその中へと押し込んだ。
それを確認したヨシヲ社長は、画面に映ったスーツ装着状況を映す画像を確認しながら逐一彼女の状態をチェックする。
全てのチェック項目が「Clear」を指すと……画面の下に「Stand by」の文字が浮かび上がっていた。
「オールグリーンだ、閉めるぞ」
「おっけー」
そうやり取りをして「Stand by」の文字が浮かんだ部分を押すと……ダイバースーツの裏が閉じて彼女がスーツの中へと納まり、途端スーツ内に仕込まれているオペレーションシステムが起動して無音ながら彼女の周りにスーツステータス等が表示され始めた。
「おっほほ……練習通り」
「当たり前だ、もう聞こえてるぞ」
システムには無駄な音声ガイドは入れないようにしている。
それは外部からの通信を妨害しかねない為であるのと、無駄な容量を減らす為だ。
そもそも、そんな機能を付けても今の彼女では反応しきれるか怪しいし。
「もうスーツ機構ロックは外してあるから動けるぞ」
そう言われ……ゆっくりと腕を動かすと、意思に合わせるようにスーツが動き、両手、両足が自由に動き始めた。
「おういえ~!!」
「ふざけるのも止めておけ、無駄な電力を食うだけだぞ」
悪ふざけでフラダンスみたいなのを踊って見せたが……怒られてしまった。
このスーツ、当然だけど人の力で動かせる様な重さじゃない。
何せ人型とはいえ金属の塊だから……ただの女の子では歩くどころか1㎜動かす事すらままならない。
各部関節に駆動系を持っており、きちんと体の動きに合わせて動いてくれているの。
先程のチェックはそれをリンクさせる為のモノ。
だからこそ、それを維持する電力は貴重……無くなったら動けなくなっちゃうからね。
「さ、通話チェックも済んだし、機構も安定……各アクチュエータの機能良好……後は……こっち向けアリカ」
「んん?」
突然、通信の声が真剣な声に聞こえ……アリカはヨシヲ社長の方を向いた。
そこに在るのは透明のフェイスガードを通して見える真剣な顔付きの彼。
「これから起きる事は、もしかしたら歴史の中にも残らないちっぽけな事かもしれない。 もしかしたら何も変わる事も無く、我々はその影に消えていくだけかもしれない」
ヨシヲ社長の指がタブレットを「トントン」と叩く。
「成功すればそれでいいだろう。 だが、もしそうだとしても我々が遺した功績はいつか誰かが拾い別の『カタチ』で創り上げていくかもしれない」
すると彼が背にする方向にある隔壁が開き……僅かな空気の流れが生まれた。
「我々がやろうとする事は、成功する為でも、失う為ではない。 この先にある未来の『カタチ』を作る為の一歩を作る為だ」
その時、ヨシヲ社長が軽く頷いた。
「行ってこい、アリカ。 お前がその先駆けになるんだ」
「うん……分かった、行ってくるよ」
その一歩を踏み出し、ハッチの先……真空隔壁の前へと向かう。
ヨシヲ社長の横を通ると……彼が不意に親指を突き上げた握り拳を見せ、アリカも同様にそうして見せた。
隔壁前に辿り着くと……途端、体がふわっと浮く感じが彼女を襲った……無重力空間だ。
気圧制御用の空間であるその場所は重力制御が行われていないようで、その空間で彼女の足が一踏みすると体が持ち上がり宙を浮く。
けれど彼女は慌てる様子も無く……首を曲げ、ヨシヲ社長をチラリと覗くと……彼の操作の元、各部アポジモーターが空気を吹き出し彼女の姿勢を安定させた。
そして再び床に当たる部分へ足が近づくと……マグネット機構が働き床と貼り付いた。
「さて、カメラの準備良し……と。 それじゃ頭取さん……貴方の好意、使わさせて戴きますよ」
そう呟きながら……タブレットに入ったとあるアプリケーションを起動させた……。