新世界の治癒の魔術士(3)
「ただいま!」
「おかえりなさ……っ!? ハーミリア!? 手くらい洗いなさい!」
家に帰るなりすごい勢いで2階へ上がって行こうとしたハーミリアだが、母に怒鳴られ「はーい」と一度手を洗いに戻る。
「どうしたのよ。そんなに慌てて珍しい」
「お母さんあのね、私やりたいこと見つかるかも」
「旅に出るの?」
「……もしかしたら」
「そう」
母はそれだけを呟いて夕食の支度にもどる。大反対されることを想像していたハーミリアは、あまりとあっさりとしたやりとりに驚き、しばらくその場で固まってしまった。
部屋に戻るなりソフィアの残したノートに目を通し始めるハーミリア。
そこには旅の行き先、会ってみたい人などソフィアの冒険の目的ずらりと書き込まれていた。ノートの後半になるとほとんどがハーミリアへのメッセージになっていた。行ってみてほしい街、会ってみてほしい人、そして「やりたいことがないなら、それをさがしに旅に出ちゃおう!」のメッセージ。
「さすがにそんな軽い気持ちで旅には出れないけど……。でもそうだよね。何もないなら作らなきゃ! がソフィアの口癖だったもんね。私、決めたよ」
×××
「って、お母さんどうしたの!?」
やりたいことを探すために、とりあえず両親に報告をしようと1階へと降りる。しかし、そこにはこれからどこかに旅しに行くかのような大荷物の支度をする母の姿があった。
「どうせあなた、旅に出たいとか言い出すんでしょ?」
「え?あ、いやそうだけど……こんな量の荷物いつから……」
「2年前からよ。ソフィアちゃんに言われたのよ。あなたも絶対旅に出たいって言い出すからって」
「ソフィアが……?」
ハーミリアはいろいろ驚かされるが、その中でもダントツでソフィアの準備のよさは想像を遥かに越えていた。
「で、でもよくお母さんそんな事に納得っていうより、真に受けたよね。反対しそうだけど」
「そうね。普通だったらこんな事、本当でも大反対よ。でもね、ソフィアちゃんから魔術士の事も聞いたわ。あなたもそうなんですってね」
「え!? ソフィアの口軽過ぎない!?」
「ソフィアちゃんの方が大人なだけよ! 隠した方が良いっても親にまで隠す必要ないじゃない! 私たちが知らなくてソフィアちゃんもビックリしてたわよ!」
当時、言葉をそこまで深い意味で受け取ろうなんて思っていなかったハーミリアは、危ない目に合わないようにという意味のソフィアの母の言葉をそのまま、「誰にも言うな」という形で受け取っていたのだ。
「でも、さすがに無条件で旅に出させたりしないわよ?」
「あっははは……ですよね。で、その条件っていうのは……」
「あなた1人じゃ心配だもの。1人誰か連れて来なさい。安心出来て一緒に旅に出てくれる人を!」
「え……」
「返事は!」
「はい!」
×××
「お願いします! 私と一緒に旅に!」
「無理だ」
ハーミリアは真っ先にベインの鍛冶屋へと足を運んだ。魔術士の事を知っていて、母の言う安心出来る相手となると鍛冶屋で多少なり戦えるはずだ、と浮かんだベインしか心当たりがなかったのだ。
「そこをなんとかぁ……!」
「無理なもんは無理だ。俺にだって仕事がある。それに俺を付き合わそうとしてまで旅をしたい理由でもあるのか?」
「え、えーと……それは……」
「はぁ。どうせそんな事だと思ったよ」
「私だって……」
「ん?」
「私だって! ソフィアみたいに色んなところ旅したいんです! ソフィアが見た景色を見たいんです! わがままなのはわかってます。けど……」
ベインは壁に掛けてあった剣を手に取る。
「それでいいんじゃねぇの?」
「え?」
「旅に出たい。それがお前のそこまで旅がしたい理由だろ。それなら付き合ってやるよ」
「え、でも仕事があるってさっき……」
「何急にこっちの都合考えてんだよ。それは心配すんな。親父もお前の直した剣を届けるついでに一緒に旅にでも出て世界を知れ、って言われたしな」
「じゃあなんで断ったんですか!」
「目的のない旅に付き合う気はないからだ。ただお前はソフィアの見た景色を見たいって言った。俺にも見せてくれよお前ら魔術士の見る景色ってやつ」
「……はい!」
「とりあえず準備しとけ。明日出発するぞ」
×××
「お母さん!私、ベインさんと旅に出る!」
「ベインね……確かにあの子なら心配ないわね。迷惑かけないのよ?」
「私が迷惑かける前提なの!?」
「当たり前でしょ! ほら! さっさと準備なさい!」
母のキツい言葉に動揺しながらもドタバタ準備を始めるハーミリア。その姿はとても楽しそうで、何より色々な事に期待を膨らませる無邪気な笑顔。
────これから始まるのは彼女、ハーミリアの魔術譚。
これから彼女はたくさんのものと出会い、たくさんの経験をし、たくさんのものを失うかもしれない。
でも、その全てが彼女の魔術譚になり、そして成長へと繋がる。
×××
「じゃあ、行ってきま〜す!」
「気を付けるんだぞー! ベイン! ハーミリアちゃん守ってやれよ!」
「言われなくてもな。じゃなきゃ俺が行く意味がないだろ。」
ハーミリア、ベイン2人並んで歩き出す。まずは1番近い街『ハストリア』を目指して1歩また1歩と進んでいく────
「うわぁ! スライムがぁ! スライムがぁぁ!」
バンッ! バンッバンッ!
「お前なぁ。これくらいどうにか出来るだろ?」
「だって、だってぇ……。私がやると結構時間がかかるんですよ」
「はぁ……。ったく、先が思いやられるぞ」
ハーミリアはまだまだ成長段階。果たして彼女の行く末はどうなるのか。