新世界の治癒の魔術士(1)
世界にはごくわずかだが、『魔術士』が存在する。数が少ないせいでその人数も、各々の居場所も不明。
存在する、と断言出来るのは唯一国に情報を提供している魔術士がいるからなのだが、彼は他の魔術士については一切口外しない。
あくまで情報提供と言っても、魔術によって作り出された優れた道具を譲ってくれるだけだ。
その道具を研究した結果、魔術士に仮称マジルギーというものが存在しているため、それを自在に操る事で色々な魔術を使うもよう。
とある国の端の小さな街、イズンデール。
そこに住む齢14歳の少女、ハーミリア・レレッティ。彼女もまた駆け出しの魔術士。
×××
「ふあぁ〜。おはよう。パパ、ママ。」
階段からあくびをしながら降りてくるウェーブのかかった長い金髪、碧い瞳の少女。
「おはよう。ハーミリア。」
「いつまで寝てるのよ、もう。ほら、ご飯出来てるわよ。」
朝食の後片付けをする母と、コーヒー片手に新聞を読む父。
彼女も席に座り、用意されていた朝食を口に運ぶ。
「ハーミリア、今日も散歩に行くのかい?」
「あ、うん。他にすることもないから。」
「街の外に出てるっていう話を聞くんだけど、本当なの?ハーミリア。」
「少しだけね。何かやりたい事見つかるかもしれないから。」
「あなた、旅に出たいなんて思ってるの?ソフィアちゃんみたいに。」
ソフィアとは以前この街にいたハーミリアの1個上の少女。2年前に「私、やりたい事があるから行ってくるね〜!」と街を出ていった。
「私は……それもいいかな、って思ってるよ。」
「……そう。」
その母親の悲しい顔を見ると、彼女はまた旅に出る事を躊躇してしまう。
×××
ハーミリアは路地裏で倒れている猫へと魔術を使う。得意とするのは治癒の魔術、種類や精度こそまだ低いが、彼女が1番得意とし興味を持つジャンルの魔術だ。
彼女はソフィアの魔術を見る事で、自分も魔術が使える事に気付いた。そして同時に、自分の使える魔術とソフィアの使えるものが違う事も知る。
この街にはハーミリアの父や母も含め、魔術の事を知るのはソフィアとハーミリアのみだった。
ソフィアの母が魔術士だったらしく、ソフィアに自分が魔術士である事は隠して生きるよう教えてきたらしい。
またハーミリアにそれを伝え、2人は街のみんなにも魔術士である事を隠して生きてきた。
「ハーミリア、そんな所で何してんだ?」
「あ、ベインさん。可愛い猫がいたから少し撫でてたんです。」
「おお。本当だな、可愛い猫だ。」
ハーミリアに声をかけた青年の名はベイン。イズンデールで鍛冶屋を営んでいる。
「そういえば。」と、ベインは本を取り出しハーミリアへと渡す。
「ハーミリアがやりたい事を見つけられたらいいんだけどな。それじゃ仕事に戻るから。」
ベインに渡された本をじっと見て立ち止まるが、すぐにバッグへとしまって歩き出すハーミリア。
「私、本はあんまり好きじゃないんだよね。何の本かわからなかったし。」
街の外へ行くまでもたくさんの人に声を掛けられる。街の規模こそ小さいがイズンデールは海岸に最も近い街でもあり、明るい人たちが多い。
特に不幸な人がいるわけでもなく、街の多くの人が幸せそうに毎日を笑顔で過ごしている。
「ソフィア……。」
明るく幸せそうな人たちを見るとソフィアの事をつい思い出してしまう。
こんなに何不自由ない街から出てまで彼女は何を求めているのか。ハーミリアは、それは自分には理解できないものなのかと不安になる。
街の外にいる魔物は大して危険なものはおらず、どんな冒険にもありきたりなスライム状の雑魚モンスターだけが辺りを彷徨いている。
それを倒しては、傷を癒しを繰り返す毎日。
魔術士として何か閃く事に期待だけしているような生活、刺激の足りなさか同じ事を続けるだけだからか。
何も閃かず、そして自分への自信も少しずつ失われていってしまった。
「私は魔術は使えても才能はないのかも……。」
ハーミリアはさっきベインから預かった本をもう一度手に取る。
「これ……本じゃなくて誰かのノート?ベインさん間違えたのかな。」
何の本かわからなかったのは、単純にこれが分厚いノートで題名なども書かれていないからだ。
「とりあえずベインさんの鍛冶屋まで返しに行こっと。」
×××
日が暮れだし、少し静かになり始めた街は少し寂しくも感じる。
「私もそろそろお夕飯だし急がないとね。」
ベインの鍛冶屋は街の端っこにあるため、少し時間がかかる。それでも家に帰るのに1時間くらいだろう。
路地裏に光るものを見つけ歩み寄ると、昼間に治癒した猫が隠れていただけだった。
「あ、昼間の猫ちゃん。もう大丈夫みたいだね。よかったぁ。それじゃあね!」
小走りでベインの鍛冶屋へと再び向かう。
鍛冶屋に着くなり扉ノックして大声でベインに呼びかける。
「ベインさーん!すいませーん!」
「あ?あぁ。どうしたこんな時間に。」
「あのこれ、多分間違えて私に渡してませんか?誰かのノートなんですけど。」
「……?いいや、間違ってないな。これは確かに持ち主からお前に渡せって言われたものだ。」
「持ち主……?」
「悪いが今立て込んでるんだ。また今度な。」
ベインは折れた剣とその折れはしを持っているのでハーミリアは、これを直さないとなんだなと察した。
そこでハーミリアはある事を閃き、ガッチリとドアを掴み閉めるのを阻止する。
「おい、まだ何か?」
「あの!その剣、私に直させてもらえませんか!?」
これが齢14歳のハーミリア・レレッティが体験する冒険のきっかけ……いいや、始まりなのだろう。