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第8話 報い~Girl kills the skeleton~

お久しぶりです。ようやく書き終わりました。この回すっごく苦戦したのでツッコミどころ多いかも……

11月 3日


23時00分


某県某市 某高級マンション 最上階 


「いや~、まやっさん。今回の件はホントにお世話になりましたわ~。ええ~」


 全体的に緑色の壁紙を用い、部屋の高さを生かすことで森林をモチーフにしたとされている開放感あふれるこの部屋では、家主であるふくよかな中年男性が文字通り、景気の良い笑い声をあげて「まやっさん」と呼ばれる男からの電話の応対をしていた。


 彼の名は名倉(なくら) 歳三(さいぞう)。とある雑誌社の編集長である。


 彼の社が売っている雑誌は世の中の出来事や人物に対して鮮烈な批判を綴ることで有名であり、中には、個人の名誉を著しく傷つけたり、人格を否定するような発言をすることも多い。情報の真偽が判別しにくく、とにかく「面白おかしく相手を馬鹿にして金を儲け、ついでに読者を楽しませようぜ」という趣旨で作られる雑誌であり、その痛快な言葉回しと風刺のきいた下品な挿絵などから、一部の愛読者と多くのアンチを生み出し、一躍人気を得る。また、訴訟等を巧妙に防ぐ対策も施されている為、今まで幾度となく法廷に立たされてきたが、ただの一度の敗北もなく、相手に対して一切の謝罪や賠償をすることもない。彼らに泣かされる芸能人、経営者は数知れず、記事を書いている彼らも、「自分たちが行っていることは読者を楽しませて自分たちも金をもうけられてwinwinな関係であり、自分たちは経営者として正しく、有能である」と信じて疑わないため、今この時も、まるで吸血鬼のように金を吸い取り続けているのである。


 その雑誌は『ジャパンHONNE(ほんね)ハンター』という名前であり、HONNEをローマ字にした時に”骨”と読むことや、何度訴訟されようが一向に効かない様、また、そのスカスカな内容の記事を皮肉り、”スケルトン”と呼ばれている。


 


 今現在、彼が上機嫌な様子なのは、彼の雑誌がかなりの売り上げをたたき出している最中だからなのだ。最近もっともホットな話題に関するネタであり、他の社の記事では決して取り上げてられていない内容であった為、話題が話題を呼び、世間に広まっていったのだ。


 その話題というのも、


「いや~立花 憂の同級生の謹慎なんて情報よく掴めましたね~。おかげで売れるわ売れるわ。いや〜芸真のところには出し抜かれはしましたが、なぁに、あそこも大分叩かれたみたいで今では風前の灯火ってやつですよ。あんな元からつぶれかけてた三流会社と一緒にされては困りますよ~」


 彼らが書いた記事、それは今現在再構築で注目を浴びている少女、立花 憂についての記事である。


 ソファに腰かけた名倉の目の前のテーブルに無造作に置かれた雑誌にはこう書いてあった。


『やらせ?印象操作?一般生徒までもを傀儡にする古狸(ふるだぬき)!!? 漆黒の嘘と虚飾で塗り固められた王国で守られている純白の姫君の正体や如何に!?


 二日前、蓼園市の私立蓼園学園にて、二名の女子生徒が自宅謹慎の処罰を受けることになった。

 当学園は、現在『再構築』問題で注目を集めている立花 憂さん(以下立花さんと表記)が在籍している学校であり、彼女の現状の立場の複雑さを鑑みて、急遽特別措置がなされている。

 本来この学校における学級間の移動は自由であり、申請後、一ヶ月間の待機期間を経て、学ぶ教室を変える事が出来る。これが蓼園学園を有名にした転室システムだ。

 現在この制度は特別に変更がなされている。現行、待機期間を要していないのである。つまり、自由に教室を移動、転室する事が可能になっている。ところが、立花さんが所属しているC棟のみ『転出は自由だが、編入は学校側が審査をし、許可が下りた場合のみ可能』といった方式がとられており、立花さんが在籍している高等部1年5組への転入手続きの場合はさらに厳密なる審査を行った上で為されている。これは、立花さんの存在によって起こる様々な問題を防ぐために作られた処置である。

 また、この学校ではいじめや暴力などの問題を起こした生徒には厳格なる処罰を下す規則となっており、先程の女子生徒二名が処罰された理由は、『立花 憂に対するいやがらせ、いじめ』を自己申告したものによるものだということが当社の調査によって判明した。

 二人は以前から特別処置を受けている立花さんに対して反感を持っており、直接的な嫌がらせを行っていたと語り、一定期間の自宅謹慎処分を言い渡された。

 しかし、我々が関係者に事情を尋ねたところ、この件に関して少々疑問に思えるような点が浮き彫りになってきた。

 一つ目の問題は「いやがらせ、いじめ」という点についてである。

聞くところによると、件の女子生徒達が起こした問題は、立花さんの履物に針を入れた、という。だが、実はこの件は今年の6月中に起きたことであり、現在担当教諭や学園長との話し合いの末、双方の和解が済んでおり、その後特に諍いが起こったことでもないとのことのようだ。

 つまり、彼女たちはもうすでに解決した問題によって処罰された、ということになる。しかも、自らの意志によってである。これはおかしくないだろうか?

 二つ目は、この件における処罰の適当さである。

 先程も述べたように、この女子生徒二人は「自己申告」、かつ「相互和解済み」にもかかわらず謹慎処分となっている。もちろん、「履物に針を入れる」というのが大変危険な行為であるのは間違いないのだが、彼女たちがこれ以外に立花さんに直接的ないやがらせをしたことはなく、これほどまでに事を荒立てる必要はないはずである。しかし学校側は当時学院長も仲介した出来事を再び問題にし、彼女たちを謹慎処分にしている。いかに当校の規則ががいじめや嫌がらせを厳しく罰するものであるとはいえ、この裁定はいささか杜撰(ずさん)といえるのではないだろうか?

 

 いったいこれはどういうことだろうか?

 我々がこの謎を解き明かそうとさまざまな調査をした結果、この件の裏にいる人物と衝撃の事実が判明した。

 数日前、突如として誰もが知っている経済界のVIPである蓼園グループ、その会長職に復帰した男、そして蓼園学園の創立者の一人であり学園に絶大なる影響力を持つ人物。

 総帥、蓼園 肇氏(以下蓼園氏と記載)である……』



 後の記事の内容は大体誰もが想像する通りだ。


「総帥が、彼女たちを駒として自らの罪を蒸し返させることで立花 憂の印象操作を図ろうとした」


 文中に蓼園 肇や立花 憂に対する隠しきれない侮蔑的、差別的な表現があるが、要約すれば大体はそのような内容が書いてある。ご丁寧に、胡散臭いところは全て「思われる」「疑惑である」と曖昧にし、ところどころ論点をずらすことで、「最低限の訴訟対策は施したが、後は言いたい放題」な記事に仕立て上げて、だ。記事の隅には悪意を持って醜く書かれている太った男を後ろに控えさせながら数人の男女に頭をひれ伏させ、豪奢なドレスを身に纏い何とも意地悪かつ品のなさそうな笑みを浮かべた明るい髪の少女の絵なども描かれている。そして、それらが現に大きな効果を得ているのがなんとも始末に負えない。


 実の所、再構築云々以前に立花 憂に嫌悪的な感情を持つものは少なくない。例を挙げるとするならば、この記事で取り上げられたように「ちょっと周りと違う体質という理由でお姫様気取り」、「人類の頂点に立っていると思い込んでいる障碍者」と言ったあまりにも真実とかけ離れた妄想(うそ)、「女もどき」、「たいそうな言葉を並べてるがただのカマ野郎」と言った本人の事情を無視してその容姿をあげつらって蔑む言葉等、匿名性を盾にしたネットのサイトに書き込む者たちだ。


 そして、彼ら『スケルトン』はそういった声を決して逃さない。彼らには真実は必要なく、人情というものもなく、ただ「そういうことを思っている奴ら(バカ)がいる」という事実とそれを金に換えられるだけのそれらしい情報さえあればいいのだから。


 名倉が電話の相手をしている相手、「まやっさん」は名倉と十数年にわたって持ちつもたれつな関係を続けてきた相手であり、彼がどこからか手に入れてきた情報をもとに名倉が記事を書く(尤、実際には彼の部下が書かされるのだが)ことで「ジャパンHONNEハンター」をここまで発展させてきたのだ。


 


 まやっさん曰く、今回の件は「かつて立花 憂がその事件に巻き込まれたときにC棟にいた同学年の生徒」から聞いた話だそうだ。いったいどういったコネを使って手に入れたのかは不明だが。


 彼らは知っているのだ、「こういったうわさはあくまで噂だから、大方の人間は事実無根なことにすぐ気が付いて忘れていく。いつまでも気が付かないのは情報に振り回され、自分で考えることをしない(バカ)共だ」ということを。


 何にせよ、ただ一つ言えることは彼らが大金を得たということだけである。


 実際、この状況において彼らは半ば無敵だといえるだろう。

 彼らはあくまで「疑惑」を述べただけなので、たとえ真実が間違っていようと、彼らは「ただ知らなかった」で通すことが出来る。また、この状況で下手に躍起になってこの記事に干渉するようなことがあれば、半ばその記事を「認める」ことになってしまう。記事にされた側にとっては、むしろそのような事態の方が恐るべき事態なのである。なんせ、全くの事実無根が事実と周囲に認識されてしまうということなのだから。


 よって、たとえどれだけ煩わしかろうと、これらの火の粉は振り払ってはいけない。ただじっと時が去って人々が忘れるのを待つしかないのだ。


 ゆえに、名倉は弾圧や意趣返しを恐れない。そういった絶対の自信があった。

 

「いや~ほんと、懐が温かくなりすぎて、いっそこのまま冬を越すことが出来そうですよ~ええ」


 だからこそ、





カチャリ


「ああそうかい、でも安心しなよ、すぐに冷ましてあげるから」


 パシュン


「……ふにぇ?」


 このマンションのセキュリティによって自分の許可がなくては入ってくることが出来ないにも関わらず、後ろから聞こえてくる声と小さな音、そして自分の胸部よりも若干下の所に感じる違和感(・・・)がすぐには呑み込めなかった。


 恐る恐る名倉が自分の体を確認してみると……




 彼のお気に入りのネズミ色のVネックのセーターの胸元から黒い染みがどんどんと広がっていった。


「がぁ……!?」


 かまるで糸が切れたかのように体がどさりと崩れる。思わず悲鳴を上げようとするがそれは能わず、ヒュウヒュウといった音しか発することが出来ない。


地面にひれ伏す形で倒れる名倉は視線の隅で自分が先ほどまでまやっさんと通話をしていた携帯電話が何者かの手で電源を切られたのを捉えた。


「おっとすまない、少し熱かったかな? でも大丈夫、次第に冷たくなっていくから」


 どくどくと心臓の音に合わせて流れ出ていく血、グニャグニャと歪んだり戻ったりする視覚、キーンという嫌な耳鳴りで徐々に遠のいていく聴覚。


 死ぬ。 名倉は直感でそう悟った。これはもう助からない。


 それでも名倉は最後の力を振り絞って、自分の命を刈り取る者の姿を見ようと頭を上げる。

 


 それは、その者の正体は……

 


「いや、キミがどれだけ不用心なのか、それとも防犯対策に自信を持っていたのかボクは知らないし興味もないけれど、大分隙だらけだったね。簡単に入れたよ」


 

 少女だった。

 

 薄れゆく名倉の意識が懸命に捉えようとする加害者の特徴。年は十六、七くらいだろうか、跳ねっ毛一本無いさらさらした黒髪ショートに朱色の瞳、すらりとした鼻筋に小さな桃色の唇が何とも愛らしい、その彼女を包む前のボタンを外して着こなした感じの紺のブレザー、そこから覗くベージュのベスト、白のブラウス、年頃の女子らしく規定よりもさらに短くしたスカート、足を覆うニーハイソックス。まさしく「そこら辺にいる女子高生」そのものだった。


 そんな日常感あふれる彼女の小さな手には……こちらに向けられた黒く光る銃が握られていた。


 名倉は、銃よりもどちらかというと少女の方に、本能的な嫌悪感、恐怖感を覚えた。


 一見平和そうに見えるが……何か恐ろしいものを内側に飼っているような……日常的なとても大切なものを落っことしてしまったような……


 何より……


「ちょっと……あんまりじろじろ見ないでくれるかい?確かにその位置からだと中が見えちゃうけれど……ボクちょぴり恥ずかしいな……」


 先程から流れるように馬鹿げた冗談を口にするくせに、無表情のまま顔色一つ、目の色一つ変えやしない得体の知れなさがあまりにも不気味なのだ。


「いや、申し訳ない。別段ボクは君に恨みがあるわけでも君を殺して特に利益を得ることもないんだけれど……」


 そこで少女は可愛らしくすぅ、と一拍置いてから、


「キミを殺して来いってある人に頼まれたんんだ、それはとっても偉い人で、決して逆らえやしないんだ。だからどうか悪く思わないでくれ」


「———!?」


 待ってくれ、名倉がそう言おうとしたときにはもうすでに遅かった。


 静かに放たれた三発の弾丸。


 それは誰なんだろう、どうしてこうなったんだろう、まやっさんがしくじったのだろうか、溜まりに溜まったネタはどうしよう、田舎の親父とお袋さんは元気だろうか。


 そういった事を考える暇も与えてもらえぬまま、様々な人間を商売の糧に破滅させてきた名倉 歳三は今まで彼らが他の者にそうさせてきたように、何の納得も満足もできないまま、この世を去った————。



 静かになった部屋の中、少女はおよそ五秒ほどその場所に銃を構えたまま無表情に目の前の動かない肉の塊を見つめ、突っ立っていた。


 しかし——



「かはッ!!?」


 突如、少女は口から血を吐いてうずくまる。ゲホゲホと咽る、嗚咽は悠々と一分間は続き、やがて止む。そしてふらふらと立ち上がり、玄関へと足を運んで行った。


「待ってろよ……ミカゲ」

  

 小さくつぶやいたその言葉は、誰にも聞かれることなく掻き消えた。


 部屋はまた再び静かになった。


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