第10話 死兎 ~Who are you?~
お久しぶりです。また投稿が開いてしまいました。深くお詫び申し上げます。今回の話は第7話と第9話で時系列が重なったあとの話です。分かりづらい描写で申し訳ございません。
「は? もとはといえばそこのお嬢様が煽ってきたせいでしょ。おかげで抜きたくもない刀を抜かされてんだけどこっちは」
「それでも、だ。俺はお前がこれ以上傷つくのを見たくはない」
水も凍るような冷たい目で睨みながら噛み付く少女。
そしてそれを全く意に介さないどころか逆にわがままな子供に言い聞かせるような口調で少し困ったように答える少年。
そのやり取りはまるで幼なじみの痴話げんかといったところであった。
とても命のやり取りをしている最中のボディガード同士とは思えない。
「なにそれ。意味わかんないんだけど。ていうか何、あんたは私の何なの? 親?」
「お前がそう思うなら、それでいい」
「うわ、きっしょ。同年代の女子を娘扱いとかマジで気持ち悪い。つーか、この手どけて。邪魔」
「それはだめだ。頼む、後で俺をいくらでも切ってくれても構わない、これ以上人を切るのだけはやめてくれ」
ユリは、魁人と呼んだ少年のにべもない言葉に忌々しげに舌打ちをする。
こんな言い合いをしながらも、双方力は全く緩めておらず、刀の鍔や根元がカチカチと震えている。だが、掴まれている刃先はまるで強力な接着剤で固定されているかのように動く気配を見せない。
魁人とユリがにらみ合いを効かせている最中、その傍らにいる紅葉院 有栖は自身の首元に刀が突き付けられているにも関わらず、優雅で余裕を持った笑みを浮かべテーブルの向かいの男と対峙していた。
その男、蓼園 肇は誰もが一目見ただけでわかるくらい静かに、しかし激しく怒りをあらわにして有栖を睨んでいた。
気の弱い者なら即座に胃のあたりを抑えて退散しそうな重苦しい雰囲気。それにユリと魁斗の間の空気も混ざり、屋上庭園自体が異様な雰囲気に包まれる。
「ふふふ」
その沈黙を先に打ち破ったのは、紅葉院 有栖の奥ゆかしい笑い声だった。
「ご無礼をお許しくださいませ、蓼園様」
紅葉院 有栖はその小鳥がさえずるようなあどけない声を響かせる。
それに対する蓼園 肇はその老いた口元をきつく閉じ、触れただけで切り傷が出来てしまうほど鋭く視線を研ぎ澄ます。
「少し口が過ぎてしまいましたわ。私はあくまで仮定の話をしたつもりだったのですが、まさか貴方様がこれほどお怒りになられるとは思いませんでしたの」
「君の」
重く、低く、底冷えするような声色が張り詰めた空気をさらに極低温へと変えてゆく。
「君の魂胆は大方察しがつく」
蓼園 肇だ。
「君が儂を挑発したのは、儂の『敵に対する出方』を探ろうとする為、そして友里とユリの実力を見極める為だ。君があの子に手を出そうというのならば、わざわざ口に出しては言うまい」
紅葉院 有栖は老人の推測を静かに受け止める。
「儂は君が生まれた時から君のことをよく知っている。君が今この状況下で儂の敵に回るような愚行を犯すような子ではないこともな」
だが、と彼は言う。
「たとえ何者であろうと、儂の目の前であの子を愚弄することは許さん」
そう告げた彼があらわにした感情。それは明確な不快感だった。
紅葉院グループは日本を代表する電機メーカーの一つである。IT、エネルギー、モビリティ等様々な製品やサービスを手掛けてきた彼らではあるが、その成功は蓼園グループの協力によるところが大きい。
両社の関係は有栖の祖父である紅葉院 善次郎の代から続いており、蓼園 肇とは20代からの付き合いであった。
だがこの場における彼の眼差しは本心からの怒りで満ちていた。それこそ長年続いてきた両社の縁を断ち切り袂を別ちかねないほどである。
仮にそうなった場合双方の、特に紅葉院グループの打撃は計り知れないものになる。
紅葉院グループの協力を得られなくなった蓼園グループは、共同で進めている航空機の開発プロジェクトが凍結してしまうだろうし、蓼園グループの後ろ盾を失った紅葉院グループは、現在行っている事業の約10%が頓挫してしまう。会社が傾くのは想像に難くないだろう。
それでも彼は、必要次第ではその犠牲も厭わない覚悟であった。彼の計画には、立花 憂を利用することしか考えないものはいらない、危害を加えるものなど以ての外である。それほどまでに、彼の中では件の少年のことが最優先事項として位置づけられているのだ。
つまりこの状況、蓼園 肇の口先一つで、有栖にとっては己の命運だけでなく、社と彼女の下で働く30万人もの部下たちの行く末までもがかかっている非常に危機的な状態なのである。
「これは警告だ。二度目はないと思え」
「深厚なるご恩情、恐縮の至りです」
その威厳と威圧を含んだ眼差しに晒された彼女は目を閉じ、ゆっくりと俯き一言だけそう答えた。
総帥は一呼吸間をおいた後、
「ユリ、もう良い」
少年と相対している少女、ユリに向けて静かにそう告げる。
「チッ……だったら最初から呼ぶなっつうの」
毒を吐きつつも、ユリは刀を握っている手から力を抜き、刀身をつかんでいる魁人の手ごと切る勢いで刀を引き抜き、静かに刃を鞘に納める。
「魁人、あなたももういいわ」
それと同時に、有栖も魁人を下がらせる。少年は黙々と主の命に従う。
ユリは総帥や有栖が座っている所ではなく、花壇の脇にある小さな椅子にドカッと乱暴に腰を下ろし、腕を組んでふんぞり返り、ミニスカートであることなどおかまいなしに大きく足を組む。乙女の恥じらいの欠片もないの仕草は、少女の愛らしい見た目と対比して意外と様になっている。
「はぁぁぁ……」
今までのとは違う、本当に疲れたようなため息をついて目を閉じるユリ。数秒後ゆっくりと目を開いた彼女はすっと自分の身体を見下ろし、
「ふ、ふわぁあ! ちょっとユリ! ミニスカートで足を組んで座らないで下さい!」
気の抜けたような叫び声を上げ、顔を真っ赤にしながらものすごいスピードで組んでいた脚を戻して縮こまってしまった。その顔からは先程までのとげとげしい雰囲気がすっかり鳴りを潜め、年相応の子供のような幼さが見受けられた。
『何それ、乙女アピール? 可愛くないし、ただただ気持ち悪いだけだからやめたほうがいいよ』
「違います!! もう! ユリも女の子なんですから気をつけてください!!」
『あー、はいはいわかったわかった気を付けます気を付けます』
わー、きゃーと騒ぎ立てる少女とそれを平坦にあしらうユリ。
「貴方が友里さんですね」
自らを呼ぶその声の方向へと顔を向ける。
「ご挨拶が遅れて申し訳ございません。初めまして、で良いのかしら。ふふふ、なんだか不思議な感覚ですわね」
くすりと笑い、有栖が席から立ちあがる。スカートの裾を軽くつまみ、片足を後ろに引いて頭を深く下げた。
「すでにご存じだとは思いますが、紅葉院のトップをやっている紅葉院 有栖と申します。お噂はかねがね魁人さん伺っておりますわ。彼の高名な『死兎』様にお会いできるなんて光栄ですわ」
一企業の主から送られる最上級のお辞儀に思わず目を奪われてしまう友里。
そしてやや長めの沈黙の後、ハッと我に返り立ち上がる。
「ふぁ、え、えーと…は、はじめまして! 花園 友里です! あの! さっきはユリが失礼なことを言ってしまいすいま――あいたぁ!?」」
慌てて頭を下げたせいで、勢い余って派手な音を立てながら目の前の机に頭を打ち付ける。
「…ぁぅぅぅ、いったぁ…。」
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫です…うぁぅぅ…。」
涙目になりながら打ったところを両手で抑えるその姿からは、先ほどまでの冷酷な少女の面影がすっかり消え去っている。
「どうやら本当のようですわね」
—————多重人格というのは。
そう続けられた有栖の言葉に蓼園 肇は頷く。
「左様。その経緯については説明する必要はあるまい」
「ふむ……なるほど、そういう事ですのね。魁斗」
有栖は一瞬何かを思い返しているような様子ではあったが、次の瞬間には先程までの穏やかな微笑みを浮かべ、傍らにいた魁斗に目配せをする。すると、彼は手慣れた動作で防刃手袋を外し、自らの手をその場の人間全員によく見えるように差し出した。
そこから覗き見えたのは、日本出身者特有の黄色の肌ではなかった。否、それは肌ですらなかった。
「魁斗君は腕から手にかけてそれに覆われるようになった、そうだな?」
「ええ」
「……」
——————それは金属だった。
重苦しい輝きを放つ黒い何か。
彼のシャツの袖口からは、そんな通常の人間とは明らかに違うその物体が姿を現していたのだ。
閃ウラン鉱、昔キュリー夫人がラジウムを発見したときに使用したといわれているが、人体にとっては有毒な物質である。それが彼の両腕をびっしりと覆っていた。
「これが魁人の後遺症、数多の医師や学者たちが匙を投げだすほどの奇病」
そして、と有栖は続ける。
「私やあなたが追っているあの忌まわしい組織の狂気の爪痕ですわ」
そう語った彼女の目は—————明確な憎悪の感情によって塗りつぶされていた。
というわけで、これが主人公です。自分の文章力が拙いばかりに、「魅力的に描けているか、読者の皆さまにこの娘たちを好いてもらえるか」と非常に不安なのですが、頑張って投稿していきたいと思いますのでなにとぞよろしくお願いいたします。




