第9話 護衛少女の憂欝 ~Complaints and the rooftop~
十ヶ月ぶりの投稿です。
私のこと…覚えていますか。
会談に少女が乱入する少し前……
11月5日 10時20分頃
株式会社紅葉院製作所本社最上階 屋上庭園前通路
蓼園 肇と紅葉院 有栖。蓼園商会現最高経営責任者と紅葉院グループ会長が屋上庭園で対談をしている最中。その外、庭園入り口のそばにある塵一つない通路の脇にある長椅子では、
「むぅ…」
一人の少女がぷくぅ、とわかりやすく頬を膨らませて拗ねていた。
薄桃色のカーディガン、緑のリボン、短い丈の紺色のプリーツスカートといかにも高校生……いや、その小動物のような外見は中学生ともとれる外見。両手で包み込むように持っているのはどこにでも売っているような缶のミルクティー。肩に竹刀袋を掛けているのは部活動のためだろうか。どこをどうみても、大企業本社の最上階というこの場所には似つかわしくないだろう。
『友里、いい加減にして。さっきからうっとうしくてしょうがないんだけど。果てしなくイラっとくるからもういっそのこと呼吸の方を止めてくんない?』
その様を見て、その場にいるもうひとりの少女がうんざりしたような声で突き刺すような辛辣な言葉をかける。
「ずるいです! どうして魁人さんは中に入れるのに私とユリは外で待機なんですか! というか、呼吸止めたら死んじゃいます!」
が、友里と呼ばれた当の本人はそれに構っているどころではないといわんばかりの憤慨っぷりである…一応『ユリ』と呼んでいる少女の毒舌に律儀に対応してはいるのだが。
『は? あんたあの頭ハッピー腹ファッティ—が言ってたこと聞いてなかったの?』
「……それって総帥さんのことですか?」
『他に誰がいるの』
「……はぁ。」
この場所にはいない日本の重鎮に対して叩かれる罵倒。彼女たちを知らぬものが聞けば卒倒するだろう。
彼女たちは今回の会談の同伴者兼護衛として蓼園 肇に同行している身である。
しかし、彼らと共に会談場所である屋上庭園に入ろうとしたのだが、
『すまないが君たちは外で待っていてくれ。何、用があったら呼ぶさ』
と彼女らの雇い主であるはずの蓼園 肇によって止められてしまったのだ。
しかも、蓼園 肇の秘書である女性と紅葉院 有栖の護衛である少年は、会合の付き人として中に入っていってしまったので、蚊帳の外に置かれたのは彼女たちだけなのである。
斯くして、日本の重鎮二人の秘密の会合に立ち会えることをわくわくしていた少女は、一人悲しく近くの自販機で買ったミルクティーを啜っているのである。
「どうして私達だけ……。」
そういって彼女は、まるで塩に漬けた青菜のように首をうなだれる。
『知るか。あのジジイも痛々しい拗らせお嬢様も曲がりなりにも企業家で財産家。むしろ一体何処の思考回路からそいつらの会話に混ざれるとか考えられたんだか』
「だって……私たち総帥さんの護衛なのに……」
はぁ、と疲れと苛立ちの混じったため息。
『だから、そのたかが一介の護衛もどきにはその場にいることすら許されないくらいしょうもない話なんだっつうの』
「……立花 憂さんのことでしょうか」
『だからそんなん知らないって言ってんじゃん。鬱陶しい』
立花 憂。それは『再構築』というこの世界で唯一の体質を持った少年、いや少女の名前だ。彼女の正体が露見したことにより、多くの人がその影響を受けていた。それが立花 憂自身にとって良いものか、そうでないかを問わずに、だ。
蓼園 肇自身、少女の正体が白日の下に晒さること自体は予想していたのであろう。それはこの護衛少女にもなんとなくわかっていた。むしろ、最初から明かされることを狙っていたとさえ思えてしまう。
自分がまだ子供で、そういった場で大人達の世界に入っていけるほど成長していないということはわかっている。出来ることといえば、命じられた通りに従うことくらい。
しかしそれでも、
「…せめて、何が起こっているのかくらいは知りたいんです」
もう何も知らない子供のままでいるのは嫌だ。それが友里の嘘偽りのない本心だった。
『あっそ、てかそんなに気になるんならそれ外したら? あんたなら盗み聞きくらい造作もないでしょ』
「それは……総帥さんが外すな、と言ってましたから……駄目です」
『知るかそんなん、だったら黙って』
「……」
『……』
気まずい沈黙。いや、気まずくなっているのは一人だけなのだが。
停滞した時間と空間。前にも進まず、後にも戻らない。そんな宙ぶらりんな状態は、
「……!!」
突然、あまりにも突然に崩れ去った。
「聞こえましたか……ユリ」
そう呟いた友里の声は、先ほどまでの年相応の少女の拗ねた様子はかけらもなく、緊迫して息をひそめ、
『はいはい聞こえました。あいつ煽り耐性カス過ぎ、更年期障害ならさっさと隠居しとけって話だっつうの』
そう応じるユリの声もまた、先程の皮肉交じりの口調ではなく、結氷のように冷たかった。
それと同時にカチリ、という何かの鍵が解除されたような小さな電子音が廊下に響く。それはこの場にいるただ一人の少女の耳元から発せられた音である。
少女は耳に手をやり、ロックを解除したそれを外す。
それは小型のイヤホン。
正確に言えば、周囲の音を全く聞こえなくさせる『ノイズキャンセリングイヤホン』である。
「———————————————っ!!!!」
外した途端、殴りつけられるような周囲の雑音に思わずその場で眩暈を起こしてしまう。長椅子に手をついて乱れる呼吸を整え、かろうじて意識を保つ。しばらくは絶え間ない音の暴力になすすべもなく、ただひたすら耐えていたが、十数秒程でいくらか慣れてくる。若干ふらつくのも構わず立ち上がり、目を閉じる。
『そ○○〇、〇○○〇は『■■■■■■■■■■■■』という——————た。しかし、それは×××××引き金、決して△△△△△△△△△△△△と★★★。それ////———』
まるで脳味噌の中で血と脳漿がぐちゃぐちゃにかき混ぜられるかのように頭の中で鳴り響く怒涛の騒音、その中から彼らの会話を探すのはそう難しいことではなかった。
———探知。庭園内部、生体反応4種類。
———捕捉。標的座標、室内中央付近。
———確認。標的生体反応、識別完了。
『それ♣♣♣♣♣、貴方♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦み、武♡♡♡♡♡♡♡♡♡た。自♤♤♤♤♤♤♤♤♤♤♤♤♤ルし、ただひxxxxxxxxxに、合理的なyyyyyyyyyyyyyyyyyyyy来るzzzzが出来た』
目を開いた少女は、イヤホンをスカートのポケットにしまい、肩にかけていた竹刀袋を手に取る。
中から出てきたのは竹刀————ではなく、鞘に納められた一振りの刀。全長およそ100センチ前後、真剣か模擬刀かどうかは鞘に納められているので不明だが、恐らく……。
『≠≠ば、もし―――――』
袋を丁寧に折りたたみ、長椅子に置いた後、打刀を携える。よく見ると腰にはベルトのようなものが垂れ下がっており、そのベルトに固定するように帯刀。庭園へ向かう。入口の自動ドアの前に立つと、センサーが人の反応を感知し扉が開く。
『例えばもし、私がNNNNNNNNNNNNNNN―――――』
完全にドアが開くのとほぼ同時、
パチン
指を鳴らすような音が彼女の耳に入った次の瞬間、
———戦闘、開始。
少女は姿を消した。
否、消えたのではない。飛んだのだ。
その様は先程までのウサギのような可愛らしい姿からは考えられないぐらいに凶暴で、鋭利であった。
一歩、二歩、三歩。入り口から十数メートルほど離れた標的を屠らんと迫る。右足で大きく踏み出し右手で柄を握り、左手で鯉口を切る。そして少女は、その刃を鉤爪の如く、紅葉院 有栖の喉元をめがけて鋭く切り上げる。
音を抜き去り、空を切り裂く死の刃。受ければ間違いなく死に至るその一撃————。
ガキィィンン
しかし、それは標的を狩るには至らなかった。なぜなら、
「やめろ、ユリ」
刀が紅葉院 有栖の首元で止まっていたからだ。
現状リアルがかなり厳しくて投稿があまりできなさそうです。




