【5】
車中の外の景色が横に流れていく。それをぼんやりと眺める一花の頬は、夜の帳に覆われて分かりづらいが、しっかりと赤くなっていた。自らをぼく、と称するように、体は女であっても心は男だと信じて疑わない彼女だ。意外と高い自尊心の持ち主でもあり、たとえ家族であるにせよ女性に、我をうしなった情けない姿を見せてしまった事実を恥じているのだった。
「一花があんな風になるのは久しぶりだね……なにか、あった?」
「……母さんたちは?」
「家で待ってる。先生から連絡があって、こっちから迎えにいくことになったんだけど……譲ってもらっちゃった。一花が心配だったから。……透くんとはどうしたのかなって、訊いちゃ駄目なの?」
運転のために正面を向いたまま、香奈は確信を持って訊ねている。一花のことは誰よりもお姉ちゃんが一番よく分かっている、と自負する女だ。露骨な話題転換で誤魔化されるはずもない。
心配してくれているのは素直に嬉しいし、話すべきだとも思うが一花にはその決心がつかなかった。
「告白でもされた、とか」
「なんで……」
言い当てられた驚きのあまり、一花は息をのむ。
「そりゃ、分かるよ。透くんの目、一花のことが好きって言ってたもの。本人は隠してるつもりなんだろうけど、もうばればれ。気持ちを伝えるのは構わないけど、振られたとしても一花が望む限りは友達でいてあげてね、ってこのあいだ釘を刺したばっかりだし。でも、一花が落ち込んでるってことは……」
鋭い姉の言葉に、一花は黙っている意味を見つけられなかった。事情を隠そうにも、すぐに見抜かれてしまいそうな底知れなさを感じたのだ。
「透からは、時間がほしいって、そう言われた。ひとりにしてくれって……でも、ぼくは……」
自分で自分の気持ちが説明できない。もどかしそうに、一花は口を開いたり閉じたりする。
「ひとりになりたくなかった?」
そんな姉の言葉が腑に落ちて、一花は情けなさで滲んできた涙を手の甲で拭い、こくんと頷く。落ち着きを取り戻すべく深呼吸をした。
「ぼくは勝手なんだ。透のことを傷つけておいて、当たり前みたいな顔で友達としての関係を続けられると思ってた。最低だよ。透は嫉妬するぐらい頼りがいのある奴なのに、どうして、ぼくなんかを……」
「うーん。お姉ちゃんは考え過ぎるのもよくないと思うけどなぁ。一花は魅力的だよ。血の繋がりがない他人に生まれてたとしたら、お姉ちゃん、一花のことをさらって閉じ込めてる自信があるくらい。……あっ! 冗談だよ、冗談……んん、それにしても」
口を滑らせてしまった本音を咳払いで誤魔化し、香奈は違う言葉を続けた。
「判断が難しいなぁ。一花が悪くないのはもちろんだけど……透くんが悪いって言っちゃうのも可愛そうだよねぇ」
「……透が……悪かったら」
信号待ちになった車が速度を落としてとまる。一花の声に振り向いた香奈の顔は、にやにやと嫌な笑みを浮かべていた。
「どうすると思う?」
「……姉ちゃん、ちょっと怖い」
「え? そうかなぁ……」
香奈はなによりも妹を一番に考えている。そんな相手に怖がられてしまい、信号が青になって走り出した車の中で、密かにへこむのだった。