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凶手、というのは裏社会に属する殺し屋を指す隠語だ。これならば、たまたま荒事とはかけ離れた者の耳に入ったとしても、すぐには物騒な意味には直結しない。法の守護者に捕らえられたなら、処刑台に送られる末路が定められている日陰の商売なのだ。少しでも、自身の安全を高めようと配慮するのは当然だった。
もっとも、彼の場合は鉄砲玉という呼び名の方が相応しいかもしれない。暴力団組織に籍を置いている立場ではないが、依頼人からの協力もあって確実に犯行を終わらせることができ、その後も問題がないと確信できる状況が整っているとの判断がなされなければ、大半の殺し屋は殺人など請け負ったりはしないものだ。
しかし、彼は違う。やや割高な報酬を提示して、状況的に難しいとされる標的の殺害をやってのける。依頼達成自体もそうだが、達成後も運任せになる部分は否めない。面が割れる場合も珍しくないため、うまくいったとしても、国内には留まれない。違う国に逃亡し、そこでも同じことを繰り返す。
実に数十回に犯行は及んだ。子供こそ手にかけることはなかったが、老いも若きも男も女も、善人と悪人の区別もなく。
そして、壮年とされる年齢にさしかかったころ、中東のとある国で依頼を終えた夜の帰り道、故意か偶然か、車の暴走事故に巻き込まれ命を落とした。彼に狙われて生き延びられる者はいないとまで、恐れられた殺し屋の最期にしては、あっけないものだった。