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エンドオブアース  作者: 金田明人
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盗賊王の帰還

昔、七人のプレイヤーが攻略不可能と言われていたダンジョンを攻略したことがある。彼らは、当時その場に集まったゲーマーでしかなかった。廃人というには、プレイ経験が浅く、しかし、プレイヤースキルは、誰よりも高いという自信を持っていた。その中でも、現在、『伯爵』、『道化師』、『聖騎士』の三人は、その当時から名の知られているプレイヤーだった。残り四人は、まだこの時、誰にも知られていないようなプレイヤーだった。

 当時、攻略不可能と言われていたダンジョンは、最高で同時に入れる人数が七人だけであった。実装当時、運営が最高難易度と言ったが、まさにその通りの難易度だった。プレイヤーからは、七人で攻略するようなダンジョンではないと言われてしまい始末にまで発展していた。彼らは、たまたまダンジョンの目の前で会い、そして、パーティーを組み、ダンジョンに挑んだ。一人の男が言った。のちに『伯爵』と呼ばれる男である。

「よし、準備できたら行こうか」

「あぁ、そうだな。こうしている内に他のパーティーがクリアしてしまうかもしれんからの」

 そう答えたのは、のちに『最長老』と呼ばれる年長の男だ。そして七人は二人の言葉に頷いた。七人は初めてパーティーを組むような顔合わせではなかった。その連携はすさまじく、どこかで一度組んだことがあるのでは? と言われてもおかしくないくらいの連携の取り方だった。一人一人が自分の役割を理解していた。だからこそ、どこにも引っかからずに、最奥までたどり着くことができていた。

「ここが、ボス部屋か」

「そうみたいだな」

 先に入ったのは、『伯爵』と『最長老』であった。その後に続いて、『盗賊王』と『聖騎士』が入り、最後に『画伯』と『道化師』、『大元帥』が入って行った。目の前には、これでもかというくらいに大きなボスが座っていた。

「さすがにあんなに大きいとは思ってなかったぞ」

「そうだな」

「だが、そのほうがやりやすいだろう」

「まぁそうだな」

 このやり取りだけで、全員が自分の役割を理解した。近距離戦闘を得意としている『伯爵』と『聖騎士』が交代で前衛を務め、ヘイトを取り、その影で『盗賊王』と『最長老』が攻撃し、遠くから『道化師』、『画伯』、『大元帥』が魔法で攻撃しつつ、回復させるという作戦だ。結構セオリー通りの戦い方である。だが、そのタイミングがとてつもなくほかのプレイヤーがまねできるようなものではなかったのだ。その中でも、『盗賊王』の立ち回り方がとてつもなく、うまかった。一人も欠けることなく、ボスを倒した七人は、さらに奥に進むための階段を下りていく。そして、そこにあったのは、七人の職に合うような武器であった。喧嘩になることは無かった。しかし、彼らがこれ以降にパーティーを組むことは無くなった。その理由は、これを機に『盗賊王』が姿を消したからであった。

 あれから数か月後、『盗賊王』がいないまま、最強の七人として、あのダンジョンを真っ先かつ一度も死なずに攻略したとして、今も語り継がれている。その後、『伯爵』、『最長老』は、自身のギルドに多くのプレイヤーが入ってきた。『聖騎士』は、その二人以外のギルドに勧誘されることが多かった。結局、『聖騎士』は、ギルドに所属しないと宣言したため、今もソロで活動している。『道化師』は、ピエロという少数ギルドに早々に戻って行った。『大元帥』は、これもまた、もともと所属していたギルドがあったため、そちらに戻って行った。『画伯』は自身の持ち味である絵をかきながら、適当に過ごしていた。そして、『盗賊王』は、誰の目にも止まらない内に姿を消してしまった。それ以降、『盗賊王』を見かけた、というプレイヤーはいなくなった。彼は引退したという説が濃く残っていた。


 そのゲームは、エンドオブアースというオンラインゲームである。このゲームは、変わり果てた地球を最後の日と呼ばれる大災厄から立ち直ることを目的としたゲームだ。地球外生命体から侵攻されそうなときもあれば、地球上を闊歩しているクリーチャーを迎撃することもある。職は、大きく分けて、五種類ある。一つ目は、前線で敵の足止めをする騎士の職。この中には、『聖騎士』の職でもある守護騎士や侍、盾騎士がある。二つ目が、前線でスバスバと敵をなぎ倒す職である。この中には、『伯爵』の職である狂戦士や突撃兵、暗黒騎士がある。三つ目は近距攻撃と中距離攻撃を使いこなす遊撃職。この中には、『最長老』の職である狩人や海賊、『盗賊王』の職である暗殺者があるが、ここでは絶対的不人気が暗殺者である。四つ目は、遠距離から魔法を放つ職だ。この中には、『大元帥』の職である超魔導師や魔銃士がある。最後は回復や補助を得意とする職だ。この中には、『道化師』の職である奇術師や『画伯』の職である神官などがある。

 この中で最も多いのは、『伯爵』の職である狂戦士と『最長老』の狩人だ。そして一番人気がないのが、『盗賊王』の暗殺者だ。暗殺者は圧倒的に中距離からの攻撃手段が少ないのだ。それに加えて圧倒的な防御の脆さもあって、選ぶ人はとてつもなく少ない。そもそも、この職自体がかなり上級者向けである。それを選ぶという時点で自分のプレイヤースキルに自信があると言っているようなものなのだ。実際最初に選んで途中で変えられることの多い職である。それゆえに暗殺者は、そこに現れるだけで話題になったりするものである。もちろん当の本人たちは全く気にしていないが。『伯爵』や『聖騎士』が公言していることなのだが、『盗賊王』を超える暗殺者は見たことがないらしい。もちろんまだ見つけられていないだけかもしれないが、そうだとしても、あれを超えるプレイヤーはいないだろうとあの時『盗賊王』とパーティーを組んだ六人は言っている。しかし、いなくなったのであれば、仕方ないということで、ほかの暗殺者を探しているようだった。そもそも、あれほど珍しい職である暗殺者の育成はものすごく難しい。唯一、最高難易度ダンジョンをクリアした暗殺者である『盗賊王』に聞きもしない限り、自分たちで工夫しながら育てていくしかないのだ。その途中で多くのプレイヤーが挫折してしまう。そのため暗殺者には、修正が必要という声が大きい。が、実現されていないのが現状だ。しかし、それでも批判されないのは、暗殺者だけでもちゃんとクリアできるように設定してあるからである。

 それはさておき、現在最も人気のあるオンラインゲームとなったエンドオブアースであるが、人気であるが故に少し面倒な問題も起こってきている。それはゲーム内におけるギルドによる狩場占拠や悪質なプレイヤーキラー、ギルド同士によるプレイヤー確保、などと大きな問題が発生してしまっている。運営側も狩場の問題で手いっぱいになってしまっている状態だ。その他は今、対応できない状態になっていしまっているのだ。それでも何とかうまく運営している方である、そのため、新規で始める人が多い。さらに一度やめた人も再びここに戻ってくる。

 その一人、黒部蓮は、仕方なくここに戻って来ていた。その理由は、大きく二つある。一つは、ゲーム内で親しい仲である雪菜に頼まれたからだ。もちろんこっちは、断ることができた。しかし、もう一つの理由で断るに断りきれなくなってしまったのだ。それが今目の前にいる冬野雪菜が下手に出て、こうして自分の目の前に来てまで頼み込んだからだ。はっきり言って雪菜がここまでするとは思っていなかった。二つと言ったが内容はほとんど同じものだった。

「それでなんで俺に復帰して欲しいんだ? 雪菜ならアテネとかと一緒に行った方が楽だろう?」

「それはそうなんだけど、最近、ゲーム内でも付けられるような気がして不安なの」

 淡々と言った雪菜の表情には、たくさんの不安の気持ちが見て取れた。

「つまり男避けで復帰して欲しいと?」

「うん」

 雪菜が正直に言うと、少し顔を赤くして恥ずかしがっていた。そこまで言われてしまうと断るに断りきれない蓮は仕方なく、雪菜の願いを受け入れることにした。

「まぁそういうことなら引き受けるけど。でもゲームにインしなければいいだけじゃねぇの?」

「それはそうなんだけど、たまには学校帰りだけじゃなくて、ゲームでも蓮と一緒に遊びたいなって思ったの」

「それこそ休日とか使ってでかければいいんじゃ」

「それはそれ! これはこれ!」

 いつも冷静で寡黙な雪菜がここまで言うということは、本当にそういうことなのだろう、と判断した蓮はこれ以上抵抗しないことにした。

「わかったら、そんなに近づくな。恥ずかしい」

「あう、ご、ごめん」

 雪菜はそれ以上何も言ってこなかった。とりあえず今日は家に帰して、ゲーム内でこの後の話をすることにした。


 雪菜を送った後、アップデートが終わったエンドオブアースにログインすることにした。久々なので、雪菜を送っている最中に、操作を忘れてないとか、ちゃんとプライベートルームへの行き方は覚えているか、などいろいろ聞かれたが、普通に忘れているわけがないので、普通に答えることができた。そうして、頭にかぶる仕様になっているゲーム機をつけて、ゲームを開始した。

 久々にゲームにインした蓮ことレンは、今の日本で言う京都に降り立っていた。最後にゲームをやめた場所が京都だったからである。すると少ししてから雪菜ことジークがゲームにインしてきた。女性プレイヤーにもかかわらず男性プレイヤーのような名前になっているのは、魔法職っぽい名前、ということらしいのは余談だ。

 そんなことよりさっさとジークの部屋に行く必要がある。慣れた手つきでレンは、ジークのプライベートルームに行くことにした。プライベートルームは、一部のプレイヤーがゲーム内硬貨で買うことができる。プライベートルームの大きさにより、入ることのできるプレイヤーの人数、グッズを置ける数、などが異なる。もちろん大きくなればなるほど、その数は増える。最大で、入場上限人数が二十人、おけるグッズのコストが三百となっている。ジークのプライベートルームの大きさは上から数えた方が早い大きさなので、大体十八人くらいは入れたはずだ。それはともかく、今は、ジークの話を聞く必要があるのだが、プライベートルームに入って早々、ジークは一枚の絵を描いている最中だった。

「お前、呼んでおいてそれかよ」

「あと少しだからちょっと待っててくれると嬉しいな」

 レンは仕方なく待つことにした。答えないことをジークは、肯定と受け取り、再び絵に集中した。レンは待っている間に、置かれてあるソファーに座り、ジークの作業が終わるのを待っていた。ジークの作業は、レンがソファーで寝る前に終わった。レンからすれば、寝て今日の用事を無くそうとしていたというのに、とんだ計算違いだった。

「寝ようとしてた?」

「いや、そんなことは全然ないけど」

「そう、でもレン、そこに寝ころぶと毎回寝てたよね? あの時も私が頑張って起こそうといしなかったら、『伯爵』に切られるところだったんだよ?」

「悪かったよ」

「わかってくれればいいの」

 レンは、ばれないようにため息をつき、そして今日の用事を聞くことにした。そもそも、今日から復帰する必要はなかったのだ。なぜならジークは今日一日、この絵を完成させるためにこのプライベートルームに籠っている必要があったからである。これは『伯爵』に頼まれた物らしいが、どこに飾るか、全く知らされていないので、とりあえず言われた通りに描いただけらしい。しかし、こんな戦場で戦っているような絵を描かせて一体どこに飾るのか、とレンは思っていた。

「それにしても今日から復帰させたのはなんでだ?」

「それは少しレンのレベル上げしようかと思って」

「そうか、それでいい場所はあるのか?」

「うん、とりあえずいくつか場所を見繕ったけど、どこがいい?」

 ジークの提示した場所は、昔まで最前線と言われていたダンジョンばかりだった。しかし、レンが行きたい場所が、ジークの提示した場所には含まれていなかった。それは当然だろう。レンが行きたい場所、ダンジョンは、現在、最前線と謳われている旧京都駅なのだから。

「レン? もしかしてここじゃない場所がいいの?」

「ここじゃない場所でもいいって言うならあるけど?」

「どこ?」

 レンは、一息入れて、そしてジークがテーブルの上に出した地図のある一点、旧京都駅を睨みながら、指を指した。

「ここだ」

 ジークは、レンの指を指した場所を疑っていた。そこは現在、『伯爵』と『最長老』が別々にギルド内で、部隊を編成して行ってもクリアできなかった場所であるのだ。そして、ジークも一度入ったことがあるのだが、レベルが高く、とてもレンが行けるような場所ではない。そもそもあの旧京都駅に行くのなら、レンの装備をしっかりさせる必要がある。回復役であるジークと超攻撃型になっているレンとだけでは、明らかにどちらかが先に死んだら、そこで攻略終了だ。そうならないために前線を支えてくれるプレイヤーが必要となる。となると、ジークの中では一人しか思いつかない。『聖騎士』だ。しかし、彼女とあまり仲が良くないジークは、誘う気にはなれなかった。

「うーん、本当にそこに行きたいの?」

「おうよ」

 こうなってしまっては、レンを止めることはできないので、仕方なくジークはついて行くことにした。このままだと本当に一人で行ってしまいそうだったので。

「わかったよ。一緒にいこ」

「はいよ。とまぁ途中変なのにパーティー招待されたくないから俺のOS使って、ダンジョン内に入ろうか」

 ジークは、何も言わずに、首を縦に振った。ジーク自身、他のプレイヤーにパーティーに誘われて断るのに時間を取られたくなかった。

  


 旧京都駅の目の前にあるセーフティゾーンで二人は、レンの持つOSを使って、誰にも声をかけられずに、ダンジョン内にやってきていた。もちろんレベルは、最前線のダンジョンなので、ジークと同じく七十。対してレンのレベルは当時最高だった五十のままだ。ジークはやはりこのダンジョンをいきなり攻略するのは、無理なのではないかと思っていた。しかし、レンの適応力をここで改めて見せつけられることとなった。

 レンは、敵を見つけると、いきなり自身のOS、完全視覚透過コンプリートシャットアウトを使い、見えない状態で、クリーチャーに飛び込んでいったのだ。そして一撃でそこにいたクリーチャーの首を刀で切断し、即死させた。その凄さにジークは何も言うことができなかった。むしろ暗殺者であんなことができるのは、レンだけだ、と再認識させられた。暗殺者には、防御が脆いのに対して、クリーチャーに発見される前に攻撃すると絶大なダメージボーナスを得ることができる。それは普通に攻撃している間に出るクリティカルヒットよりも数倍高く出るというボーナスで、レンのように暗殺者をうまく使いこなせる人なら、誰でもクリーチャーを一撃で屠ることができる。だが、現状そのようなプレイヤースキルを持つ人が現れないので、意味のないボーナススキルになってしまっている。だが、ここで改めて、レンが暗殺者の強さを見せた。

「どうしたんだ? そんなに硬直して? ラグってるのか?」

「そ、そんなことは無いよ。でも二十レベも差があったのに一撃で倒せるんだなぁって思うとすごいなぁって思っただけ」

「ん? あーそうか。またレベルの低い位置にいるのか」

「う、うん。でもレンに取ったら関係ないみたいだね」

「まぁ、レベルなんてただのお飾りだろ。それよりもスキルがあるかどうかだし」

「そ、そうだね」

「んじゃ、先進むけど大丈夫?」

「うん、大丈夫。というか私、ついて行くだけで問題ないような気がしてきたよ」

「まぁ道中は見てるだけで大丈夫だろ」

 レンはジークに対して、そう言い切ってしまった。それにしても本当に、レベルなど関係ないという感じで、どんどん敵をなぎ倒していくレンを見ていると、生き生きしていると思わせた。そしてほとんどレンが一人で倒していたので、レンのレベルが二十体倒したところで六十位になっていた。クリーチャーに見つかる前に倒すことで、経験値にもボーナスが入る仕組みなので、通常よりも多く経験値がもらえるのだ。さらにパーティーを組んでいる相手のレベルが七十と今の最高レベルなので、分けられるはずの経験値がそのままレンに入っていることがここまで早く六十にした原因である。それにしても戦闘慣れするのが早すぎる。対人戦ならまだしも、クリーチャーとのレベル差がある上に、度重なるアップデートで新しい行動も追加されているはずなのに、それもものともせず、簡単に倒してしまう。

「レン、大丈夫?」

「ん? なにが?」

「さっきから飛ばし過ぎてるような気がするんだけど」

「大丈夫、無理するほど俺も頑張る気はないし。それにこうして楽に倒せてるからね」

 確かに、さっきから奇襲でしか倒していない。そもそも奇襲以外で倒すことがなかった。ジークの記憶が正しければ、もう少ししたらボス部屋が見えてくるころである。

「そう言えばさ、ジークはいつも何してたのさ?」

「いつもって?」

「こうして俺がこのゲームに復帰する前だよ。だってソロなんだろ?」

「あーそれは『最長老』に呼ばれて一緒にダンジョンに行ったり、自分の部屋で依頼された絵を描いてたりしてたよ」

「へー『最長老』とねぇ。あの『画伯』が『最長老』と一緒にねぇ」

「もしかして怒ってる?」

「いや、全然」

「そう、ならいいんだけど」

「まぁ気にすることはねぇよ。それにしてもその状態でよく俺に復帰を勧めたもんだ」

「それって褒めてるの? 貶してるの?」

「褒めてるから安心しろ」

「全く安心できないんだけど」

「それこそ気にするな」

 レンはそう言ったものの、ジークは少し気にかかっていた。どうして、下手に出たとはいえ、レンが自分の言った通りにこのゲームに復帰してくれたのか。その理由を聞いても答えてくれないのだ。『最長老』とダンジョンに行った時のことを知っているはずがない。あれは、レンに聞かれても言わないでほしいと言っておいてある。

「レン、どうして復帰しようと思ったの?」

「またその話か。何度も言ったけど、あんなに丁寧かつ下手に出られたら断りにくいだろ。それにゲーム内でも変な不安にとらわれてほしくなかったからな」

「どうして?」

「だって、ゲーム内でもそんな状態だったら楽しめないだろ? それに俺の幼馴染がそこまで困ってるのに助けないわけにもいかないだろ」

「それはそうだけど、無理しないでね」

「まぁわかったとだけ言っておくわ」

「無理したら、私の部屋に閉じ込めるからね?」

「わかったから心配すんな」

「うん、わかった」

 ジークが頷いたところで、目の前の大きな扉が見えてきた。

「それはそうと、あれがボスの部屋か?」

「うん、次の階に上るためのボス部屋だよ」

「なるほど、ダンジョンボスじゃなくて、エリアボスみたいなものか」

「うん、その通りよ。でも結構強いから油断しないでね」

「ほほう。強いのか」

 ジークは余計なことを言ってしまった、と感じた。レンは、昔からの癖で強敵とは一対一を所望するような人なのだ。強いと聞いた時点で、レンがそう出ると思っていたジークは、その提案を拒絶する準備をした。もう前みたいなことになりたくないからでもあるが。しかし、そのようにはならなかった。

「それで支援と回復は任せてもいいんだよな?」

「え? あ、うん、任せておいて」

「なんだ? 俺が一対一でもすると思ってたのか?」

「だっていつもそうしてたよね」

「あほか。ボス相手にするわけないだろ。レベル差があり過ぎるって言うのに。まぁレベル差が無かったらしてたかもしれないけど」

「結局するんだね」

「まぁ一回くらいはしたいよなぁ」

「もう、それでこっちがどれだけ大変な思いをしたと思ってるの」

「まぁそれがわかってるから自重はするつもりだけど」

「それならいいんだけどね」

 そうしてレンとジークはボスの行動パターンなどを確認してから扉を開けた。するとそこには、大きな腕をしたクリーチャーが待ち構えていた。装備はジークが事前に集めておいてくれた通り、斧と盾、腰には野太刀を携えている。

「んじゃ削りと支援と回復は任せた」

 レンはそれだけ言って、自身のOS、完全視覚透過を使った。そして、ジークは、補助の魔法を唱えて、自身と隣に居るはずのレンに攻撃力アップの補助がかかった。続いてジークは、防御力を上げ、さらに移動速度を上げ、自然回復の効果も付けた。そして、レンを隠れさせたまま、ジークは、攻撃魔法を唱えた。この部屋のボスは、魔法攻撃に弱いということを前回の攻略の時に判明しているので、最初はジークの魔法で攻撃しながら、レンが隙をついて攻撃するということにしたのだ。そしてジークの詠唱が終わり、魔法を放つ。神官の持つ数少ない攻撃魔法、ホーリーチェイン。聖なる鎖で相手を叩きつける魔法だ。そしてそのチャンスを見逃すはずのないレンが、すさまじい勢いで弱点部分に攻撃を仕掛けた。暗殺者の攻撃スキル、クライムエッジ。単発攻撃スキルであるこのスキルは、弱点部位に攻撃をヒットさせるととてつもなくダメージが発生するという隠れ効果を持っている。そのため、かなりのダメージボーナスが入った。しかし、それでもボスのHPは、三段ある内の一段しか削れていなかった。

「結構固いね」

「なぁあれまだやっちゃダメなの?」

「まだ隠しておきたいの。だからもう少し待って」

「へーい」

 レンは作戦通り、透過してチャンスをずっと待っている。レンはもうすでに発見されているので、完全視覚透過を使った状態で攻撃しても奇襲扱いになることは無い。そのため、ダメージが入りにくい状態になっている。そもそも、ボスのレベルはジークよりも三もレベルが高く設定されている。そのためレンとのレベル差は十三となる。奇襲するか、クリティカルヒットが入らない限り、ダメージとして計算されるか怪しい状態となってしまっている。そのため、身を隠してチャンスになるまで待つ、という状態になっているのだ。

 その間にも戦闘は進んでおり、ジークのHPが半分と少しとなり、クリーチャーのHPは半分をようやく切ったところになった。ジークは、ボスのHPを見て、そろそろ火力特化の暗殺者の出番であると踏んだ。そのためには、まずはこの目の前のクリーチャーを行動不能状態にしなければならない。レンにそろそろ出番であるということは伝えないでも、ジークの使ったスキルを見れば大体わかるはずだ。それを信じて、ジークは、敵の足を止める補助魔法を使うことにした。チェインロックでクリーチャーの動きを封じることで、隙を作った。それで十分だった。レンがそのチャンスを見逃すはずがなかった。レンは一閃を使って、攻撃しながらクリーチャーに突撃する。レンの攻撃はそこでは終わらずに派生スキルに派生させていった。暗殺者の一閃からの派生スキル、双葉。二連続攻撃を繰り出すものだ。その時点で二本目のHPバーが削りきれそうなところまで行く。そこでレンの攻撃は終わらなかった。さらに派生させたのだ。暗殺者の派生スキル、三爪。蹴りを交えた連続攻撃だ。レンの攻撃はさらに激しさを増していった。暗殺者の派生スキル、四天。三爪で上空に体がある状態なので、そこから急降下しながら、四連続攻撃を叩き込むという技だ。レンはそこで止まることはしなかった。暗殺者の派生スキル、五光。光のような速度で五連続攻撃をする。そこでクリーチャーのHPは残り三割。だが、レンはそれ以上攻撃をすることはしなかった。ジークが最後の攻撃を放ったからである。神官のスキル、スターフォーリング。空中から流星群を敵に浴びせるという魔法だ。この魔法は、超魔導師の魔法攻撃を上回ることができる唯一の攻撃魔法だ。それを浴びせるというのだから、中ボスクラスで残りHPが三割を切っているのなら確実に倒すことができる。その通り、ジークの攻撃をすべて食らったクリーチャーのボスは、ポリゴンとなって、その場から姿を消した。喜んでいるのはジークである。もちろん最後にHPを削りきったのだから喜びはするだろう。

「さすがだね、レン。驚いちゃったよ。ちゃんと五光までつなげられるとは思ってなかったから」

「ジーク、さすがにそこまで俺の腕は鈍っちゃいないっての」

「でも私が言った時は渋ったよね?」

「まぁ成功する確率はそう高くなかったからな。それにそもそもサブでとってる連続剣のスキルがないと確実にはできないからな」

 このゲームはサブでスキルを三つまで習得することができる。レンがその三つの内、一つが連続剣というスキルだ。はっきり言ってレンのようなプレイヤーでないと意味のないスキルだと言われているのは、余談だ。このスキルは、連続で攻撃スキルが放つことができるスキルだ。ただし、派生スキルがないスキルを使っても意味がないという前提がセットでついてくるが。そのため、狂戦士やジークのような魔法職には、取っていても意味のないスキルとなっている。だからこそレンのようなプレイヤーのために運営が作ったスキルと思われている。しかし、実用性は高く、レンのようなプレイヤー以外からも使われていることが多い。最近では、狂戦士にも派生スキルが追加されている。そのため見直されているサブスキルともいえるのだ。

「それにしてもレンは、本当に偏ったスキルの取り方だよね」

「それはジークにも言えることじゃねぇか」

「だってどこかの誰かさんが攻撃に全振りするからでしょ」

「あーそうですねー」

「それにしてもどうして私がスターフォーリング使うってわかったの?」

「そりゃ見てたからな」

「見てたって何を?」

「何を、ってあの状況で見るのは敵じゃないだろ。もちろんジークだけども」

「あの状況で見れてたんだ……」

「まぁな」

 レンのすごさに毎回驚かされるが、あの状況で自分の動きを見るのは、ちょっと常人にはできないこと、とジークは思った。そもそも、スキル発動時に、対象のクリーチャーを見ておく必要があるのだ。それにも関わらず、ジークの動きを見ていたというレンの視野は、広すぎるという一言では、言い切れないほど広い。というかそこまで広い人がこの世界にいるのか、と疑いたくなるものだ。

「ほんと視野広いよね」

「まぁな」

 レンはそれだけ言って先に進もうとした。それをジークが止める。レンは、少し戸惑いながらもジークの言う方へ歩く。そこにはセーブポイントがあった。

「なんでここにセーブポイントがあるんだ?」

「だってここ高難易度ダンジョンだから、ボスを倒した後、ボス部屋には必ずセーブポイントが置かれるようになったの」

「なるほどねぇ。まぁ一度勝ったボス相手にもう一回時間取られるのもあれだしな」

「そういうこと。じゃ先に進みましょ、って言いたいところだけど、私、今日はこの後用事があるから落ちるね」

「はいよー。まぁ俺も落ちるか。この先を一人で行っても勝てなさそうだし」

「うん、この先、レン一人で行ってもボス部屋の前で引き返すことになると思う。それじゃまた明日」

「おーまた明日なー」

 そうしてレンとジークは、同時にゲームからログアウトした。


 ログアウトしてから、すぐに雪菜から連絡が来た。内容は、今日はもうゲームにインできないということと明日は夜からダンジョンの攻略の続きをしようということだった。全く抜け目ないお誘いだ。蓮は、了承するという内容でメールを返した。

「それにしても変わり過ぎてて何が何だか」

 二年インしていなかったというだけで、これだけ離されるとは思っていなかった。そもそも、復帰する予定がなかったので、何も調べていなかったという方が正確ではあるが。あんなに有名になることは、当時、蓮と雪菜は望んでいなかった。たまたま募集していたパーティーに参加しただけで、しかもクリアするとは思っていなかったので、予定外なことだったのだ。第一に、レンが暗殺者を選んだことがさらに有名にさせるきっかけになってしまっていた。それに気づいていた本人は、すぐにゲームにインしなくなった。だが、それが二年たってから、こうしてもう一度、このゲームにインしている。それは予定になかったことではあるのだが。蓮の予定では、もうこのゲームにはインしないで、他のゲームでのらりくらりすごく予定であった。

「全くなんでこんなことになったことやら」

 蓮はそうぼやいたが、誰も答えてくれる人はいなかった。だが蓮は、後悔はしていなかった。復帰した理由はともかく、実は頼まれていた案件が一つあったのだ。それは、『最長老』からの依頼だった。ひとまず信用できる相手だったので、蓮は連絡先を教えていたのだ。それに『最長老』とは、ゲーム開始時からの長い付き合いでもある。そのため、リアルでも何度か会ったことがある。年相応の顔つきで、身長は自分より少し高めだった。その日はスーツを着ていたので、普通のサラリーマンだと思われる。

『最長老』は、仕事も完璧にできるらしいので、会社に奴隷のように働かされていないかと心配したことがあった。しかし、当の本人は、仕事量が増えても、すぐに終わらせてしまうらしいので、あまりそういうことに関しては心配いらないらしい。

 そんな彼からメールが届いたのが、雪菜が復帰してと頼み始めたころである。つまり今から約一か月前のことだ。蓮は、いつも通りに過ごしていたのだが、唐突にメールが来たので、相手を確認したところ、『最長老』からだったのだ。復帰してくれないか、と書かれていなかった。最初は、雪菜が『最長老』にも自分に行ってくれるように頼んだのか、と思っていた。だが、詳しく話を聞いて行く中で、そうではないことが分かったので、とりあえず『最長老』の方で時間が空いた時に、『最長老』のリアルの家で話そうということになった。それが今日なのだ。

「はて、一体向こうじゃなくてこっちで話さないといけない案件とはいったいなんだろう」

 こうして、蓮が『最長老』に会うのは、五回目である。蓮も学校とかで忙しい身なので、時間が合うことすら珍しいのだ。そして今回は、『最長老』の方が時間を合わせてくれた。もちろん蓮自身が『最長老』に時間を合わせた方が楽なのだが、今回は『最長老』が呼び出したので、向こうが合わせることになった。迎えに来るということなので、蓮もそろそろ準備をする。『最長老』が言うには、七時ちょうどに蓮の家の前に到着するとのこと。その前に家族が誰もやって来なければいいのだが。だが、蓮が危惧していたことは起こり得なかった。先に『最長老』がやってきたのだ。

「おせぇよ。俺の家の事情をそれなりに知ってんだから、もうちょい早めに来いってーの」

「すまん。予想外に仕事が長引いてしまってな。まぁそれより早く乗るといい。ここで立ち話するような話ではない。それに少し長くなるからな」

「それは覚悟してる。そもそも、復帰してくれというほどの案件なんだから、それなりに重要な話で、それなりにこの先問題になりそうな話なんだろ?」

「そう言うことだ」

 蓮はそれを確認しながら、乗り込んでいた。話し終わる頃には、車は走りだしていた。『最長老』の家に着くまで、二人とも適当は話で盛り上がっていた。


 彼の家に到着したのは、蓮の家を出発してから約三十分後であった。一度来たことがあるとはいえ、こうしてみると高級な家じゃないか、と思ってしまう。それに今乗っている車は、黒のクラウンである。車からして高級だ。それにしてもこの家、大きすぎるってことは無いのだろうか。使用人がいてもおかしくない広さではあると思う。が、『最長老』が言うには、一軒家はこれくらいの大きさが平均だという。蓮の家はマンションの一室――とはいっても、その一室が大きくなっている――なので、一軒家が大きく感じるのだ。

「まぁ取りあえず中に入ろうか」

『最長老』に連れて行かれるまま、家の中に入って行った。すでに中には、彼の奥さんがいる。蓮にとって苦手な部類に入る彼の奥さんは、とても優しく気の利く人である。

「あら、いらっしゃい、蓮君」

「ど、どうも、お邪魔します」

「ゆっくりして行ってねー。それでまー君、今日、お客さんが来るって聞いないのだけれど、どういうことかしら?」

「すまん、仕事の方で手いっぱいだったからすっかり伝え損ねていた」

「あら、そう」

 そう言って彼の奥さんは、キッチンに戻って行った。どうやら今から蓮の分の夕食を追加して作るようだ。さすがに申し訳ないので、蓮が断ろうとするが、やんわり受け流されてしまう。結局、断りきれず、そのまま『最長老』夫妻と一緒に夕飯をいただいた。


 夕飯は、三十分くらいで終わらせた。それにそんなことをしにここまで来たわけではない。しかも呼び出した当の本人は、蓮を置いてどこかに行ってしまった。しかし、ほどなくして、大きな封筒を手に持って戻ってきた。中に何が入っているのか、言われずに手渡された。

「これ何が入ってるんだ?」

「あのゲームのスクショだ」

 スクショ、正式にはスクリーンショット。SSなどと略されることもある。しかし、そんなものをわざわざここに呼び出してまで渡すということは、どういうことなのだろうか。

「それにしてもわざわざこんなものを渡して何がしたいんだ?」

「とりあえず中身を見てほしい。話しはそれから詳しくしたほうが分かりやすいだろう」

「そうか」

 とりあえず言われた通り中身を見ることにした。聞いた通り中には、今日蓮が復帰したゲーム、エンドオブアースのSSの印刷されたものが入っていた。どうやら撮影者は、『伯爵』の様だ。まぁ一応、彼は、飛行できる使い魔を所持しているから空から撮影することも可能であろう。写っていたのは、現在、蓮が雪菜と一緒に二人で攻略しているダンジョン、旧京都駅だった。

「これは旧京都駅の上空?」

「その通りだ。全部で五層からなるということなんだが、第三層から上がないのだよ」

「は? 第三層から上がない? どういうことだ?」

「一回、そのダンジョン入場上限人数の六人で行ったことがある。メンツはまぁ、『伯爵』が集めた中では最高だと言えば分るだろう」

 蓮は、聞き返すことなく、『最長老』の言葉を理解した。

「久々に俺以外の踏破者が集まったんだな?」

「まぁな。『伯爵』にとって最高メンツはそれだからな」

 確かにそうである。あの時、最高難易度として設定されたダンジョンをクリアした際に組んだメンツだからだ。だからこそ、その六人でクリアできなかったということに、蓮は、疑問を持っている。余裕でということは無いだろう。しかし、蓮抜きにしたって十分にクリアすることはできるはずだ。それにもかかわらず、未踏破ということは、何かしらのギミックがあると見て違いないだろう。

「それで調べてほしいというのは? これを見せておいて何もないということは無いだろう?」

「まぁ一つはなぜ第四層以降がないのか、ということを確認して欲しい。もちろん道中一緒に来てほしいということであれば、ついて行くが」

「もうそれは無理だ。それでまだありそうだな?」

『最長老』は少し考えるようなそぶりを見せてから、もう一つの依頼に関して話し始めた。

「さっきも言ったが、『伯爵』のもとに踏破者が集まった。もちろんダンジョン攻略も順調に進んだ。第一層、第二層はそんなに苦労することは無かった。だが、第三層からだった」

 そこで一回、話を切り、飲み物を追加で持ってきてくれるように頼んでいた。ということは、話が長くなるということだろう。

「長い話になるんだな?」

「あぁ、ここからは少し詳しく話した方が分かりやすいだろう」

 そうして、『最長老』は、飲み物が揃ったことを確認して、話を始めた。魔の第三層と呼ばれるようになった旧京都駅の第三層の話を………。


 蓮が復帰する四日前。『伯爵』は、七人の踏破者に声をかけて、旧京都駅を攻略することにしていた。もちろん一度ギルドメンバーと共に言ったことがあるが、その時は第三層のボスを見ることなく、全滅することとなった。だが、今回は違う。あの時のメンバーが揃う。『盗賊王』がいないが、最高と言えるメンバーが揃う。

「さて、ここでそろそろ俺たちがもう一度攻略してやんないとな」

 そう決意した『伯爵』は、少し早めに集合場所に指定した旧京都駅前に行くことにした。現地で集まった方がいいだろうと判断したのだ。

 旧京都駅前に着くとそこには、すでに『最長老』が待ち構えていた。どうやら『伯爵』よりも早く着たようだった。

「早いんだな、クレイ」

「まぁあの時のメンバーが揃うんだからそりゃわくわくして早く来るってもんさ」

「そうだな。久々に存分に楽しめそうだわ」

「それ、メンバーに聞かれたら面倒なことになるぜ」

「大丈夫だ。今日は皆、違う場所に行くという話だからな」

「そうかい」

 二人の会話は、あまりはずまなかった。なぜならギルド同士のランクマッチでよく顔を合わせており、その時に大体何があったのか、を話してしまうからである。気まずい雰囲気の中、三人目がやってきた。いまだにどこのギルドにも所属していないアテネである。

「あら、結構早く来ているのね、クレイさんにトーリンさん」

「そう言うアテネこそ早いな。時間まで後十分以上あるぞ?」

「私は、ほとんど時間通りのインです。それに向こうでやることはあまりないですから」

「そうか」

「それにしても驚きましたよ? まさかトーリンさんの方から声をかけて来るなんて」

「む、それは心外だな。それよりやはりレンは復帰しなさそうなのか?」

 一応、アテネもレンと会ったことがあるので、連絡先を知っている。

「当分はなさそうです。あまり有名になる予定じゃなかったみたいですし、ほとぼりが冷めるまでは復帰しなさそうです」

「そうか。惜しい人物だったんだがなぁ」

「ま、そう決断するのもはえぇだろよ」

 トーリンこと『伯爵』の後ろから声をかけてきたのは、『道化師』だった。彼も一応、レンとはリアルで会ったことのある人物の一人だ。

「まぁカルネスがそういうならそうかもしれないが、今回はさすがに長引きそうじゃないか?」

「そんなことは無いだろうさ。ジークが下手に出れば、きっと今すぐ復帰するだろうさ」

『道化師』の名前は、カルネス。奇術師で、トリッキーな動きで敵を惑わすことばかりをしている。はっきり言って、アテネからすれば、ヘイトとるときに一番いてほしくない人物である。

「というか、『最長老』も『伯爵』も『聖騎士』も早いねぇ。ようやく集合時間五分前だって言うのに」

「そうか。もうそんな時間か」

「あぁ、もうそんな時間だよ」

 カルネスに言われて気付いたが、何人かのプレイヤーがここに踏破者が集まってきているというのが、ばれているようだった。その証として何人か、目をこちらに向けている。

「どうやら俺たちが集まると存在感がすごいらしいな」

「そりゃそうだろうよ。だってあの時以来集まってねぇんだからな」

「ま、そうなるよねー」

 カルネスとアテネが冷静にそう言い、トーリンは、今更になって集合場所を間違えたか、と思った。しかし、ここじゃない場所に集まっても移動するのに時間が取られてしまうので、どっちも変わらないような気がした。

 これでまだ来ていないのは、『大元帥』と『画伯』の二人だけだ。そこで、アテネのところに、『画伯』から連絡が来たようだ。何か話しているのが、見て取れる。するとトーリンのところにもメールが届いた。相手は、『大元帥』からだった。内容は、ギルド加入申請が来たから少し遅れるとのこと。少しと言っても本当に少しらしく、どれくらい遅れるか、時間がかかれていない。本当に少しであれば問題ない。

「元帥は遅れるらしい」

「そうか」

 返事を返したのはクレイだけだった。するとようやくアテネが話を終えたようで、少し、ため息をついていた。

「『画伯』はなんて?」

「絵の仕事が長引きそうだって」

「なら仕方ない。少し待つか」

 彼女は、アテネ以上にレンに対して復帰して欲しいように言っている。そのため年代的にトーリンとクレイからレンと同い年であるということを推測されている。絵の仕事というのは、『画伯』という通り名の通り、ゲーム内でもリアルでも絵を描くことが得意なので、いろいろなところから絵の依頼が来るのだ。ゲーム内ではほとんどそれに時間を取られている。すると集合時間ぎりぎりにようやく『大元帥』がやってきた。

「なんだ、間に合ったじゃないか?」

「何を言っておる。飛行使い魔を使ってここまでかっ飛ばしてきたのだよ。全く時間指定などしやがって」

「まぁそうしないと来ない奴が約二名いるからな」

「あぁそこの『道化師』と『画伯』は来なさそうだな。というか『画伯』は来ていないのか?」

「どうやら仕事の関係で遅れるらしい」

「そうか」

 なんやかんや文句を言いつつも、あまり怒っていないのが『大元帥』である。それにしても『大元帥』も大変なギルドのマスターを務めている。

「そう言えば、オーファン、ギルドはうまく行っているのか?」

「なぁにトーリンのところほどではないが、うまくやれているよ」

「そうか」

 オーファンとは、『大元帥』のキャラ名である。最近になって新しくギルドを創設したらしいが、軌道に乗っているように見えなかったので、全員心配していたのだ。だが、オーファンの反応を見る限り、その心配も今日までとなりそうだった。

 それから十分後、ようやく最後の一人が到着した。もちろんいつも通りマイペースで急いだ形跡がない。まぁそれが彼女のいいところではあるのだが。

「ごめん、遅れた」

「ま、すっぽかされるよりはマシさ」

「え? すっぽかしてよかったの?」

「いやダメだからね」

「えーアテネ、鬼畜。蓮に対しても、そうやって無理強いするの?」

「え、そ、そんなことはしないよ。ってなんでジークが、私が復帰させようとレンに会ってこと知っているの?」

「だって私、レンの遠い親戚………」

 この時、レンと『画伯』がリアルで知り合い以上に近い関係だということを全員が初めて知った。それもそのはずで、蓮は言う必要がないと思って言っていなかった。対してジークは、聞かれてもいなかったので、言うことは無かっただけである。

「ま、それは置いといてさー、さっさと行こうぜ」

 カルネスの言う通り、さっさと行ってきたほうがよさそうだ。だんだん人が集まってきて、面倒なことになる前にダンジョンに入ってしまった方が楽だ。そこでオーファンからとんでもない一言を聞くことになるとは知らずに。


 誰にもばれないようにダンジョンに入った六人は、それぞれ集中していた。そのため、会話は無く、ただ敵がなぎ倒されていくだけの時間が過ぎていた。第一層をたったの五分で、第二層を八分で攻略した。そして第三層に来ていた。ここはまだ誰も踏み入っていないはずである。そこでオーファンが思い出したようにつぶやいた。

「そう言えば、ここに来る時に飛んで来たんだが、ここから上がなかったような気がしたのだが」

 その言葉に全員が固まった。旧京都駅の第四層と第五層がない。そんなはずはない。第一このダンジョンは、五層構成になっているからだ。なかったら、盛大なバグで今すぐメンテナンスが行われてもおかしくない。では一体どういうことか。しかし、全員の思考を切るように、クレイが一言言った。

「それはボス部屋について、倒してから考えればいいんじゃないかな?」

「そうだね、この状況で外を確認できるわけでもないし」

 などと軽い口調でジークが同意する。トーリンは仕方なく今は、前に進むことにした。全員がそれに従い、前へ進んでいく。しかし、ここでオーファンがいなかったら道中が大変なことになっていた。なんと、敵がボス並みに強いのだ。オーファンが的確に指示してくれたおかげで、一回も死ぬことなく、ボス部屋前のセーフティゾーンに到着した。

「道中がこんなに強いのは久々だね」

「そうだな」

 アテネの言葉に全員が頷いていた。まさかここまで来るのに第一層と第二層を攻略するのにかかった時間以上にかかっていたのだ。そして目の前には、守護龍の間と書いてある。ということは中にいるのは、ドラゴンということになる。

「さて、厄介なドラゴンか」

「それとも極端なドラゴンか」

「もしかしたらずっと飛んでるしか能のないドラゴンかも」

「それはないだろうけど、どっちにしても面倒だね」

 確かにクレイの言う通り、どっちにしても面倒なことこの上ない。だが、オーファンがいれば大抵のことは対応できるので、問題なく戦うことはできるはず。ならここは一回、下見をして、どういうドラゴンか、確認してから一度離脱し、作戦を練ってから再度突撃という形を取った方が楽だ。

「よし、一回目は様子見だ。適当はところで引き揚げて、二回目で完全に攻略する」

「うむ、俺も同じこと考えていたよ」

 この中での参謀、オーファンの許可も取れたので、さくっと偵察を済ませることとした。そうして、前線でヘイトを取るアテネが扉を開ける。しかし、扉を開けた先には、誰もいなかった。ドラゴンの姿すらなかった。すると急に扉が開かなくなり、閉じ込められてしまった。何が起きたのか、全く分からない六人は、ひとまずあたりを警戒することにした。その間にジークが、全員に補助魔法をかける。

「これで一応、一撃で倒されることは無いと思う」

 ジークの言葉に全員が安心した。そして、あたりを警戒していると空から急に、ドラゴンが降下してきた。名は、守護龍ユグドラード。HPバーの数は、七段。今までで最も多いボスである。

「七段、嘘でしょ」

「これを初見で倒すのは難しいぞ」

 アテネとカルネスの言う通り、今まで七段のHPバーを持つボスは存在しなかった。そもそもそんなにHPがあると時間がかかってしまうので、どんなに多くても五段、もしくはもの凄く固いので三段に設定してあったはずなのだ。そしてオーファンが気付いた。ボスに会ってはならないことに。

「な! このドラゴン、使役可能なドラゴンだぞ!」

 オーファンの言葉に全員が耳を疑った。だが、確かに見る限りでは、ユグドラードの名前の横に使役可能ということを示す騎乗のマークがついていた。

「どういうことだ」

「わからん。だが今は、こいつを倒すしかないぞ」

 クレイの言葉を境に戦闘が始まった。オーファンの指示により、最初の方はアテネがヘイトを取ることで、ユグドラードの行動パターンを分析することにした。どれだけ高性能なアルゴリズムをしていたとしても、必ず何かしらパターンがあるはず。その弱点を着いて攻撃をして倒すということにしたのだ。行動パターンを五分ほどで見切ったオーファンは、的確に指示を出し、アテネのタゲ取とトーリンの攻撃が重ならないように、攻撃をさせた。続いて、ジークには、補助の魔法をかけ続けることで、HPを格段に減らし続けるようにさせた。カルネスには、奇術師独特の攻撃で敵を惑わすように指示。そしてクレイには、遠くから弓で羽を狙い続けるようにさせた。最後にオーファンは盛大に魔法攻撃を仕掛けるようにした。それで順調にHPを減らし続けた。残りHPバーが三段に入るところで、急にユグドラードの動きが変化した。

「最初と同じようにアテネがヘイトを取り続けながら行動パターンを読む!」

 オーファンが叫んだころには、アテネはユグドラードの攻撃により、即死させられていた。ジークが回復を同時に行っていたにもかかわらず、あの防御力が高い守護騎士が、一撃で倒されたというのは、全員を動揺させるには十分だった。

「な、あのアテネが一撃だと」

「落ち着け! とりあえず全員散開! まとめて攻撃を受けないようにするんだ!」

 トーリンが何とかそう叫ぶ。だが、その間にクレイが攻撃を避けきれず大ダメージを受けていた。何とか、ジークの回復が間に合ったので、倒されることは無かったが。そこでオーファンはもう一度、使役可能のマークを見る。しかし、何も光っていない。むしろ消えていた。

「どういうことだ? なぜ使役可能じゃなくなっている」

「そんなことは後で考えろ!」

 クレイの一言で、我に返ったオーファンは現状を確認することにした。今の状態で一番HPが残っているのは、トーリン。まだ七割以上残っている。次に自分。こちらも七割近く残っている。五割以上残っているのは、カルネスとジーク。五割切っているのは、クレイ一人。倒されたアテネは、まだそこで横たわっている。ジークが蘇生魔法を使わない理由がわからなかった。

「ジーク、アテネを復活させろ!」

「だめ、蘇生魔法を使う前に攻撃される」

 ジークの言う通り、どうやら今現在ターゲットにされているのは、ジークだった。ヘイトを取らせるとしたら、オーファン自身かトーリンだ。しかし、守護騎士ほどの防御力のない二人は下手すると一撃で倒される可能性が高い。なら回避しながら攻撃することができるカルネスに頼むのが一番戦術的だ。

「カルネス! 五分時間を稼げ!」

「おっけー、任せときな」

 カルネスは、言われた通り、幻術を用いて、ドラゴンの気を引きつけた。それを確認したジークは、アテネに対して蘇生魔法、レイズ。HPを半分まで回復させた状態で復活させる魔法だ。アテネはそれにより、HPの半分だけ回復して復活した。しかし、それにより、ジークのMPは、半分を切ることとなった。カルネスはアテネが復活したのをちらっと見ただけで確認し、回避に専念することにした。その間、後ろからトーリンとクレイの二人で攻撃を仕掛けていた。オーファンは、状況を確認するために全員のステータス画面を確認していた。しかし、この状況で勝つことはほぼ不可能。残りHPバーが二段となっているが、これからまた行動パターンが変化すると考えると、これ以上HPを減らすのは困難なのだ。そして、ユグドラードは最後の一撃と言わんばかりに、溜め攻撃を仕掛けようとしてきた。オーファンはこれが最後のチャンスと言わんばかりに、全員に総攻撃を仕掛けるように言った。

「ここが最後のチャンスだ。全員で攻撃を仕掛ける!」

 オーファンの言葉を合図に全員が攻勢に出る。ボスの残りHPが三割を切り、そして後一割というところでユグドラードの攻撃が始まった。誰も避けきることのできない攻撃が一番離れていたジーク以外を襲った。誰かしら生き残ることをかけてジークは、回復魔法を準備していたが、全員がそこで倒れた。

「え、嘘」

 ジークはそれだけしか言うことができなかった。そしてユグドラードは生き残ったジークに対して、こういった。

「我にふさわしき王を連れて来るが良い。さもなくば今すぐここから立ち去れ!」

 そうしてユグドラードは、去って行った。ジークはMPを回復させながら、メンバーを蘇生した。そして、ダンジョンの攻略失敗を全員で認識することとなった。


 クレイの話を聞いて、蓮は、疑問を一つ抱いていた。それは使役可能を示すマークが消えたことだ。実際、そういうクリーチャーもしくはモンスターは、使役可能であればどれだけHPを減らしたとしても使役可能なままのはず。それにもかかわらず行動パターンが変化した時点で、使役可能が使役不可能になる。この部分に疑問を感じていたのだ。

「それで結局なんで使役不可能になったんだ?」

「それはわからん。だが、最後に聞いた言葉が関係している可能性はある」

「ふさわしき王を連れてこい、ねぇ」

「あぁ。王という通り名を持っているのは、私が知る限りでは、蓮だけだ」

「あのなぁ『海賊王』がいるだろ?」

「あいつはクラーケンばかり狙ってる。当分海から帰って来んよ」

 蓮の言った『海賊王』というプレイヤーは、ゲーム開始時からずっと海で海棲型クリーチャーの親玉と言われているクラーケンを狙っている。そのため、町に戻ってくることが滅多にないのだ。その『海賊王』という通り名がついたのは、つい最近で、蓮が復帰する前に最低限の知識として頭に叩き込んでおいたものだ。

「その『海賊王』なら行けるんじゃねぇの?」

「どうだろうな。私としてはお前を押したいところだが」

「俺に王の器があると思ってるのか?」

「まぁないよなー」

「はっきり言ってくれるじゃねぇか。でもその通りなんだけどよ」

 確かに蓮は、そんな器ではないと思っている。クレイが戦ったドラゴン、ユグドラードがどう思うかは別として。それにしても、そんなヒントが出てるということは、旧京都駅には、何かしらの謎かけがあるのではないかと思ったりする。

「もうオーファンとかが調べただろうから聞くけど、どこにもその王にふさわしいとかのヒントはダンジョンに隠されてないんだよな?」

「あぁ、一通り、第一層は俺が、第二層はトーリンが、第三層はオーファンが調べた。だが、それらしきヒントは無かったよ」

「はぁ、それを俺が、しかもまだレベル六十ちょいしかないって言うのに、調べてほしいと?」

「まぁ、そうなる。さっきも言ったが、道中必要なら行くぞ?」

「俺もさっき言ったと思うが、それはもう無理だ」

「どうしてだ?」

「もう第一層をジークと二人で突破したからだよ」

 今度こそ、クレイは、言葉を失った。まだ復帰して一日もたっていないというのに、この男は回復役の神官であるジークと二人で、第一層をクリアしたというのだ。はっきり言えばありえない。あのダンジョンは、レベルが低いプレイヤーがいればいるほど、不利になるように働いている。それにもかかわらず、第一層を突破したのは、後にも先にも蓮一人だけとなるだろう。

「それは、本当か?」

「本当だ。そんなに気になるならゆ………じゃなくてジークに確認すればいいじゃねぇか」

 蓮は危うくジークのリアルネームである雪菜と呼んでしまうところだった。たまにこういうことがあるので、気を付けているが、急に雪菜の名前を呼ぼうとすると、やはり癖でリアルネームの方が出てしまう。それをさらりと流してくれるのが、この目の前の男、クレイこと里峰将人だ。

「まぁそこまで言うなら、本当なんだろうな。それにしても困ったな。次のボス、魔法耐性がすごく高いのだが、大丈夫か?」

「大丈夫だ。ボスのおかげで結構経験値入ったし、それに道中の雑魚は全て奇襲で倒してるからな。次のボスの部屋に着くまでには七十になってるだろうよ」

「まぁそれならいいのだが。まぁあまりジークに無理はさせるなよ。ゲーム内で『画伯』として活動してる時の方が多いのだから」

「わかってるよ」

 将人に再度確認される前に、話を切った蓮は、話題を変えることにした。そもそも、雪菜の言っていたことが本当かどうか確かめる必要もあったのだ。

「それで俺から一つ聞いてもいいか?」

「答えられることであるなら」

「ジークが付きまとわれてるって事実か?」

「ふむ、やはり蓮にも相談していたか。それは事実だ。あーだから蓮に復帰してくれるように頼んでたのか」

「なんでそんなこと知ってるんだよ」

「蓮とジークは仲がいいということはすでに私たち七人の中では周知の事実じゃないか」

「いやまぁ否定はしないけどよ。親しき仲にも礼儀ありって言うだろ」

「だからちゃんと礼儀をわきまえているではないか」

 こうなると目っぽい弱くなるのは蓮だ。返す言葉がなくなるので、仕方なく話の続きを聞くことにした。そもそもなんでそうなったのか、という部分を。

「それでなんで付きまとわれるようになったんだよ」

「それがなぁ聞いた話によるとジークに惚れたようでな」

「あ? なんじゃそりゃ?」

 蓮にとって、とてつもなくどうでもいい話だった。そもそもそんなこと断ればいいだけの話で、蓮が出るような部分はないはず。いや、そう思いたい。

「それでなんで俺が出て行く羽目になるんだよ」

「ジークも慌てたようで、ぽろっと蓮の名前を出したらしい。それでその証拠をということで」

「あーはぁ、さいで」

 もう蓮にとって、どうでもよくなっていた。とりあえずそれで雪菜が安心してゲームにインできるなら問題ないな、と思った。話しが終わったようで、将人が蓮を連れて、外に出て、車で家の前まで送ってもらうこととなった。そもそも明日は、二人とも朝から出かけないといけないので、この辺でお開きとなったのだ。


 翌日の朝。蓮は、いつも通りの時間に起きた。今日も学校に行かねばならない。はぁ、と思いながらも支度をして、雪菜と合流してから学校に行こうとした。その時にインターホンが鳴った。

「朝から誰だよ、面倒だなぁ」

 と、口に出しつつ玄関の扉を開けた。蓮は少し驚くこととなる。目の前には、雪菜がいたからだ。横には雪菜の姉、涼子が立っている。

「こんな朝早くから何の用ですか? それにしても涼子さんがいるとは珍しいですね」

「やっほー」

「蓮、とりあえず歩きながら話すよ」

「そうか。ならちょっと待ってくれ。カバン取ってくる」

 蓮はそう言って一回、部屋の中に戻り、そしてカバンに必要なものを入れてから、玄関に戻り、靴を履いて、雪菜と涼子と共に出発した。


 学校に向かい始めてからしばらくして、ようやく雪菜が口を開いた。もちろん涼子は話す内容を知っている。蓮には、それが分かっていたので、少し黙っていたのだ。雪菜の話は至極もっともなことだった。

「蓮、いつ寝てるの?」

 蓮には、生活リズムという物が全くもって存在しない。毎日とまでは行かないが、四日間くらい寝ていなくても普通に過ごすことができる。その割に睡眠時間は短い。さらに言えば、寝てる時間もでたらめなのだ。昼間に寝ていたり、朝から晩まで寝ていたり、夕方から寝ていたり、とバラバラで、雪菜が時間を把握することすら難しい状態になっている。それがどうして雪菜にとって関係のある話か、というと黒部家から蓮のことに関して、時間があったら面倒を見てほしいと言われているからである。その適役として冬野家から選ばれたのが、雪菜なのだ。蓮がそのことを知らないと思っている蓮の両親は、うまくやれているという感覚がある。だが、蓮は、そのことを自身の姉を通じて知っている。そのため、自分からぼろを出すようなことはしていない。そもそも、蓮の頭でぼろが出るようなことは、どうやってもないわけなのだが。

「いつ寝てるって言われてもなぁ。それどうせ俺の親父から言われたんだろ? 雪菜の両親経由で」

「そうだけど」

「ま、いつも通りの時間に寝てるとでも言っとくわ。変なこと言って変にこじらせるのも面倒だし」

 確かに蓮の言う通りなのだが、それはそれで雪菜を心配させる一言でもあった。それに蓮は気づいていないかもしれないが、本音を一言も自分の口から言ったことがない。つまり周りに流されたままになっているのだ。たまに適当な嘘をついて流されないようにしているが、それでも自分の本音を言うことは滅多にない。蓮が今回みたいに答えたのも、蓮が本音を隠しているが故なのだ。

「蓮、実は本音隠してない?」

「は? いや、いくらなんでも雪菜の前で隠し通せるとは思ってないんだけど」

 蓮の言う通り、雪菜の前ではそういうことは滅多にしない。蓮にとって信頼できる人には、そういうことをしないスタンスを取っている。そのため、『最長老』ことクレイにも隠し事をしたことがない。

「まぁ心配すんな。そこまで無理するほど俺の体は頑丈にできてねぇから」

「ほーら、雪菜が心配することないって言ったでしょ」

「お姉ちゃん、でも私は」

「蓮君が困ってるよー?」

 言われてから気づいた雪菜は、はっ、というような表情をした。蓮は涼子の言ったことを否定することもなく、ただ歩いて話を聞き流していた。それにしても、ここまで心配する必要はないということを言っておかなければ、と蓮は思った。

「雪菜、あまり人の心配する必要はないぞ? そもそも俺はそんなに心配されるほどひ弱な体質じゃねぇし」

「そう、ならいいんだけど」

 一応、頷いてくれたので蓮は安心した。雪菜が心配する理由もわかっているので、あまり強く言うことができないのだ。蓮が一番心配していることは、その優しさを行為と受け取られてしまうことにある。他の人間にその優しさを発揮してしまえば、この人は自分に好意がある、という感知害をする人は多い。だからこそ、そんなことに巻き込まれないようにさせるため、蓮は、雪菜に他人の心配をする必要はないと言っている。

「他人の心配できる暇あるなら自分の心配でもしておけ」

「うん」

 雪菜は、蓮の言葉に素直にうなずき、それ以降会話が交わされることは無かった。


 学校に着くと、蓮と雪菜は、自分たちの教室に向かい、そこで二人の友達と他愛ない話をする羽目になった。蓮からすれば、少し雪菜と離れて考えることができて好都合、雪菜からすれば、もう少し蓮と話をしたいと思っていたので、タイミングが悪いと思っていた。蓮はそのまま、友達との話に集中してしまったので、雪菜は今は目の前にいるこの親友と話すことにした。

「雪菜ってホントに黒部君と仲いいね」

「そうかなぁ。私からすれば普通の関係だと思うけど」

「普通っていつも一緒に来てたら普通の関係だとは周りは思えないよ」

 そう言うのは、雪菜の親友で、蓮とも面識のある西條茜だ。一応、蓮ともそれとなく話をしたことがあり、それなりに蓮と仲がいい。それに助けてもらった恩がある。

 それは今は置いておくとして、雪菜は、茜に一つ確認することにした。

「そういえば茜、今あのオンラインゲームにインしてるの?」

「私? うん、してるけどー?」

 あのオンラインゲームとは言うまでもなく、エンドオブアースだ。茜も古参プレイヤーであり、蓮と雪菜のことをよく知っている。そもそも、彼女が高校生になってから雪菜のことにすぐに気づいたのだ。声がよく似ているということで気づいたとか。蓮の方は、後々になってから気づいた。というよりもあまりにも暗殺者のことに関して詳しすぎたので、墓穴を掘ったという方が正確だ。あそこまで詳しく話す必要はなかったし、そもそも茜が暗殺者をバカにしなかったら、蓮が『盗賊王』であるということもばれなかった。結局、蓮が一言で口止めをさせたので、クラスメイトでエンドオブアースをやってる人にはばれていない。そもそも、あの事件以来、蓮に関わろうとする人自体が減っているので、ばれる心配は当分ない。それでも少し友人がいるのは、雪菜のせいであると言わざるを得ない。雪菜はそこでようやく自分が蓮を注視していることに気が付き、視線を戻すと茜がにやにやと笑っていた。

「本当は好きなんでしょー?」

「そ、そんなことは無いよ」

 雪菜が慌てて否定する。しかし、その慌てぶりが茜を確信へと導いたようだった。だが、茜は何も言うことなく、そのまま話題を変えてきた。

「それにしてもさー旧京都駅ってどんだけ難しいダンジョンだよって言いたくなるよねー」

「そうだね。『伯爵』達が踏破者を集めても攻略できなかったからね」

「そうなんだよねー、でもあれって『盗賊王』がいなかったんでしょー?」

「でも、結局六人が最高だからどの道、『盗賊王』は連れていけなかったよ」

「私からすれば、『盗賊王』を『道化師』の代わりに入れて行けばいけたと思うんだよね」

「どうだろうなぁ。結局第三層のボスでタンクの『聖騎士』が倒されちゃったから、あまり変わらなかったと思うよ」

「そうなの? あの『聖騎士』がボスに?」

「うん、蓮に言っても同じようなこと言うかもしれないけど、あの『聖騎士』がボス相手に初めて一撃で倒されたんだー。さすがに対応しきれなかったよ」

 茜が驚くのも仕方ない事である。『聖騎士』は、ボス戦で一撃死効果付きの攻撃以外で一撃死のない唯一の守護騎士として知られていたからだ。それもずいぶん前からだ。だからこそ古参プレイヤーである茜は驚いたのだ。

「第三層のボスってどんな奴だったの?」

「ドラゴン。固有名持ちのドラゴンだった」

「なるほどねー」

 茜は古参プレイヤーの中でも情報屋として知られている。それは『伯爵』が認めるほどの腕前で、戦いは苦手―外から見た勝手な憶測である―だが、大概の情報は彼女の元に集まってくるという感覚ができてしまっている。茜も日々、新しい情報を自分の足で仕入れている。

「そういえばさ、黒部君…………じゃなくて『盗賊王』レンが復帰したってホント?」

 茜は気を利かせて、周りに聞こえないように小さな声で聞いてきた。雪菜はそのことを一切話していなかったにもかかわらず、茜がそういうことを知り得ているということに驚いた。

「ど、どうしてそれを?」

「いやね、昨日、ゲーム内でメールが本人から来てさー」

 雪菜は、蓮が自分で復帰すると伝えたのか、と思って安心した。

「そう言うことなら私の口から言ってもいいのかな。うん、蓮は昨日から復帰したよ。ちょっと私が強引に頼んだところもあるかもしれないけど」

「へーなるほどねー。そういうことだったかー。それにしても『盗賊王』は『画伯』の願いを断りきれないみたいだねー」

「そ、そんなことないよ。私が結構前から頼んでたのに何回も断ったんだから」

「はいはい、頑張ったね」

 茜は適当にそんなことを言ってくれた。確かに茜にとっても、『盗賊王』の復帰は嬉しいことである。彼がいないと、新規でやる人が暗殺者を全くやってくれなくなるからだ。そうなると蓮から聞いた話がすべて意味のない物になってしまう。それでは話を聞いた時間だけ損となってしまう。そうなることがなくなってよかったと安心しているのだ。安心するのにはまだ早い気がするが、それでも茜に取ってみたら、復帰したという情報があるだけで充分なのだ。

「でもあの『盗賊王』が復活となると『海賊王』は、どうなるのかな?」

「まぁどうもならないでしょ。だって二人とも違う職だし、そもそも目指してるものも違うし。運営がこの時点で手を出してきてないんだから、どうともならないでしょ。けど会うとにらみ合いになるとかはありそうだけど。でもそんなの気にしない人なんでしょ?」

「それはそうだけど」

「心配?」

「それは………もちろん」

「なら直接本人に聞けばいいじゃん。幸いすぐそこにいるんだし」

 茜は雪菜に対して、無理難題を押し付けてきた。それを朝聞こうとして失敗しているというのに、どうしてもう一度聞かなくてはならないのか。それに蓮が復帰したことはまだ誰にも知られていないので、聞く必要もないという物だ。確かにこの先、起こりうることなので、先に聞いておくのもいいかもしれないが。それでも、やはりまだそこまで考える必要はないのではないかと思ってしまう。

「でも今はいいよ」

「そうやって先延ばしにしてると先に誰かに取られちゃうよー?」

「そ、そんなことない」

 雪菜は慌てて否定した。しかし、雪菜の言う通りで進んで蓮のような人間に関わる人は少ない。そもそも、蓮が他人と関わることの方が珍しいという物だ。蓮は家の事情であまり他人と関わろうとすることは無い。そうすることで他人を巻き込まずに済むと思っているからだ。だから、茜とも最初は関わろうとはしなかった。だが、雪菜の策略により、なんだかんだで顔を合わせれば挨拶をする程度の関係を持つようになった。

「もしかして茜が蓮を狙ってるの?」

「そんなことは無いよー。まさか他人の恋路を邪魔するようなことはしないよー」

 などと平気な顔して言ってきた。まぁそれが茜らしいと言えば、茜らしいのだが。それにしても、蓮はあの悪友と何を話しているのだろう、ということが少し気がかりであった。


 その頃、蓮は、目の前の唯一の友人、児玉礼司と話していた。彼も一応エンドオブアースのプレイヤーである。しかし、蓮が『盗賊王』であるということは知らない。新参プレイヤーに近いプレイ経歴しかもたないので、『盗賊王』が目の前にいる蓮であるとは認識できていないのだ。

「昨日からまたインし始めたんだな!」

 そう、このことだけは知っているのだ。蓮が一回、エンドオブアースを引退したということだけは。どこで仕入れてきたのか知らない。そのため、蓮は少し警戒している。

「なんでそのことを知ってるんだよ」

「そりゃフレンド登録してあるからな」

「あーそうだったな。前に一度だけ言われてフレ登録しておいたな」

 そう、蓮は一度誰にも言わないで、エンドオブアースにインしていたことがある。しかし、その時は、この目の前にいる礼司とフレンド登録をするためであり、完全に復帰していたとは言い難い。そのため正式な復帰は昨日なのだ。

「それにしてもいきなりダンジョン行くなんてひどくね?」

「しょうがないだろ。前から復帰したら最初に声かけて、一緒にダンジョン行くって約束してたんだし」

「そうだったのか」

「まぁな。それより礼司、あれから強くなったのか? 前のままだとちょっと一緒には行きたくないんだが」

 と、少し冗談交じりで蓮が言う。それを礼司は、真面目に言っていないということをわかってないふりをして、答えた。

「えーマジかよ! ちょっとそれひでぇよ」

「まぁそういうってことは少しは強くなったらしいな」

「おうよ!」

 蓮にとって、この目の前にいる礼司のキャラクターはこの先、必要になりそうだったので、ある程、守護騎士に関しての知識を、『聖騎士』のうけうりではあったが、伝えておいたのだ.。

その通りにやっていれば、強くなっているはずである。すぐにでも確かめたいところなのだが、あいにく蓮は、今、雪菜と二人で旧京都駅を攻略している最中だ。もしクリアできなかったら、一緒に連れて行こう、と考えている。それでも蓮は、その前に腕前を確かめたかった。だからこそ蓮はある課題を課していた。

「それで課題はクリアできたのか」

「もちろん、蓮の言うとおりにやったら簡単だったぜ」

 礼司は蓮にあった当初、パーティープレイをこなしたことがなかったのだ。そのため蓮は、クレイに頼み込んで、クレイのギルドでパーティープレイに慣れさせてくれと頼んだのだ。もちろん直談判しに行ったのは、礼司だけだが。そこでクレイが行っている高難度ダンジョンの攻略に参加し、一定の評価を受けてこい、という課題を課したのだ。

「それでクレイはなんて?」

「少し動きに問題があるけど、これなら野良でやってもさほど問題にはならないだろうってさ」

「はぁそうか」

 蓮は、クレイが投げたのではないかと思った。しかし、礼司の表情が自信に満ちていたので、クレイの評価は間違ってなさそうだった。

「そのあとは?」

「そのあとは、普通に野良パーティーに参加していろんなダンジョン回ってきたわ」

「そうかい」

 蓮は野良でいろいろなダンジョンを回ってきたのなら、それなりに動きは完璧に近いものがあるだろうと判断した。

「まぁ、今のダンジョンが攻略し終わったら誘ってやるよ」

「お、本当だな。楽しみに待ってるからな!」

「まぁもしかしたら超高難度のダンジョンかもしれないけどな」

「どんとこいだ」

「さいで」

 蓮は礼司のやる気に少し呆れていた。そのやる気をもう少し勉強の方に持っていけないのか、と思っていたのだ。

「それにしても蓮は成績いいよな」

 それを見透かしたように礼司がいきなり成績の話を振ってきた。蓮は、自分の心が読まれているようで、驚いたが、それを表に出さないように話を続けた。

「そりゃ授業中の話だけ聞いてれば、できるようなテストだからな」

「そうなのか?」

「普通そういうものだ」

 蓮は、少し強めにいい、礼司のやる気を少し勉強に向けさせるようにした。が、失敗に終わってしまった。

「だけど今は、ゲームの方が楽しいぜ!」

「お前の親御さんに同情するよ」

 蓮の呆れた一言も聞こえてないようで、何も聞いていなかったかのようにはしゃいでいる。蓮はそれを見て、呆れることもできなくなっていた。

「それにしても礼司、よくあきずにできるな」

「そりゃ、俺強くなってる感じがわかるし、それがわかれば楽しいって思うんだわ」

「なるほどな」

「そう言う蓮は戦ってるところ見たことないけど、大丈夫なのか?」

「あぁ、今行ってるダンジョンで大体は掴めたわ。それに前とあまり変わってないみたいだし、ま、その辺はまた向こうで見せるわ」

「そうだな。そのほうが早いし」

 蓮の言うことに礼司も頷いた。本当に自分が『盗賊王』であるということがばれてない。それは結構なことなのだが、それでもやはり気になるのだ。実は自分が『盗賊王』ということに気づいて接触して来ているのではないかと。だからこそ警戒するようになる。自分があそこで有名になることがないように。

「それにしてもさー『盗賊王』とか『画伯』、『最長老』とかって何なんだ?」

「はぁ、お前、そのくらいの基礎知識付けておけよ」

「え? 基礎知識かよ」

「基礎知識も何も超有名人じゃねぇか」

「超?」

「あぁ、当時攻略不可能と言われてたダンジョンを七人で入って行って、あっさりクリアした七人のことじゃねぇか。例外的に『海賊王』なんてのがいるけども」

「そうだったのかー。いやーだからあの人、あんな知ってるんだな」

「まぁそういうことだ」

 蓮はそう言ってこの話を無理矢理切った。そもそも、この話をこれ以上続けていると変な方向に行き、また墓穴を掘りかねないということもある。そして七人の踏破者に関しての話は、そこで終わり、そのままホームルームとなった。


 蓮と雪菜の高校は、そこそこ偏差値の高い高校で、それなりにちゃんと勉強しないと赤点を取る可能性のある学校である。そのため、ゲームなどやってる生徒はごく一部で、蓮と雪菜、茜、礼司は、そのごく一部の生徒なのだ。彼らが同じクラスになれたのは、偶然であり、教師たちが狙って一緒にしたわけではない。蓮と雪菜は例外的に常に一緒になるようにされてはいるが。それは理由があり、今は言うことはできないが、後々雪菜のよき理解者である茜も同様の扱いを受けることになるだろう。それは蓮では、踏み込めない場所に一緒について行ってもらうためであると考えられる。が、正確なことは雪菜の担任、もしくは両親に聞かないと分からないことであるので、あまり深く考えないでおく。

「それにしても、蓮、今日も冬野さんと来てたらしいな」

 ホームルームが終わり、礼司が蓮のところにやってきて、開口一番にそんなことを言い始めた。蓮にとっては、中学からの習慣となっているので、こういうことには慣れている。

「同じ方向だからたまたま一緒になるだけで、お前らが期待するような関係じゃねぇよ」

 新学期が始まってから、もう二ヶ月が過ぎている。蓮はこの手の話を何回も繰り返してきた。そのため、ほかの生徒に何も言われないように教室では、疎遠の関係のようにふるまっている。それに雪菜にあまりその手の話で迷惑をかけるわけにもいかない。

「ま、そんなに気になるんだったら本人に直接聞け。俺を通して聞こうとするな」

「わかってるって。まぁ度胸がないから聞きたくても聞けないんだけどな」

「なら諦めろ」

 蓮はそう言い、その話からすぐに離れることにした。

「それよりも礼司、今日、面倒な日だよな?」

「あー確かに面倒な日だったなぁ」

 この二人、よく授業をさぼっている。だが、成績が悪くないので、教師陣は文句が言えないのだ。それに蓮に関しては、学年トップに近い成績を叩き出している。

 蓮と礼司が面倒だと言った授業は、もちろん英語だ。二人とも英語の授業に関しては、面倒だ、という認識を持っている。それに教師も教師で、眠りを誘うような授業の進め方をするのだ。よって蓮と礼司は、この英語の授業をよくサボっている。サボるということを決めた蓮は、礼司より先に、教室から出て行き、秘密裏に作った屋上への道をたどって、屋上に出て来ていた。屋上でゆっくりしていると蓮と同じ道をたどって誰かがやってきた。蓮は少し警戒した。礼司にはこの道を教えていないからだ。それに教師たちにもばれてはいない。

 蓮の警戒は、思わぬ人物がやってきたことで、それが驚きに変わった。蓮と同じ道をたどってやってきたのは、雪菜だったのだ。

「は? 雪菜、どうしてこの道知ってるんだよ」

「えっと、その、つけてたから」

「え? いつから?」

「教室出て行った時から」

 蓮としては最大の失態である。屋上への道があると教師に知られると、とてつもなく面倒なことになる。それに加え、この状況下では雪菜を巻き込みかねない。それだけは避ける必要があるのだが、どうやら雪菜にはそう言った心配がないらしい。

「大丈夫だよ? ちゃんと蓮と同じように歩いて来てたからばれてないよ」

「それならいいんだけど。でも、よく一人でここに来たな。茜とか来そうな感じがするんだが」

「茜には、適当な理由つけて置いてきたの」

「さいで」

 どうやら雪菜には、話したいことがあるようだった。雪菜との付き合いの長い蓮にはわかっていた。

「それで何か聞きたいことでもあるのか? 授業をさぼってまでここに来るなんて雪菜らしくないぜ」

「そうかな? でも、一回やってみたかったの」

「あーそうかい」

 蓮は少し、雪菜の行動に関して、ため息をつくところがあったが、いつも授業をさぼっている蓮に比べれば、何ら問題のない優等生であるし、適当な理由で抜け出してきたということであれば、問題はないだろう。余談だが、雪菜は学年トップの成績の持ち主である。

 蓮と雪菜がこうして学校で二人きりになるのは、初めてのことである、そもそも、二人ともあらぬ噂を流されないようにするため、特殊な事情がない限り、接触することは避けてきた。だが、ここではそう言った邪魔が入ることは無い。だからこそ、雪菜の本音が、蓮の本音が、とてつもなく聞きやすい。つまり、お互いの心の内を話すということがしやすい。

「蓮、私ね、本当にゲームに復帰させてよかったのか、わかってないんだ。今でも復帰させてよかったのか、わからない」

 蓮は雪菜の言葉をしっかり聞く。そして、その裏に隠された想いを探る。それをしてから蓮は答える。

「まーあれだ。問題ないさ。そもそも、学業に影響が出るわけでもないし、まだ雪菜と茜とほかの踏破者たちのおかげで俺が復帰したことがばれてるわけじゃない。それにまた有名になるとは思えないし。さらに俺のプレイヤーネームを覚えてる人なんて一握りだ。今度は有名になってもやめないから安心してくれ」

「どうして?」

「いや、暗殺者をやってる以上、そりゃ有名になっちゃうでしょ。だって、ただでさえ、暗殺者やって人少ないんだから」

「あ、そっか」

「まぁそういうことは、もう気にしないことにしたんだよ。まぁそういうことだから、あまり復帰させたことに関して心配する必要はないさ」

「そう、よかった」

 雪菜の表情を見て、蓮は安心していた。蓮は朝から雪菜の様子がおかしいことを見抜いていた。それは、体調的な意味ではなく、精神的な意味で、だ。蓮は、雪菜がここまで来るとは思っていなかったが、今日中に話してくるだろうとは思っていた。それがまさか自分を復帰させたことを気にかけてるとは思っていなかったが。

「なぁ雪菜」

「なぁに?」

「今日の授業あと何があったっけ?」

 雪菜はそれを聞いて、少しがっくりしていた。まさかそんなことも知らないなんて、と思っていなかったのだ。

「もー今日の授業くらい把握しておいてよ」

「そう言うことは覚える必要ないだろ」

「もう全部サボる気?」

「さぁ?」

 蓮は、あえて何も答えずに、雪菜の答えを自分で判断させるような返事を返した。

「えっと英語のあとは、数?と化学と体育」

「体育? 何するの?」

「えーそのくらい覚えててよー。えっと体育は今度行われる体育大会の競技決めとその練習だよ。でも蓮ならどれでも一位とれるよね?」

 などと期待を込めた眼差しで雪菜が見つめてくる。もちろん蓮は雪菜がそうして欲しいと言えばそうするだろう。

「ま、期待に添えるように頑張りまーす」

「うん、期待してるね」

「それで午後は?」

「午後は、二時間連続でホームルームだよ」

「は?」

「私たちは七月に親睦旅行に行くでしょ。それに関係する話だって」

 そう、蓮たちの学校は、七月というとてつもなく暑い時期に旅行に行くのだ。それがとてつもなく暑い場所だったら、蓮はサボっていたに違いない。しかし、学校側もそこまでは酷ではなかった。この時期は比較的に涼しい場所に行くらしい。らしいというのは、蓮はどこに行くのか、聞いてもないし、そもそも、そんなことがあるということを今思い出したところだ。

「ふーん、じゃ睡眠時間だな。屋上でサボってるか」

「ダメだよー。蓮は一応私と一緒の班なんだから少しは手伝って」

 は? と思ったのは当然蓮だ。まさかもう班が決まっているのか、と思ったのだ。蓮が知らないのも当然で、蓮が一度やむを得ない事情で学校を休んだ際に決めたのだ。だから、その話に関して、どうなってるのか、全く知らないのだ。蓮は、後で詳しく礼司に聞いておこうと心に決め、話を続けさせた。

「それで、今日は何を決めるんだ?」

「今日は部屋割りだって。ってなんで知らないの?」

「いや、決めた日俺いなかっただろ? だってそんな話があるって雪菜が知ってるんだから、その時学校に来ていれば、俺を連れ戻すだろ?」

「もちろん」

「で、その日俺を連れ戻した記憶は?」

 雪菜は、一生懸命思い出そうとしているが、思い出すことは無いだろう。なぜなら、さっきも言った通り、蓮は学校に来ていなかったのだから。

「あれ? 蓮、その日学校来てた?」

「休んでたよ。たぶんだけど」

 それを聞いて雪菜は、納得した表情で頷いていた。雪菜は少し、蓮と話をしてから授業が終わり、そのまま教室へと帰って行った。


 その日の午後、蓮は、サボろうとした直前に雪菜に捕まった。あれほどサボらないでって言ったのに、と怒られた。もちろん誰も見てないところでそういう会話をしたので、問題はないはずだ。授業がサボれないということを除けば。蓮は帰る準備をしていたので、カバンも持っている。というか、カバンごと持って教室から出て行ったら、雪菜に先回りされていたのだ。

 結局、接戦の末、蓮が負けて、雪菜に連れ戻されたということになった。

「もう。今日は部屋割り決めるって言ったのに」

「だってどうせ礼司が気を利かせて」

「そのお友達も帰っちゃったの!」

 礼司、俺より先に帰るなんてやるじゃねぇか、と心の中で思った蓮は、雪菜に引っ張られたまま教室に帰ってきた。蓮は、茜もいないことに気付く。

「おい、俺は帰っちゃだめで雪菜の友達は帰っていいのか」

「茜は、蓮の友達を忘れ物してるよって嘘ついて呼び戻してるからいいの!」

 それだけ言って雪菜は、一人席に戻って行った。蓮はここから帰ろうとするのは、無理だと判断しておとなしく自分の席に座り、寝ることにした。

 蓮が席におとなしく座った数分後に礼司が連れ戻されてきた。もちろん茜に後ろをガードされている。礼司はどうやらまんまと茜の作戦にはまったようだ。

「おい、どうしてこうなった、蓮」

「俺に聞くな。俺はぎりぎりならばれないだろうと思ったが、冬野に止められた」

「俺は卑怯な手を使われて」

「引っかかるお前が悪い」

 などとお互いに言い合った結果、あの二人には勝てないという結論に至っていた。そもそも雪菜と茜の目が鋭すぎるのだ。どうして蓮がばれたのか、どうして先に帰った礼司がばれたのか。礼司はどう考えたってばれにくい。まぁ礼司の席を見れば一目瞭然ではあるが。それでもどこかで昼食を取ってるのだろうとか、ほかの予想が付くはずだ。それにもかかわらず、帰ったと判断した茜の推測がすごすぎる。雪菜は多分朝の話で、蓮がサボるということを見抜いたのだろう。そうでもなければ、下駄箱で待機しているはずがない。

「全く、面倒なことになったなぁ」

「ほんとにそれな」

 二人は、来年は雪菜と茜とは違うクラスになりたい、と思った。蓮は、雪菜が真面目過ぎると思ってもいたが。そうしてホームルームが始まった。蓮と礼司にとっては、最悪のホームルームが、雪菜と茜にとっては、もうすでに決まっているようなものを決めるホームルームが、始まったのである。

「蓮、寝てるふりしてれば完璧じゃね?」

「確かにそれはあるな。よし、寝よう」

「おう、寝よう」

 蓮と礼司は、ほぼ同時に机の上で規則正しい寝息をし始めた。なんと行動の速いことで、蓮は本当に寝ていた。礼司は寝たふりをしていた。だが、蓮はばれず礼司だけ寝ていることがばれてしまい、結局、最後まで話につき合わせられることとなった。蓮は、雪菜が手遅れになるくらいの睡眠に入ってしまっていた。そのため、部屋割りは担任の権限で勝手に決めらそうになった。しかし、雪菜と礼司のおかげで何とか蓮がキレるような事態は避けられた。

 そこまで雪菜が担任を説得したのは、蓮が一度キレると誰の手にも負えなくなり最終的には、雪菜が別の場所に連れて行くしかなくなるからだ。それを知っているのは、雪菜本人だけなので、班を決める時も、そして今回の部屋割りも雪菜は蓮がキレることのないように組み合わせている。そもそも、班は雪菜の意向と雪菜の保護者から男子の方には蓮を入れるように、と頼まれているので、まず蓮がキレるような事態にはならないが。しかし、部屋割りはさすがに男女を一緒にするわけにはいかないので、雪菜は蓮が寝始めてからすぐに行動に出たのだ。蓮が寝ることは最初からわかっていたので、あらかじめ準備していたのだ。蓮は、よほどのことがない限りキレることはない。寝ている間に勝手に部屋割りが決められていても、まぁいいか、程度にしか思わないかもしれない。だが、さすがに担任のやろうとしたことにはストップをかけた。礼司にはその際、帰ったことをばらさないから、という条件を付けて手伝わせた。

 そうして何とか知らない間に難を逃れた蓮は、ホームルームが終わると同時に目を覚ましたのであった。雪菜と礼司が疲れているところを見て、何かあったのか、と思いながらもそれを聞くということはしなかった。その理由は、担任を見てすぐにわかったからだ。

「お疲れ、雪菜。どうやら頑張ったみたいだな」

「もう、勝手に寝るから大変なことになるところだったでしょ」

「まぁ終わったことだし気にすんなよ。まぁあっちはどうか知らないけど、俺の知ったこっちゃない」

 そう言って蓮は、担任が止める前にさっさと帰って行った。雪菜はそれを駆け足で追い掛けて行った。まだ帰りのホームルームが終わっていないのだが、それに気づかなかった担任は、二人が先に帰ったことに気付かないまま、解散させたのであった。


 蓮は、礼司から先に帰ったことが担任にばれなかったということを聞いて安心していた。ばれると少し面倒なことになるからだ。蓮からすればどうでもいいことなのだが、雪菜から見ると、どうでもよくなくなる。ただでさえ優等生として、教師陣からそれなりの信頼を置かれているので、それを無くすわけにはいかないのだ。そういう事情があり、蓮は、学校では雪菜と距離を置いているのだ。

 それはともかく、今日は帰ったらすぐにエンドオブアースにインする予定だ。そもそも雪菜に今日も旧京都駅を攻略しようという約束をしている。そこで蓮はクレイこと里峰将人から聞いた話を思い出した。

「そう言えば雪菜、第二層のボスって魔法耐性が高いらしいな」

「え? なんで知ってるの?」

「そりゃクレイに聞いたし」

「いつ聞いたの?」

「昨日、こっちで会って話しした時に」

「じゃ旧京都駅の第四層と第五層がないことも知ってるの?」

「おう、知っているぞ」

「それは、昨日の第一層を攻略する前から?」

「いや、攻略する前から知ってたら行こうとか言わないから。それにそのことを聞いて少し…………いや、長めに固まってたわ」

「そ、そうなんだ」

 確かに蓮の言う通り、事前に知っていたら、旧京都駅に行こうなんていうはずがない。それは雪菜が一番理解できていた。しかし、もう攻略を始めてしまった以上、進めるところまで行くしかない。それに第二層のボスにたどり着くまでに蓮のレベルが七十になる可能性が高いので、雪菜はあまり心配していなかった。

「大丈夫、蓮のレベルが七十になるし」

「あーそうだなぁ」

 そう、蓮が第一層と同じような道中をやれば確実にレベルは七十になるはずだ。しかし、今回の方法はもう使えないだろう。蓮がレベル五十で、なおかつ雪菜のレベルが七十であったからこそできた一種のパワーレベリングだ。今回しか通用しない手段であることは、蓮はよくわかっている。

「しかし、このやり方、今、思えば今回しか通用しない手段だよなぁ」

「うーん、そうだね」

 雪菜も蓮の言うことに頷いた。雪菜もわかっていたのだ。今回限りの手段であることに。そして雪菜は少し考える仕草を見せた。蓮はそれを見て歩くのをやめた。その理由は、雪菜が考え事を始めるとその場に立ち止まるからである。それを知っているので、蓮は、雪菜の考え事が終わるまで待つことにしている。

 少ししてから、雪菜は、蓮が立ち止まっているところを見て、自分が考え事にふけっていることに気づいた。少し申し訳なさそうに蓮を見た。

「ごめんね、少し考え事してた」

「いや、別に怒っちゃいねぇよ。それにしても何考えてたんだ?」

「これからのことかな」

「へーこれからのことねぇ」

 蓮は少し興味なげに答えた。雪菜はそれを良しとしなかったようで、少し怒っている。自称クールキャラを語っているのに、こうも表情豊かなになれるものなのかね、と蓮は思った。そこで雪菜が思い出したように聞いてきた。

「それはそうとなんでボスのこと知ってるの?」

「いや、さっきも言ったけど、クレイから踏破者で集まって旧京都駅に行ったって聞いたし」

 それを聞いて雪菜は少しがっくりしていた。それを見逃さなかった蓮は、クレイが口止めをされているにもかかわらず、自分に当時の話をした、ということにようやく気付いた。

 だが、今はそんなことは関係ない。それよりも雪菜に変な勘違いをされる前に訂正しておく必要がある。

「雪菜、あまり気にしてないから、変な勘違いするなよ。そもそも俺がいない間に雪菜が誰と遊ぼうが雪菜の自由なんだからな」

「うん、そうだね」

 蓮の言葉を聞いて、雪菜は少し安心した。蓮がそこまで気にしていなかったこと、蓮に隠し事をしていたこと、などをマイナス方向に捕らえられなくて、という意味で安心していた。だが、実際考えてみれば蓮の言う通りで、自分がいつ、どこで、誰と、遊ぼうか、その人の勝手なのだ。

「それにしても、蓮、よく気にならないね」

「気にならないって何が?」

「だって私が復帰させようとしたのが、クレイさん経由だったらどうしてたの?」

「そこは気づくから安心しろ。そういう嘘で俺をごまかせると思ってないだろ、雪菜も」

「それはそうなんだけど」

「まぁそれでも雪菜に対する信頼は変わらんよ」

 蓮がそこまで言い切ってしまったので、雪菜が少し顔を赤くしていた。それに気づかなかった蓮は、信号が青になったので、先に歩き始めた。置いて行かれそうになった雪菜は、少し小走りで蓮のあとを追いかけて行った。信号から少し歩いたところの角を曲がって、少しまっすぐ行ったところで蓮は、雪菜を家の中に入らせて、自分は、さっさと家に帰ることにした。雪菜の家から蓮の家まではおよそ二十分程度。それなりに遠い場所に蓮の住んでいるマンションはある。蓮は、急いで自分の家に帰ることにした。

  


 蓮が自分の家に着いたのは、あれからちょうど二十分だった。急いで帰ったのだが、途中で今日の晩御飯の食材を買っていないことに気づいたので、スーパーに五分ほど寄ったので、急いで帰っていたが、この時間になってしまったのだ。

「さてと、さっさとインしますか。晩飯は雪菜が食べるタイミングで食べればいいだろうし」

 今日は雪菜の希望で、少しは奇襲じゃない戦い方もするということになっている。まぁ蓮のレベル事情で一回だけしかできないのだが。それでも蓮は、今の戦い方を学べるチャンスだと思った。まぁ大体は見たり、聞いたりで理解することはできるのだが。しかし、体験するのとしないのでは大きな差があることも、蓮は理解している。そうして蓮はゲームを起動させた。

 出された場所は、もちろん昨日最後に落ちたボスの部屋にあるセーブポイントだ。すでに目の前には、出発の準備を終えた雪菜ことジークが待ち構えていた。

「遅いよ」

「悪い。晩飯の食材買ってた」

 レンは素直に謝っておく。一応何も言わずに待たせたので、それくらいは認めておく。ジークはそれを聞いて、満足そうにうなずいた。そして、今日の目標を蓮に伝える。

「今日は、レンのレベルを七十にして、第二層を突破しようと思ってるんだけどいいかな?」

「いいんじゃねぇの。第一ここを攻略するつもりで来てるだし。それに加えて俺のレベルが七十になるのなら、得しかないしな」

「うん」

 ジークは、レンに同意を得られて安心した。そして二人は、出発した。

 第二層は道中の敵もジークのレベルより高くなる。それに第一層に比べ、敵の出現数が多くなる傾向になっている。だからこそジークは、この機会を利用して、レンに今の戦い方を教えておこうと思ったのだ。もちろんそれを実際に体験することはできない。なぜなら、レンの戦い方は、奇襲ですべての敵を排除してしまうので、言葉で伝える形になってしまうだろう。

「レン、今日言ったことだけど………」

 そう、ジークが言葉を発する前に、レンがそれを遮るように敵に飛び込んでいった。どうやらレンの直感は、そこら辺にいるプレイヤーとは比べ物にならないほど、鋭いようだ。レンは正確に敵の弱点部位に攻撃を当てて、一発で倒してしまった。

「悪い、ジーク。たまたま目の前に敵がいたから」

「レン、索敵スキルどれくらいあるの?」

「あーそれは第一層でマスターしたわ」

 ジークは、呆気にとられていた。まさか第一層攻略中に索敵スキルをマスターしてしまうとは思っていなかったからだ。スキルをマスターしたということは、それ以上スキル熟練度が上がらないことを意味している。今の限界は、一万である。だが、レンが引退した時期は、七千くらいがスキル熟練度の上限だ。それなのに第一層だけで三千も上げてしまうとは思っていなかったのだ。それはそれですごいことであるのだが、たぶんそんな無理ができるのはレン一人だけであろう。

「よく三千も上げきれたね………」

「だって道中ずっと索敵スキル使ってたからな」

 よくよく考えればそうであろう、とはジークも思っていた。だが、実際にそこまでする人は、索敵スキル持ちの知り合いの中にはいない。つまりレンしかしないことである。職業上、奇襲で倒した方が楽である暗殺者ならでは、なのかもしれないが。

「それにしてもよく道中ずっと発動させたままにできるね」

「だって、二人しかいない上に、奇襲されると厄介だろ?」

「え、あ、うん、そうだけど」

「なら発動させておくに決まってるだろ」

 確かにそのほうが全滅する確率は減る。が、索敵スキルは、そこまで便利なものではないので、完璧に敵からの奇襲を防げるわけではない。確率で防げるだけだ。逆に奇襲するなんてこともできる。だが、それをするのは、とてつもなく難しいことである。

「それにしてもレン、よくそんな難しいことできるね」

「だって暗殺者は奇襲が主な戦い方だからな」

 確かに暗殺者は、道中を楽にするために存在すると運営の公式発表があった。だが、決してボス戦で使えないわけではなく、それなりに活躍することはできるということも言われた。しかし、結局そのような使い方ができないプレイヤーが多くなってしまったので、暗殺者をやる人が少なくなってしまったのだ。

 その流れに反するようにレンは、始めた当初からずっと暗殺者をやり続けている。今では、ここまでできるようになったが、それには莫大な時間をかけて、暗殺者という異質な職を極めたからだ。そうしてレンは、誰にもできないことをやり遂げようとしていた。

「今思うと暗殺者ってレンのような人のために作られた職業なのかもね」

「あーそれありそうで怖いわー」

 それはそれで本当に怖い話になるが、問題はそこではない。問題は、暗殺者をやる人が少なくなっていることにある。まぁこれ以上少なくなることは無いと思われるが。

 今更のように現状を確認して、レンとジークは、先を急いだ。急ぐと言っても敵を倒しながら行くので、第一層よりは時間はかかるはずである。敵の量も多く配置されていると考えられるからだ。レンは、道中は、奇襲で倒して行った。しかし、第二層には一体だけ中ボスが配置されているらしいのだ。それは不確定情報なのだが、注意するに越したことは無い。

「そう言えば、ちらっと攻略サイト見たけど第二層って中ボスっぽいのが出て来るんだよな」

「うん、すごく低確率だけど。でもその中ボスからいいものが取れるらしいよ」

「それはどこ情報だ?」

「公式情報だよ」

「なるほどね。そりゃ探したくなるわな」

 ジークから探そうと言われたわけでもないが、レンには、ジークが中ボスを倒したがっていることが分かっていた。見抜かれたジークは少しあたふたしていたが、すぐにそのことを認めた。

「レンも戦ってみたいって思ってるんじゃないの?」

「まぁ会えればな。会えないと戦えないんだし。ま、期待はしてないんだけど」

「そう…………なん………だ………」

 なぜかジークの言葉がとぎれとぎれだった。レンは、その意味が分からずにいた。それもそのはず、レンは、今はジークと話しているので、進行方向を見ていない。対してジークは進行方向を見ている。レンに見えない物をジークが見ているのだ。レンは、どうしたのか、聞く前に、ジークが詠唱を始めたので、反射的にその場にしゃがんだ。それが功を奏したのか、真後ろにいた敵の攻撃を避けることができた。もし、今の攻撃が薙ぎ払いではなく、一直線に真下に振り下ろす攻撃だったら確実に死んでいたところだ。

「あぶな! てか一言言えよ!」

「だっていきなり現れたら、さすがに何も言えないよ!」

 それは確かにそうなのだが、だからと言ってさっきの表情から敵が来ているということを読み取れ、という方が無理な話だ。まぁ運よく避けられたわけだけども。

「敵が薙ぎ払い攻撃を選択してくれたからよかったものの、振り下ろす攻撃だったらどうするつもりだったんだよ!」

 レンは文句を言いつつ、奇襲してきた敵と距離を取る。なんとか難を逃れたレンは、改めてジークの答えを聞くことにした。

「それでどうするつもりだったんだ?」

「そのための蘇生魔法だったのに………」

 俺が死ぬこと前提で魔法の詠唱始めたのかよ、と言うツッコミがしたかったのだが、今は抑えておいた。それよりもいきなり現れた敵の対処をしなければならない。完全視覚透過を使っても奇襲扱いになる攻撃はできなくなってしまったので、普通に戦うしか手段が残されていない。それが一般的なのだが、今は気にしないでおく。敵の動きを取り合えず分析するため、レンは、少しだけ撃ちあう。この撃ち合いは、剣など刀を使う職業であれば、誰にでもできるスキルだ。もちろん中にはできない人もいるが、それはごく少数である。

「しかし、HP多くないか?」

「たぶんこれが中ボスだと思う。私たちが前に攻略する際に頭の隅にも入ってなかったけど。でもこのHPの量を考えると、そうとるのが普通かも」

 HPの量は、レンも思っていたところである。このHP量は、普通の雑魚敵にしては、多すぎる。まぁ時々そういう雑魚敵も実装されたりするが、大体防御力が低く設定されているため、多いという話にはならない。だが、今目の前にいる敵は違う。HPが多いくせに、それなりに堅いのだ。つまり防御力が高い。ということは、ジークの言う通り中ボスである可能性が高い。それも高確率で。だが、超低確率だというのに、二人で攻略しているときに出会うとは、運がないというべきなのか。それとも運が良かったというべきなのか。レンからすれば、運が悪かった、と思う。だが、これはこれで倒しがいがあるという物だ。油断していたとはいえ、自分の索敵スキルをかいくぐってきたのだから、レンのやる気も上がるという物だ。

「ジーク、このくらいのHPでこの堅さなら、俺一人で充分だ。回復に専念してくれ」

「………わかった。くれぐれも死なないでね。復活させるの面倒だから」

「あ、はい。まぁ、できるだけ死なないようにするわ」

「うん」

 そう言ってジークは一歩下がり、レンは自身の愛刀『鬼刀レンゴク』を構えた。相手の装備は、大剣を右手に、盾を左手に持つスタイルだ。守護騎士のような装備をしている。レンからすれば格好の的になる装備だ。だが、レンは最初の攻撃と撃ち合いでそうではないことに気づいていた。相手の攻撃は見た目以上に早いということに。

(見た目によらず、攻撃は突撃兵並みに早い。しかも守護騎士と違って、メイン武器が大剣だから攻撃力も高い。技を繰り出す時は撃ちあうことはできないと考えるべきだろう。なら相手に技を出させないで勝つのが一番手っ取り早いか)

 レンはそこまで思考をめぐらせ、中ボスを見る。中ボスは、レンをじっと見ている。どうやら動き出すのを待ち構えているようだ。こういう敵はプレイヤーが動き始めないと動かないように設定されていることが多い。だが、ひとたび戦闘がはじまれば、設定されたアルゴリズム通りに動き始める。ただ、その設定が適用されるのは、道中に出てくる敵だけだ。ボス部屋が用意されている中ボスやフロアボスには適用されない。動かなくなっても容赦なく攻撃される。

 さて、レンは、ここを引き受けたわけであるが、実は勝ち筋が見えているわけではなかった。とりあえず、自分の今の実力を確かめるために、あえて一人で戦おうとしたのだ。適当な理由をつけることで、ジークはおとなしく退いてくれるだろうと思っていたし、そもそもジークに任せられるような敵ではない。装備から見ても、そう判断することができる。

 レンはひとまず、一閃を単発で放つ。それを見た中ボスは、同じように技を繰り出してくるかと思ったのだが、レンが思っていたより冷静だった。普通に盾で防いだ。レンは、それを見てにやりと笑った。昔に比べて、ちゃんとした対応を敵が取ってくれたからだ。レンは、一閃を防がれたことにより、ちょっとしたノックバックが発生した。そこからすぐに立て直し、中ボスの攻撃に備える。中ボスは、レンが立て直せないと踏んで、その巨体に見合わぬ速さで、飛び込んできていた。もちろんレンは、走って逃げるようなことはしない。そんなことをしてしまえば、中ボスの技にやられてしまう。レンの予想通り、中ボスは距離を一気に詰めてくる技を放ってきた。レンは、それを紙一重でやり過ごそうとするが、中ボスの目的に途中で気づき、思い切り躱す。

「ジーク! ここの中ボスが連続剣の使い手なんて聞いてねぇぞ!」

 近くにいるジークに文句を言う。さすがにそのことに気付かなかったのだろう。ジークも少し驚いている。

「ご、ごめん。でも私も知らなかったの」

「こんな低確率なんだから、そりゃ情報不足も仕方ねぇか」

 レンは、一回、自分を落ち着かせる。そしてジークに回復の用意をさせる合図を送る。ジークはそれを見て、回復の詠唱を始めただろう。確認せずにレンは、特攻を仕掛ける。一閃で同じように中ボスに飛び込む。先ほどと同じように防ごうとするが、レンが少し軌道修正をして、攻撃を入れる。一閃が入ってしまえば、レンの勝ちに近い。そこからレンは、派生スキルに持っていく。双葉の二連撃の最初の一撃は防がれてしまったが、二撃目を食らわせたので、さらに派生させる。三爪では、蹴りで打ち上げることができないので、自分で蹴りのタイミングで、派生スキル、四天を発動させる必要がある。レンは、そのタイミングを外すことは無かった。想定通りに四天を発動させた。この時点で、中ボスの残りHPは、半分を切っていた。この後の派生スキル五光だけでは削りきれない。

(あーあ、面倒だけどその先も繋げるか)

 レンは、覚悟を決め、五光を繰り出す。中ボスは、その連続攻撃の速さについて行けず、五光はすべて食らった。そして、さらにレンは派生スキルを繋げていく。五光からの派生スキル六花。斬るたびに敵を惑わす花弁が出て、その間に攻撃を六回繰り出すという技だ。だが、六花でも削りきることができない。そう判断したレンは、さらにつなげる。六花の派生スキル七耀。七連続攻撃の一撃一撃の攻撃力に重きを置いているため、出は遅いが、当たれば相当なダメージが見込める技である。中ボスの残りHPは先ほどの六花が、ほとんど全部攻撃があったので、あと三割強ほど。レンの予想では、七耀が三発当たればちょうどHPがなくなる計算である。レンが放った七耀は、六発放って二発しか入っていない。最後の一発は、入らなければ、こちらの負け、入ればこちらの勝ち。もし外したとしても、ジークが攻撃魔法を念のために用意してくれていれば、何とかなるがそれははっきり言って見込めない。だが、その時、敵の動きが止まったように見えた。レンは、目の前にいる中ボスを見ると盾を持っている左手に鎖がまかれている。まさか、と思ってちらっと後ろを見る。するとジークが笑顔でこちらに手を振っている。どうやら、援護してくれたらしい。レンは、そのチャンスを逃さないためにも思い切り中ボスに最後の一撃を食らわせるべくレンは、刀を大きく振りかぶった。

「はああああああああああああああ!」

 振りかぶった刀を、レンはまっすぐ中ボスに向けて、振り下ろす。

「グオオオオオオオオオオオオオオオオ」

 中ボスは、最後の一撃を直に食らい、その場に倒れて、そしてポリゴンとなって消滅した。レンは、それを確認して、ドロップ品を確認する。その中に、何やらおかしなアイテムがふくまれていた。しかし、今はそれを気にする暇はなかった。なんと今使っている愛刀『鬼刀レンゴク』よりも性能のいい刀を手に入れ、なおかつ昔使っていた刀があったからだ。

「おおおおおおお、きたああああああああああああああ」

「ど、どうしたの?」

 ジークがレンに一言、おつかれ、という前に叫んだので、驚いていた。レベルが七十になったのかな、と思ったがどうやらそれも違うらしい。現状をつかめなかったので、ジークはもう一回レンに、どうしたの? と声をかけた。

「あぁジークか。ごめん、ちょっと嬉しすぎてはしゃいでた」

「もう、少しは落ち着いてよね。それでどうしたの?」

「ジーク、ベータ時代に俺が使ってた刀覚えてるか?」

「なんでそんなこと聞くの? というかレン、ベータの時刀装備できなかったでしょ?」

「いやいや、誰にでも装備できる刀あっただろー。ジークも一回使ってみたじゃねぇか」

 そう言われて、ジークは少し記憶を掘り返してみた。ベータというと、ジークとレンが中学一年の時なので、ずいぶん前になる。その時、自分は刀をゲーム内で振ったことがあるか、という記憶を掘り出してみる。レンが一回手に入れた刀を確かに少しだけ振った覚えがあるような、ないような気がした。

「記憶が曖昧で覚えてないよ」

「あーそっか。まぁいいや。んでその時に使ってた刀がめっちゃ好きだったんだけどさー」

「うん、知ってるよ。そのころから刀好きになったんだもんね」

「まぁそうなんだけど。その刀がドロップしたんだよ!」

 なんとベータ時代に存在していた刀を取ることができたというのか。ジークはその事実に驚いたが、レンが装備をいじっているところを見ると確実に手に入れたのだろう。それにしても今まで使ってきた愛刀はどうするつもりなのだろう。

「レンゴクはどうするの?」

「そりゃまぁジークの部屋に飾っておくわ」

「えー」

 レンは、否定的な返事をしたジークを無視して、そのまま装備変更に集中した。注意書きをよく読んでいるのだ。それを読み終わったレンは、早速装備した。とりあえず何とか装備できるステータスはあったので、装備してみたのだ。新しいレンの相棒となる刀は『刻刀ツクヨミ』。レンがベータ時代の時によく使用していたというが、その真意は定かではない。レンがベータの時にやっていた職は、暗殺者ではないからだ。

 しかし、それは今、置いておいていいだろう。それよりもこの第二層のボスに会いに行かなければならない。だが、道中、雑魚敵がいるはずだ。それにレンのレベルも七十に限りなく近くしておかなければならない。そのためにもこの層にいる雑魚敵はすべて倒してく必要がある。それにさっきの中ボスのせいで、結構時間が取られた。もう七時を回ってしまっている。ジークの家ではそろそろ夕飯の時間だ。レンは食べなくても大丈夫なのだが、ジークはそうもいかない。しかし、急いで行ったところで、ボス戦の途中でジークに抜けられるのも困る。

「ジーク、飯行って来い。ここなんか安全地帯になってるから、そのまま外しても問題ない」

「え、あ、うん」

 ジークはレンの言うことを素直に聞いて、二人とも一回解散となった。しかし、先に戻ってくるのは、ジークの方であろう。何せレンはこれから夕飯を作るのだから。


 蓮は、一時的に専用機器を外し、現実の世界に戻ってきた。とりあえず今日帰りに買ってきた食材を使って、夕飯をさっさと作ることにした。そこでインターホンが鳴り、蓮は、少しめんどくさがりながら玄関に向かって行った。

 玄関を開けると目の前にいたのは、蓮の姉、真だった。この時間、この時期に来るのはとてつもなく珍しい。というか滅多にない。飯目当てで来たのだろう、と蓮は予想して先に釘を刺しておくことにした。

「言っておくけど、まこねぇの飯はないぞ」

「そ、そんなー」

「んな泣き言言ってもない物はないんだよ。つか先に連絡してくれないと作ることもないからな!」

 これに関しては強く言っておく。そうではないと、このどこか抜けた姉は、また連絡なしでいきなり来ることになってしまうからだ。

「はぁーい」

「わかればいいけど。まぁ今日はまこねぇの分はないから帰れ」

「本当にないの?」

 本当に驚いたように聞き返してくるので、困るものだ。というか、真は大学からそのまま家に帰った方が早いというのに、どうしてわざわざ遠回りしてまで、こっちに来るのか。蓮にとってそこが謎だった。

「つーか、直接家に帰った方が早いのになんでこっちに来るんですかねぇ?」

「だってー蓮の料理の方がおいしいんだもん」

「そんなこと言っても今日の分はないからな」

 そんな手には簡単に引っかからない蓮である。前に何回かその手を利用されて、少ない飯を二人でちびちび分けて食べたという経験がある。そんなことになりたくないので、蓮は褒められても、はいそうですか、と言って聞き流すようにしているのだ。

「っとこんなところで話してたら飯食う時間が無くなる。じゃ、今日はおとなしく家に帰れ。もし帰らなかったら鈴ねぇに引き取りに来てもらうぞ!」

「うー蓮が私をいじめるー」

 などという抗議を聞きもせず、そのまま玄関の扉を閉め、夕飯づくりに戻った。しかし、これ以上家の前で騒がれても面倒なので、とりあえず中には招き入れた。だが、飯は与えない。

 真は、部屋に入って、いきなり蓮の部屋を物色し始めた。

「何してんだよ?」

「蓮君、ゲーム復帰したんだね」

「まぁ雪菜に頼まれたし、それにそろそろいいかなって思っただけだ」

「そう。ま、蓮なら学業なんかに支障なんか出ないもんねー」

 などと簡単に言うが、実際に蓮から言わせれば、簡単というよりもこれくらいできて当然だ、という感じにとらえている。だからこそ、授業をさぼっても成績が落ちることがない。この点に関しては、教師陣も驚くばかりである。授業に出てないとできないような問題ばかりだというのに、蓮はそれをいとも簡単に解いてみせる。それゆえに教師陣も蓮が授業をさぼっていても文句が言えない状況にあるのだ。しかし、雪菜のように努力している者に勝つことはできない。というよりも蓮が努力しようとしないだけなのだが。

「それにしてもさー本当に蓮は私のご飯用意してくれないんだねー」

「当たり前だ。アポなしできた上に堂々と人の部屋の前で、居座りやがって」

「えへへ」

「褒めてねぇよ。つか母さんにはこっちに寄るって言ってあんのかよ」

「言ってないよ」

「今すぐ帰れ」

 蓮は少しきつめに言った。連絡なしにこの時間まで、ここに居られると面倒なことになるのは、確実だ。そして、それは蓮の想像通りになった。

 蓮は、自分のズボンのポケットにしまっておいたスマホが振動しながらなっていることに気付く。電話が来ているのだ。相手は誰だか、確認するまでもない。大体この時間に、真が目の前にいることで、自分に電話をかけてくるのが誰か判断できるからである。

「鈴ねぇ、まこねぇならこっちにいるから引き取りに来てくれ」

『もうほんとまこちゃんは、すぐにこうするんだから。わかったわ。少し待っててくれる』

「はいよ」

 真も今の対応から誰から電話がかかってきたのか、わかったであろう。というか、最初に鈴の名前を出しているのだからわからないはずはない。真も鈴が動き出したことで、少し慌てているようだった。だった、というのは、真がそのように見せただけだったからだ。

 蓮は、それを横目に自分で作った夕飯を一人食べ始める。真はそれを羨ましそうに遠くから眺めているだけだった。蓮が、鈴が来る前に食べ始めたのは、この部屋のスペアキーを鈴が持っているからである。完全なオートロックで階下から入るには、こちらからあける必要があるのだが、真は毎回それを使うことは無い。他の住民が開けてくれたところを、ささっと入って来るため、蓮が内部からあけることなく、侵入してくる。この辺、本当にどうにかしてほしいものなのだが、真の動きが完璧すぎて、警備員が彼女の姿を捕らえきれていない。そもそも、夕方の時間帯に、真のようなことをする人間が少ないので、警備員がいないと言った方が正確なのだが。

 蓮が一人で、夕飯を食べていると真が急に真剣な表情で、蓮に声をかけてきた。もちろん蓮は、それをバカにすることは無い。それよりもここまで、真が真剣になる方が珍しいのだ。そんな珍しく真剣になった真の話を聞くことにした。

「鈴ちゃんから聞いたんだけどさー」

「鈴ねぇから?」

「そうそう」

 鈴がこちらに口を出してくるのは珍しいことである。今日はなぜか珍しいことだらけだ。それは置いといて、話の続きを聞くことにした。

「それで?」

「近々、烏森さんが蓮のところに行くかもだってさー」

「なるほど。って『枢機卿』が! いやいや面識はあると言っても、まさかゲーム内に来るとは思えないのだが」

 烏森というのは、蓮と雪菜が参加したエンドオブアースのβテスト仲間である。もちろん、ベータの時から有名なプレイヤーの一人である。そんな烏森が蓮と雪菜のところに来るということになれば、警戒するのも当然である。

「なんかまた厄介ごとを押し付けようとしてるんじゃねぇよな?」

「さぁそこまでは聞いてないみたいだよ」

「さいで」

 蓮は、その真相を今こっちに向かってきている鈴本人に直接聞くことにして、夕飯を黙って食べることにした。


 蓮が夕飯を済ませたころに、鈴が玄関から入ってきた。もちろんスペアキーを持っているので何ら不思議ではない。

「あーやっと来た。つーかまこねぇに烏森の話させるためにわざと寄らせただろ?」

「あら、もう聞いたのね。そうね、烏森さん、どうやら旧京都駅が変なことになってるってことを気にしているみたいだよ」

「なるほどねぇ。ま、第四層と第五層がないっていう証拠写真を撮られたら、そりゃ慌てるわな」

 そう、烏森は、ゲームのエリア設定やエネミーの配置を任されている運営側の人間である。しかし、ゲーム設定には関わってないので、実力は、自分で着けている。その実力は、『大元帥』や『道化師』には悪いが、断然『枢機卿』と呼ばれている烏森の方が上だ。

「それで今やトッププレイヤーの一人の烏森が平凡なプレイヤーに成り下がった俺に何の用でくるんだ?」

「もちろん旧京都駅の探索のことよ。それにまだ名持ちプレイヤーでしょ」

「ま、おかしなことにそうなんだけどな。旧京都駅の話けど、俺はもうすでに雪菜と二人でダンジョン攻略してる。ついて行きたかったのなら残念だったな」

「え、あんな難しいダンジョンを二人だけで攻略してるの!」

 一応、蓮、真、鈴の三人は、エンドオブアースのプレイヤーである。そのため、旧京都駅がどれだけ難易度の高いダンジョンであるか、ということは、理解している。だからこそ驚いているのだ。

「さすがベータの時に雪菜ちゃんと烏森さん、そして『女傑』と『影の女王』の五人だけでベータ時代の最難関ダンジョンをクリアした強者ね」

「あそこに比べれば、まだ旧京都駅の方が難しいけどな」

 誤解のないように蓮が付け加えておく。確かに当時、最難関だったあのダンジョンは、旧京都駅に比べるとまだ優しかった。なぜなら道中で、道具屋が存在していたからだ。もちろん、旧京都駅にもあるにはあるのだが、回復アイテムは売っていないのだ。そのため、回復アイテムは、旧京都駅に入る前に、準備しておく必要があるのだ。

「それで今、何層にいるの?」

「今は第二層を攻略中だ。つか雪菜待たせてるし、話はまた今度にしてもらえない?」

「わかったわ。帰るよ、まこちゃん」

「はーい」

 どうしてそこまで姉に従順なのだろう、と蓮は思ってしまった。それはともかく、烏森が来るということは、それなりに面倒なことを押し付ける気満々で来るに違いない。いや、確実にそうだ、と言えるはず。それは今度、じっくり鈴から聞くことにして、蓮は、再びゲームの世界へと向かった。


 戻ると既にジークが目の前で、何やら操作をしながら待っていた。たぶん荷物整理などだろう。カバンに入っているアイテムは、自分の部屋にある倉庫におくることができる。蓮は自分の部屋がないので、銀行に預けている。一定量までは無料だ。一定量を超えるとゲーム内通貨がある程度取られる。するとジークは、レンが帰ってきたことに気づいた。

「あ、お帰り。遅かったね」

「まぁ珍しく客が来てたからな」

「客?」

「あぁまこねぇと鈴ねぇだ」

「レン、それ客じゃなくてお姉さんたちが訪ねてきたって言うんじゃないかなぁ」

「それじゃ客と同じじゃねぇか」

 レンは少し笑いながら、客であることに違いないと思った。それにしても、ジークが遅くなったことに関して気にするのは珍しい。基本的に一人暮らしであるということは、伝えてあるので、夕飯で抜けて返ってくるのはジークより遅くなることは明確である。それにも関わらず、気になったというのは、どういうことなのか。レンは、気になりはしたが、今、この場で聞くのは、ちょっと違うかな、と思い何も聞かないことにした。

「それにしても、ジーク、魔法耐性が高いってことは、ボスに行くまでにカンストさせないといけないってことだよな?」

「うん、そうだね。でも、そこまで上がるかな?」

「まぁ大丈夫だろ」

 先ほどの中ボスで、レンのレベルは、六十七になっていた。なんと中ボスの経験値が、すべてレンに入ったので、もの凄い量が入っていたのだ。それこそチートと言われかねない量だった。しかし、カンストしたジークと共にダンジョンに言ったと話せば、問題はない。それに運営に見知った顔もいるので、聞かれるとしたら、まずは、そっちから声がかかってくるはずだ。

 そんなことは、今、気にする必要はなく、この先の攻略を気にする必要がある。特にボスに関しては、重大な問題を抱えたままだ。もしレンがカンストしなかった場合のことを考えることもしておく必要があるからだ。しかし、その心配はなさそうだった。道中、雑魚敵を倒すことでレンのレベルが、しっかりとレベル七十になったからである。本当にぎりぎりだったというのは事実であるが。

「ぎりぎり何とかなったな」

「もう、ほんとだよ」

「さすがに少し焦ったぜ」

 レンが珍しく、奇襲を失敗してしまったのだ。それは、完全視覚透過を使う前に見つかってしまったからだ。そのことに焦った二人は、何とかして経験値を上げれないかと頑張った結果、レベルが七十になったのだ。実際は、頑張る必要がなかった。なぜなら、レンのレベルは普通に後一体倒すことでレベルが上がったのだから。その事実に戦闘が終わってから気づいたレンは、ジークに少し怒られながらも、何とか七十になったことに安心していた。

「ここからが本番だけど、レンは大丈夫?」

「もちろん。準備万端だ。いつでも行けるぜ」

 などと、軽い口調で言ってくるので、ジークは、苦笑いでそれを流し、補助魔法をかけてから、ボスの間に入ることになった。入ってすぐは真っ暗で、どこにボスがいるのか、わからない状況だったが、周りにある松明が明かりを順々にともしていく中でボスの全体像が見えた。

「うわ、こんなにでかいボスなんて聞いてねぇぞ」

「う、嘘、前戦ったボスと違うボスなんだけど…………」

 レンもジークの言ったことに同意した。公式サイトに画像が掲載されていたので、それを確認したのだが、ここまで大きくなかった。ユニコーンのような形をしたクリーチャーだったはずなのだ。それにもかかわらず、ここまで大きい、しかもユニコーンではなくオークのような巨体なのだ。それを見て、レンは、戦略を変えることにした。

「ジーク、これは魔法を使った方がやりやすいと思うんだが、どう思う?」

「わ、私もそう思うよ」

「なら援護は任せるぞ?」

「うん、任せて」

 ジークとレンの中で一つの答えが出ていた。これは、中ボスを倒すことで、ここのフロアボスが変化するということ。つまり中ボスを倒さなかったときは問題なく、公式サイトに掲載されているユニコーン型のボスだが、中ボスを倒したときのみオークのような巨体なフロアボスになるということ。そして、もう一つ言えることが時間が経ってからできた。

 レンとジークがある程度攻撃を仕掛けたところ、ジークの方があることに気づいた。レンに伝えようとするが、レンは一回集中すると必要な音以外は聞こえなくなる性質があり、戦いが終わるまで、集中してしまう癖があるのだ。ジークが気付いたというのは、ボスのステータス設定について、だ。防御力があまりにも低すぎるのだ。それは、このダンジョンにいるどのクリーチャーよりも低い。それに対し、攻撃力が高いか、と言われてるとそうでもない。ジークが何回か殴られても問題ないくらい低い。

 さて、ジークはそのことを伝えなければならないのだが、レンがそんなことに気づいていない、ということはない。だが、レンが気付いてるような雰囲気ではない。むしろ苦戦しているようにしかジークには見えなかった。

「レン…………」

 ジークはレンを巻き込んでも攻撃する決心をした。ジークの持つレンが知らない魔法、クロスホーリーを使うことにしたのだ。詠唱を始めれば、できる隙は大きくなる。本来、それを見逃すはずのないフロアボスなのだが、レンが足止めをしているようで、ジークの方に来ることができていない。

「聖なる光よ。古より猛威を振るいし、邪悪なものを撃ち払え。クロスホーリー」

 ジークの詠唱は、レンの足止めとジークの取っているサブスキル「スペルスキップ」のおかげで、幾分か早くすんだ。レンは、この魔法を見て、直感で自分にも当たりかねないと判断し、フロアボスを盾にすることにした。急いでフロアボスの方に走って行き、相手の攻撃を避けて、足元を潜り抜けた。レンに集中していて、ジークからの攻撃が見えてなかったフロアボスは、クロスホーリーをまともに食らい、そのままポリゴンとなり、爆散した。残っていたHPをすべて消し飛ばしたのだ。

「うわー、こんな強い魔法実装されてたのかよ。まだ六割くらい残ってたぞ」

 レンの言う通り、フロアボスのHPは六割くらい残っていた。しかし、防御力の脆さに気づいていないので、強く見えていた。レンは、そこまでステータスを確認する暇がなかったと言えばなかったのだが。

「あれは本来あそこまで強くないからね。ボスの防御力のなさをついただけだからね」

「は? そんなに低かったのか?」

「うん、そうみたいだよ。だって私、一回も回復魔法使ってないし」

 確かに、レンは回復してもらった覚えはない。そもそも、そこまで必要とするような相手でもなかったような気がした。

「あーそうか。そこまで強くなかったのか」

「だね」

 ジークが満面の笑みでそう返事した。さて、たった二人、しかも極端にタイプの別れている二人だけで、ここまで来れてしまったのだが、次からが問題になる。第三層のフロアボス、守護龍ユグドラード。クレイから聞いた話よれば、残りHPが三段になったところで、ステータスがいきなり変化し、もの凄く強くなり、残り一割を切ったところで絶対不可避の一撃を放つ、使役可能な守護龍。レンが気になっているのは、もう一つある。それはジークに直接聞いてみることにした。

「ジーク、聞きたいことが一つある」

「ユグドラードの攻略方法?」

「いいや、ベータ時のユグドラードと今のユグドラードは同じ守護龍かどうかだ」

「え?」

「覚えてないか? 俺が最初に使役した龍のことを」

 ジークはそう言われて、ベータのことを振り返ってみた。レンが当時、誰もやるようなことがなかった職で、最難関と呼ばれていたドラゴンの巣を攻略し、その奥で使役した龍。確か名前は………………………。

「嘘、全く同じ」

「やっぱりな。あの時、設定されていたアルゴリズムがない守護龍だったよな?」

「う、うん、それでシーカーと私、レン、アリシアの四人で一緒に旅した五人目の仲間だったね」

 そうベータ時代、レンは、その四人でいろんな場所を駆け巡った。北の果てまで行ってみたり、高度制限ぎりぎりにあるダンジョンに入ってみたり、そこで全滅して、みんなして笑ったことも覚えている。

「そのユグドラードだとしたら、第三層のフロアボス、あることを試したいんだけど」

「うん、レンの思うとおりにしていいと思うよ」

「ありがと」

 レンは、正直にジークに言った。だが、レンはそこでいきなり倒れそうになった。慌ててジークが支える。そして、そのままゆっくりとレンを横にさせた。

「レン、大丈夫? また集中し過ぎのあれ?」

「あぁ、たぶん。大丈夫、すぐに立てるから」

 そう言いながらも、レンは立とうとしなかった。ジークに押さえつけられてしまったので、しばらくはこのままだろう。それにしても自分でもわからないほど、集中していたとは思っていなかった。あそこまで集中したのは、久しぶりかもしれない。最近、レン自身が極度に集中するようなことがなかったため、周りの音が聞こえなくなるまで集中するということがなかった。

 それはともかく、今の状態をどうにかしなければならない。これ以上は、さすがに寝転んでいるわけにはいかないので、さっさと起き上がることにした。ジークの手を振りほどいて、再び拘束されてない内に立ち上がる。

「ほ、本当に大丈夫なの?」

「大丈夫、大丈夫、こんな程度でもう倒れたりしねぇよ」

 本当はまだ少し頭痛がするが、気にすることなく、さっさと先に目指すことにした。明日は、土曜日で学校が休みなので、夜遅くまでできる。ジークには許可を取ってないが、まぁ大丈夫だろう、とレンが勝手に判断して第三層に行くことになった。


 第三層、そこはジークが前見た光景とは、大きく異なっていた。まず、一つは、クリーチャーの種類だ。何が違うのかというと、前回来たときは、オークやボーンナイトなどの悪魔のようなクリーチャーだったのだが、今回は、すべてのクリーチャーが龍族になっているのだ。それを見て、ジークは、ここまで変わるものなのかと不思議に思っていた。それに気づいたレンは、ジークに声をかけた。

「どうかしたのか?」

「う、ううん、大丈夫。ちょっとガラッと変わったなぁって思っただけ」

「ガラッと変わった?」

「クレイさんから話聞いてないの?」

「道中の話なんて興味ないって言って割愛してもらった」

 それを聞いたジークは、レンは、道中のこと全く気にならないんだね、と内心思っていた。

レンらしいと言えば、らしいのだが、もう少し道中の敵のことに関しても情報を集めてほしいものである。さて、そんなに考え込むことでもないので、ジークは簡単に答えることにした。

「前来た時はこんなに龍族はいなかったの!」

「そうなのか………」

 レンはそれを聞いて、少し考え始めた。それを見てジークは、まだ敵にばれていないことを確認して、レンの答えが出るのを待つことにした。それから数分後に答えが出たようだった。レンの一言でジーク達が前回攻略した際に気付かなかった小さな事実を聞かされることになる。

「ジーク、前回はマップを全部埋めたんだよな?」

「え? うん、そうだけど」

「今回、俺は全部マップを埋めてない。それは俺が面倒だからって言うだろうからという配慮からジークがそうしてくれたんだろうけど」

 確かにその通りなので、ジークは首を縦に振る。レンはそれを見て、さらに先を続ける。

「前回のエネミーの大体の数と種類は覚えてるか?」

「うん、大体は、覚えてるよ」

「なら教えてくれ」

 ジークはこんなことに何の意味があるのか、全く理解していなかった。とりあえずレンに言われた通りに、前回の記憶を掘り出して、伝えることにした。

「確か一層は、十パーティーあって、その内九つが悪魔系のエネミーで残り一つが龍族。第二層は、十四パーティーあって、その内十二がゾンビ系のエネミーで残り二つが龍族。第三層が確か二十パーティーあって………」

「やっぱそう言うことだったか」

 ジークが完全に言い終わる前に、レンの疑惑が確信に変わった様だった。ジークは、レンの確信が一体どういうことなのか、まだ理解できていなかった。

「ここのダンジョン、龍族を倒しちゃだめなんだな」

「え? それどういうこと?」

「つまり龍族のパーティーを倒すとアウトなんだよ。その時点でこのダンジョンをクリアすることができなくなるんだよ。だから俺とジークで行った時と、ジーク達が前回行った時で、ダンジョン内のエネミーが違ってるんだよ」

「でも私たちが逃したパーティーは三つだけだよ?」

 確かにその通りだ。完全にすべてを倒しきれていない。それなのに、どうして龍族を倒してはいけないのか、それがジークにはわかっていなかった。その質問を待っていたかの如く、レンはジークに答えた。

「俺達はここに来てから、一回も龍族を倒してないんだよ」

「あ!」

 そう、レンとジークは、この旧京都駅に入ってから、一回も龍族とは会っていない。そもそも、寄り道をしていないとはいえ、正規ルートの途中に出て来てもおかしくないはずなのだ。何しろ、第三層で龍がボスとして登場するのだから。

「でもでも、私たちが倒した時は龍族はちゃんといたよ? なのになんで私たちが入った時だけ龍族がいないの?」

「そりゃ今回、一回も寄り道してないからな」

「あ……」

「だから会ってないんだよ。まぁ正規ルートに居てもおかしくないはずなんだけどね」

 ボスが守護龍なので、いてもおかしくはなかった。だが、いなかった。それは、このダンジョン、マップデータは、必ずリセットされるからだ。よほど記憶力が良くないと、ルートを覚えるには複雑なマップになっている。これはジークだからこそできたことで、他のプレイヤーにはきっとできないだろう。

「でも、それだけでこんなにも第三層の敵が変わったりする?」

「そりゃもちろん、これに書いてある通りの道をたどってきたし」

 そこでレンが見せたのは、第二層に入った頃に、いきなり出て来て、レンを倒そうとした中ボスからドロップした謎のアイテムだった。レンにそのまま渡されたので、ジークはその中身を読んでみた。なかなかに長い文章であったが、いえることが一つできた。

「龍族を倒さないことで、第三層を突破できるんだね?」

「きっとな。まぁここで問題なのが、この山ほどいる龍族をどうやって振り切るかだなぁ」

「そうだねー。レンの完全視覚透過使っても途中で切れちゃいそうだし」

「まぁ切れる前にボス前の安全地帯にたどり着く必要があるってことか」

「それしか方法がなさそうだね」

「はぁここにきて『盗賊王』らしいことをするとは思ってなかったわ」

「私に言われてもなぁ」

 レンに同情しながらも、ジークは他人事のように答えた。

 レンは意を決して、ジークに目で合図をし、完全視覚透過を使った。自分にもかけられたことを確認して、ジークは先に走り始めた。それについて行くように、レンが、走り始める。ジークは迷うことなく、複雑なマップを進んでいく。この辺の記憶力は、本当にすごい物だとレンは思っている。

 それは、置いておくとして、完全視覚透過の効果時間は長くて二分だ。二分の間に、この龍族から逃げ続けなければならない。龍族に触った瞬間、アウトだ。戦闘にはなるだろうが、さすがに、龍族からの攻撃を喰らい続けたら、HPがゼロになり、最初からやり直しになってしまう。それはさすがに面倒なので、さっさとここを切り抜けたいものだ。

 走り続けてる中で、レンが、少し興味惹かれるものを発見した。レンが少し寄り道していることに気づいたジークは、来た道を戻り、レンのところにやってきた。

「どうしたの?」

 ジークが声を小さくして、聞いてきた。レンは、目の前にある宝箱とにらめっこしている。

「ジーク、ここに宝箱があったかどうか、覚えてないよな?」

「んーどうだったかなぁ。確かなかったような気がしたけど」

 レンは、ないという方に自信があるジークの言葉を信じて、この宝箱を開けることにした。

「ジーク、中身がミミックだったらすまん」

「私たちなら倒せるよ、きっと」

 なんて言ってくれたので、レンは、思いっ切り開けた。中には、捕獲アイテム『龍の証』が入っていた。

「こんなアイテム実装されてたか?」

「わかんない。初めて見るものだし」

「だよなぁ。でもちょっと見覚えあるんだよなぁ」

「見覚え? どこで?」

「ベータで、だよ。あの龍の巣に行った時にさー」

「あぁレンがたまたま見つけた宝箱の中からできてきたアイテムね」

 と、ジークがそこまで言って、二人とも気づいた。

「もしかして、これユグドラード仲間にできるんじゃ!」

「これでユグドラード仲間にできるよね!」

 二人して、同時に同じことを考えて、同じ答えにたどり着いていた。ベータ通りなら、このアイテムとそれなりの器があれば、ユグドラードを仲間にすることができた。使役と言わないのは、レンとジーク、それに『枢機卿』、『女傑』、『影の女王』がユグドラードを飼いならすわけではない、という認識があるからだ。そのため、レン達は、ユグドラードとの再会を楽しみにしていたのだ。

「それにしても、これで仲間になってくれればいいんだけどな」

「そうだね。私たちのこと忘れてる可能性の方が高いんだもんね」

「まぁ、一回データ削除に遭ってたら、その可能性は大だな」

 そう、ベータの時から変わっている可能性が高いため、ベータのことを覚えていない可能性があるのだ。それも高確率で。

 そこでレンが刀を抜いて、ジークの方に向かって、いきなり飛び込んでいった。そのことにジークは、驚いたが、後ろを見て、守ってくれたのか、と思った。

「どうやら、大声を出し過ぎたようだ。完全視覚透過が切れてる。走るぞ、ジーク!」

「うん、案内は私に任せて!」

「最初からそのつもりだよ」

 レンがそう答えてながら、撃ち合いをして、ジークが走り始めたのを確認してから、レンも走り始めた。逃げ始めたのを見た龍族は、後を追ってくる。龍族の波から逃げるように、レンとジークは、少しダメージを食らいながらも、何とか安全地帯に入ることができたのであった。レンが途中で、撃ち合いをしていなければ、確実に全滅していた場面が、いくつかあったが、それをぎりぎり乗り越えた。


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