於次丸五人将
於次丸五人将の誕生です。
1573年
自分の部屋に戻って於次丸は壁に向かって呟いた。壁があるだけで誰もいない。壁に仕掛けがある訳でもない。
「なんじゃ、我が孫のくせに情けないのぉ。」
部屋に全身が透けて反対側見える老人が於次丸の前に姿を現した。老人の雰囲気が父親である織田信長に似ている。彼は織田信秀。織田信長の父。織田於次丸の祖父であり、1551年に亡くなった故人だ。要は、幽霊なのだ。別に於次丸しか見えないという事でもない。於次丸が気に入ったから於次丸の側に纏わり付いているのだ。
「おれ、てんせいしゃだぞ。なめんよ。」
「じゃが、とても内気な性格が故に仏より賜った力をこなせずにおろうが!この世の生き方も知らぬが為に儂が極楽浄土から指南役として呼び戻されたじゃぞ。」
「ぅぅぅ......。どうしたらいい?」
全くもって正論である。コミュニケーション力が乏し過ぎる。
「だから、これから来るであろう有能な家臣団を迎え入れことじゃな。」
「ひでじい、ほんとうにくるの?」
「ガハハ。情けない。街では生き生きしとるのに。武士の前では......。ハァ〜。怯え過ぎとる。」
信秀は孫の内気すぎる頭を抱える羽目となった。武士が無意識に放つ殺気と近いオーラに怯えているのだ。そんなオーラを放たない街の人々には普通に接していた。
先程の会議乱入の間、於次丸をじっと見ていた家臣達の存在に気が付かない孫の緊張ぶりは呆れるものである。先程の乱入を命じたのは信秀であった。敵を殺す技術として剣術など練習を極度に嫌う。しかし、4歳児とは思えない算術能力、問題解決能力を持ち合わせていた。
この才能を生かしてやりたい。
何かしらの行動をせねば、当主織田信長の目に止まらない。だから、信長の独裁に意を唱える。誰もが恐れる信長が真っ向から立ち向かう振る舞いがあれば、家臣団の中で噂になるだろう。
織田信長に意見する
これがどれだけ恐ろしい事か多くの家臣団は理解しているからこそ、織田於次丸に注目するであろう。
四男なぞ、嫡男、次男、三男の次のスペアでしかない。スペアは簡単に見捨てられる可能性があり、当主からの関心は薄いだろう。スペアが生き残る方法は兄弟の相次ぐ死で嫡男にランクアップすることか自身の能力を周りに見せつけて、一家臣としてもらうことだ。
前者を故意に起こす事は可能だが、於次丸は絶対にそれを望まないだろうし、仮になったとしても内気な性格の為、周りからの期待に押しつぶされることが目に見えていた。
よって後者しか選択肢がない。手っ取り早く家臣達を認めさせる方法は信長に意見することであると、信秀は考えた。元服するまであと最低6年は必要であり、これは於次丸が大人と同じ立場にあるまでの時間でもある。
なんとか、6年間於次丸が他家へ養子に行くかされる事を防げば、次期当主の兄織田信忠の腹心とされるだろう。周りからのすれば、織田信長が才能を認めていたから本家に置いていたとされる。
4歳児の為、会議に参加できないが、会議以外では意見できる。信長に恐れて意見できない家臣達の考えを於次丸で間接的に伝えることも出来ると考えるに違いない。何せ、会議中乱入し、織田信長を怒らせても意見したからだ。それでかつ、何一つお咎めがない。家臣にとって魅力的な存在であると容易に想像がつく。
「なあ、ぜんぜん、こないじゃん!」
「聞こえんのか?音がするぞ。」
誰かがこの部屋に向かっている。足音がだんだん大きく変わっていくからだ。それも一つではない。幾つも足音が聞こえてくる。
「......。お化けかな......。」
「ほれ、しっかりせんかい。ふっ、此れ程早うくるとは、中々見所のあるやつよ。」
信秀は部屋の隅に移動する於次丸を捕まえて部屋の真ん中に座らした。幽霊であるが、於次丸だけには触ることが出来るのであった。
「やばいよぉ。しばただったら、ころされる。」
「殺さんわ。お主は儂の孫であり、尾張当主の息子だぞ。自分の出自も忘れる程緊張するかのぉー。くるぞい。儂は一先ず消える。終わったらまた出てくる。」
信秀はそう言うと消えてしまった。それと同時に部屋へ武士が入ってきた。
「失礼いたす。某は明智m」
「あ、みっちゃんといっちー。あとだれ......?ヒィー。」
自己紹介をする前に於次丸は相手の自分が勝手につけたニックネームを言った為、一瞬二人の後ろに控えていた武士に殺気がましい視線を向けられた。その為、於次丸は俯いて部屋の隅に移動しようとしていた。
〈どこへ行くのじゃ。お主はここにおれ。〉
〈ひでじい、おれのからだをのっとるな。みんな、ゆうこうてきなひとじゃないし。にげないと。〉
信秀は於次丸の体の動きを止めた。家臣に背を向ける程無様な事は断固として拒否する必要がある。家臣に舐められては彼らをまとめる事なんて出来ないからだ。
〈儂に任せておけ。青二才共を教育せねば。〉
信秀がそう言うと於次丸に向けられた殺気がなくなった。信秀が逆に殺気を向けたからである。信秀から見れば、半人前の若造が孫に殺気を向ける事自体驚きであった。普通なら向けないだろう。なぜなら、一応、於次丸は織田家の者であるからだ。
〈なあ、ひでじい。なんでみんな、きゅうにあたまさげているの?〉
〈良いことじゃ。織田家臣達の一部がお主を認めたぞ。ほれ、何か声をかけてやれ。〉
自分に向けられていた殺気がなくなり、恐る恐る顔を上げてみると驚きの光景だった。武士たちが、皆頭を下げていたからだ。頭にハテナを大量に浮かべている於次丸と反対に信秀は満足気な様子だった。
〈なんて言えばいい?〉
〈何でもいい。これからよろしくや兄を補佐していくとか。色々あるじゃろう。〉
「えーと、たけだよわい。おだはかてる。」
しーん
〈情報が断片すぎるぞい。前置きもなく言ってもわからんじゃろう。〉
「たけだ、よわい。」
しーん
〈二度も言わんでいい!うつけと思われるじゃろう!!〉
〈ほんきだせば、てんか、とれる!〉
〈それを目の前の奴らに言うのじゃ!儂に言うでない!〉
信秀は怒りと呆れが同時に溜まっていた。これ以上、孫に喋らせるとロクなことがない為、武士達に向けていた殺気を弱めて意見を促すことにした。
武士達は信秀の殺気が無くなり、ゆっくりと頭を上げた。が、彼らの目の前にいる於次丸は何もわかっていない幼き子供の顔をしていたから、多くの武士達は殺気の出所に疑問を持ち始めていた。
最前列の明智光秀、滝川一益は殺気の出所を何となくだが、気づいている様子であった。二人は周りをキョロキョロと見渡さず、ジッと於次丸を捉えていた為だ。
「恐れながら、於次丸様には策があるのですか?」
一番前にいたみっちゃんこと明智光秀が言った。後ろにいた者も於次丸を褒め称えることを口々にしている。
〈面構えのよいのがおるではないか。ふむ、於次丸の四天王に加えてもよいのぉー。〉
〈えー。4にん、すくない。8にん。8にん。〉
〈贅沢言うでない!まだ、誰もいないぞ!それに早う、其奴に返答してやれ。〉
信秀は光秀の返答をそっちのけでいる於次丸に呆れていた。
「ちちうえも、おなじかんがえだったから、だいじょうぶ。」
光秀が質問してから10秒ほど経って於次丸は返答した。4歳児には酷な質問であったかと戸惑っていたが返答されたので、内心ホッとしていた。
質問の答えになっていない事を気づいている武士が指摘しようとした瞬間、信秀が再び放った殺気により、出来なかった。
〈何が大丈夫なのか、わからんわい。それよりも、名を名乗らせい!〉
〈かお、おぼえたし......。やるいみ、あるの?〉
〈なら、奴らの名を言うてみよ。〉
〈みっちゃん。いっちー。ぶし1。ぶし2。ぶし3。〉
〈もうよい。お主の名を言うてみよ。〉
「ぉよ?......。おだおつぎまる。」
於次丸が名を名乗った瞬間、武士達は姿勢を正した。やっと、自己紹介が始まったと思ったのだろう。
「某は、明智光秀と申します。」
「滝川一益でございます。」
「前田慶次でござる。」
「島清興と申します。」
「武井石庵でございます。」
「よろしくね......。」
於次丸が言い終わると同時に5人はまた一度頭を下げた。挨拶程度で十分だと判断したのだろう。
「於次丸様はこれからどうなさるおつもりですか?」
「うーん。」
腕組みして考えるポーズをしているが、4歳児の為見ていてなごやかな雰囲気になってしまう。
〈形だけのポーズをするでない!期待するじゃろうが!!〉
〈みんな、なかよくする!〉
〈じゃから前置きがない!!纏めすぎじゃ!〉
「みんな、なかよくする!!ちょっとまってね。」
〈前置きがないぞ!!〉
於次丸は部屋の隅に置いてある箱から筒状に束ねてある大きな紙を取り出した。信秀は前置きが全くない於次丸の言葉にポカーンとしている光秀達に賛同する眼差しを送っていた。
「於次丸様、こいつを大殿は知っているのか?」
口調が雑な前田は広げられた大きな紙を見て驚いていた。5人の視線が於次丸に集中している。
「おい。慶次。口に気をつけろ!」
石庵がすかさず慶次を注意する。
「えー。みんなリラックス。」
於次丸はみんなが素で話せる環境を整えなければ、殺されると思っていたのだ。兄弟や家臣によって殺される事が日常的ある戦国時代を少しだけだが経験したからだ。心を開いて貰わなければ、守ってくれないと思ったからでもある。
「「「「「リラックス?」」」」」
「みんななかよし。」
於次丸は一人一人と握手をして回った。5人は織田於次丸筆頭家老として認められたと勘違いして喜んでいたのだ。光秀、一益の2人は織田家家臣達の中でも上に位置していたが、他の3人は下っ端であった。そのため、筆頭家老になれた事が大変嬉しかったのだろう。
「へー、変わってんなー。まあよろしくな。」
「なんと、この島清興感激でござる。」
「於次丸様がこれ程我らに期待しているからこそ、朝倉浅井を我らだけで潰す必要がある。」
石庵がそう言うと5人は於次丸が大きな紙に書かれた地図を真剣な眼差しで見つめていた。地図は現在の滋賀県が書かれていたのだ。前世の大学時代、琵琶湖の環境調査の為地図をよく書いていた。
転生しても幼子の出来ることなんてとても限られているから、暇な時は紙に地図を書いていたのだ。大人達から見るとお絵描きをしていると思われていたからお咎めなかった。
戦国時代、地図は軍事機密の塊である。地図さえ入手できれば、他国へ容易に侵攻出来る。
「於次丸様の意思は戦をしずに引き抜くことである。浅井家臣達は強き者に味方する傾向があるゆえに引き抜けるだろう。」
「ふむ。城主の引き抜きは難しいかもしれんが、有能な家臣達の引き抜きなら今からでも可能だと思う。」
「みっちゃん。いっちー。にんじゃ、にんじゃ、ほしい。ゆうせん!」
地図に甲賀と書かれた文字を小さな指で指差していた。筆で書かれた文字であるのだが、とても丁寧である。それは何回も繰り返し練習したからだ。甲賀を強調する為に文字の下に波線まで引いてある。
「甲賀は五十三家あるでござる。」
「まあ、その内の一つなら直ぐに配下へ加えれるだろう。」
「於次丸様の直属ならば使いやすい。」
「うん!シマシマ、けいちゃん、タケタケ、よろしくね!」
光秀と一益は3人に哀れみの感情を持っていた。甲賀の忍びを配下へと加える役割になってしまったからだ。もう配下へ加えた気分でニコニコしている於次丸の期待を裏切るなんて出来ない。
口で言う事は簡単かもしれないが実行するのは難しい。織田家に反感を持っている可能性が多いにあるからだ。
〈クククククク。難題を人に押し付ける事は父親と変わらんのー。〉
「基本方針としては今年中に甲賀の忍びを配下へ加える事で独自情報の確保の優先とします。」
「うん。みっちゃん、ありがとうねー。」
「はっ!」
5人は地図を元の箱に戻して部屋から退出した。
「ぷはぁ〜。おわった!」
於次丸はゴロンと大の字で寝そべる。先程の顔付きと違い、終始満面の笑みである。
「ひでじい、でてこないの?」
未だ、実体となって現れない信秀に疑問を持ったのだ。緊張感が抜けている於次丸と違い信秀は近づく気配を感じ取っていた。
〈お主には説明力が必要じゃな。〉
〈えー。まだ、こどもだよ。〉
〈おいっ!誰かが来るぞ。ふむ、この足取り、女子か?〉
5人が出て行き静かになった部屋に近づくこれまでと少し違う音が聞こえてきた。於次丸にはその違いがさっぱりわからず、ゲンナリしていた。
〈もう、ぶし、こないで!〉
〈武士でなく、身分の高い女子じゃ。〉
〈ひでじい、おいはらって。もう、つかれた。〉
〈くっくく。懐かしい奴じゃ。儂の妻じゃよ。〉
「えっ!ばあちゃん?なんで......?」
急に起き上がり、於次丸は戸惑っていた。織田信長の母親である事から、織田於次丸の祖母であり、故織田信秀の妻でもある女性、土田御膳が来る。そもそも、於次丸は幽霊のひでじい以外と会話らしい会話を家の者とした事がない。
〈儂には来る理由がわかるぞい。ガハハ。〉
〈ひでじい、うるさい。こえ、あたまにひびく。〉
理由を教えてくれないのに笑い声だけは一丁前に煩い信秀の態度に少し怒っていた。
「於次丸、入りますよ。」
「う、うん。」
武士の妻であった土田御膳が身に纏っている小さなオーラに於次丸は凄くビビりまくっている。その証拠に足が固まり、座っている位置から動けずにいた。
土田御膳は於次丸の目の前に座り、優しく語り掛けていた。
「其方は、織田本家に残れそうですね。悲しいと嬉しゅう気持ちが同時にあり、少し戸惑っています。」
「え?」
「織田家は大きくなりました。それに伴い、多くの織田家の血も流れました。今、其方の叔母、お市と其方の父、信長は敵となっています。そして、其方の叔父であるはずの信行はもういません。」
懐かしいのだろうか、土田御膳は時より上を見上げている。
織田信長の弟、織田信行はもうこの世にいない。織田兄弟対決により、負け死んだ。信行を大変可愛がっていた土田御膳からすれば、とても残念な出来事である。しかし、信長でなければ、ここまで織田家を大きく成長させる事は不可能であったと思っているから、何も言えない。
織田家時期当主は織田信忠と決定している為、次男、三男は要らぬ争いの火種となる可能性があり、他家の養子となった。しかし、四男の於次丸が本家に残るとなれば、嫡男の信忠と後継者を争う御家騒動になる可能性がある。
土田御膳の息子、信長と信行の争い。過去は変えられぬが未来は変えられるから、孫の信忠と於次丸の争いは避けたい。
「ただにい、やさしいから。こわくないよ。」
「ふふ、良い目をしておりますね。内なる闘志は息子を凌ぐ程とわかります。」
やはり、戦国の魔王織田信長の生母の目は織田於次丸が心に秘めている大きな闘志を発見していた。
「そうなの?」
「其方は当主になりたいですか?」
「ちちうえ、こわい。とうしゅ、なりたくない。」
於次丸の本音である。
「息子があなたを引き留めた理由がわかりました。あと5年です。」
「5ねん?」
「そうです。成長するのです。立派な武士になり、兄の信忠や家臣達に認めれる存在になれば、安心して暮らせますよう。」
信忠と家臣達に認めれば、信長や信行の様にならないと考えたんだろう。
「うん。」
「わかりました。では裏切った浅井家をどうしますか?浅井家は3年以内に滅びると考えております。」
「ばあちゃんはどうしたいの?」
於次丸から逆に質問されてしまった事に土田御前は驚いていた。心の底の、助けたい、思いを見透かされている感じだから。
浅井家は当主浅井長政に信長の妹お市が嫁ぐ事で同盟関係となっていたが、織田との同盟以前より同盟関係である朝倉家に同調して裏切った。
この時期、強大となった織田家に対抗する包囲網が形成され浅井家、朝倉家もその一部を担っている。
「したくないけど......、つぶす......かな。」
沈黙する土田御前にかわり於次丸から何とも歯切れが悪い回答を生み出された。仕方がない。於次丸は転生者である為、殺す行為を嫌うのだ。慣れていない事も理由に挙げられるかもしれない。
だけど、自分の平穏が壊されることは避けたいのだ。それと今まで優しく接してくれる兄、信忠の未来を壊す行為も於次丸の排除対象となる。
「叔母であるお市や子供達もですか?」
「うん。のんびり、できないから。」
直ぐに答えが返ってきた事に土田御膳は呆気に取られた顔をしていた。
〈諦めよ、我が妻。浅井家は滅びる。悲しいがお市は助からん。〉
信秀も自分の娘であるお市とその子供達が助からない事は浅井家が敵となった時から避けられぬ事だとわかっている。
浅井家が滅びなければ、織田家が滅びるという事になる。お市の子供達も於次丸と同様に自分の孫であるが、織田家の者でないから死んだとしても問題はない。
「で、では、其方は誰なら敵対せぬのですか?」
「のぶただあにうえ、ちちうえ、あとかぞくかな?」
「ふふふ。なんだか、とても懐かしい方の面影に重なって......。者共を従える器の持ち主の孫であると実感させられました。そして、武士にはないとても優しい心を持っているのですね。」
土田御膳は於次丸に故織田信秀との類似点を見つけ出し始めている。於次丸が持つ武士には理解しがたい優しい心にも気付いた。
〈気づくのが遅いぞ。ぬっはっはは!〉
〈ひでじい、うるさい。2かいめ。〉
頭の中でゲラゲラと笑う信秀がだんだん目障りになっている於次丸であった。
「妻の選択も慎重にと其方の父に申しておきましょう。正室には於次丸を守れる武の姫か、癒す美の姫の何方かがよろしいですね。」
「早いよ。」
そう、於次丸はまだ4歳児なのだ。幾ら、結婚の時期が21世紀よりも早い戦国時代でも早過ぎるだろう。
「そろそろ、戻ります。」
土田御膳は部屋から出て行った。
〈ひでじい、ちょっと、寝るね。〉
於次丸は直ぐに寝息を立てしまった。
光秀大丈夫かなぁ〜