コーヒーは苦い
子供だとバカにされても、苦いものは苦い。
砂糖やミルクをたっぷりと入れれば、まだ飲めるけど、ブラックなんてただ苦いだけ。俺の個人的見解だけど。
味覚は人それぞれなんだから、別に俺がコーヒーを飲めなくても何の問題もないはずなのに、
健吾はすぐバカにしたようにクスッと笑う。
直接言われたわけじゃないけど、絶対そう思ってる・・・・と思う。
「智也、新しいカフェが出来たらしいんだけど、行かない?」
授業終わりに健吾が近寄ってきて、そんなことを言う。
「・・・俺、コーヒー飲めないんだけど。」
幼馴染のこいつがそれを知らないわけないのに、どうして俺を誘うんだ。
周りにチラッと視線を向ければ、誘ってほしそうにしてる人間が多数いるっていうのに。
「美味しいケーキもあるらしいんだ。智也、好きだろ。」
「うん。・・・好きだけど。」
ケーキは好き。生クリームたっぷりのショートケーキとか、ほんと最高。
「だからさ、一緒に行こうよ。」
「けど・・他にも行きたそうにしてるヤツいるからさ、そいつら誘ってあげたら?」
いわゆるイケメンな健吾なら、デートしたがってる女子はいっぱいいるだろうし、俺も変に邪魔したくないし。
「俺は、智也と行きたいんだよ。お前は俺と一緒じゃ嫌か?」
「別に嫌じゃないけど。けど、お前すぐにバカにするじゃん。」
「・・・?何を?俺、お前になんかしたっけ。」
無意識だったのか?人がコーヒーに砂糖を足すたびに、クスクス笑ってるのに。
「なぁ、俺・・・お前に嫌なことした?」
困った顔でのぞき込んでくる健吾の顔があんまり近くて、少し身体を反らして避けようとしたら、腕を捕まれた。
「逃げんな。ってか、その辺の事情も聞きたいから、ほら行こう。」
腕を捕まれたまま、健吾は歩き始める。
「ちょ・・・おぃ」
「いいから、行くよ。」
ぐいぐい引っ張られて、仕方なくついていく。
いくら言っても聞いてくれないのは、長いつきあいでもう知ってる。
「お前、ほんと自分勝手だよな。俺の事情とか予定とか気にしてくれないわけ?」
別に特に予定なんてないけど、俺の意思は丸無視されてるみたいで、ちょっとムカつく。
「なんか予定あった?」
「行きたいとこはあったけど。」
「誰かと?」
健吾の声のトーンが下がる。なんか不機嫌になってる?
「誰かって?」
「誰か誘うつもりだったのかって聞いてんの?デート?」
「・・・別に俺がデートしたって、いいだろ。お前に関係ないじゃん。」
単に俺の好きな漫画が今日発売日だから、買いに行きたかっただけなんだけど・・・つい見栄を張ってしまった。
大学生にもなって、いまだデートらしいデートをしたことがないなんて健吾に知られたら、それこそ絶対笑われる。
今度こそ、本当にバカにされる。
そう思ったから、それ以上は何も言わなかった。
新しいカフェに誘ったのは健吾のくせに、店に着いてもムッとしてて、なんだか感じが悪い。
まぁいいやと俺はメニューを開いた。
「何にしようかな。」
別に健吾の返事なんて期待してない。
何に怒ってんのか知らないけど、機嫌の悪い健吾は放っておくに限る。
「よし、やっぱりイチゴショートにしよっ。健吾は何にするの?」
あれこれ悩んでもやっぱり一番好きなものを選んでしまうよね。
本当はフルーツたっぷり乗ってるのとかも美味しそうだったんだけど。
店に入った時にガラス越しに見えてたケーキたちを思い出して、思わず微笑んでしまうと、大きなため息が聞こえた。
「何?」
「幸せそうだと思ってさ。」
「そりぁ幸せだよ。好きだもん。」
にっこり笑うと、健吾が眩しそうに目を細め、「俺も好きだよ。」と笑った。
「あれ?お前、甘いもん好きだったっけ?」
首を傾げる俺に、クスクスと楽しそうに笑う声が聞こえた。