1・5:ウォール・イーター
2016/04/13 11:03 ナンバーを調整。会話順の誤りを訂正。
大変間が空いてしまいました。すみません。
時系列を考えると2・5がどうしても必要だったので、そっちを優先しました。
見込みが甘くて済みません。
「3」は出来るだけ早めに出したいと思います。
よろしくお願いします。
遙か上の方に開いた穴から青空が差し込んでる。
なにか遠くで反響してる。ココは静かだ。
「現実だったら、無事じゃねーよなー」
チラっとしか見なかったけど、斑色の平らべったいトコに落っこった。花粉とか胞子とかっぽいのが、降ってくるから、植物か菌糸類っぽい、柔らかい中に突っ込んだんだろな。
『たこ焼き大介作成:米沢首Ver:2.0.0』
視界の隅をHUDが横切る。
ちなみに、フルダイブ空間内でも各種AR機能がエミュレートされるため、俺が漢字に注視すると、勝手にルビが追加表示される。
現状:『背中から突っ込み埋まった俺の上に、優等生モドキが、飛びかかってきた猫みたいに乗っかってる』
俺は動揺を悟られぬよう平静を装う。俺を殺す気満々だった奴だが、外見は少なくとも、美少女だ。しかも、潰れるほど押し当てられた双丘は、呼吸のたびに、じんわりとこっちを押してくるし、髪から届くシャンプーの匂いまで再現されてるってんだから、緊張するっつの。
正直言って、フルダイブ環境マジパねえぇー!
「で、オマエ、……何で俺を狙った?」
俺は俺の腹の上で、くつろいでる奴に言い放つ。
「くすくすくす」
優等生モドキが俺の心音を聞くような体勢から、物憂げに頭だけ持ち上げる。
「首って、呼・ん・で」
尖った歯を見せる。ギラーン。
「台詞と表情が合ってねえぞ、オイ」
モドキいや、米沢首さんは、ふと俺の頭の上辺りを見る。細い首や少し開いてる胸元が露わになる。
そういうのいーから。俺をときめかせなくていーから。
あぶない。フルダイブ環境さんマジ危ない。廃人になる。
「シルシのコト、狙ったのわぁー、私のー設計師のー意向―――DETH!」
俺を名前で呼び、モジモジとハニカミながら、親指ナイフで自分の首を落とす真似をし、首を曲げダラリと舌を垂らす。
奇襲かけてきたんだから、理由聞いたって、教えてくれる訳がねえと思ったら、あっさり吐きやがった。それにしても、ホントにコイツNPCなんだなと再び感心する。
「せ、設計師の意向って、『たこ焼き大介』の意向ってコトか?」
迫真のデス顔で、俺の制服に垂れてしまったよだれを、自分の制服の袖で拭きながら、「……わかんないけど、そう言えってメモ書きに書いてあった」と、四つ折りの小さなメモ書きを、投げ捨てるように寄越す。
ペらり。
『何か困った時には、設計師の意向で押し通しなさい』
俺はメモ書きを元通りに折り直して返してやる。
「……設計師《タコ介》と会ったことは?」
面倒になってきたので略す。
「有るわけ無いじゃんガブー」
深い話は何にも知らねえんだなコイツ。それと会話に飽きたっぽい。制服の上から、俺の肩に噛みつきやがった。急所でもないので、安全機能は作動しない。
ぐわ! 近い近い! 顔が近いですから! もー。マジ勘弁。ああああ―――
ガシッ! 放せ清楚系美少女め! グググググッ! スポン!
コウベの両肩をつかみ、バーベル上げの要領で、体からべりっと引きはがす。舞う、ツインテール。
「痛ってえな! 全く!」
痛くない肩を動かして、ニヤけてしまう表情を取り繕い、動悸を落ち着ける。垂れたツインテールが結構重い。
放すと又抱きつかれそうなのでバーベル上げのまま続ける。
「ゲームにサインインする前のプレイヤーを、無差別攻撃すんのが目的か?」
「ちがうよ、シルシを狙ったんだよ。ピンポイントでーキシャアァァッ!」
まっすぐ俺を見据える眼は、薄暗闇の中で発光しているように見える。猛獣のような威嚇をしてくるが、目つきが悪いだけで、概ね美少女の範疇なので問題無い。残念さも含めて、少し慣れてきた。
「え!? 俺狙われてんの? なんで? よっこらせ!」
疲れたので、コウベを壁の方へ、板っぺらみたく立てかける。
そのとき、パタタタタと頭上から羽音が。
「さっきの、小鳥か?」
仲良く小鳥を見上げてると、小鳥は足に掴んでいたひょろ長いものを落とした。
それは、俺がフロアで、はじき返したナイフだった。
刃を下に向け、一直線に加速し、俺の腹に突き刺さった。
あー、コウベの奴を立て掛けないで、そのままにしとけば良かったな。
まあ死ぬことは無いんだが。
ぐにゃり。
腹のナイフは、俺に触れている部分で、直角にひん曲がってる。
フルダイブ空間内では、刃物や凶器の扱いは一律で、武器や道具としての使用以外で予期せぬ当たり方をした場合は、ゴム製のオモチャのように感じる仕組みになってる。刃をしっかり挟んで安全に持てば堅いままなので、ナイフ投げの要領で投げたりも普通に出来るって感じだ。
さて小鳥に殺意が無かったことは、わかったが、一瞬とはいえ、冷たい金属が差し込まれる感覚は余り気持ちの良いもんじゃねえ。
俺は再び、降りてきた小鳥を、無造作に掴んだ。
「ソレだよ! シルシがコウベに狙われる理由!」
してやったと言う顔で、コウベが再び俺に覆い被さってきたので、その勢いを利用して、今度は反対側の壁へ立て掛けてやった。小鳥を手にした腕は上へ回避させたので、小鳥は鷲づかみされたまま元気に囀ってる。
「えっとね、シルシが狙われるのは、”小鳥”を掴んだからだよ!」
いつの間にか手にしていたナイフの切っ先を俺に向けている!
クルン、パシッ、ドカ! グサ、ザクザク!
片手の指先だけでナイフを逆手に掴み直し、手近な壁面を器用にも、ケーキの形に切り取ってる―――あの、何をなさっているのですか?
「しかも素手でさあーガブリ」
そして、ナイフに刺さった壁ケーキをかじりだした―――あのう、何をなさっておられるのでしょうか!?
「VR世界の物を掴んじゃイカンのか!? ……あとそれウマイのか?」
「掴んで良いけどー、普通の人には、ソレ出っ来ないんだよねー! ……この壁は主食」
と、パクパク、ムシャリ。一心不乱に食べていたが、ふと手を止める。
物欲しそうに眺めていたと思われたのか、切れ端を俺に投げてよこした。
俺の制服の上に転がる、壁、もといエリンギ。これエリンギなの? じゃあ、このバカでかい構造物の正体はエリンギ!?
菌糸類は火を通さないとなーと考えながらも会話続行。
「どういうことだ? 正直言って俺はフルダイブ型VRシステムに疎い! やさしく教えろ!」
どちらかと言えば、俺は旧式の2Dゲームに造詣が深く実績もあるけど、VR界隈は習い始めたばかりで、ほとんど知らねえ。
「えーメンドいなあ。パクパクパクパク」
コイツ、NPCの存在意義を放棄しやがった。
「ピピュイ♪ ピピュイ♪ ピピュイ♪」
小鳥が、変な節を付けて鳴き出す。
「なん―――」
『何だ』と言おうとして、コウベに凄まじい強さで、頭をつかまれる。
「だぁ―――」
俺の声の残響が残っている刹那の間に、コウベは俺を掴んだまま、音も無く爆発した。その勢いで、それほど大きくない穴を、俺はぶつかりながらも通り抜け、落下直前に見た、ピンクと青の斑模様の―――小さいビルくらいはありそうな―――巨大なエリンギの直上に飛び出た。
天辺に穴の空いたエリンギは、エリンギよりも少し大きく、ふくよかな人の形をしたモノに四方を取り囲まれている。
人の形をした物は、尖った指の部分を見えないほどのスピードで動かして、外周の部分からエリンギを寸断し、手のひらの穴から吸い込んでいく。
「あっぶないとこだったあ」
俺の頭を左手で鷲づかみの、コウベが、ギラつく尖った歯を見せ豪快に笑っている。声は可憐なのに、化け物みたいな恐ろしい表情で見下ろしている。右足から血が出ているが、声をかけられなかった。
上昇する勢いを重力が奪い、ベクトルが下降へ切り替わる。
このまま落ちれば、絶賛切り刻まれ中の、エリンギビルと、そう変わらない運命をたどる――――――
『はーい! 今日の特別講座は、ココまででーす』聞き覚えのある子供みたいな声。
同時にフルダイブ対応のデータ・ウォッチ盤面にカラフルな猫耳美少女が表示される。
交互に表示されている、現在時刻は午後1時55分。思ったほどには時間がたってない。
周りの空中に半透明のクラスメートたちが立ち上がる。帰り支度を始めているのがわかる。俺たちが落ち始めるのと一緒にクラスメート達も落ち始める。
VR使用中の安全と没入感を天秤に掛けた結果、現実世界で動いている物の輪郭を抽出し、その部分だけVR映像よりもコンマ数秒遅らせて表示しているのだ。
動いている物の輪郭もわかり、通信ラグのような画像の乱れなので、すぐに気にならなくなる。ちなみに学園施設内や地下の地下都市空間で利用できるリアルタイム暗号通信環境では通信による遅延は起こりえない。